天泣1
第1話
神官長より滞在許可を得た、というより有無を言わさず取ったという言葉が当てはまるがそんな事はまぁどうでも良いことだ――
少女、レイスリーネは宮廷庭園にあるベンチにて一休みしていた。
「うーん、評判はいいみたね」
誰の、とは言わずとも我が友の恋のお相手であるクローク王国の第3王子の事だ。
アステリオ城に滞在して5日め、レイスリーネは見習い神官として身分を隠し城内を出歩き、この国の王子の噂を女官や警備兵にさり気に聞いて回った――
ベンチの背もたれに深くもたれかかりながら澄んだ青空を見上げ小難しい表情を浮かべるレイスリーネ
クローク王国第1皇子オルフェルスは神経質で自尊心が高く格下のものを見下す節があるらしい。
王としての器はイマイチらしい・・・王の器に適していると言われているのは第2王子のクラウスだ
沈着冷静で視野が広く家臣たちからの信頼も厚い、一国を背負うものとしての冷酷な一面も持ち合わせているらしいそして、第3王子・・・この王子は家臣たち、特に身分の低い者たちからの支持が高い。気さくな人柄で下々の者にも隔たりなく接する王子――
レイスリーネは盛大に溜息を吐くとベンチから立ち上がった。
「ま、どんな人物かは会ってみないとわかんないよね。
さて、我が親友殿に会いにくかな。来てること知らせてないから驚くだろうなー」
ふふっと笑みを浮かべ彼女がいるだろう場所へと向かったのだった――
そんな彼女をじっと見ていた人物がいた・・・
「殿下、どうなさいました?」
東塔と西塔を結ぶ通路をちょうど歩いていた第2王子クラウス、彼はふと目に向けた庭園に漆黒の長い髪を持つ少女を目に留めた。スッと目を細める、少女の装いからして神殿所属の神官であることが窺える、だが己の見覚えのある者ではない・・・・
城内に在籍する人物達の顔と名前をほぼ把握しているつもりだ、だがあの少女を見るのは初めてだ――
主の目線を追った側近の一人、フランツは1人の少女を目に留めた。
「彼女がどうかしたんですか」
「初めて見る顔だと思ってね」
「・・・そう、ですか?」
フランツは目を瞬かせ、再度少女へと視線を向けながら首をかしげた。
もう一人の側近でるトロワはくすりと笑い・・・
「殿下は城内にいる人間の顔と名前は全て憶えていらっしゃりますからね、殿下が初めて見る顔ならおそらく新人でしょうね」
穏やかな口調で告げたトロワにフランツは成程と頷いた。
クラウスはじっと少女を見定める様に見つめる、そんな彼の横でトロワが・・・
「調べましょうか?」
「・・・そうだね」
クラウスが軽く頷くとトロワは「心得ました」と告げる。
「疑い過ぎるのはどうかと思うけどね」
失笑するクラウスにフランツは言う。
「仕方無いですよ。なんせオルフェルス殿下のやり方はあまりにも独裁制すぎる。俺はあの方のやり方に――」
「フランツ」
フランツの言葉を遮るように名を呼んだクラウス。
「申し訳ありません、出過ぎた真似を・・・」
「気をつけた方がいい、どこで誰が聞いているかわからなからね」
「はい」
「まぁ、俺も兄上のやり方には賛同できないのは確かだけどね」
「殿下っ」
にやりと笑うクラウス、それにトロワが諌めたのだった・・・・
「バルガスさん、この薬草はどうしますか?」
「あん、バルガスじゃなくてバルンって呼んでって言ってるでしょティアちゃん」
「・・あ・・・いや、だって」
「バ・ル・ン!」
くねっと筋肉質の肉体をくねらせながら男性特有の野太い声音で告げられる言葉の数々に眩暈を感じながらティアは口元を引きつらせ"彼"が希望する「バルン」と言う呼び名を呼んだ。
「バ、バルンさん・・・」
「ふふ、何かしらティアちゃん」
「あいかわらずキモイ喋り方だな、バルガス」
「あらん、リュカ殿下じゃないの~!あいかわらず良い男ね」
語尾にハートマークが飛びまくるような喋り方にドン引きするリュカ。
