日本一乗降客が少ない「ワースト駅」
伊藤謙一は、くやしかった。
「またやられた……! 大牟田を、まただめにする連中に――」
市役所の企画課長として、町の未来を描こうと腐心してきた。
「炭都市構想」。閉山した町をどう再生するか、それが自分の使命だった。だがまたしても、不可解な決定が上から降ってきた。
今回は、新幹線だった。
九州新幹線が開通することが決まり、大牟田にも駅ができる――と聞いたとき、市民の誰もが驚いた。いや、疑った。
「ほんとうに? どこに?」
期待ではなく、不安が先に立った。
そして、その場所が決まったとき、町じゅうにため息がもれた。
「新大牟田駅」。町の果て、畑ばかりの地に駅舎が建てられた。中心市街地からははるかに遠い。車でも不便、バス便も少ない。誰が使うのだ?
伊藤には、思い当たる節があった。
あの時のテーマパークの借金――あれを抱えてから、市の「ある筋」と県や国との交渉で妙な妥協が続いていた。この新幹線駅も、何らかの見返りや帳尻合わせではないのか。
「また、誰が考えたんだ……」
伊藤は苦い思いでニュースを見つめていた。
そして案の定だった。ネットでルート検索すれば誰でもわかる。大牟田駅から鹿児島本線で船小屋駅に出て、そこから新幹線に乗るほうがよほど便利だった。10キロ以上も離れた新大牟田駅など、誰がわざわざ使うのか?
結果、日本一乗降客が少ない「ワースト駅」のひとつとなった。駅前には草が生い茂り、乗降ゼロの日も珍しくない。
「なぜ……なぜ同じ過ちを繰り返すのか」
伊藤は、デスクに座りながら思う。もし、せめて渡瀬駅あたりに造っていればまだ利便性は違ったはずだ。交通の流れを見ていれば素人でもわかることだった。
だが、また空気に押され、妙な政治力が働き、町が、未来が、ねじ曲げられていく。
「またやられた……」
そう呟いたあと、伊藤はゆっくりと息を吐いた。負けてばかりではいけない。今度こそは町の誇りを取り戻さねば――。
そう思い直しながら、もう一度、炭都市構想の計画書に目を落とした。