天泣3
第3話
アステリオ神殿 神官長室
「ご友人とはお会いできましたか?」
「残念ながらまだです」
神官長室のソファにてちょこんと座るレイスリーネは溜息をつき答えたのだった。
あの日以来何度か足を運んだのだがどうにもタイミング悪くリュカオン殿下がティアを連れ去った後で・・・なんとも腹だたしい!そして自分の運の悪さにガックリ・・・・
バルンさん(バルガス)は私が来てることを知らせてくれると言ったがそれはお断りしただって突然現れてびっくりさせいんだもの・・・
「はぁー・・」
ベルゼフは苦笑しながら紅茶をレイスリーネの前のテーブルの上に置いた。
その紅茶を手に取りこくりと喉を潤すとレイスリーネは紅茶の水面を見つめながら口を開いた。
「バルガスさんに聞いたんですが・・・神殿内部でも第1王子派、第2王子派の対立が出始めてるらしいですね」
「・・・お恥ずかしい限りです」
「まぁ王位継承権争いはどこの国でもあるものよね」
レイスリーネの言葉に苦笑いを浮かべながらも眉をひそめると大きなため息を吐いた。
「我が神殿の巫女、マリアージュが第1王子の婚約者に決まってしまった時は迷いました。
神殿の要である巫女が第1王子の婚約者となれば、神殿側は第1王子派になるのが妥当なのでしょうが神殿はどんな事があろうと歴史上中立の立場を保ってきました。それを覆したとなると第1王子派がますます勢いを増してしまう可能性があります・・・・」
「勢力を増す可能性があるって言うより確実にそれが目的でしょうね」
きっぱり告げたレイスリーネの言葉に苦笑しながらベルゼフは己の紅茶を飲みながら一息つき・・・
「マリアージュには立場上申し訳ないのですが、神殿は中立という立場を維持することにしました」
「だけど、第1王子派はそれを良しとしなかったわけね・・・」
「えぇ、神殿は取り込めなかったが内部の人間を多く自分たち派にしてしまえば神殿も自分たち側に付かなくてはいけなくなるだろうと・・・」
「ぶっちゃけた話、ベルゼフさんはどう思ってるんですか?」
「どう、とは?」
レイスリーネはベルゼフをじっと真正面から見据え問う。
そんな彼女にベルゼフは質問の意味を察すると渋い表情を浮かべ――・・・
「これはあくまでも私個人の意見として受けとって欲しいのですが・・・私は第2王子クラウス殿下の方が王に相応しいと感じました」
「そのクラ―・・・」
レイスリーネが口を開きかけたとき室内をノックする音が聞こえベルゼフとレイスリーネは口を閉じ
「失礼します」と声をかけ入ってきた人物に目を向けた。入って来たのは副神官長のロロットだった。
彼は神妙な面持ちで・・・
「談笑中申し訳ありません」
「どうしたんだね」
ベルゼフが問うとロロットは・・・
「オルフェルス殿下が神官長に面会を希望しております」
「・・・」
ロロットの言葉に眉をひそめたベルゼフ。そんな彼の様子を窺いながらレイスリーネは手に持っていた紅茶を飲みほすと立ち上がった・・・
「紅茶ごちそうさまです、お客様が来たのなら退散しますね」
「申し訳ありません。ロロット、レイスリーネ様を裏口の通路にご案内しなさい」
「わかりました」
レイスリーネに一礼するとロロットは「どうぞこちらです」と声をかけた。
レイスリーネはそれに従い室内を後にしたのだった―――
ロロットの案内でオルフェルス王子とすれ違うことなく神殿中央区域から出たレイスリーネはあてもなくぶらぶらと中庭を歩いていると・・・
「はー、くそっ。オズの野郎少しくらいおおめに見てくれたっていいだろうに」
何処からか声が聞こえてきた。
レイスリーネは歩いていた足をぴたりと止め辺りを見渡す・・・が、自分の周囲に現在人影はない・・・眉をひそめ気のせいかと首をかしげた時ななめ前にある木の枝が揺れる音がしレイスリーネは怪訝気に近寄った、そして上を見上げると―――‐