「んもう、そんな顔しないでよ~私の繊細なハートが傷ついちゃう」
宮廷医師バルガス、自称バルン――性別は男。
腕は確かな医師なのだが、この通りオカマなのが難点だったりする・・・・
リュカは庭先から室内への窓枠に足をかけ室内へと入る。
その様子にバルガスは叱咤する――
「こら、行儀が悪いわよリュカ殿下」
「いいだろ別に、ここにいるのはティアとバルガスしかいないんだし」
「もう、悪い子ね」
叱咤しながらも苦笑して許すバルガスに困ったように笑うティア。
そんな彼女を見てリュカは穏やかな眼差しをティアに向け・・・
「バルガス、ティア借りていいか?」
「ふふっ、若いっていいわね~。まあ大体の仕事は終わったから良いわよ連れてって」
にっこり笑いティアに行ってらっしゃいと手を振ると彼女は戸惑いがちにバルガスとリュカを見る、リュカはそんな彼女の手を取ると入ってきた時と同様に窓枠に足をかけ先に地面に下りる、ティアは戸惑いがちに己に手を伸ばし窓枠をこえる手助けをするリュカの手をかり地面へと着地したのだった。
去ってゆく2人を窓枠から見送りながらバルガスはうっとりとした感じに――・・・
「あぁん、私も甘酸っぱい恋がしたいわぁ~・・・・あら、お客様ね」
廊下から聞こえる足音に気づいたバルガス。
すぐに扉をノックする音が聞こえ・・・
「は~い、開いているわよー」
「失礼します」
「はいはい、いらっちゃーい。何処が悪いのかしら~?」
「・・・・・・・・・・」
室内に入ってきた少女はバルガスを見るとあからさまに眉をひそめるとまるで珍獣を見るかのようにバルガスを凝視しているではないか・・・
バルガスはそんな少女などお構いなしに・・・
「あぁん!貴女可愛いわねぇ~お人形さんみたいっ!」
またしてもハートマークが飛び散る程の勢いで告げられた言葉。
バルガスは少女に詰める様に近づこうとしたのだが、少女は思いっきり後ずさり壁に張り付き・・・
「うわっ、生オカマ」
と、言ったのだった・・・
「うふ、オカマを見るのは初めてかしら?いやん、可愛い反応っ!」
顔を引きつらせる少女に身体をくねらせ何故かご機嫌のバルガス――
バルガスは可愛いものが大好きなのだ、目の前に現れたこの少女はどうやらバルガスの眼には可愛いものとして認識されたようだ・・・
「・・・あ、あの」
「うふ、何かしら~?」
「こ、ここにティアって子いますよね」
口元を引きつらせながら問うとバルガスは目を瞬かせ・・・
「えぇ、いるわよ」
「私、レイスリーネって言います。ティアとは友人なんですが」
「まぁ!ティアちゃんのお友達!あ、残念なんだけどついさっきティアちゃん
リュカ殿下とデートにでたちゃった所なの」
「・・・」
リュカ殿下・・・・ね
レイスリーネは「そうですか・・」と告げて去ろうとしたのだが、がしっと腕を掴まれ己の腕を掴んだ人物を見上げ・・・
「あぁん、せっかくだからお茶していきましょうよ。ね?いいでしょ」
野太い声で、しかもウィンクつきで言葉をかけられ、レイスリーネは思いっきり顔を引きつらせながら全力で拒否した。だってなんかこの人怖いんですけど・・・
あきらかに外見が鉱山で働く筋肉質の男ってな容貌なうえつぶらな瞳の下まつ毛がやけに長かったりする・・・
「ね、お茶しましょ。ケーキもあるのよ、モンブランにラズベリーのタルトに、シフォンケーキどれが好きかしら?」
「ケーキ・・・」
甘いものに目がないレイスリーネは思わずケーキという単語に反応してしまう。
それを見逃さなかったバルガスは・・・
「ささっ、入ってちょうだい!ケーキは沢山あるから何個でも食べていいのよー」
「! た、沢山・・・」
「えぇ、たくさ~んあるわよぉ」
にっこり微笑むバルガス。
レイスリーネは甘い誘惑に負けてしまい、バルガスの誘いに乗ってしまったのだった・・・・