記録2 ライバル
二話目です。今回は戦闘及び刺激的な表現やシーンはないかと思います。
お楽しみいただけると幸いです。
ユスティティアとノースは服を買いに近くのショッピングモールへ向かった。ノースが着ていた服で外に出ると、勘違いをされそうなのでユスティティアの服を着ることにした。
道中、明るい装飾の建物や屋台がたくさんあり、多くの人で賑わっていた。ノースはその光景を、物珍しい顔で見ていた。
「…こういうところは初めてかな?」
「はい。私は基本外に出たことすらなくて…」
それもそうかもしれない。ノースはあの研究所でただの道具として扱っていた可能性が高い。そう考えると、不思議でもないのかもしれない。
その時、前の方が少し静かだったので、2人は何かと思って行ってみると、そこには腰のあたりまである長い金髪にティアラを頭にのせ、肩出し型の緑を主とした金の装飾の入ったドレスをした色白な肌の女性が歩いて来ていた。
「げっ、今の状況で見つかったらめんどくさいことになる。今すぐ迂回できる道を探——」
「どこへ行くつもり?」
地面から太いツルのようなものが生えると、一瞬にしてユスティティアに巻き、女性の元まで運んだ。
「や、やあ、千華…。良い天気だね」
冷や汗ダラダラになりながら震えた声で話すユスティティア。千華というその女性は笑顔で柔らかく応えた。
「ええ、そうね。こんな日のお散歩は良いですね。…ところで、あなた…私がいながら堂々と浮気とは良い度胸ですね…!」
だんだん表情が険しくなり、ユスティティアの体を締め付けていたツルもキツく締め始めた。ユスティティアは半泣きになりながら早口で説明した。
「イテテテテテ!ちが、これはそういうことじゃなくて——」
「言い訳は聞きたくない。浮気したらどうなるか…教えたはずよね…?骨も残らず私の養分にしてあげるわ!」
そうして太い根をユスティティアに巻き付けようとした。
しかし、ノースはほぼ捨て身でユスティティアのもとへ向かい、向かってきていた根を蹴り上げた。根の先端は折れ、千華は突然の出来事に一瞬怯んだ。
「ユスティティア様と私は恋人関係ではありません。主従関係です!私はユスティティア様に対して尊敬や慈しみはしますが、好意および恋愛感情は一切抱きません!その証拠として、私は機械です。信じられないと言うのなら、私の体を切り刻むなりお好きにどうぞ。その代わり、これ以上ユスティティア様に暴行を加えないでください!」
ノースの発言と態度は本物だった。少し高圧的ではあるが、ノースの深い思いがひしひしと伝わってきた。女性は、終始狐に摘まれた顔をしていたが、次の瞬間大笑いし始めた。
「…フフフ…、あっはっはっはっは!冗談よ!あなたの立場上、専属のメイドくらいいてもおかしくないし、それに——」
ユスティティアとノースは浮かない顔をしながら千華の方を見ていた。
「な、何よ?その顔」
「いやだって、千華、僕とノースが付き合っているって本心から思っていたよね?なにちゃっかり誤魔化そうとしてるの?」
千華はそれでも表情一つ変えずに反論した。
「何のことかしら?さっきも言ったけれど、あれは冗談よ。私がその程度わかっていないとでも思っていたのかしら?」
ユスティティアとノースは呆れた顔をした。そして、ユスティティアはため息をつき説明した。
「…じゃあ、胸元にある水晶は何?」
「何を言っているの?どう足掻いても証明は…、っ!」
千華の胸元には真っ赤に染まった水晶がついていた。これは『真実の目』という魔道具で、普段は透き通るほど綺麗な水晶玉だが、近くに嘘をつく者がいると真っ赤に染まる特性を持っているのである。
「今この周囲で話しているのは僕たち3人だけ。だとすれば、反応するのは僕たちの会話によってのみ。そして、赤くなり始めたのは君が言い訳をしだした時。つまり、君のその発言は嘘になる」
これで嘘を見抜いたと思われたが、それでも千華はまだ顔色一つ変えず抗議する。
「それはどうかしら?この水晶は効果範囲がある。範囲内にいる人が嘘をついている可能性もあるわよ?」
ユスティティアはもはや呆れを通り越して怒りを感じていた。それでも、冷静に説明をしてトドメをさしにいく。
「その水晶の効果範囲は最上級の物でせいぜい半径4メートル程度。それを基準にして考えたとしても、今見ている人たちがギリギリ効果範囲内にいるかどうかぐらいの位置にいる。だからそのことは考えにくい」
しばらく沈黙が続いた。ユスティティアを中心に気まずい空気が漂う。突然千華は少し冷や汗を流し、笑いながらこちらに近づいて来た。
「あ、アハハハ…、ごめんって…。ほら、このあとお詫びにあなたの好きなカフェで奢るからさ…、ね?」
「よし、許す」
先ほどまで気まずい空気を発していたユスティティアだが、完全に消えてしまった。
ノースはその一言に驚いた。あまりにも単純すぎて思わず絶句してしまった。
「ユスティティア様!?今の流れでは千華様に仕返しをするのでは!?」
「うん、確かに怒りはあるよ。けど、奢ってくれるなら良いかなって…」
「完全に操作されていらっしゃる…。それでも、嘘と言う可能性が——」
しかし、水晶はなんの着色もない綺麗な状態だった。どうやら、奢るというのは本当のことらしい。
「ふふ、いい子ね」
その後、これからのことを聞いた千華は同行することになった。しかしノースは内心賛成していなかった。
衣服コーナーへ着くと、千華は早速どこからともなくメイド服を持って来た。
「ねえねえ、これとかどう?似合うと思うよ」
しかし、ノースは千華が持ってきた服は全て反対し、ユスティティアが選んだものだけ賛成した。
