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15/22

記録15 生命の女神

 やっと15話目です

 皆さん、今年の夏はどう過ごしましたか?僕は肺炎で一か月間どこにも行けませんでした...。皆さん、ほんと、健康第一でいてくださいね?でないと、僕みたいな悲しい日々になりますから

 それでは、本編へどうぞ

 慌ただしい靴の音が廊下全体を響かせながらさらに騒がしく狭い手術室まで行くと、そこには一種の戦場と化していた。入った瞬間、鼻の奥を突き刺すような血と薬品の匂いが部屋全体に漂い、医師や看護師たちは互いに声を荒げ、毒や氷で爛れた皮膚、未だ止血すらされてない傷、汗と血と膿に塗れて今にも消えそうな命を繋ぐ医師と看護師たち。一部は既に生きているかどうかすら怪しい天使や仙人たちもいた。

 ノースたちは状況を理解できないまま立ち尽くす中、千華は魔法で瞬時にドレス姿から白衣に着替え、彼女とは思えない真剣な眼差しでマスクをつけ、早々と向かってしまった。

「状況は?」

「はい!凍傷が15人、毒や猛毒による中毒が27人、両方が8人います!」

「わかった。瀕死の人からこっちに頂戴」

 マスクとゴム手袋、衛生キャップを装着し、目の前の負傷者の施術を始めた。負傷者の体に手かざすと、手のひらから魔法陣が現れ、

「...グリムリーホルアミネね。有名な猛毒」

『Detoxificatioデトクシフィカティオ Mysticaミュスティカ

 一瞬にして毒を判断・解毒をするのだった。負傷者から白い煙のようなものが出てくると、毒でただれた肌が綺麗な肌色に変色した。

「あとは血清で様子見でいいわ。次」

 そして次の負傷者を治療する。

「こっちも同じ毒」

『Detoxificatio Mystica』

「はい、次」

 そしてまた次の負傷者を治療する。

「こっちは凍傷ね。ユスティ」

 長年の付き合いとはいえ、初めて呼び捨てで呼ばれたことに戸惑いながらも返事をする。

「この子、温めておいて。人肌の温度をキープして」

 ユスティティアは曖昧な返事をし、兵士の前に出て呪文を唱え、兵士を囲むように小さな炎を出した。

『祝火百鬼夜行』

「温度高い、もっと下げて。人肌に合わせて」

 見ていないため、千華にしか聞こえない何かを感じ取ったのだろう。反射的とも言えるその言葉にユスティティアは急速に炎の温度を下げた。ユスティティアが千華の方を確認するように視線を送ると、そこに千華の姿はなかった。他の医師たちに聞くと、どうやら他の手術室に向かったようだ。

 ユスティティアは未だに千華に言われた言葉が頭の中で連呼していた。いつも実の母のような温かな千華が放った鋭く、冷たさも感じる真剣な言葉は簡単にユスティティアの脳に焼き付けたられた。ユスティティアはふとノースの方を確認しようとしたが、そこにノースの姿はなかった。ユスティティアはますます千華の元へ行きたくなってしまったが、持ち前の責任感でこらえた。


 一方ノースはと言うと、千華の動きをただただ観察していた。まるで、一種の生き物の生態を観察するかのように、邪魔をせず、そこに存在しないかのようにただ静かに見ていた。千華は一秒の遅れも許さなかった。負傷者を治す。ただそのためだけにしか動かないロボットのような姿に、ノースは共感を覚えた。廊下の方から革靴の音と車輪が慌ただしく回転する音が定期的に聞こえた。しかし機械の二人には聞こえなかったも同然だった。

 しばらく観察していたノースは、突然千華が手を付けようとしていた負傷者の前に出た。

「...っ!ノース、あなたは下がって!今は1秒たりとも無駄にでき―」

『Detoxificatio Mystica』

 ノースから放たれた魔法は、確かに千華が使っていたものだった。千華は突然の出来事に唖然したが、瞬時に気を取り戻し、ノースにある一つの命令を与えた。

「...ノース」

「はい、招致しました」

 『心』が通じた。と言うより、ノースがノース自身に命令を与えたかのようでもあった。ノースの目には何かが変わっていたことは間違いない。これが果たして『心』を形成し始めたからなのか、はたまた別の何かなのかは千華にも理解できなかった。


