悪夢のテーマパーク
悪夢のテーマパーク
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伊藤謙一は、大牟田市役所の企画課長だった。いま机の上に広げているのは「炭都市構想」――閉山後の町の未来像を描くための計画案である。しかし、何度紙を重ねても、ある過去がちらついて、手が止まった。
忘れられないのだ。どうしても避けて通れない、ひとつの悲劇が。
テーマパークの失敗――それが大牟田の傷跡となっている。
いまから十年ほど前、市内に大型の娯楽施設をつくろうという話が持ち上がった。「炭鉱と歴史を生かした観光の目玉になる」「新しい雇用を生む」そんな謳い文句が並んだ。だが伊藤は、初めから懐疑的だった。そんなものがうまくいくはずがない、と。
そう思ったのは、伊藤だけではなかった。町の多くの人々が口には出さずとも、同じ思いを抱えていた。けれど、誰も止めなかった。止められなかった。推進の声は大きく、空気がすでに決まっていた。
「あの戦争と同じですね」
ある夜、旧知の同僚がぽつりとこぼした。
「米国との戦争、誰も勝つとは思ってなかった。でも突き進んだ。止まれなかった。それと似てます」
言われてみれば、そうだ。昭和の初め、あの東條英機ですら「勝てるとは思わなかった」と言ったと聞く。それでも国全体が止まれず、開戦し、破局を迎えた。
テーマパークもそうだった。誰もが失敗すると思ったが、声にはできなかった。空気ができあがり、突き進んだ。そして案の定、数年で閉園となった。残されたのは多額の負債。松屋デパートの倒産すら、市は救えなかった。
伊藤はふと思う。おそらくあれはただの失敗ではなかったのではないか。ひょっとすると、首謀者には別の意図があったのかもしれない――この町を、衰退させたかったのではないかと。
陰謀論めいていると自分でも思う。だが、意図的でなければ、なぜあれほどまでに無理を押し通したのか。誰もがうまくいかないと知っていたのだ。それでも動いた。しかも町の屋台骨を折るような結果を残して。
「日本人の性なのか……」
伊藤は静かにひとりごちた。歴史は繰り返す。炭都市構想の行方も、空気に呑まれはしまいか。
机の上の計画書を見つめながら、伊藤謙一は、またペンを置いた。