警告と結末と、見上げた空
貴方達、二人がそうなったと知ったのは、何もかもを失った状態になった君に、また再会した時。
君を助けた、鳥人族の人の下で、雲が時折覆う高い山の中の集落で、君は暮らしていたね。並んだ二つの墓石、そこで保護者になったその人から聞いただけだけど、と君は言って、それを話した。
(君は、何も覚えてなかったね。……ほんの数年、一緒にあの人達の元で育った僕の事すらも)
哀しみ、憎悪、怒り。何処へ向ければいい、その先にあるのは必然的なものだった。
向かうのは、壁に囲われた人間の国。そして、手を出した誰かも、そこにいる。だからこうなってるんだよ。
「なっ、何故それがワシらだと思うのだ!? 何故、そうも確信しているのだ!」
「――お前達セレスティアが魔力と呼ぶ、その残滓だよ」
確信する、その理由。痛みに耐えるような声音で叫んだその声に、僕は答える。
「セレスティアの人間にはけして分からないだろうね。同じ人間という種族でありながら、僕ら黒の一族の人間はそれを目に映し、感じ取る事が出来る特性を持つんだよ。この国の王も貴族も、ましてや平民なんかもっと知らないだろうけど。僕は生まれたその時からそれを見る事が出来る、わずかながらもあの人達の墓石にはそれが残っていた。あなただけでなく、それを指示していた、壁の外に出る事の出来るアーティファクトを持つ公爵の家の一つの誰かのものさえもね」
国王の側妃の一人に召し上げられたとはいえ、伯爵の地位の家如きが単独で出来るなんて、最初から思っちゃいなかったよ。
ましてや壁の外、アーティファクトがなければ出る事も叶わない。墓石、あの下で永久の眠りにつく、土に還るあの人達のそれにこびりつくように、それは残っていた。
「それらを確信持って調べ続けたせいで、三年もかかったけどね。中でも馬鹿で自尊心だけは高い、それだけしか持たない女共のそれの対処にも苦労してたからね、それだけの時間がかかった。……不思議に思わなかった? 散々探してたそうだけど、最初の足取りから痕跡が消えて困難になった事を」
セレスティア国王の命でアーティファクト使用の許可のもと、黒の一族の子供を探すというそれを受けた家はいくつもあった。
このアズリック伯爵の家もそうだ。黒の一族の子供の捜索を担っていた家の一つだった。
「見つからない事に業を煮やして、わずかながらな痕跡でもあればいろいろやってくれたよねぇ。あの二人に手を出したのも、そのうちの一つだった。鳥人族の夫婦だけならいざ知らず、命かけて護ったあの人達の唯一の子供である僕の友人にも手を出そうとしてくれたな。許すとでも?」
首が横に振られる。
まあ知らないよね、存在自体知らないものね。手を伸ばしたのは別の家で、命じられたのはそっちだもの。
「ほっ、他に依頼された家はいくつもある、っ! 何故我が伯爵家なのだ!? 他にもいるのにも関わらず!!」
「――警告だよ」
貴方達の更なる上、それに関わった家も含めた、
「そして、見せしめ」
それに向けての、ね。
「それに対しての牽制、だ」
ポツリと、僕は足を止め、地面に張り付けた伯爵の男を見下ろす。突き刺さったそれをそのままに、いくつもの恐怖と畏怖の色に染まった顔を端目に映しながら、
「……この身はすごく面倒でね。一つはこの国のもの、一つはここの者共が体の底から忌み嫌う一族のものと二つの血が流れている」
まあ、目の色だけ変わってる現状、壁の外で暮らす数少ない人間の血も流れてるけどね。
「セレスティア現王家のものと分かる特徴は何一つ受け継がなかった。この国が嫌い、畏怖する一族の証だけが僕の姿を形作った。力を使えば一族本来のものに変わる水色の瞳、漆黒の長い髪……それらが僕のもつものだ」
色こそ変わらなかったけれど、水色の瞳も黒の髪も母から受け継いだものだ。色だけでなく、姿形も。生まれ落ちたその時から刻む記憶からも、こうなった原因がこぼしたそれからも、僕の姿は黒の一族の母の生き写しとも言えるものだ。
「特徴がないのにも関わらず、血だけは流れている。こんな、数多くの貴族共には都合のいい存在はないだろうねえ? 己の手元に引き込む事が出来れば、いい抑制と威厳と権威を手に持つ事が出来る。一人しか存在しない、許されない存在は自分の下にいると示せる」
