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白い羽根が舞い散る日  作者: 弓月六花
Act.1  空高く囲われた壁の中の人間の国
4/10

黒の一族の僕の記憶のかけらと裏の人達

『……ティアルナ』


 僕に残された、一番古い記憶。産声を上げた、暗闇の空を照らす丸い月が浮かぶ日。

 母の胎からこの世に生まれ落ちて、今ですらはっきり覚えている記憶。濡れた体を布で優しく拭い、泣き声を上げる僕を優しく微笑みながら、その腕に抱き、その空のような色の瞳に映していた、母の姿。

 ……それが、僕の一番古い記憶だ。

 黒の一族は生まれ落ちたその時から、記憶を刻みだす。言葉こそ喋る事は出来ないけれど、その姿もかけられた声もはっきりと認識出来る知能を、生まれたその時から持っている。

 セレスティア、そして壁の外にいた人間にはないもので、絶対に有り得ないものだ。

 彼らに赤子の記憶はなく、その頃に親が死んだとしても記憶には残らない。その顔を認識出来る何かを見せられても、首をかしげるか不思議に思うだけだろう。

 セレスティアの人間、壁の外にちらほらいた数少ない人間。それらは赤子の記憶は持たないと、僕は知っているのだから。

『ぁ、うー……』 

 生まれたその時から記憶を刻み出す。これは黒の一族だけが持つ特性だ。

 それを知っているからこそ、僕は黒の一族だとはっきりと言える。瞳の色こそ違えど、髪と一族の特性を持っているのだから。

『ティア、ティアルナ……。私の、大事な子』

 僕が生まれた事に嬉しそうに瞳に涙を浮かべて笑い、頬を寄せた母の顔を、はっきりと覚えてる。顔も、その声も、かけられた言葉一つ、何一つ忘れることなく覚えてる。

 僕を預けた後、死を迎えた事も。預け先の人達の顔すら。……全部、覚えてるんだよ。




(……お母さん)

 一番古い記憶を夢に見ながら、僕は閉じていた目蓋を開けた。

 夢見つつの僕の意識はぼんやりとしていた。少しずつ、覚醒していくそれに、

(……ああ、死ななかった、のか)

 死ねなかった、のか。

 見知らぬ何処かの建物の天井を見て、僕は腕で目を覆った。一人、残されて、何もかも失わされて、それでも生きていかなきゃならなくて。

 母を覚えている、母との別れも、一人しか存在を許されないから消された、と。いずれ消されるというのなら、何のために生きればいいのか、分かりもしない。

 ……分かりたくも、ない。

『……』

 あのままで良かった、のに。

 壁の外をさまよう一族だというのなら、その血をはっきり継いでいると分かる容姿をしているのだから、そのままにさせて欲しかった。

 この身に流れるもう一つの血の存在が探している。――そんな事を聞いたとて、何の感慨もなかったんだから。

『――あ、目を覚ましてる』

 少し遠く、誰かの声が聞こえて、覆っていた腕を浮かせた。

 ぼんやりとした意識でそちらの方へ目を向ければ、そこにいたのは二人の女性。一人は箒で追手の顔を叩いたおばさんと、もう一人は……見知らぬ人で、おばさんの面影を濃く感じる女の人だった。

『目が覚めたかい。ああ、起き上がらない方がいい、ボロボロだろう? 体は』

 手をついて起き上がろうとした僕をまた横にならせようと、肩に手が触れる。促された手は優しくて、僕は素直にされるがままにもう一度横になった。

 起き上がろうとすると血を吐きそうになったのもある。……いや、実際吐きかけてたけど。

『アタシはハンナ、この子はシーラ。アンタの名前は?』

 クラクラとする頭を感じながら、僕は名前の方を口にし。

『ティアルナ……。……どっちの方、名乗ったほうがいいんでしょう?』

 どっちを言えばいいのか、思わず聞いていた。

 この時にはすでに僕は姓を二つ持っていたからだ。

『どっちって……好きな方でいいんじゃないのかい? 姓を二つ持ってるとかかね?』

 僕は頷いた。黒の一族の姓だけを名乗って、先に面倒になる事は避けたかった。裏の人達とはいえ、この身の上は面倒なことない。

 肯定した僕に、おばさんは言った。

『まあどんな事情があるかは知らないがね、言って問題がないのなら』

『……ありがとうございます』

 うう、頭がぐわんぐわんする。さっさと言ってしまおう、

『……ティアルナ・ブライトネス。この髪の色で気付かれてると思いますが、僕は黒の一族です』

 毒がいつ抜けるかは知らないけど、身体の中はボロボロだろう。修復するまで時間がいるのは確実だろうから。

『もう一つは……ティアルナ・リーファ・エアルドレッドというものを持っています』

 その表情が、目が大きく見開かれていくのをぐらぐらする頭の中で見ていた。……まあ、そうだよね。

 ミドルネームがあるのは、この国では王の血筋を持つ者だけだから。ミドルネームに姓。この国はいくつもの王朝が立っては滅び、その直系か傍系血族が爵位を賜って存在している。

