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記録16 果てなき復讐

 16話目です。

 注意、この作品にはグロテスクな表現が含まれています。苦手な方はご遠慮ください。

 最近寒くなってきましたね。体調はどうですか?体を壊してからだと遅いので気を付けてくださいね。


 人生、恨むことは一度はあるだろう。だが、どうかそれが大事になると、自分も、他人も、対象も、全てを失うだろう。

 ...どういうことだ?いつから?それとも、()()()から既に知っていた?

 そんな疑問がどんどん積み重なる。そのたびに千華の瞳に光が消えていく。これ以上、余計なことを考えるのはよそう。これ以上知られてしまえば、きっと...。無心になった途端、ハイライトの消えた瞳のまま千華は軽いため息とともに話し始めた。

「ユスティ君、多分前にも同じ話をしたよね?」

「...天界襲撃事件『ラグナロクの予兆』のこと?」

「うん、地獄そのものとも言えるあの日。ユスティ君だって見たでしょ?」

「...なんで今になって――」

「ああ、そういえば、誰に殺されたかは言ってなかったね」

  千華はオフィスチェアが軋む音を出させ、重そうな体や足をゆっくりと動かしながら窓に手を当て、空が藍色に染まっていく風景を見つめた。

「...あいつは、私から全てを奪った。幸せも、日常も、夢も、希望も、慈愛でさえも、私にはない。あるのはただ『怒り』だけ...。たったそれだけの感情で私はここにきている。ユスティ君やエレンちゃんも同じ理由でしょ?」

 ユスティティアには、一筋の流れ星が窓に映った千華の瞳から流れた気がした。しかし、ノースにはそんなものは見えなかった。

「...確かに動機は一緒。でも、今考えてみると、こんなことをしても終わらない気がするんだ」

「じゃあ、なんだったら私のこの思いを晴らせるの?」

 窓の外の夕暮れを見ていた千華は、突然二人に視線を向けた。窓は何もしていないのに荒ぶりだし、冷たく、鋭く、怒りに満ちた殺意の瞳だけが、二人を凝視していた。

「なんだったら私はあの日のことを忘れられるの?どうすれば私は幸せになれるの?どうすれば私はあの日みたいな幸せな日を過ごせるの?あの日のように笑顔でいられるの?ねえ、教えてよ。ねえ。ねえ!」

 話す度に物理的な距離は縮まり、千華の顔は二人のすぐ目の前まで迫る。威圧感は増していき、ユスティティアはただじっと聞くことしかできなかった。千華の瞳には優しさも愛もない全く別の感情であふれていた。千華も言っていたが、怒りと言うには不十分な表現なのかもしれない。それよりももっと深くて、過去に強く結びついていて、明確な殺意がある。


「...ちょうどいいし、二人にいいものを見せてあげる」

 すると千華は不適な笑みを浮かべながら顔を放すと、机の上に置いてあったパソコンの電源をつけ、起動と同時に現れた無数のフォルダのうち一つを開いた。画面に映し出された保存されていたその光景は想像を絶するものだった。薄暗く、窓もない小部屋の床と壁はコンクリートで構成されており、天井にまでこびりつく赤い液体や固形物、スピーカーから漏れ出る苦痛と悲痛の声、悪魔や魔物と思わしき生物の体からは内臓物が飛び出し、繋がれているパイプから何かが常に注入されていた。中には生死の区別が難しいほど損傷が激しく、原型を留めていないものや、体が得体のしれない植物や虫、動物が肉を食い破って顔を出しているのもあった。

「私ね、この気持ちがどうしても晴れない時があるの」

 そう言いながら何十、何百、何千と言う夥しい量のフォルダーに保存していた星の数ほどの映像を一つずつ、目に焼き付くようにゆっくりと見せていった。

「その時はね、こうやってこいつらをいたぶって発散してるの。四肢を引き裂いて、体を貫いて、その傷から吸血植物や寄生生物をねじ込んだり、そうやって痛めつけてるの。でも、それだとすぐに心も体も限界になっちゃうから常に『バーサティルポーション』を投与し続けてるの。このポーションなら体の傷も精神崩壊も再生できるからね。簡単に死なれたら困るし」

