第三世界#6
#6
運動音痴
一同は合流した後、栞那がアルバイトをしているメイドカフェに来ていた。
「ほら、キミが持っていた鍵で開いただろう?」
カフェの更衣室。栞那はメイド服の少女と二人で少女が持っていた鍵でロッカーを開けて中から取り出したスマホを起動させロックを外す。
「そしてこれ、キミ、というか私の写真」
佐々木達にも見せた栞那の写真を見せる。メイド服の少女は栞那が差し出した写真を確認して近くの鏡に映る自分を見る。
「……まぁええわ、あんたがこの身体の持ち主っちゅうことは信じたる」
「うん、ありがと」
「いや、まだどえらいストーカーの可能性があるか」
一度は信じようとしたメイド服の少女だが再び警戒心を高める。
「あはっ、疑り深いんだねw」
警戒心の高いメイド服の少女を連れて佐々木とひまりの待つ客席へ戻る。犬の総理安田はテーブルの上で食事をしている。
「やあ、待たせたね」
「あ、栞那さん……と、栞那さん?」
戻ってきた二人に対しひまりは声をかける。
「ふふっ、ダブル栞那さんだね」
「芸人ちゃうで」
栞那の発言に即座に反応したのはメイド服の少女だった。
「ふっ、漫才できそう」
「なんでやねん」
佐々木の言葉にも即座にツッコミを入れるメイド服の少女。
「つまり、ダブル栞那をコンビ名にしてボケの少年と関西弁のツッコミ少女で漫才を……べふっ」
「解説すな!つか喋んなやイッヌ!」
「ノリがいいね、今の私は」
「………イザベル」
「え?」
「イザベル・キャントナー。ウチの名前や」
名乗ったメイド服の少女は警戒心が下がったのか表情が和らぐ。
「外人さん?」
「ドイツ人、やけど日本生まれの日本育ち、ドイツ語は正直苦手や」
「わかりみ深いっす」
似た境遇の佐々木も同じようで同調する。
「ふむ、少年も外国人なのかね」
食事を終えた安田は後ろ足で頭を掻きながらも興味を示す。
「四分の一だけアメリカ人です、総理」
「総理、食事は満足されましたか?」
「うむ、美味であった」
「総理扱いスンナや!イッヌやで!?」
総理大臣を自称する犬に対して厳しいイザベル。
「信じられないのも仕方ない。証明できるものを何も持たないのだからな、べふっ。しかしこのような事態になった以上、互いに協力し合いこの危機的状況を乗り越えねばならんのだ、べふっ。まずは親交を深める為にも自己紹介から始めようではないか、べふっ」
安田は時折咳き込みながら続ける。
「では、イザベル嬢から始めたまえ、べふっ」
「イッヌが回すん!?」
「総理に失礼だよ、イザベル」
栞那は安田を擁護する構えだ。
「信じとんのか?このイッヌの言うことを?」
「犬の言うことは信じられないと?それは人種差別だよ」
「イッヌや!」
「ブルドッグの言うことは信じられない?」
「犬種はパグや!いや、もうええ、キリないわ。自分らボケたがりか」
「あははっ、ごめんごめん、ついね。こっちじゃ関西弁は珍しいから」
イザベルは軽いため息をついて仕切り直す。
「自己紹介な、イザベル・キャントナー。18才、花の女子高生、大阪市在住のバレーボーラーや。家族旅行中に目の前が真っ暗になって、気が付いた時にはこの身体でここにおった。家族と離れ離れ、自分のケータイに電話かけてもでぇへんし、ボーっとしとってもしゃあない、ほんなら自力で帰ったろって、昨日は食料集めや自転車の確保をしとった」
「大阪まで自転車で?思い切ったことするねぇ」
「しゃあなしや、交通インフラは機能しとらん、知り合いもおらん場所じゃあ自分でやるしかないやろ」
「それで、ちょうど出発する時にアブ君とひまりちゃんに見つかったって訳ね……」
「ギリギリのタイミングだったみたいっすね」
「そうだね、少し遅れてたらもう合流出来なかったかもしれないね」
