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第三世界  作者: EMR
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第三世界#8

#8


拠点



 栞那の部屋でジャージに着替えるイザベル。

「まぁこんなもんでしょ」

 自分のジャージを着た自分の身体を第三者の視点で確認する栞那。

「十分や、ありがとさん」

 バッグに詰め込めるだけ詰め込んだ着替えも持たせた。

「ちょっと重くなっちゃったけど、大阪までは長旅だからね」

「大丈夫や、重たなったけど許容範囲やで」

「そうかい?でも気を付けるんだよ、その身体はキミが思うよりも貧弱だ」

「あぁ、休み休み帰るよ」

 イザベルはメモ帳にペンを走らせる。

「ほな、ウチの住所とスマホと家電の番号、ここに書いとくで」

 Ysabel kantner、名前に続けてイザベル個人の情報を記載したメモを残す。

「うん、ありがとう。こっちのも一応渡しとくね」

 栞那も同じように個人情報を記す。

「ここにいつまで居るかわからないから、実家のことも書いとくね」

 二人は情報の交換を済ませて外へ出る。

「おう、準備できたか」

 外で待機していた寺内。

「おう、待たせたな」

「待ってねぇけど、まぁ、長旅だからな、気を付けて行けよ」

「おおきに、兄さんも赤ん坊しっかり育てたってな」

「やれるだけのことはやってやるが……お前、連れてくか?」

 寺内はイザベルに赤ん坊を渡そうとする。

「こらッ!赤ちゃんはママからは離れらんないの!」

 差し出された朱音を栞那が抱き取る。

「わかってるって、冗談だ」

「ホンマ頼むで、赤ん坊ほったらかしとか勘弁してな」

「はいはい」

「ほな、ボチボチ出発するわ」

 イザベルは自転車に跨り足をかける。

「うん、状況が落ち着いたら連絡するよ」

「あぁ、こっちからもする。世話んなったな。この身体は大切に使わせてもらう、約束や」

 イザベルは左手の小指を立てて指切りのポーズをしてみせる。

「じゃ、また会おう。Bye」

 イザベルは分かれの合図かのようにベルを鳴らしてペダルを踏みこむ。

「必ず会おう!約束だよ!」

 颯爽と走り出したイザベルの背中に大きな声をかける栞那。その声にイザベルは肩越しに手を振って応えた。

 小さくなっていく姿を見送る。

「……よかったのか?」

「うん?」

「行かせてよかったのか?このご時世、もう二度と会えないってことも」

「だからと言って縛り付けるわけにもいかないだろう?心が元居た場所に戻ることが混乱を落ち着かせる近道かもって、イザベルを見て思ったよ」

「………」

 二人はイザベルの姿が見えなくなるまで見送った。



 熊本市役所付近、音華の元気な声が響く。

「おッ姉ぇさまーーーッ!」

 駆け寄る音華。

「京香お姉さまぁ♡」

 抱きついて頭をぐりぐりと擦り付ける。