 身の毛も弥立つような所業の数々にユスティティアはまだ全体の一割にも満たないところで気分が悪くなり、嗚咽を吐きそうになった。普段戦場で当たり前のように数多くの血しぶきや臓物などの地獄絵図を肉眼で見るが、こんな残酷なことには画面越しであってもさすがに耐えきれなかった。それだけではない。ユスティティアの中の千華の姿は完全に崩壊していた。二人に見えた千華の姿は、天使でも女神でも、ましてや悪魔でもないもっと狂暴でもっと禍々しい存在へと変貌していた。


 どうにか持ち前の理性で沈黙と平静を保ってはいるが、ユスティティアの額と手にジワリと汗が滲みだす。鼓動も抑えても言うことを聞くはずもなく、次第に高鳴っていく。

「...そう、ここまでしても私に話すことはないんだ...。...ん~、一応ユスティ君は私の彼氏だし、ノースちゃんも私の患者たちの恩人だし、痛めつけはしないよ。でも、二人とあいつの関係を知ってしまったからには言わせてもらうよ」

 赤い汚れがこびりついた革靴は聞きなれた音と粘着するような音を部屋全体に響かせながら千華は二人の横をゆっくりと歩き、蛇のような視線を浴びせ、


 も し 、 ま た そ い つ を 見 つ け た ら 呼 ん で 。 ― ― か ら ... 。


 そうして千華は部屋を出ていった。途中、聞き取れなったが、とてつもない殺意を向けられていたのは確かだった。あの姿は正しく獲物を見る『獣(けだもの)』だ...。

 しばらくの間、不穏な静寂だけが続いた。金属が細かく触れ合う音が微かに響いていた。二人とも完全に『獣』に睨まれ、言葉を発する余裕もなかった。

「...帰ろうか」

 ようやく出せたその一言で麻痺から解放され動き出す。ノースは帰り際に何度も後ろを見ていた。


 帰路をまだ不完全な月が誘導するように道を照らす。街灯も連鎖するように火を灯し始める。炎の間に着くと、そこでは見慣れた賑やかな商店街はもう暗くなるというのに、これからだと言わんばかりに大声で自慢の商品を見せびらかす。二人にはそんなものに興味どころか目をやる気力すらなかった。ただ、虚無を見つめていた

「...ノース、大丈夫?」

 静寂や沈黙が嫌いなユスティティアはとうとう我慢の限界で無理やり話を始めた。

「はい、問題ありません」

 目線は合わせず、まだ虚無を見ているノース。ノースとしてもかなりショックだったのかもしれない。

 ユスティティアは千華の印象は大まかではあるものの把握はしてはいるが、あそこまで猟奇的で恐ろしい姿を見たのは初めてだった。母はいないユスティティアだったが、千華は実の母のように愛情を与えてくれた。浮気に関しては異常に敏感な彼女ではあったが、それでも、多くの愛を与えてくれた。それは親鳥が卵を温めるのと同じように温かく包み込み、炎とはまた異なる安らぎを与えていた。しかしそれとは対極に、大きな爪で獲物を引き裂き、冷たい眼差しで冷え切った肉を貪るような態度だった。

