天泣5
第5話
―― 遥か昔、この国に土の精霊王が加護を与えたことによりクローク王国は他の国よりも肥えた大地になり、豊穣の都と呼ばれるまでになった。故にクローク王国が信仰するのは土の精霊王だ。土の精霊王おひざ元であるこの国にはやはり沢山の土の精霊が存在している。
神殿では各自食事当番制があり今日はリーネが野菜の仕込み係であった。
そんなリーネは調理場の外にある小影でジャガイモの皮をむいていたのだが何かとちょっかいをかけてくる存在がいた・・・
「・・・・お願いだからやめてって。痛っ、ちょ、髪引っ張らないでよ。あぁこら!芋で遊ばないっ」
リーネの周囲をふよふよと飛ぶ小さな存在。
姿形はおぼろげではっきりとした輪郭はなくただ淡い光を放っている・・・・今リーネの周囲を飛び交っているのは琥珀色の淡い光を放つ土の小精霊たちだ。属性によってその放つ色は違う、炎ならば赤、水ならば青、風は緑、光は金、闇は黒といった具合に色で判別することができる。
だがこの小精霊を誰もが見ることができるわけではない、精霊の加護を受けた者、もしくは聖痕を継承した者のみだ。私は後者に当たる、このアステリオ神殿内では神殿巫女であるマリアージュ、ルルナリナ、チェスカ、ジャスティーン、先代巫女であるベニアの5人が聖痕の継承者である。
「悪戯するなら手伝っ・・・あーーーーーーーっ」
文句を言うリーネの言葉の途中で小精霊達が人の気配を感じ一斉に姿を消してしまった
精霊達が遊んでいた宙を浮いたジャガイモ達はボトボトッと地面へと落っこち、ジャガイモがそこらじゅうに転がってしまう大惨事に・・・・
なんてことしてくれたんだこの野郎、拾うの私じゃん!
しゃがんでジャガイモを拾おうと手を伸ばしたその時・・・
「リーネ!何をしているのですか!!」
「-っ!?」
びくりと肩を揺らし、おそるおそる振り向くと般若のような表情のロジェット神官が調理場の入口に立っていた。
「食べ物をそのような扱いをするなんて言語道断です!どのような理由があってジャガイモをばら撒いたのかは分かりませんがジャガイモは食べ物ですよ!」
「いや、えと・・・」
私がやったんじゃありませなんて言いたいけど言えない・・・言ってしまえばなぜ精霊が見えるのかと
問われる、お忍びで滞在している私としては隠している身分がばれるのは良くない――
うぬぬ、最悪だ・・・
「リーネ、今夜の夕食は抜きです。どんな理由にしろ、食べ物をぞんざいに扱った罰です」
「えっ!?」
「返事は」
「あ・・・・・はい」
「ちゃんとジャガイモを洗ってから続きの仕込みにかかりなさい。良いですね」
「はい」
ロジェット神官はそう告げると踵を返し調理場の中へと戻っていったのだった。
なんともタイミング悪く発見されてしまったものだ、しかもよりにもよってロジェット神官に・・・他の神官の方ならこうも怒らないのだが彼女はとても神経質な人で神殿内でも有名だ。
「はぁ・・・ご飯抜き・・・」
がっくり肩を落とし、ジャガイモを拾い集めるリーネ。
『すまぬ、我が同胞たちが迷惑をかけてしまったようだな』
不意に聞こえた声。
右手でジャガイモを掴んだまま視線をあげるとそこにいたのは黄金色の毛並みをもつ一匹の狼―――
「・・・地狼?」
『あぁ、我は地狼。そなたは聖痕の継承者だな・・・』
黄金色の地狼は金色の目をスッと細めると、まるで見透かすようにリーネを見つめた。
そして――・・・
『ほぉ、"天泣"か・・・ソレを継承できるものがいたとはな』
「・・・」
地狼は土地属性の高位精霊――言葉を話すことができるってことはかなり高位に位置する精霊だ。
なにより私が持つ聖痕の称号を見抜くほどの・・・
だがなぜ高位精霊の地狼がここに?
『なぜ我がここにいるか疑問に思っているようだな。我は我が守護を与えた人の子がいる、その人の子がこの城内いるのでたまに散歩をしているのだ。今もその散歩中に小精霊達がやけに集まってる気配があったので何かと覗きに来たのだが・・・どうやらそなたの仕事の邪魔をしていたようだ・・・すまぬ』
「あー、まぁ悪気があってやったわけじゃないので仕方無いです」
彼等はただ自分たちが見える相手に構って欲しくて小さな悪戯をするのだ、決して悪意があってしたことではない。
『だがそなたの夕食が抜きにされてしまった』
「うっ・・・・・・・」
食事抜きはさすがにつらい・・・
地狼は暫し沈黙したのち言った。
『・・・うむ、夜神殿を抜けられるか?』
「え、まぁ抜けられるけど・・」
『それなら少々遅いが9時過ぎ頃に西塔にある温室に来い』
「西塔の温室?」
『あぁ、場所がわからぬなら小精霊達に案内させよう』
「わかった。でもなんで?」
『我が主に頼んでそなたの夜食を用意してもらうのだ』
「えっ・・・私としてはありがたいけど、でもあなたのご主人様に悪くない?」
『かまわぬよ。我が主は心の狭い人間ではないからな』
「・・そっか、じゃぁお願いしても良い?」
『あぁ。元々悪いの此方だ、そなたが遠慮することはない。では夜にまた会おう』
地狼はそう告げると黄金色の毛並みを靡かせその場を立ち去ったのだった。
リーネが御飯が確保できたことに満面の笑みを浮かべた。
「それにしても地狼の主って誰だろ。
あの様子だと神殿所属の人ではなさそうだけど・・・・まぁ、いっか」
1人頷きジャガイモ拾いに戻ったリーネであった―――――。
『我が主、クラウス』
「あぁ、お帰りグレン。今日はどこに散歩に行ってたんだい?」
バルコニーのテラスの椅子に座り本を読んでいた青年は気配なく現れた地狼に視線を向け微笑んだ。
『今日は神殿の方まで行って来た。面白い娘に会ったぞ』
「面白い娘?」
「あぁ、聖痕を持つ者なのに神官見習をしている娘にな。ああそうだ、すまないがその娘に夜食を用意してやってはくれぬか?』
読んでいた本を閉じ、地狼の言葉に怪訝そうに問い返したクラウス。
「夜食?」
『我が同胞である小精霊達が少々悪戯をしたせいでその娘がとばっちりを受け夕食を抜きにされてしまったのだ』
「・・・わかった、手配するよ」
『すまぬ』
「別にいいさそれくらい」