「音華、お疲れ様」

「お疲れ様です!お姉さま♡」

「そっちはどう?」

「ハイ!実は面白い報告があるのでス!」

「なに?」

「安田首相でスけど、犬と入替ってるみたいでスw」

 音華は思い出してクスクス笑う。

「犬に?何故かしら?」

「理由は不明です、でも他に動物と入替った人間はいないみたいですネ」

「そう……一国の代表を犬に……?何か意図があるのかしら?……いずれにせよこの世界はもうダメね、まとまりがなさすぎるわ」

「でスw!」

「他に変わったことはあった?」

「特には……あ、一応報告ヲ。もう知っているかもしれませんガ、あの子が今この辺に来ているみたいでス」

「……そう」

「会っていきまスか?」

「やめておくわ。今は特に、会っても分からないもの」

「それもそでスねw」

「報告ありがとう、音華はもう休みなさい」

「イエイエ、まだまだ音華は働きまスよー!お姉さまの報告書もコッチでやっちゃいますネ」

「無理しなくていいのよ?」

「ムリだなんてw、私はお姉さまと同じ空間にいられるだけで幸せなのでス」

「ハイハイ、ありがとう。じゃあ、私はまた出てくるから、報告書の方はよろしくね」

「ハイでスぅ~」

 満面の笑みで手を振る音華と別れて街に出る。



 自転車を乗りこなす栞那は米田邸に到着する。

「栞那さん、要キュンの家に到着!」

 自転車を降りて米田家のドアホンを鳴らす。

「二人と一匹は、中にいるのかな?」

 二人を探すように辺りを見渡すとエアコンの室外機が動いていることに気付く。

「この辺はまだ停電してない?」

 家の中から足音が聞こえ、玄関に近づく。

「山」

 男の声。すかさず栞那は答える。

「谷」

 扉が開き、佐々木が出迎える。

「早かったですね」

「チャリ、だからね」

「ってか、川じゃね?普通」

「そうなの?いや知らんけど……それより家の人帰ってこられたんだね」

「うん、要キュンのお母さんがいるよ」

「お母様が!?これはご挨拶せねば!」

 気合を入れる栞那。

「それではこちらへどうぞ、若」

「うむ」

 佐々木に案内されてリビングへ移動する。

「こんにちは、お邪魔します」

 いつになく丁寧な挨拶をする栞那。

「要!」

 要の姿で現れた栞那を見て安堵するのは母親の詩織だ。

「あぁ、よかった。無事だったのね」

「お母様、要さんのお身体を使わせて頂いております。弓削栞那と申します。この度はご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません」

「あらあら、ふふっ、そんなにかしこまって。やっぱり要も身体が入替ってしまったのね」

「はい、そのことでご報告もあります」

「………w」

 清楚を装う栞那を見て静かに笑う佐々木。

「こちらの佐々木君から既に聞いておられるかもしれませんが、私の、弓削栞那の身体には要君とは別の人物が入っていましたので、残念ながら要君の精神はまだこちらでも確認できておりません」