まるで道具、いやそうとしか見てないとそれに、端々に垣間見える色と音で察する事は簡単だった。僕は黒の一族として生きてきた、これからもそうして生きていく。
それは自分の中でけして変わらない。他とは精神状態すら違うからこそ、色々と見えるし思惑さえ気付くことが出来る。
「僕が子を成せば、それは万全になるだろうねえ。そちらの思惑に乗るつもりは全くないけれど」
内に引き込めば、子をとなる。引き込んだ黒の一族は奴隷に近いだろうな、それは子どもを成せば完全に近い状態になる。そうやって代々繋いでいく目論見かな、外で繋ぐのではなく中で。
「そんな扱いされると分かっていて、壁の外で生きる、生きていた人達に手を出されて、何にもしないと思っていたのならとんだお花畑だね。三年近くかかったのは、残された痕跡の持ち主どもと国のそれを把握するため、それと……」
この国に囚われると決めたその日から、浮かんでいた考えを口にする。
「何処かの誰かがそれを口にした時、抵抗するための術を生み出すためだ」
きっと、そういう誰かが現れると確信持っていられた。外で数々の人々を見てきた、嫌な所もいい所も全てだ。壁の外はこの内側より過酷だ、ここよりずっと広い。
顔を見るか、声音と言葉で察する事が出来なければ、世界で生き残る事は敵わない。
「それを匂わせてきたその時、真っ先にそうすると、鳥人族の夫婦に手を出した家と人間共に報復する。この国に迎え入れられる前から決めていた事だ」
軽く、右腕を上げる。力の流れを動かせば、それは空高く持ち上がる。捕らえた人間の全てを。
「うわあああっ!」
「おっ、下ろしてぇぇっっ!」
一人はポタポタと血が落ちる。高い所なんて慣れてるわけないよね、せいぜい邸の階数分の所からちゃんと足に地が付いた状態で見る程度だろうし。
捕らえた人間共は全てそれで浮かせている。伯爵含めた血族、使用人もだ。そうして残された地面には、ここにたどりつく前にされていただろう痕跡だけが残る。
華美に見えるポットと枯れたような濃い色の葉の入ったもの、カップに入った赤みがかった茶の水――紅茶だろう、それから花弁のような縁の形をした平に近い皿に、いくつもののお菓子が乗っている。……それから察するに、家族だけの団らんでもしていたんだろう。
(……僕の友人はもう、そういう事は叶わないというのに)
赤子の僕を預かったあの人達が今も生きていたなら。黒の一族が壁の外で暮らす、ただのそういう存在だったなら。――そんな事を一瞬だけ考えて、頭の中で打ち消す。
(そんなこと考えたって、無駄だ)
もう、いないのだから。
覚えている今も、二度とあの温もりを感じる事は出来ない。中なんて論外で、外ですら数えたくらいの幸福しか感じた事はない。幸せとか幸福なんていう言葉は、一族の血を濃く受け継いだ僕にはほど遠いものだ。
ああ、本当に面倒だ。この身に流れる、汚らわしいくらい忌々しく思う、特徴など何一つ出なかったもう一つの血が。
――でも、
「……ああ、セレスティアの人間共に使えようが使えなかろうが魔力というモノがあって良かった」
口元は自然と笑みの形に浮かぶ。
セレスティアでは身に宿るとされるそれを魔力と呼び、それを使って行使する方法を魔法、または魔術と呼ぶ。それをほぼ自由自在に引き出し、使える人間を魔法使い、それか魔術師といい、それを使役するための方法を記したものが魔法書、魔術書だ。
はっきりと呼ぶ名称、名前があるのに対し、黒の一族の使う方法に名はない。同じ人間という種族でありながら、根本的なものが違うからだろう。
黒の一族のそれは基本、複雑なものでなければ詠唱と呼ばれる言葉は必要としないのだから。
「内に秘める力を見る事の出来る一族でよかった。遠慮なく、貴方達のそれを壊せる」
顔色が変わる。にやりと笑みを浮かべたまま、
「ありがとうね。嫉妬に駆られた各々の妃の生家が大量の刺客をよこしてくれたおかげで、これは完成できた。新しい術を生み出すのが得意な一族で良かったよ」
「やめっ……」
「ああ、その中に直接干渉する形になるから、すごく苦痛を味わうみたいなんだけど耐えきって見せてね? 堪え切れれば生きていられるよ、頑張って」
