変わることのない日常
「おやすみ。みっくん、もっくん、りっちゃん」
極度の疲労を覚えた体を横に、赤、緑、黄色の毛玉に変化した子達にそう言って、天井を見上げた。
ふわふわな感触と確かにある温もりを首元に感じながら、天幕に囲われたそこでぼんやりとしていた。
(寝るには体の疲れは感じなくてもいいけど、未だに慣れないな)
天幕で隠れるようなこのベッドは、俗にいう最低限の体裁の一つだ。そこに設置されているそれは柔らかすぎて、僕の体重でも簡単に沈む。裏で毒が抜けきるまで世話になっていた物とは大違いだ。
これも王家というそれだから、で片付けられる。
(ああ、面倒くさい)
元々の先祖がここと因縁があり、漆黒の色を持つ人間の一族は壁の外にある広い世界をさまようそんな存在になった。……いずれ、その命を散らされるその時まで、次に繋ぐまで。
(そんな、一族の生き方を、僕もするつもりだった)
けれど、それはほっといてはくれなかった。とどまる事は叶わなくとも、裏の人達みたいな存在は外でも確かにいたから。それだけを内に秘めたまま、終わりに向かっていく年月を過ごすつもりだった。
「……」
首元にいた緑の毛玉が頬に触れて、僕は思わずそちらの方へと目を向けた。寄り添うような体の重さに、裏で療養していた時の事を思い出す。
(こうして、いてくれたな、ずっと)
横になったまま、動く事すら出来なかった僕の傍に、君達は常にいた。致死量の毒を盛られ続けて動けてただけでもある意味奇跡なんだろうけど、一度張っていた糸が切れた以上、侵され続けた体はある意味正直だった。
体の回復に力を使い続けて、それ以外はほとんど何も出来なくて。それでも傍らに、今みたいに君達は寄り添っていてくれた。
「……興味は、ないよ。でも、何か変わるのかな」
変わって、しまうのかな。とろとろと、眠りの海に落ちそうになる意識に、逆らわず任せた。遠くなる意識の中で、誰かの声が聞こえた気がした。
……変わらないだろう、そんな言葉だった。
(そうだね。……そうだと、いいな)
変わらないのなら、それでいい。……変わらぬ日々を、遠いあの場所で。
君は、変わらないまま、あの場所で暮らし続けてくれればいい。それが、僕の望みなのだから。
◆
【あるさまあるさまっ、きょうはどこいくのっ?】
いつもの黒一色の衣服に腕を通した僕に、柔らかく簡単に沈むその上でぴょこぴょこと跳ねるリデルディアもといりっちゃん。
「ふふ、さぁどこ行こうか」
一族の血か、黒が一番落ち着く。そう遠回しに言った僕に、ぷうっと頬を膨らますのはミディルことみっくん。
【あるじさま、いじわるだー】
「ふふ、ごめんごめん」
そんな言葉の後に、小さな腕を組んで言うのはモーデルこともっくんだ。
【何処に行こうが、何処までもついていく。主の心のままに】
……そんな言葉かけてもらえるほど、別にそんな存在でもないはずなんだけどな。小さな子供から、赤、緑、黄色の毛玉へと変化した子達を一つずつ手ですくっては、肩の上へと乗せる。
「そういえばその姿になる必要あるの? 今」
【近くにいるのにもかかわらず、見つけられないのはご免だ】
【そんなことあったねー】
【うんうんっ】
そんな言葉を返され、僕は苦笑するしかなかった。彼らに出会ったのはだいたい八年前で、数え年で十二の僕が四の齢の頃だ。
鳥人族の夫婦とその息子である友人の元から去って、案外すぐの事だった。その時の僕は、
「母の形見はもうないんだけど、ね。まあ仕方ないか」
自分の元に母がとある術を込めた、形見のペンダントを首からぶら下げていた。そのせいで、近くにいるのにも関わらず、僕からはその姿は認識してるというのに、この子たちは出来なかったという出来事がある。
僕を認識した後、この子達は髪と瞳の色と同じ毛玉に変化し、肩に乗ってしがみつくようになった。
「――さ、出かけようか」
彼らを乗せている肩の上、手でそっとそれを撫でて、連れてそこから姿を消す。
王宮の片隅、離宮の端の端、近付きながら動くそれに無視を返して。――僕は誰にも知られることなく、この魔境の外へと出る。
(……今日も、憎たらしく思ってしまうほど晴れてる、な)
出た外は、昨日と同じく青空が広がっている。浮かぶ白い、誰かを思わせるそれから目を外して、僕はとある方向へと足を向け、動きだす。
……変わらないで、日々を過ごしてくれればいい。
僕を預かったばかりに全てを喪った君への贖罪。……ねえ、ユキシロ。全てを忘れてしまっているのなら、出来る事なら、このまま僕の事も忘れてしまって欲しい。
ほんの数年、一緒に過ごした記憶を忘れる事を選んだのなら。このまま、どうか忘れて欲しい。
それを確かに選んだとしても、恨むこともしないから。悲しくは思うだろうけれど。
僕一人が覚えていればいい、それは今もずっと変わらないのだから。