次はDIYコーナーへ向かう。千華はユスティティアが欲しがりそうな物をかごいっぱいに入れて持って来るが、こけてユスティティアに持っていた物を投げ出してしまった。
それをノースは華麗に全て回収するが、明らかに千華を支える余裕があったにも関わらず、完全に無視した。
その後もノースの徹底防衛は続いた。移動中、2人が手をつなげないよう常に間にいたり、ユスティティアのアクセサリーを選ぶ時で千華と小競り合いになったりと、千華をユスティティアに接触させないような行動や敵対的な態度を取った。
そして、ユスティティアのお気に入りのカフェでも、ノースはユスティティアの隣に座り、向かいに座っている千華を常に監視していた。3人は注文を終えると、千華が真っ先に口を開いた。
「ねえ、ノースちゃん。私の気のせいかもしれないけど、私のこと嫌い?」
ノースは無表情で即答した。
「いえ、そんなことはありません」
冷淡な一言だった。呼ばれたので千華の方を向いたノースだったが、すぐに別の方を向くのであった。
「私のことが信じれないのね」
「いえ、そんなことありません」
「私がユスティ君を操っているからでしょ?」
「いえ、そんなことありません」
「…ユスティ君のことが、大切だからでしょ?」
「…はい、そうです」
「…命の恩人だからでしょ?」
「…そうですが、あなたが私のなにを知って——」
「研究所での虐待…。ホント許せないわね…」
予想外の言葉にノースは内心驚いた。話した覚えのないことをなぜこの人が知っているのか疑問に思った。
千華は少し微笑んだが、窓の外で遊び回っている無邪気な子供達を見ながらどこか物悲しそうな顔をしていた。
「…気づいていたわ。あなたが私に警戒していること。当然よね。奪われるかもしれないって思うとなおさらね…。…ごめんなさい。許してほしいがために操ってしまって…。
ユスティ君はとても純粋だから、良くも悪くも他人のことをすぐ信じてしまうの。でも、私はそれを犯罪に利用するつもりはないことはわかってほしいの。信じられないかもしれないけど、あなたに信じてもらえるよう頑張るから」
胸元の水晶は夕日の光に照らされていたにも関わらず、透き通った輝きを放っていた。すると、ノースは席を立つと、深く頭を下げて謝った。
「…本日はあなた様を敵対視し、迷惑をかけてしまい、大変申し訳ありませんでした」
「別にあなたは何も悪いことしてないでしょ」
「しかし私は——」
「はいはい、私たちは仲直りしたってことでおしまい。昨日の敵は今日の友だからね」
「昨日はそもそも会ってないけどね…」
「…細かいことはいいの。ほら、そうこうしてたら注文していたの来たわよ」
店員が持って来たのは、二つの一切れのケーキだった。ユスティティアのケーキは中はスポンジの間に星型のクッキーのようなものが入っており、千華のケーキはクレープのようなものが何層も重なったものだった。
「ノースは注文しなくてよかったの?」
「私は機械なので食事はできません」
「そうよね〜…」
そう言いつつ千華は少し膨れ顔をしてフォークを取り出した。
「それのことなんだけど、実はできるよう改造したんだ。今、ノースの中には食べたものを残らず電気エネルギーに変換する特殊な消化器官をつけたから、食べても問題ない。それに、味覚の方のも感じるようにしたからできれば良い機会だし食べてみてほしい」
そうしてユスティティアは自分のケーキをノースの方へ寄せた。ノースは話を理解すると、フォークを取り出し食べようとした。
しかし先ほどのことを聞いた千華は、自分のケーキを一口分フォークで取ると、ノースの目の前まで持っていった。
「ほらノース、あーん」
「…あの、千華様。私を子供か何かと勘違いしていらっしゃるのですか?一度も食事をしたことのない私ですが、さすがの私でも1人で食べれます」
からかわれているように感じたため少しムキになるノース。それを見た2人は微笑んだ。そしてまた、ムキになるノース。
「な、なんですか?」
「ノース、これはあなたのことをバカにしているのじゃなくて、あなたに対する愛情みたいなものよ。だからそんなにムキになる必要はないから」
ノースは無意識のうちに千華の胸元にある水晶が視界に入った。水晶は相変わらず透き通る橙色の輝きを放っていた。
ノースは千華のことを見つめながら差し出されたケーキを食べた。その時のノースの青と黄色の目は自然と上目遣いになったが、本人はそんなこと知らなかった。もぐもぐとケーキを頬張り、飲み込んだ後に
「美味しい」
と口にクリームがついたまま目をキラキラさせながら言うのだった。
あまりにも純粋で尊い姿だったので、千華はニコニコしながら見ており、ユスティティアは少し顔を赤くして、ノースと目が合った瞬間目を逸らした。
「…どうかしたのですか?」
「いや、ものすごく美味しそうに食べるなーって思って。それにかわいいし」
「かわいい…。それはどういう意味なのですか?」
「褒め言葉で、愛着が湧くようなものを言うの」
「そうでしたか。…ユスティティア様、顔が赤いですが熱があるのですか?」
その時、千華がユスティティアのことを一瞬だけ嫉妬の思いのこもった目で睨んだ。
「…まぁ、今回だけは許してあげる」
「…そういえば、お二人の本名を聞いていませんでした。恐れ多いですが、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「そういえばそうだったね。僕は『ユスティティア・シュヴァルゲイザー・ラー』。太陽神の息子」
「そして私が14代目アフロディーテ『夏希・千華』よ。改めてよろしくね」
「はい。この『ノース・ガラドリエル』、あなた様方に忠誠を誓います。こちらこそ、これからよろしくお願い致します」