第三世界#3
#3
とりま
学生服を着た少女、音華と犬は閑静な住宅街で対峙している。
「・・・ふふっ・・・ぷーっ!くすくすw!」
暫くその犬を観察していた音華は込み上げてきた笑いを堪えきれない。
「不細工な犬ですネェ!ほら!もう一度おしゃべりしてみなさイ!」
音華が犬に向かって言うとその犬は音華の言葉にこたえる。
「しょ・・少女よ・・・べふッ、この紐を・・・べふっ」
犬は咳き込みつつ言葉を続ける。
「あー・・・べふっ、ゴホッ・・・紐を外してくれべふっ」
「にしししっ!いいでしょう・・・あなたを解放するまでは良しとしましょう・・・ふふっ」
音華は終始にやけた顔でつながれた喋る犬を解放する。
「さあ、私にできるのはここまででス!いきなさイ!安田晋之助!」
言って、ペシッとお尻をはたくとキャンキャンと吠えながら走り去る。
「にししっ!これは笑い話ができたでスw」
音華はその場で喋る犬安田を見送った。
栞那のアパート、シャワーを浴びてサッパリとした栞那が部屋に戻る。
「ふぅ・・・お先に失礼、君たちも汗を流してきたらどうかね」
「え?いいんですか?」
栞那の提案にひまりは喜びの表情を見せる。
「ああ、もちろんさ。この状況が長引けばライフラインがストップするって予想してる人もいる。シャワーも浴びれるうちに浴びといた方がいいよ」
「え?・・・じゃあ・・・」
ひまりが佐々木を見ると、お先にどうぞと目配せをされる。
「じ、じゃあ、お借りしますね」
退室するひまり。
「ふふっ、女の子だねぇ。まだ緊張してるみたいだけど、シャワーは浴びときたい、か」
「栞那さん、その女の子がいるってのに下品な言動はどうかと思うよ」
佐々木はキーボードをカタカタと鳴らしながら言う。
「逆だよ、人見知りっぽいひまりちゃんの緊張を解くためにお道化てみせるのさ」
「ほんとにぃ~?」
佐々木は訝しげな表情をする。
「それに、佐々木少年が思っているほど女の子も上品ではないよ。下品なオティンティンネタでも笑ったりするもんさ」
「それは栞那さんだけでは・・・?」
「ふはっ!確かにひまりちゃんにはオティンティンネタは響かないようだね。でも、その辺の線引きはコミュニケーションを取りながら計っていくものだろう?まずは相手に歩み寄らなければコミュニケーションもとれないからね」
「これがコミュ強・・・?」
「職業柄さ」
「?」
情報収集をしながら会話する佐々木に忍び寄る栞那。
「お姉さん、学業の合間にメイドカフェでバイトしてるからね、アブ君にもにゃんにゃんしてあげようかぁ?」
佐々木に軽く触れる栞那。
「いえ、結構です」
真顔で答える佐々木。
「なんだい?ショタににゃんにゃんされるのは嫌かい?」
「ヤダよ!のんけなの俺は!ってかすり寄ってくんなし!」
中身は女子大生、しかし今の身体は男子中学生。そんな栞那を突き放す佐々木。
「あははっ!アブ君は可愛いな。冗談だよ、冗談。さて、本題の情報収集はどうだい?」
「あ、うん、ネットの情報ね。残念だけど、ニュースサイトや国や県のサイトの更新はされてないよ」
一通り遊ばれた佐々木は情報収集の成果が芳しくないことを伝える。
「SNSの方はまだ確認してないんだけど・・・」
「あぁ、そこからは代わろうか」
栞那が代わってPCを操作してSNSにログインする。
「情報の収集と、家族宛にメッセージも出しておこう・・・そういえば、アブ君は家族と連絡はとれたかい?」
「いや、つながらなくて・・・」
「そうか・・・まあ、端末を持っているのは身体の方だから、つながったとて家族本人に伝わるとも限らんからね」
「・・・この状況、家族と合流することが最善策ですよね」
「うん?まあ、そうだね。中学校に居た人達のなかにもそうする人はいたね」
「・・・?ほかにすることが?」
「ふふっ、忘れてないかい?私たちは他人と人格が入替ってるんだ。中学ではほとんどの人が自分の身体を探すことを優先させたみたいだったよ」
「そっか、そうだった・・・」
佐々木は思い出したようにつぶやく。
「ま、一番重要なのは身の安全の確保だけどね。この辺はまだ火事になってないけど、いつ火の手が上がるか、広がってきて飲み込まれるかわからないからね。ここも安全とは言い切れない」
「ですね、天気予報ではこの後雨が降るようだけど・・・火事を消せるくらい降ってくれればいいですね」
「ああ、昨今の夏の雨はまるでスコールだからね、期待しよう」
二人は窓の外の分厚い雲に期待を寄せる。
「・・・・?」
佐々木は何かに気付いたように窓に寄って外を眺める。
「どうした少年?君が今気になるのは外の雨よりすぐそこのバスルームだろう?・・・すぐそこであんな美少女が裸で・・・うふっ!」
「こらッ!栞那!・・・ってそんなんじゃなくてさ、あれ」
佐々木は窓を開けて外の様子を窺う。
「冷気逃げるぞぉ」
栞那は佐々木の隣に立って外を見てみると、ふらふらと歩く女性の姿と赤ん坊の泣き声を耳にする。
「!?」