「・・・あ」
「・・・あ、うおっ!?」
「っ!?あ、あぶなっ」
レイスリーネが見上げた先にいたのは同じ年くらいの青年だった。
急に現れたレイスリーネの存在に彼も驚いたらしく、足を滑らせ木から落ちそうになったそれをレイスリーネは思わず両腕を突き出し受け取る姿勢をとった・・・のだが青年は上手い具合に身体を駆使し地面へと無事着地した、すると勢いよく腕を突き出したままのレイスリーネに向って――
「おま、危ないだろっ!そんな細腕で男をキャッチ出来るわけねぇだろ!」
「あぁ!」
「あぁって・・・」
「いや、うん。咄嗟だったからつい、でも私結構力持ちだし」
「そういう問題じゃねぇよ・・・」
呆れた様子で溜息を吐いた青年。
「ていうか、木の上で何してたんですか?」
「何って、ちょっと逃亡中だったんだよ」
「お仕事サボったってクチですか、成程」
1人納得するレイスリーネに青年は微妙な表情を浮かべると問う。
「お前の方こそこんな時間に何してんだよ」
「へっ」
「お前見習神官だろ?この時間だと見習は礼拝堂の掃除の時間だろ」
「・・・・・・・・・・」
青年の言葉にさっと目を逸らしたレイスリーネ。
それを見た青年はにやりと笑うとレイスリーネの右肩をポンと叩き・・・
「はは、なんだ俺とお仲間じゃん」
「うぐっ」
確かに今現在私は見習という立場にいる、だから見習いと同じ仕事を一応はこなしているのだが今日はベルゼフに呼ばれていたので仕事は免除されていたのだが、予定外のオルフェルス殿下の来訪で時間が余ってしまっていたのだ。
青年はにっこり微笑みながら・・・
「よし、じゃあサボり仲間としてちょっと付き合え」
「え、嫌だ」
「・・・嫌って」
即答したレイスリーネに目を瞬かせ彼女を見ろす青年。
レイスリーネはせっかく空いた時間なのだからティアに今度こそ会いに行きたいのだこの得体のしれない青年になどかまってなどいられない――
いっぽう青年はつれない返事を返す彼女に少々面白い物を見るかのように見下ろした。
「お前変わってんな」
「どういう意味ですか?」
青年の言葉に怪訝そうにすると、青年は己の前髪をかきあげ言う。
「いや、俺ってさ自分で言うのもなんだけど美青年だろ?って、何だよその顔」
「別に・・・」
絶対別にって顔じゃねぇだろ、おい・・・
レイスリーネは思いっきり「なんだこの男」的な表情をしていたのだ。
青年はそっと溜息をつきながら話を続けた――
「まぁこの容姿だから女を誘えば断れることはないんだよ、俺の誘いを即答断ったのはお前が初めてだぞ」
「それは光栄なことですね」
にっこり微笑んで答えるレイスリーネに口元を引きつらせた青年。
「いい性格してるって言われるだろお前」
「いいえ、全然」
「・・・・」
盛大な溜息を吐いた青年はふと何を思ったのかガシリとレイスリーネの右腕を掴む。
レイスリーネはギョッとして青年を見上げると何かを思いついたと言った表情を浮かべているではないか・・・
「な、何ですか」
「お前ならいいかもな」
1人納得する青年にますます怪訝そうに眉をひそめるレイスリーネ。
「俺の彼女と会って欲しいんだけど」
「はっ?」
「いや、こっち来てからまぁ立場上とか色々・・・
女友達がなかなかできなくてさ。お前ならティアと気が合いそうだし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
いま、この人なんて言った?
ティア?ティアって言ったよねっ!?
ティアが彼女って・・・・・・・・
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!?」
レイスリーネは左手で青年を指差し叫んだのだった――