天泣6
第6話
地狼との約束通り夜9時過ぎごろ土の小精霊達の道案内で西塔にある温室へとたどり着いたのだがそこには思わぬ人物がいた―――
ガラス張りの温室の中央部に置かれたテーブルとイス、そこに長い足を優雅に組んだ金色の髪の青年が座っていた。そしてその足元には地狼が座っていて・・・地狼は私に気づくと顔を上げ――
『来たか。どうした、そんな所で突っ立って。此方に来ると良い』
いや、うん・・・そこにはご飯があるから行きたいのだけど、だってなんで第2王子がそこにいるのっ!?
そう、椅子に腰掛けているのはクローク王国の第2王子クラウス。リュカオンの兄であるその人だ。
私の驚愕、というかなんとも言えぬ表情にクラウス王子は意味ありげに笑みを浮かべ呟いた。
「そう、君のことだったんだ」
「はい?」
クラウスは右手で頬づえをつき、面白そうに目を細め私を見る。
「こちらにおいで。お腹空いてるんだろう?」
「うっ」
「ほら、料理長が奮発して作ってくれたんだ」
バスケットの中身はふんだんに野菜を挟んだサンドイッチやローストビーフを挟んだサンドイッチにフルーツの盛り合わせなどが入っているではなか――リーネは「おおっ!?」と目を輝かせるとおのずとテーブルへと足を進める、そしてそれを見たクラウスは苦笑したのだった。
『ほら座れ、娘』
地狼が己の身体をつかいリーネのために椅子を引いた。
「ありがとう」
リーネの視線はもう目の前の王子のことよりも食べ物にいっている。そしてチラリとクラウスに視線を向け食べても良いのかと問うとクラウスは頷いた。頷いたのを確認したリーネはお肉を挟んだサンドイッチをまず最初に手を伸ばしぱくりと頬ばったのだった。
それを面白そうに眺めるクラウス。
「まず最初にお肉系からいくとはね・・・」
『肉からいくのは不味いのか?』
「いや悪くないよ。ただ年頃の女性は異性の前では見栄を張って控えるだろ」
『そういうものなのか?』
「俺の知る女性は、ね。がっつりお肉系から手をつける女の子なんて俺は初めて見たよ」
面白そうにクラウスはもくもくと食べるリーネを眺めたのだった。リーネには今の会話は食べるのに夢中で聞こえていないようだ、しかもその細い体によくそれだけ食べるものだと感心するほどの食欲だ。
『・・・よく、食べるな』
少々呆れ顔の地狼グレイ。
「そうだね。でも余計な見栄をはる女性よりありのままの姿を曝け出す方が俺は好感がもてるよ。貴族の女性達は俺に気に入られようと見栄をはる女性ばかりだからね。彼女みたいなタイプは新鮮だよ」
『ふむ、では我が主は肉食女性が好みということか・・・』
「・・・肉食女性・・・・」
ちょっと想像してしまったクラウスは右手を額に当て口元を引きつらせたのだった――
『ん、どうした我が主?』
「グレイ、頼むから俺が肉食女性が好みだなんて表現で誰かに言うんじゃないぞ」
『なぜだ』
「・・・俺は別に肉を食らう女が好きなわけではないからだ」
俺が肉食女性が好きだなんて間違った情報が家臣たちに伝われば彼らは嬉々としてそういった女性を集め、早く伴侶を選べとせかしてくるに違いない・・・想像するだけでぞっとする。
俺の思いなど知らずこの地狼は言う。
『うむ、難しいな人間という生き物は。我は野性的な気の強いメスが好みだぞ』
牙を見せ人間ならば二ヤリと笑うと表現すべき表情でグレイはそう告げた。
そうか、と呟き苦笑したクラウス。そんな会話がなされているうちにリーネはどうやら食べ終えたらしく・・・
「ごちそうさまです」
「あぁ・・・・」
「なんですか?」
「いや、よく食べたねそれだけの量を」