 かつての王朝の一族だった、その証を持っているのは四つの公爵の家。今の王朝を支える四つの柱だ。

 ミドルネームに姓は今の王族と、かつて王朝を築いていた四つの公爵の家だけが持つ。

 エアルドレッドという姓は今の王族のものだ。

『お、王……』

『言わないでください。』

 声を遮るように、僕は言葉を被せる。

『言われたく、ありません。そんな自覚もありませんし、持つつもりもない』

 ……そもそも僕の母は一般人だ。庶民を母に持つ貴族や王族の子供を庶子というらしいけど。

『分かったよ。で、狙われているように見えたのだけど、理由は聞いても大丈夫かい? 黒の一族だから、というそれだけでないだろう?』

『……』

 その時の僕の頭には、連れてこられて早々の出来事が浮かんでいた。己が唯一愛したのは、

『……女の、醜い嫉妬からです。国王が、不用意に発言したその日から』

 今はこの世にいない、黒の一族の女だと、言ったその日から。己の正妃、側妃、数多くの成した子供の前で言った、その時からだ。

 クラッと、頭が何かを訴えた。

(……ああ、もう限界か)

 死には、しないだろう。

 死ぬかも、と思っても。一度目を覚ました以上、僕は僕にかけた一族の秘術に生かされる。散々経験した事だ、外では知識があろうとも、よく似た物がいくつもあって、口にしたものが毒のあるそれだったなんて事は何度もあったのだから。

 自分の、一族の血を護るために遠い昔に編み出されたのが秘術だ。毒でも、何であろうが死なないためのもの。

 ……次に繋ぐその時までか、己が解除しない限りは続くもの。

『……』

 目を開けていられなくて、背中に感じる感触にただ身を任せた。

 ……別にここにいる人達にこれ幸いと手をかけられても、どうでもいい。額に感じた何かを確かめる何か、声がした気がしたけれど、僕が覚えていられたのはそこまでだった。





 それから体が回復するまで、ここでなぜか世話になる羽目になった。

 毒の入っていない食事。内臓が毒でズタズタだろうからと、最初は消化にいいものから徐々に普通のものへと変化していく。

 気が付けば、長い時間をここで過ごしていた。

『……』

 ここで過ごしている時、追手の気配は全く感じられなかった。まあ僕の知らないところで裏の人達が始末してるのかもしれないけれど。

 裏の人達は王の何たるかなど関係ない、と言った。

 この場所を、ここで生きる者達の場所を犯す者など、王家の誰彼であろうと関係ないという事なんだろう。それがこの国の王だとしても。

 裏の秩序を乱すモノは何処の高貴なる身分でも関係ない、排除するのみだと。

 そんな裏で、致死量の毒を食らい続けていた僕は療養を続けていた。

(……体は全快したはずなんだけど、なんで未だここにお世話になってるのかな)

 その期間はすでに一ヶ月が経とうとしていた。

 動けるようになるまではさすがに時間がかかった。致死量の毒を摂取し続けたせいだ、一族の秘術があるとはいえ、回復するための身の内に秘めている力を常に消費し続けて、やっと元に戻るのは時間がかかった。

 そんな日々の中で知る、セレスティアの裏の人々と街の光景。

 裏、とこの人達がそう口にするように、ここは裏だ。道に裏、という文字をつけて裏道と読むように、日の差し込む時間が少ない場所に住む人達であり、普通の生き方が出来なかった人が集まり、出来た場所。

 普通が何を示すのか、それはいろいろな理由があるだろう。天涯孤独、親に捨てられた者、社会に馴染めなかった、その他いろいろ。

 そういう人達が作ったのが、裏と呼ぶ場所。これは壁の外の世界にも少ないながらも存在する。

 セレスティアに存在する裏は弱肉強食。裏以外からの襲撃は排除一択。事情、訳アリは受け入れるらしいけれど。

 裏に来て、ここで生きていきたいのなら、己の身を護る術を身につけろ。それが最低条件。

『……』

 当時の僕もここで生きていくつもりはなかった。連れて来られてほんのわずかな時間でここは魔の巣窟と即座に判断した王宮が、この国での僕の居場所。

 ……ものすっごく嫌だけど。

 次に繋ぐために選んだのがなんでアレと、生きていたなら聞きたいところで、この身に流れている双方の血は面倒なこと上ない。それを分かっているけれど、母を恨んだことは一切ない。

 憎しみも恨みも、そんなものを母に対して持たないのは、黒の一族の特性の生まれ落ちた時から刻む記憶のせいだろうな。

 そうでなくとも、黒の一族の者は一族であれば殊更大事にする存在らしい事はなんとなく分かる。

『……あの』

 それがなんでこんな事になってるのか。戸惑いを隠せない僕と、

『んー。なんだい?』

 にこにこと笑うおばさんと、

『えーと、なんでこうなってるんでしょうか……』

 体が完全に回復した上で立たされ、目の前にいるのはガタイのいい男の人が一人。開けた場所で向かい合わせ、少し離れて立たされている。

(……戻んなきゃ、まずいはずなんだけど)