 場の空気を和らげるため、ユスティティアは必死に話を繋げる。

「...今日は、とても忙しい日だったね」

「はい、通常の戦闘とほぼ変わらない電力の消費でした」

「今度は救助用で別の補助パーツを作る必要がありそうだね」

「今の状態でも十分ですが、効率が上がるのでしたらお願いします」

 また沈黙が二人を包み、なんだか冷たい風が吹いた気がした。

「...そ、そうだ。前におしゃれなカフェを見つけたんだ。つい最近できたやつらしくてさ、今度また一緒に――」

「ユスティティア様」

 ユスティティアの口を塞ぐように放った一言。あの時のエラー音も煙もなく、ただ機械特有の冷気が漂っていた。

「...大変申し訳ございません...。今の状況で、そのような話を喜んで話せるような気持ちになれなくて...」

「あ...、うん...。そう、だよね...。ごめん...」

 やはり、この沈黙をどうにかやめさせるのは無理そうだ。ノースもも完全に恐怖と失望に飲み込まれ、簡単には立ち直れそうにない。彼女本人に止められてしまい、一時はだんまりしてしまうのだが、はやり我慢できず、性懲りもなく話すのだった。

「...正直、千華があんな神族だとは思わなかったよ...」

 この話題に食いついたのか、顔は動かさず、目だけこちらを向き始めた。

「...ユスティティア様でも、夏希様のあのような姿をご存じなかったのですか?」

「...うん、初めて見たよ。」

 眉にしわが入り、目を細め、目のハイライトが消える。微かな冷気が肌を巻いているような感触がした。

「...少し、昔の話をしようか...」


 僕や千華、礼洗、いや、僕たちと同じ年代の神々や天使、仙人がこうして天界の兵士として働いているのは、()()()が理由だろうね。僕たち神族の肉体年齢がまだ12歳くらいの時、天使や仙人なら青桜さんくらいの年齢になってるはず。神族の十年は天使や仙人の一生だからね。それはさておき、僕らの経験した()()()、魔界の兵士たちが天界を襲撃したあの事件、

『ラグナロクの予兆』

 平和だった明るい日常も、いつもと変わらない当たり前の風景も、愛する家族や友人、あるいは近隣の人との関係も平等にはかなく崩れ、何も残らず空っぽになった人もいた。黒い影たちが突如として攻めたあの日、多くの者たちから全てを奪った。

 大切なものが残っているにも関わらず自分を責め続け、破滅に向かう人もいた。

 感情に忠実になり、本当にやりたいことも大切なものも見失い、ただただ破壊を繰り返す人もいた。

 それでも、誰も止めることはできなかった。黒い影たちは都市中を練り歩き、見るもの全て無差別に破壊した。誰もが血を吹き出し、大切なものを砕かれ、悲痛と憎悪の叫びを世界中に響かせ、渇き果てるほどの涙を流しても、燃え盛る獄炎と彼らの前には一瞬にして消える。地獄と一言でいうには不十分すぎるほどの光景だった。

 今も、天界はこの状況から完全に立ち直れていないんだ。『光の間』、未だ七望星の英傑団の光が欠け、絶望に満ちてしまっている。誰かが希望の光とならなければならない。果たしてそれが誰なのかはまだ決まっていないのも天界の軍が全体的に少ないことが主な原因だろう。


「...そして、僕も千華も、あの日からずっと立ち直れていないんだ...。忘れることも、失ったものを取り戻すこともできず、この思いも晴らすためだけに入団した。たったそれだけ」

 虚ろな瞳が僅かに揺らいだ。都市の風が吹き、暖かさと寒さが入り混じって生暖かい感触が肌を撫でた。そっと彼の手を握るノース。その手は彼を抱いた時より冷めていた。

「私がいます。私は決してあなた様のそばにいると約束します。それだけでは、不十分でしょうか?」

 少し安直な言葉のように聞こえたユスティティアだったが、彼女の曇りのない瞳と偽りのない口調、そして両手で包むようにしてこちらの手を取る姿を見て、その意志の根源には確かな思いを感じたような気がした。しかし、所詮は機械。ユスティティアは自分自身にそう再認識させ、愛想笑いをしてノースの手をもう片方の手で握り返した。

「...うん、ありがとう」

 欠けた月の明りがノースの体を反射する。まぶしくて目をそらした先に、何か見えた気がした。

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