「バカ」
第十二章
「アイドルウォッチって雑誌買った?」
ジンくんからメッセージが来た。
珍しいな?こんなことあんまり聞いてこないのに。
でも今月号はまだ買ってなかったから、思い出せて良かったー!
確かFamous特集あるんだよね。
見てほしいのかな?なんだろう。楽しみ。
「まだ買ってなかった!教えてくれてありがと!」
あぁー!見てなかったのか!なんで言っちゃったんだ…。本当にやっちゃった。
ミオに読んでほしくないのに、余計な探りを入れたせいで、逆に買わせてしまった。
読んだらなんか言ってくるかな。
「ねぇジンくんなんで雑誌買った?って聞いてきたの?嫉妬されたらめんどくさいなって思ったの?」
アイドルウォッチのFamousは恋愛特集だった。ジンくんの過去の恋愛の話にも触れてて…っていうかそもそもアイドルに過去のこと語らせるのどうなの?
今までも恋愛観を話してることはあったけど、過去に触れてるのは初めてかも。
変な雑誌!って思うくらいに嫉妬はしてる。
でも、まぁ初デートはどこ?とかそんな内容。ジンくんは…水族館。へぇー。そうなんですか。楽しそうですね。
なになに?「帰りは手を繋いで帰った気がする…たしか。もうそんなに詳しく覚えてない!あんまり詰めないで!笑」
この言い方絶対覚えてるじゃん。
ファーストキスはいつですかって、そんなこと聞く?いや、普通にダメじゃない?
あ、さすがにこれは内緒ってみんな言ってる。それはそうでしょ。
そりゃ恋愛くらいしてますよね。
そんなの知ってるよ!してないって言われたら逆に変じゃん!
でも、ジンくんが過去に恋していたっていう事実にモヤッとする。
当たり前のことなのに。
大切な初恋の思い出くらいあるよね。
その大切な思い出をどんな顔して思い出してたのかな…。
これはジンくんに対しての嫉妬なのか、アイドルファンとしての嫉妬なのか…。
どっちにしても、探ってきたジンくんにすごく腹が立った。
読ませたかったの?それとも読ませたくなかったの?
どっちにしても意味わかんない。
「傷つけたくなかったんだよ。ごめんね。」
傷つけたくないってなに?
仕事でしょ?
それくらい理解してる。雑誌のインタビューなんだから、答えないわけにいかないじゃん。
だったら雑誌のこと言わなきゃ良かったのに。
触れてほしくないみたいなジンくんの気持がなんかバレバレですごくイヤ。
いつもそんなことないのに。
隠そうとするから余計に分かっちゃう。
もー。やだやだ。
別にいいじゃん。そういう話しをしたって。
水族館行ったんだねって話したかっただけなんだよ。
いつか行けたらいいねって、そしたらわたしが思い出を上書きするからね!って宣言して。
笑い合えたらいいじゃん…。
なんで先に牽制してくるの?
もう、なんかイライラする。
何に対してのイライラなのか分らないけど。
好きなんだから嫉妬くらいするよ。
ジンくんの過去を想像して、いいな、わたしもそんなふうにジンくんと手を繋いで歩きたいなって思うよ。
でも、それって普通の感情だよね?
別に傷つくとかじゃなくて。
想像して羨ましくなっちゃったなぁくらい言っても良くない?
やっぱりイライラする。
そうやって言われるのが嫌だったわけ?
過去の思い出を共有したくなかったの?
モヤモヤしてるわたしを受け止めたくなかったの?
「仕事で言わなきゃいけないんだから仕方ないじゃん。でも過去のことって分かってても嫉妬はするよ。でもそれも仕方ないでしょ?」
受け取ってよ。わたしの嫉妬ごと。
可愛いヤキモチって笑ってよ。
そしたらわたしだって、満足するのに。
別に困らせたいわけじゃない。謝らせたいわけじゃない。
気持ちを共有したいだけなのに。
「ごめんね、余計なこと言ったよね。」
わたしだって初恋くらいしてる。
ジンくんだってちょっとはモヤッとしてくれるでしょ?
そんなことを話したかっただけなのに。
余計なことって何に対して言ってるの?
わたしの気持ちなんて見てくれてない。
…そんなふうに思いたくないのに。
ジンくん、こっち見てよ。
「そうやって謝ってばっかりじゃん、もう知らないもん。」
「うん、そうだよね、俺が悪い。全部俺のせいだよ。許して?」
ジンくん、謝ってばっかり。
なんか投げやりに謝ってる気がする。
謝っておけばわたしが納得すると思ってるのかな。
なんで?ジンくんいつもわたしにちゃんと向き合ってくれてたのに、なんで何にも言ってくれないの?
「なんで?別にジンくん悪くないじゃん!わたしがワガママ言ってるだけじゃん、いつも優しくしてくれて嬉しいけど、ジンくんの気持ちはどこにあるの?」
意味の分からない文句を言っちゃった。
こんなこと言われてもジンくんだって困るだけなのに…分かってるけど、止まらない。
だって、わたしはちゃんとジンくんと話し合いたい!