 体が完全回復したからと戻ろうとしたところを捕まり、連れて来られた先がこれ。あの男がうるさそうだし、長くお世話になってたのが不思議なくらいだ。

『去らないと、まずいと思うんですけど。……黒の一族の僕をいつまでも置いちゃ』

 裏とはいえ、黒の一族の人間を置くのは……なぁ。恐れて近づかないか、攻撃してくるかのどっちかだし。

『んーと、呼び方はティアちゃん、でいいかねぇ?』

『あ、はい。お好きなように呼んでかまいません』

 愛称というものが僕にあるのなら、普通にティアだろう。今は遠い友人にも、死んだ母にもそう呼ばれてたし。

『そうかい。じゃあティアちゃんと呼ばせてもらうよ。ティアちゃん、王城へ戻るんだろう?』

『はい。ご迷惑をおかけしてるかと思いますので』

 ほんと。回復に力を使っていたから、周囲に気を配れなかったのは確かだし。

『そんな気にしなくていいのにねぇ。まあ、それは置いておこうかね』

 裏は実力主義。お尋ね者は基本排除一択、とはいえ、周囲に気を回せなかった以上、大なり小なり何かしらはあったと思う。

『ティアちゃん。王宮に戻ったとして、また同じ目に遭わないと言えるかね?』

『……いえませんねぇ』

 ええ、間違いなく。

 帰ったところで、毒の入った食事は変わらず提供されるだけだし、別に味方とかいるわけでもない。信用できる誰かがいるわけでもないし。

『王宮に帰る前に、コイツと一戦交えてかないかい? 交える事で自分の身を護る勉強になるかと思うのだけど』

『……いや、僕、黒の一族に伝わるそれしかできませんよ? セレスティアの魔術でしたっけ? 肉体強化だとかそんなものありませんし』

 少しだけ目を通したことのある、セレスティアの魔術書なるものを思い浮かべながら、僕はそう答えた。根本的に違うな、と思った事も。

『もちろん手加減はしておくよ。ティアちゃんが得意とするもので戦ってくれればいい』

 おばさんはそう言ったけれど。

(……それ、ぎゃくじゃないかな)

『……分かりました』

 そう言って、僕は数歩足を進める。この後に続く言葉はポツリと小さな声で呟いた。

『……善処、します』



 *


「今日はどうするかね?」


 そう聞かれた時、僕は外の方へと目を向けていた。

 出された食事の皿は空になっている。ここにきてお腹を満たして、王宮で食べる物を作ってもらって。その後は帰るも、寄り道するも自由にしている。

 それが僕の日々のルーティン。当然、

「そうですね、いつも通りで大丈夫です」

 お尋ね者を排除すること、も、

「出来るまで、外行って来ますね」

 あれば、そこに入っている。そう言った後、僕は衣服のフードを被る。

 店の外に出れば、ガタイ、もとい普段から鍛えていると分かる体格の男の人が数人。その背は警戒の色が見える。

「――おじさん達。ソレは僕の客だよ」

「ティアちゃん」

 声をかければ、警戒は解いていないものの、顔色が知り合いを見つけたようなものに変わっていた。対応していたおじさん達より前に出て、僕は嗤う。

「初めまして、かな? 何処だか知らないけど、どれかの妃かが向けて下さったお客様達」

「黒の一族の子供……っ!」

 うん、依頼してきた誰かさんにそっくりになるのはなんでだろうね。ちなみにこうも傲慢で陰湿なのは多すぎて、心当たりがない。

 というか、王の抱える複数の妃になるくらいだから、無駄にプライド高くて癇癪持ちばっか。どの女も自分が一番じゃないと気が済まない連中ばっかなんだもの。

(……ああ、ここにいなくてよかったなぁ)

 そんな事をふと、思う。この国に脅迫、誘拐同然に連れて来られて、知ったふざけた事実。真っ先に思ったのがこれだった。

 こんなふざけたものを国に通して、内に秘める力はこの国の誰より強いだろうけど、記憶にある限りの母がそうなったとしても、きっと結末は同じだ。

 ああ、ここに家族がいなくてよかった。この時だけはそう思う。

「おじさん達。行ってくるけど、離れるか、おばさんのお店にでも入ってて」

「ん? あ、ああ」

「気を付けろよー? ティアちゃん」

 そんな声に、僕はあははと笑う。

「言われなくとも」

 去る気配を背後に、足は前に。立てた幾多の金属音を聞きながら、この国に、この世にいるのが僕一人でよかったと、今だけはそう思う。二人が、ここにいなくてよかった、と。

 だって、



(僕一人だけなら)

 


 ――何とでもなるのだから。





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