「ぱちりと目が合った」で始まり、「そっと笑いかけた」で終わる物語
診断メーカー『あなたに書いてほしい物語』より
(あ……)
ふと顔を上げて遠くに目を向けた。
机の真向かい。 友人の肩越しに、二人の少年がいた。 片方の一人が、同じタイミングで顔を上げていたのだ。
鳶色の瞳。 短く整えられた栗色の髪が、窓から射す陽光を受けて輝いている。
制服のネクタイの色は三年生を表す紺色……そこまで読み取った瞬間、長いこと相手を凝視していたことに気づき、頬に血が上る。
「どうしたの?」
さっと下を向いた私に、真向かいの友人が顔を上げた。
「あ……、目が……」
合ったような気がして。
「え? 誰?」
すかさず振り返った友人に習い、他の子達も勉強の手を止めて辺りを見回す。
「どこどこ?」
「あれじゃない? 窓際の二人組」
「三年の先輩かな? どっちも中々良い感じね」
「ねぇ、どっちが……あ、こっち見た」
自習時間も半ばを過ぎ、集中力が途切れる頃合い。 好奇心を大いに刺激された少女たちが、獲物を見つけた猫のようにひそひそと盛り上がる。
そんな友人たちを尻目に、私は熱く火照る顔を伏せてペンを握り直した。
(あ……)
ふと顔を上げたら、見知らぬ女の子と目が合った。
ふわふわと波打つ金髪に縁取られた小さな顔。 バラ色の頬に青灰色の大きな瞳。
周りの子たちよりも少し小柄で小動物じみた、可愛らしい少女だ。
思わずじっと見つめると、少女はみるみる頬を染めて、ばっと机に顔を伏せた。 周りの少女たちが彼女の異変に気付いたように声を掛けるのが伺える。
「ん? どうした?」
肩にずしりと重みが掛かり、悪友の顔が俺の目線を追いかけた。
少女たちの目がちらちらとこちらを伺うのを認めたのか、にんまりと目を細める。「あのリボンの色は二年の女子か。 お、こっち見てる」
肩越しにひらひらと手を振る悪友の腕を、俺は慌てて引き下ろす。
「んだよ。 挨拶だよ」
嘯きながら悪友が口端を上げると、少女たちの方から抑えた歓声が届いた。 びくりと肩を上げる俺と対照的に、こいつは余裕たっぷりだ。
「で、どの子?」
「何がだよ」
「真面目で堅物のお前がうっかり見惚れちゃった女神様だよ」
「なんのことだよ」
「あー、あの金髪のちっちゃい子かな? 周りの子たちが囲んでる」
可愛い子だねと続く声にまたもや肩を跳ねさせると、得たり顔で笑われた。
「女神様っていうより妖精ちゃんかな? どれ、この俺様が一肌脱いでやろうか」
「やめろ」
席を立とうとする悪友の腕を掴む俺の視界に、やいやいと動く少女たちが映った。
あちらはどうやら金髪のあの子をこちらに押し出そうとしているようだ。 真っ赤な顔でぷるぷると震えている様子がかわい……じゃなくて。
俺は悪友を席に沈めると、徐ろに席を立った。
さり気なく衿元を整えながら、ゆっくりと少女たちの集団に近づく。
この広大な学園で、学年や選択授業が違えば次に顔を合わせる機会など殆どない。 ましてや教室も敷地も男女で厳格に区別されている。
(今を逃せば、もう)
焦る気持ちと、慣れぬ社交に挑む緊張感。 異性の群れに近づく羞恥心を捩じ伏せて。
舞台カーテンのように左右に割れた少女たちの視線を受けながら、俺はゴクリと喉を鳴らす。
椅子に縮こまり恐る恐る上げた顔の、潤んだ青灰色を見下ろし、緊張に強張る頬を意識して持ち上げる。
返ってきたのは、濃く染まった頬がゆっくりと綻ぶ様だった。