「あの人、ふらついてる」
「うん、心配だね、赤ちゃんも辛そうな泣き声だ。ちょっくら様子を見てくるよ」
迷わず行動に移す栞那に佐々木も続く。
「え?あ、俺も行きます!」
二人は部屋を出てふらつく女性のもとへ向かう。
「はぁ・・・はぁ・・」
寺内はおぼつかない足取りでベビーカーを押して歩く。
「おーい!そこのお姉さん!」
アパートを飛び出し駆けつけた栞那は寺内を呼び止める。
「・・・なんだ?お前たち?」
少しかすれた声で寺内が応える。
「大丈夫?部屋からふらついて歩いてるのが見えてさ、来ちゃった」
「来ちゃったってお前、何しに・・・?」
「そりゃあもちろん助けにだよ、キミ気付いてる?すごく顔色悪いし、赤ちゃんだって辛そうだ」
「いや、俺は・・・」
「おれ?って、やっぱり身体入替ってる?大変な状況でしょ?とりま助け合おうよ」
栞那は赤ん坊の様子を窺うが泣く体力さえ無くしたのか、赤ん坊はぐったりしていた。
「ほら、赤ちゃんもうぐったりしてる!もたもたしてると大変なことになるよ!アブ君、お姉さんに肩かしてあげて!ベビーカーは私が押してくよ」
「了解」
「ちょ、いや待て触るな!」
佐々木は寺内の横に立って肩を貸そうとするが寺内はそれを拒む。
「?」
「あ、いや・・・助かる・・・腕を支えてくれればいい・・・ありがとう」
「いえ、こちらこそ無理やりすみません、必要なだけ身体預けてください」
一同はゆっくりと栞那の部屋へ向かった。
「はい、これどうぞ」
佐々木は冷蔵庫から取り出した麦茶を寺内に差し出す。
「ああ、ありがとう」
寺内は出された麦茶を一気に飲み干す。
「すまない、助かった・・・」
「うん、お姉さんの方は安静にしてれば大丈夫だろうけど・・・赤ちゃんにはミルクを与えないとこのままじゃ衰弱しちゃう」
栞那はベッドに寝かせた赤ん坊を心配している。
「?」
「粉ミルクなんかは持ってないよね?」
「ん?ああ、そんなのは無かったはずだ」
「お姉さんの中の人は、男性?母乳あげられるかな?」
「母乳!?俺が?出るわけねぇだろ!?」
「いや出るんだよ!今はこの子のお母さんでしょ!?」
「なった覚えはないんだが・・・いや、出るのか?」
今の自分が母親であることを自覚したのか自身の胸を確認する。
「うん、君にしかできないことだよ」
「そうか、俺がやるしか・・・」
観念したのか寺内が赤ん坊と向き合おうとした瞬間、部屋の扉が開かれひまりが入室する。
「シャワーありがとうございましたぁ」
「いや出そうなやつキターーッ!!」
「でねぇよ!」
何か喜ぶ寺内を制止する栞那。
「ふぇ?」
「あー、ごほん。俺は席を外すついでにシャワー浴びてきますね」
佐々木は気を遣い退室しようと立ち上がる。
「ああ、ごゆっくり、ラッキースケベ狙って急がなくていいからね」
「しねーよ!ノックして入ってくよ!」
そそくさと退室する佐々木。
「で、お前はいいのか?」
「うん、こう見えて中身は女子大生でね。ここも私の部屋なんだよ。哺乳瓶でだけど、姪っ子にミルクをあげたこともあるしオムツも替えてあがられるよ」
「ん?そうか?」
「まあ、君が気になるってんなら外に出てるよ?」
「いや、手伝ってくれると助かる」
「うん、もちろんそのつもりさ。で?ひまりちゃん?」
「ひゃいっ!?」
ベッドに寝かされた赤ん坊に興味津々で四方から観察していたひまりはびくりと驚く。
「何してるのかな?」
「あ、赤さんがいらっしゃいます」
「その赤さんにミルクをあげたいからひまりちゃんも手伝ってくれるかい?」
「は、はい!手伝います!お湯、沸かしてきますね!」
「待って、お湯はいいんだ」
キッチンへ向かおうとするひまりを止める栞那。
「?」
「ひまりちゃんはとりあえず・・・このお姉さんを脱がして!」
「ひぇっ!?」
「・・・よし」
栞那の言葉に反応したのは寺内だった。寺内はひまりと向き合うとその胸をひまりに突き出す。
「来いっ!!」
「ふぇーーっ!!?」
熊本市街地、解き放たれた喋る犬安田は街を駆け巡っていた。
「べふっ!だ、誰か!・・・ごほっ、はあ、はあ、・・・べふっ」
人を見つけては声をかける。
「べふっ・・・そ、そこの君・・・話を・・・べふっ」
声をかけられた男はまるで見下すかのように鼻で笑う。
「はぁ?なんだこいつ?喋ってる?キモ」
そっぽを向いて立ち去る男。
「クッ、あぁ、べふっ」
また走り、次は少女に話しかける。
「ああ、そこの君べふっ」
「へ?きゃっ!?何?怖ッ!こ、こっち来ないで!」
しかし少女はすぐさまその場から離れる。
街を彷徨う人々に話しかけるが聞く耳を持つものはいない。
「そ、そこのお主!べふっ」
安田は近くの屈強な身体の男に目を付けて駆け寄る。
「ん?キャーーーッ!!不細工な犬よーッ!?」
悲鳴を上げながら逃げ去る男。
「はあ、はあ、・・・ごほっ・・・雨か・・・べふっ!」
ぽつぽつと降り出した雨に疲弊した安田は他の人々と同様に街を彷徨うのだった。