「...ふぅ...。あとは輸血とか血清でいいはず」

 相変わらず慌ただしいのに変わりはないが、あの時よりかはだいぶマシになっただろう。千華はつけていたゴム手袋を丁寧に外そうとした。遠くの方から息を切らしながら走る人物が見えた。あの特徴的な黒い肌と黒髪のくせ毛はゼインだ。

「千華団長!中毒患者全員容態が悪化しています!」

 唐突かつ予想外な伝達。これには千華も混乱の表情を隠さなかった。

「え!?いやなんで!?確かにあの時毒は完全に解毒できたはず!仮に残っていても血清で完全に解毒されるはずなのに…!」

「とにかく行こう!このままじゃまずい!」

 千華は未だに混乱の表情を直せないまま、外しかけたゴム手袋を引っ張りつけた。


 再び来る手術室。先ほどとは見慣れない機器と医師たちが爛れた皮膚をした負傷者たちを囲み、今にもこぼれ落ちそうな命を手のひらですくっていた。

「団長!この患者たち、まだ毒が消えてないみたいなんです!」

「…っ!どいて!」

『Detoxificatio Mystica』

 爛れた皮膚はすぐさま消えたが、それは一瞬だけだった。すぐさま患者の肌を紫色のひびが侵食を始めた。

「これ、ただの毒じゃない…!これって『邪毒』…!」

 『邪毒』。この世界には様々な毒が存在し、一般的に『毒』は量で、『猛毒』は時間で深刻化する。この二つは解毒剤や対応する魔法で解毒が可能。しかし、『邪毒』だけは例外だ。これは、魔法と毒が奇跡的に融合し、通常の解毒法を無力化してしまう。よって、『邪毒』に犯されると致死率はほぼ100%の死神のような毒だ。

 千華の顔に絶望が見え始める。

「団長!こっちも同じ症状が!」

「団長、毒に侵された患者のほぼ全てが邪毒に侵されていると思われます!」

 自身の安直な判断で起こった末路に気がつき、団員たちが千華を呼ぶたびに彼女の心に亀裂が入るような感覚を覚えた。


「...ここまで...、ですか...」

 とうとう虚ろな瞳をしてしまうノース。思わずユスティティアもそれに感染したかのように同じ瞳をした。

「...ッ!」

 千華はもはや感情に忠実と言ってもいいほど突発的に動き、棚を乱暴に漁ると注射器と絆創膏を取り出した。取り出された注射器は素早く紫色に変色した患者の肌を貫き、血を吸い上げた。ゼインは千華が何をしようとしているのか悟ったのか、顔面蒼白になりながら千華の持っていた注射器を強引に取り上げた。

「...団長、まさか...!それだけはやめてください!」

 千華は奪われた注射器を飢えたかのように取り返そうとする。しかしゼインも死に物狂いで抵抗する。

「ゼイン、返しなさい!!これは団長命令よ!!」

「いいえ!いくら団長命令だとしても、俺は絶対に認めません!そんな事して、団長が生き残れる保証があるんですか⁉」

 それに千華は動きが止まり、反論どころか返事すらなかった。ただ、苦渋の表情だけが張り付いていた。

「そんなことをして、あなたはちゃんと成功できるんですか?」

 俯く千華。

「そんなことをして、取り残されたあなたの患者は、ここはどうなるんですか⁉」

 ギリギリと歯を食いしばる音がする。

「そうやって、無謀な懸けをして、死んで、一体何が残っているんですか!!?」

 千華は俯いたまま大きく息を吸い、

「...じゃあ聞くけど、あなたはこの患者を捨てるっていうの...⁉」

 そう言い放った。ゼインは眉をひそめ、目を細くさせ、ゴム手袋が破けそうなほど手を強く握りしめた。

「...それが、現実ですよ...!」

 そう、これが現実だ。医者は今ではなく、これからのことを考え、ありとあらゆる選択を天秤にかけ、常に最善の選択を選ばなくてはならない。それが例え、目の前の患者を犠牲にすることであったとしても。