クラウスの言葉にリーネは首を傾げながらまだ腹八分目ですよ、なんて告げるのだから流石にクラウスは笑顔を引きつらせる。リーネはナプキンで口元をふくと身を正し・・・
「えぇと、夜食を用意して頂いてありがとうございましたクラウス殿下。
後手になりましたが私、つい最近アステリオ神殿に来ました神殿見習のリーネと申します」
リーネの挨拶にクラウスは今までの穏やかな笑みを消し・・・
「1つ、質問してもいいかい」
「・・はい、何でしょう」
質問しても良いかと問うたが、彼から発せられる雰囲気は答えろと言っている。
リーネは嫌な汗をかいた・・・穏やかそうな青年だと思っていたがやはり王族だ。表面上だけで判断するべき相手ではなかった。
目をスッと細めたクラウスはリーネをしっかり見据え―――
「君は"水の都"ファーニスにあるレーシア神殿に居たそうじゃないか」
「・・っ」
どうして、この人・・・
「悪いけど、君のことを少し調べさせてもらったよ。俺はね、この城内の人間はほほ把握しているつもりなんだ。君は初めて見る顔だったし、今現在俺と兄上での間で王位に関する話題が持ち上がってるのを耳にしていると思うけど危険分子を見極める必要があるんだ」
「危険分子」
「そう、俺を亡きものとしようとする奴らとかのね、あとリュカオンを巻き込む愚かな奴らだ」
『ふん、我が主に手を出そうものなら我がただでは済まさぬ』
「心強い味方はいるけど、なるべく危険分子は早めに目を摘み取っておかなくていけない」
剣呑に目を光らせるクラウスにリーネは真っ向から見かえす。
「君がリュカオンと共にいたのを先日見かけたけれど・・・」
「それは私がリュカオン殿下をかどわかそうとしたとでも?」
「いや、その逆」
「は?」
「リュカオンは今でこそ1人の女性一筋だけど、少し前までは女遊びが激しくてね」
・・・なんですとっ!?
ガタンと椅子を倒し立ち上がった私にクラウス殿下は目を瞬かせ、私を見上げた。
「女遊びが激しいですって!あぁ私のティアが女ったらしなんかにっ」
1人で勝手に憤るリーネに唖然とした表情のクラウス。
「君は、ティアという娘を知っているのかい」
「知ってるも何も私の親友です!ティアが恋人が出来たって便りがあったからどんな野郎かと拝みに来たらこの国の王じ・・・・・・あ」
思わず興奮して喋ってしまった・・・ひくりと口元を引きつらせ固まったリーネをクラウスは眺めたのち意味ありげに笑い。
「成程、友人のお相手を見に神殿見習などと偽り潜入したということか」
「・・・・ど、どういう意味でしょうか」
「"聖痕"」
「っ」
しまった、それがあったんだった・・・彼は地狼が守護を与えた主。
地狼が喋っていないはずはなかった―――
唇をぎゅっと噛みしめ、眉を寄せる。
クラウスは口もとに笑みを浮かべ問いかけた――
「"聖痕"を継承した者が神官見習の地位にいるはずがない。与えられる位は巫女が妥当だろ?」
『いや、我が主よ。その娘が持つ聖痕は稀なるもの、故に継承できた者も何百年に1人という稀さだ。だから巫女よりも上の位を与えられているはずだ。そうだな娘?』
あぁ、最悪だ・・・お忍びで来ただけなのに―――
地狼という存在がいる以上誤魔化しは効かない。
リーネはそっと溜息を吐き、正式な礼儀作法でクラウス殿下の前に跪き・・・・
「私はファーニス王国、レーシア神殿所属の"聖女"レイスリーネ・アニュラスと申します」
ようやくお相手となるべく彼と接触させることができました。
接触させるまでに時間かかりすぎですね・・・(苦笑)これからは絡みが増えるはず・・です。