栞那は合流出来たことに安心したようだが、同時に冷や汗をかく。
「で、どうします?ここに栞那さんの心と身体が揃った訳だけど、頭とか、ごっつんこしてみます?」
「コミックか!そんなんで入替らんやろ」
「まあ、色々と試す価値はあるかもしれないね。案外簡単に入替れるのかも……イザベルからしたらまた他人の身体だけどね」
「他人ね、栞那はその坊主のこと何か知っとんのか?」
「要キュンかい?すぐそこの学校に通う中学一年生。住所は分かっているけど家には誰もいなかったよ、また行ってみるつもりだけどね」
肩をすくめる栞那。
「ふむ、小さい少年の中の人格がメイドの少女か」
「そうです、総理」
「しかしメイドの少女の中の人格は小さい少年とは無関係、と」
安田は状況把握に努めるが、佐々木は既に深刻な顔をしている。
「これは、思っていたよりも深刻かもしれない」
「うむ……」
「なんやねん?すでに十分深刻やろ?」
「いや、二人が一対一で入替るのと不特定多数の人がランダムに入替るのでは状況のレベルが違うよ」
「公的な身分の証明は出来んだろうな、べふっ」
「不特定多数のランダム入替えなら身分の偽造は容易、なりすまし、地位の乗っ取り。言い張ってさえいれば虚偽を証明するのは難しい」
「自分を総理と言い張るイッヌも信用できへんな」
「べふっ」
イザベルの指摘に項垂れる安田。
「そう、そして俺みたいに誰とも入替っていない人もいる」
「ほう」
「なんや自分、入替りしとらんのかい」
「うん、どれくらいの割合で入替わりが起きているのかは分からないけど、入替りしていない人が居るってのは一つのポイントかもしれないね」
「なるほどな、つまり、どーゆーことや?」
「つまり、今この国の総理大臣の身体に誰が入っているか、総理大臣の身体が自分は入替っていないと言えばとりあえずその言葉を信じるしかない……そしてランダム入替えのせいでここに居る自称総理は、イッヌ。もしここに居る総理が本物だとしても、どれだけの人がその言葉を信じるかな?」
「犬の言葉より人の言葉か……せやけど身近な人は中身が違うことに気付くんちゃうん?」
「確かに家族や側近は気付くだろうけど、その家族や側近も誰かに入替っていれば証言の信ぴょう性は薄い。もしこの暗転事件を引き起こした犯人が居るとすれば、そういった部分に目的があるのかもしれない」
「暗転事件?」
イザベルは佐々木の言葉から知らないものを拾い上げる。
「ああ、一瞬の暗闇から世界が変わったでしょ?それを演劇の暗転に例えた人がいてね、そう呼んでるんだ」
栞那がイザベルの疑問に答えた。
「ほんなら、その暗転事件の犯人は偉い人と入替って国を乗っ取ろうとしとるっちゅうんか?」
「あくまで仮定の話ね、人格の入替りなんて自然に起こり得ないだろうし、誰かが仕組んだことだったら何か目的があるかもって。そもそもそんな入替り技術があれば国くらいもっと効率的に乗っ取りできるだろうし」
「推測するに情報が足りぬか……困ったわん」
「イッヌ総理軽っ!」
「とは言えそんな入替り技術なんて人に扱えるモノかね?」
「普通に考えればムリやろ」
「そうだろう?そこで私は宇宙人の仕業説を提唱する!」
未知の技術の存在に疑問を呈した栞那は続けて自説を力強く発言する。
「またけったいなことを」
「いや、そうとも限らんべふっ……ありえない事象が起こった以上、ありえない仮説が真実なのかもしれない」
「なるほど!さすがです、総理。可能性がゼロではない限り、私は宇宙人説を推すよ!今、この瞬間も首都圏では宇宙人の侵攻が進んでいるかもしれない!」
「意外とオカルト好きなんだ」
「オカルトと言うか、私は常日頃から地球外生命体の存在は信じていてね、この広い宇宙に地球文明しか存在しないなんて傲慢で寂しい考えだろう?」