「...でも、この血を薄めて――」

「確実にできるんですか⁉あなたの『適応』で、完全に耐えられるのですか⁉抗体を作れるんですか⁉」

 渋い顔をしながら奪い返した注射器を握りしめる。しばらく痺れるような空気と静寂が続いた。

「...これは私からの提案なのですが...」

 その一言で全員の視線がノースを突き刺す。さらに麻痺し、せっかく開いた口がまた塞がりそうになった。それでもノースは意を決する。

「『Detoxificatio Mystica』を使用した際、一時的に毒を分解はできているはずです。しかし、魔力が何らかの影響で再発を起こすのであれば、魔力そのものの結合を分解させなければならないので抗体や血清治療は難しいと思われます。そこで、私を媒介に患者と千華様を一体化させ、分析と解毒をすれば毒と結合した魔力を分解しやすく、万が一危険だったとしても私が『接続』を解除すれば深刻な状態にはなりません」

 流暢かつ情熱も感じるその説明はその場にいた者たちに希望を見せるには十分だった。しかし、ゼインは相変わらず苦渋の顔を張り付けたまま反論する。


「...わかった、やりましょう」

 ゼインの意向を無視し簡潔に返事をした千華は、注射器をゼインに突き返しノースの手を取った。

「覚悟はできてる...!すぐ初めて」

「了解しました」

 と言う声とともにノースは付近にあった金属を利用して患者全員と一体化を始めた。

 ここでもゼインが反発する。拒絶反応の心配をしだしたのだ。しかしその心配は全くない。なぜなら、ノースの『接続』によって一体化した体同士は同じ体と認識するので拒絶反応なんてなる方がおかしい。そんな説明もできたノースだったが、「ご心配なく」とだけ言い作業を続けた。全ての患者との接続が完了し、ゆっくりと千華に手を差し伸べた。もはや彼女たちの間に言葉など必要ない。そう言わせるほど千華はすぐさま手を握りしめた。

 千華の手が金属に変わると同時に、眉がピクリと動いた。

「...血液を分析中...。邪毒を千華様へ注入を開始」

 千華の腕から体へと紫のひび割れが始まる。全員が息を飲む逼迫した空気が張り詰める。千華の額に一筋の汗が見える。それでも、千華は瞳を閉ざし、ただただ無心に何かをしていた。時折、ノースが千華の様子を伺う眼差しが見れた。

 紫のひびはとうとう首にまで進攻した。それでも、やめる気配は一切なかった。見かねたゼインがやめさせようと前に出るが、ユスティティアはそれを阻止した。彼には感じたのだ。


 そしてとうとう顔にまで差し掛かった時、閉ざされた瞳は開かれ、一層輝く新緑のような眼が現れた。それに合わせてノースの右目もいつの間にか緑色に変色していた。

 千華の肌を破壊するように伸びた紫のひびは時間が巻き戻されたかのように消えていき、さらに患者たちのひびまで消えていった。これぞ正しく、奇跡と言うものだろう。ノースは全ての『接続』を解除し、二人してため息をつくと、お互い笑みを見せあうのだった。そして、こういうのだった。

「治療、成功よ...!」

「治療、成功です...!」

 その場にいた一同が拍手喝采を二人に浴びせた。未だに状況を完全に理解できずに啞然としていたゼインに、ユスティティアが肩をたたく。まるで「ほらな?」と言わんばかりの顔で見下ろしていた。それを見て不服に思うゼインだったが、安堵の息を吐くのだった。


「いや~、ギリギリだったね~...。さすがの私でも、久々に肝が冷えたわ~」

 三人だけの空間の診察室は過ぎ去った嵐のような雰囲気だった。千華もいつものドレスに着替え、オフィスチェアの背もたれによりかかり、疲れた表情で二人を見た。さすがのノースも電力を使いすぎてしまったため、充電ケーブルを伸ばしながら聞いていた。

「ですが、患者の容体は安定しており、これからは回復していくそうです。全て千華様のおかげです」

 すると千華は突然起き上がり、ノースの方に体を倒した。

「何言ってんの?ノースがいたから突破口ができたのよ?治したのは私だけど、道を切り開いたのはあなたよ」

 すっかり戦友のように仲が縮まった二人はまた笑みを見せるのだった。その二人を見てなんだか成長と確かな温かさを触れずとも感じ取ることができた。


「...さてと、ようやく聞けるわね。『漆黒の戦士』とやら、どういう関係なのかしら?」

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