「そうなのね。帰ってこられる場所に居てくれるといいのだけど」

「そうですね、お母様はどちらから?昨日伺ったときはご不在のようでしたが」

「私は八代から歩いて、今朝方ようやく帰ってきたのよ」

「八代から歩いて!?それは大変でしたね」

「そうね、この身体にも無理をさせてしまったけど、何故だかね、早く帰りたかったのよね」

「お母様……」

 栞那の発したか細い声に笑みをこぼす詩織。

「ふふっ、要にお母様なんて呼ばれるとなんだかこそばゆいわね」

「普段はなんと呼ばれているんですか?ママ?」

「あははっ!ママだなんてw!あの子ねぇ、中学に進学してからは、おい、だの、ねえ、だのお母さんともなかなか呼んでくれないのよ」

「うふふッ、思春期ですねぇ♡」

「そうなの、生意気に悪ぶったりしてね、憎たらしくも可愛くてねぇ」

「わかります!それも成長の証ですから」

「えぇ、早く帰ってきてほしいわ」

 寂しげな表情を見せる。

「きっと帰ってきてくれますよ」

「そうね、今は待つしかないわね……ところであなた達はお家に帰れてるの?」

 一同は顔を見合わせ、栞那が口を開く。

「それが……私は自分のアパートには帰れたんですが……実家の家族とはまだ連絡はとれてません」

「あ、俺は帰った時には家が燃えてて……母親も行方不明です」

 続けて佐々木が答える。

「そう……えっと、ひまりちゃん、あなたは?」

「へっ?あっ、わ私もまだ、帰れてない、です」

 たどたどしいひまりに代わり栞那が補足する。

「ひまりちゃんは福岡から来てて、アブ君は火事で行く場所がなくて、二人とも昨日はウチに泊ってもらいました」

 五人はそれぞれの経緯を語り合う。



「……なぁ、お前は誰なんだ?」

 栞那のアパート前の木陰、寺内は朱音に向かって問いかける。

「犬と入替ったってヤツは喋ったそうじゃねぇか。犬の身体で人の言葉が話せるんなら、赤ん坊の身体だって言葉くらい話せるだろう?」」

「……ぁうぅ……?」

 じっと見つめてくる母親の目を見つめ返す朱音だが、その質問の意図を理解している様子はなくぽかんとしている。

「へぅ」

「……はぁ……何なんだよお前は……」

 寺内は返事をしない朱音を横に思案する。

「…………アイツは……」



「寺内修二……べふっ?」

「知り合いですか?総理」

 米田邸でこれまでの経緯を話し合っている途中、でてきた名前に反応する安田。

「知っている、ような気がしないでもないような?……べふっ」

「あらあら、国会の答弁の時とはまるで別人ね、今の総理さんに凛々しさは見られないわ」

「べふっ」

 力なく咳き込む安田。

「詩織さん、今はわんちゃんなので」

「そうね、それよりもその赤ちゃん連れの寺内さん?その人も一緒にあなた達しばらくウチに居たらどうかしら?」

「この家に?」

「ええ、もう外では停電が始まってるんでしょう?ウチに居れば少なくとも電気と水の心配はいらないわ」

「そういえばまだここは停電してませんね」

 米田邸に着いた時から持っていた疑問をぶつける栞那。

「この家は太陽光発電を付けててね、井戸も掘ってあるから水道が止まっても大丈夫よ」

 詩織は窓から庭の井戸を見る。

「手動だからお風呂に使うにはきついかもしれないけどね」

「ふむ、災害対策も抜かりないとは素晴らしい」

「抜かりないというより、抜かったからこそね。前の災害の時に痛い目見たから、設備の強化をしたのよ」

「確かに、鳥谷家も使えそうにないし米田さんのお宅に拠点を移した方が朱音ちゃんにも優しいね」

 栞那は頷きながら佐々木とひまりに視線を移す。

「あなた達って、俺たちも良いんですか?」

「もちろん、この家に私一人でいるのも心細いし、この先治安が悪くなることも考えられるでしょう?」

「纏まれるならそうした方が安心できるかもしれませんね」

「そうしてくれると私も助かるわ……ゴホッゴホッ」

 途中、詩織は咳き込む。

「詩織さん?」

 心配する栞那。

「ごめんなさいね、アブシディ君、そこのポーチからピルケース取ってもらえる?」

 詩織は佐々木の横に置いてあるポーチを指差す。

「あ、はい、これですか?」

 佐々木は指示されたポーチからピルケースを渡すが、その際に刺しゅう入りのハンカチを落とした。

「?」

「お薬、ですか?」

「ええ、何の薬かは分からないけど、身体の方が持っていた最後の薬。一応飲んでおかないとね」

「最後?」

「そう、ピルケースに朝昼晩で分けられてて、これで最後になるわ……」

 詩織はピルケースを開けて薬を掌に乗せる。

「ちょっ!ちょっと待って!」

 その薬を口に入れようとした詩織を慌てて止める佐々木。

「一応、その薬の写真を撮っときません?薬局で探せるかも」

「おっ、ナイスだアブ君。大切な薬かもしれないからね」

「そう?特徴がない薬だけど……」

 詩織は薬をケースに戻す。

「一応ですよ、一応。三錠、全部違う種類です」

 佐々木はスマホで薬の両面を撮影した。

「オッケーです、飲んじゃってください」

「よし、それじゃあ拠点はここにするとして、私は修二と朱音ちゃんを連れてくるから、アブ君は詩織さんのお薬探しをしてくれないかい?」

「もちろんです」

「ひまりちゃんも、それでいいかい?」

「は、はい!私も探します、お薬」

「そうと決まれば早速行動開始だ!今日も夕立が降るかもだからね、早めにココに戻って来よう」

 まとめる栞那。

「はい!」

 佐々木とひまりは口を揃えて返事をする。

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