「ミオを傷つけたくないだけだよ。ミオが嫌なことしたね。もうしないから。怒らないで?」
なんだか、ジンくんが遠い。
ジンくんが見えない。こんなの初めて。
優しくしてくれてるのは分かるよ。
でも、でも…。
「ジンくん、こんなに会話して心も近づけたと思ったのに。わたしは今、心が一人ぼっちだよ。ジンくんは隣にいない。」
「ごめん。」
「また謝るの?ちゃんと思ってること言ってよ。どう思ってるの?」
ミオが怒ってるみたい。
初めて怒らせたかも。嫌だな。
喧嘩なんかしたくないし、優しくしてあげたいのに。
俺がどう思ったのかなんて、どうでもいい。
ミオの心が、想いが、一番大事。
俺のことはなんでもいいのに…。
なんでこんなにつっかかってくるんだろう。
でも、そんなふうに言って、ミオに嫌われたくない。俺が受け止めて、理解してあげられないのが悪いんだ。
なんでもぶつけていいよ。ミオの気が済むまで。
「ミオには優しくいたいんだよ。」
どうしたら、もっと優しくしてあげられる?
ミオの心を乱さないであげられるんだろう。
「ねぇジンくん。わたしはジンくんに優しくされたくて、ジンくんと一緒にいると決めたわけじゃないよ。ジンくんの心が見たいの。わたしだってジンくんに寄り添えるわたしでいたいの。」
…なんで?怒ってたんじゃないの?
あったかく包まれたみたい。
どうして、ミオはそんなに優しいの?
俺がミオに寄り添ってあげたいと思ってた。
何かしてあげたい、与えたいって思ってるのに、ミオも同じように思ってくれてるの?
だってミオにはたくさん救ってもらった。
ミオには感謝してもしきれないんだ。
だからちゃんと俺が渡したいと思っているのに…。
「ちゃんと教えて?わたしに怒ってもいいよ。わたし、ジンくんに怒られたってジンくんが好きだよ。しんどいって言っていいのに、隠そうとしないで。優しさで誤魔化さないで、ちゃんと見せてよ。」
ねぇミオ、それは『愛してる』以上の『愛してる』だよ。
こんなにも深く強く想われてもいいのかな。俺も同じだけ返せるだろうか。
文字越しにミオの涙が見えた。
「ミオ、泣いてるの?」
「泣いてるよ、ジンくんのバカ。」
「ミオごめん、ごめんね。これは本当のごめん…だよ。傷つけたくなくて、嫌われたくなくて、優しさって言葉で誤魔化した。謝って終わろうとしてた。本当にごめん。ミオはこんなに心を見せてくれてるのに、俺はミオのためにって言葉で逃げてたのかもしれない。泣かせたくなくて、泣かせた。抱きしめてあげることもできないのに。」
「抱きしめて欲しくて泣いてるわけじゃない。ジンくんと心をひとつにしたいの。」
泣かせてしまったのに、それでもそんなに、そんなふうに、俺の心を求めてくれる。
いつも思ってた。
ミオと心がひとつになればいいのにって。
欲しくて欲しくてたまらなかった俺が思ってたこと。
でもそれを引き上げてくれたのもミオ。
そしてまたミオに救われてしまった。
そうか、こうやって愛すればいいんだ。
ミオにまた教えてもらった気がする。
心をひとつにするってことは、ミオを俺の中に閉じ込めることじゃない。
感情を見せ合うってことなんだな。
相手の心がちゃんと見えるってことなんだ。
何度も何度も教えてもらう。
ミオの愛はなんてすごいんだろう。
嫉妬すら覚える。
俺も同じようにミオを救いたい。
ミオから必要とされる俺でいたい。
ちゃんと、応えられるかな。
でも、俺も伝えてみるよ。
「分かったよ、ミオ。正直に言うと過去に嫉妬するミオが可愛い。そんなに俺が好きなの?って思うから。でも同時に、仕事だからやらなきゃいけないことと、ミオを嫌な気持ちにさせたくないことで、俺も挟まれてた。でも、どっちも言えなかったのは、ミオが嫉妬して傷ついてるのに喜んでる俺と、仕事を言い訳にしてる俺が情けなくて。ミオには見せられなかった、ごめん。でもこれが本心だよ。」
やっとジンくんの心が見えた。
ジンくんの感情が見えた。
ジンくん、今わたしたち、またくっつけたね。
ぴったりくっついて、ジンくんの温度を感じられた気がする。
きっと勇気が必要だったよね。
ジンくんは自分の奥を見せることが本当は苦手だから。
分かってるけど、受け取りたかったの。
ジンくんの全てを預かりたかったの。
「見せてくれてありがとう。嫉妬するよ、好きだもん。でもジンくんを仕事とわたしの板挟みにしたくない。でもわたしはちゃんと言うよ、嫉妬したって。だからジンくんも仕事だから仕方ないでしょって言って?そしたらわたしもごめんって言えるでしょ?」
なんて素直で、なんて可愛いミオ。
可愛い可愛い俺のミオ。
もう絶対に寂しい思いはさせないよ。
「そうだね。ミオ、本当にごめん。
もう絶対に、ミオの心をひとりぼっちになんてしないって約束する。絶対。だからもう一回信じてくれる?」
「いいよ、もう大丈夫だよ。信じてるよ、今だってずっと。信じてるから怒るの。それが心をひとつにするってことでしょ?ジンくん、ちゃんとふたりで話していこうね。どんなことも。」
「うん、そうだった。俺決めたんだった。ミオが困るときは一緒に困るって。忘れてた。ありがとうミオ、好きだよ。大好き。」
ジンくん、そんなこと決めてたんだ。
知らなかったよ。ありがとう。
「もう、ちゃんと覚えててよね!ジンくんのバカ。わたしも大好きだよ。またケンカもしようね。」