「そうなん?」
「そうだよ、宇宙人はいます!宇宙人説はあります!」
「まあ、こんな状況だし、宇宙人説もアリかもしれないね、何のために人格入替えしてるのかは解らないけど」
熱く自説を唱える栞那は佐々木の疑問で冷静になる。
「何のためかぁ……例えばさ、UFOなんかに乗ってくるヤツじゃなくて精神生命体みたいな宇宙人で、そいつ等の攻撃手段の一つ、みたいな?」
「ふ~ん、精神攻撃系の宇宙人か、おもろいやん」
「確かに、考えもしなかったアイデアだ」
「和を以て貴しとなすわん」
「ん?」
「三人寄れば文殊の知恵、的なこと」
疑問の表情を浮かべたイザベルに補足する佐々木。
「その通り、この事態の収束の為には忌憚のない意見を出し合う必要があるだろう、べふっ……イザベル嬢はこの暗転事件をどう思う?」
「ウチか?ウチは……正直分からん。誰の仕業とか、目的がどうかとかは知ったこっちゃない……今はただ、離れた家族のことが心配や」
「うむ」
「まだ目立ってへんけど、その辺の事故車両の中には死体がそのまま放置されとる。事故死体や火事で焼け死んだってんならまだ理解できるけど、明らかにそうやない死体までウチは見たで」
「!?」
驚く一同。
「略奪ももう始まっとる……言うてウチの自転車も店から盗ってきたもんや」
「今は仕方のない時期だろう。略奪、窃盗については今後国の方で補償すべきことかもしれんべふっ……しかし……」
「どんな状況かは知らんけど、殺人はあかんやろ」
「それはそう」
「国が立ち直るかどうかも分からん、このまま荒れ果てる可能性もある。早く家族と合流せんともう一生会うこともできへんかもしれん。例え家族も誰かと入替っとっても、これからどうするかは家族と決めたい。せやから栞那には悪いけど、ウチは家族を探しながら家に帰る。この身体は借りてくで」
「そう……止める権利は私にはないのかもしれないね」
イザベルの言葉を受け止める栞那。
「うむ、如何なる場合であれ人を縛り付けることはできないわん。入替りが起こった以上、元に戻ることもできるはずだ。自分の身体の所在が分かるのであれば常に行動を共にする必要はないべふっ」
「うん、そうだね。あとでお互いの情報を共有しておこう」
「あぁ、すまんな」
「それで、自転車で帰るってことは福岡経由かな?」
「せやな、家族も探さなあかんし、福岡経由やで?」
「そう、じゃあ……ひまりちゃん」
「ひゃいっ!?」
話を聞くだけに徹していたひまりは突然名指しされてピクリと驚く。
「イザベルは福岡に立ち寄るみたいだけど、ひまりちゃんはどうする?」
「へ?」
「イザベルと一緒に福岡に帰らない?」
「え……っと、どうしましょう?」
何処か他人事なひまりは栞那と佐々木の顔を順に見る。
「なんや自分、福岡なんか?」
「ふぇ?は、はい、福岡からき、来ました」
「福岡まで一緒に行くか?」
「ど、どうしましょう……?」
ひまりはもじもじしながら栞那に視線を戻す。
「自転車で移動だけど、大阪と比べたら福岡なんて近いもんさ。一対一での入替りじゃないことが分かった以上身体と合流するより家族と合流する方が簡単かもしれない」
「お嬢ちゃん、遠慮せんと一緒したってええで。姉ちゃんが福岡まで送ったる」
「お、おおお嬢ちゃん?ち、違います、黒田ひまり、高校三年生、イザベルさんと同い年です」
「なんやタメか、子供か思とったで」
「ひぇ」
「ふははっ、ひまりちゃんは人見知りなところがあるからね。そんなひまりちゃんだからイザベルがエスコートしてくれると安心なんだけど」
「うん。で、どうするん?」
「で、でも……うぅ」
「はっきりしぃや!」
イザベルは煮え切らないひまりを急かす。
「ひぇっ!わ、私、自転車乗れませんです!」
「運痴かい!?」
「う、うんちぃ!?」