他人事のような満面の笑みで、僕は告げる。貴方がたの生死には興味ないよ、死のうが生き残ろうがどうでもいい。
「恨むのなら、あの二人に手を出したことを恨め。自分がこうなっている事に、そうした奴を憎め。やられたなら、やり返すよ」
僕は。
それを望んでなくとも、それがあの人達が命をかけてでも守り通した君が、何事もなく暮らしていけるのなら。
(僕は、この手を汚す事も厭わない)
……それが、僕の贖罪だ。
「――さようなら、愚かな人達」
そう言って、僕は背を向ける。少し遅れて、幾多の苦痛にまみれた悲鳴が響く。どうなるのかは見届けるつもりはない、どうでもいいし。
歩きながら、背を向けて進む。とある気配を感じ取ったまま、僕は声を出す。
「いい加減出て来たら。――そこにいるんでしょ、王家の影」
スッと音を立てず、姿を現す幾多のもの。まあ影と呼ばれてるだけあって、まあ印象に残らない顔立ちばっかりだよね。化粧したらまあ映えると思うけど。
表情一つ変えず、声が返される。女性のものだった。
「……よくお気付きで」
「漏れ出す魔力ぐらい隠しなよ。到着した当初から気付くよ、悪いけど。ああ、セレスティアの魔術にないんだっけ?」
もちろん当てつけだよ。いらないと拒絶してるのに、表向きの護衛はつけようとするし、こうして勝手に王家の影も動かしてくる。王の威厳も何もあったもんじゃない、バレたらどうするつもりなんだか。
それ以上に迷惑、面倒極まりない。
「王の命です、我らは従うのみ」
僕はやれやれと息を吐いた。本当に面倒くさい。
「あ、そう。悪いけど後始末よろしく。出来るなら、この家と繋がってる上の連中にも警告落としてくれると尚いいかな」
遠くからは苦痛と悲痛の混じった声が聞こえる。伯爵という真ん中に位置する貴族とはいえ、この邸は狭くもないし、十分広い。爵位に見合ったものだろうけど、よく知らないし理解する気もない。
「……貴方は出来るのですね」
ポツリと呟いたような声は、はっきりと耳に届く。
「何を今更。僕は黒の一族だよ。セレスティアの人間とは根本的に違う。黒の一族として生まれた子供が最初にしなければならない事が、身に秘める力の制御だ。痕跡を消したり、残さないそれは副産物でしかない。それがあるから、今までここに来られず済んだ。……あの男はやっと自分の元にとか、愛したらしい存在が残した形見がどうとか思ってるんだろうけど」
そんなもの、気持ち悪いとしか言えない。あの男の前に引き出されたとしても、不快さを隠さない顔で似たような言葉を吐いただろう。
「そんなもの、わざと決まってるだろ。わざと囚われた。――これで満足?」
そう言って、僕は姿を消す。
王の命を受け、壁の外をさまよう黒の一族の子供の捜索には王家の影もいた事なんて、昔から知ってるよ。あんなに手を尽くしても、足労をかけても捕まるどころか、情報一つなかった黒の一族の子供があっさりと見つかり、捕まったというそれに茫然としたとかね。
僕は黒の一族だ。わざとか、弱ってでもいない限り、情報一つ、痕跡一つ残さない。
「――出ておいで、僕の協力者さん達」
ふわりと、現れたそれに、僕は微笑む。両手で受け止めるように、手の中に収まったそれはふわふわして気持ちいい。片手で一つ、一つ、と肩へと移動させる。
命を持ち、動くこの子達は僕の協力者だ。頬にすり寄るそれを感じながら、僕は言う。
「帰ろうか、みっくん、もっくん、りっちゃん」
「みっ」
「もっ」
「りーぃ」
その返事を聞いて、僕は黒の空間を開く。ふと見上げた空に、白い雲が浮かんでいた。
今は遠い誰かを連想させる色だ、弱い風が僕の黒の髪をわずかに揺らす。
「み?」
先に飛び込んだ子達の一つの声に、僕は苦笑を返しながら答える。
「ああ、ごめんね。行くよ」
黒の髪を隠すフードを被る。遠い誰かの色を思わせるそれから目を外し、僕はこの子達と共に中へ入る。音も何もしない、光一つない本当の暗闇の中へと。
その中を歩きながら、
(……ユキシロ)
僕は今は遠い誰かの名前を、内で呟く。君を思い出せば、預け先の鳥人族の夫婦の二人の姿が浮かんだ。
……温かな、人達だった。春の陽だまりを思わせるような、
(そんな人たち、だった)




