エピローグ 4
音華の家。
私は自室のベッドから楽園にアクセスしている。
音華と縁陀の3人でひまりのデータを割り込ませるために政府のセキュリティを確認する。
「鉄壁、と言うよりㇵ前時代的アナログシステムでス」
セキュリティは部分的に突破することは可能だが最終的に現実世界の人間の手によって処理されている部分がどうにもならない。
「もう!どうしてこんなトコだけアナログになってるのよ!?」
「マスターワールドと同様に出生届等、大事な手続きは役所で直接やり取りする。とのことですね」
「でも、今いる300万のACP全員をこの短期間で人間が処理した訳じゃないのよね」
「はい。初期の住民データ作成にはAIも使用されていました」
申し訳なさそうに頭を下げる縁陀。
「その時点でセキュリティを破れていればこんなことには…」
「それを言うなら、私が倒れてメインフレームにひまりを展開できなかったのがいけないのよ」
「そ、それは違います。京香お姉様の奮励努力がなければひまりさんを移植装置まで引き出すこともできなかったはずです」
そうだ。ひまりを引き留めることには成功しているのだ。この先、ひまりをどうやって楽園に展開させるかだけを考えればいい。
「そうね、ごめんなさい。後ろ向きな考えはやめましょう」
「はいでス!出来ることを考えましょウ!」
音華の元気な声に救われる。
ひまりを楽園に展開させるにはどうするか。
マスターワールドの役人が直接処理する以上ハッキングでは無理。
私が直接内閣府の担当部署からコンピューターを操作できればデータを改ざんすることはできるだろうが、現実的に難しい。忍び込むなんて無理だけど、関係省庁に就職すれば可能かもしれない…。
ひまりの存在を公表できれば話が早いが、万が一認められずに消去されでもしたら取り返しがつかない。
ラボのメインフレームと同等のコンピューターを準備できればそっちに展開してゲストアカウントで楽園に入ることもできるが、量子コンピューターを含むメインフレームと同等のハードを個人で設置、維持するのは難しい。
自死を望むACPが居れば…。
「京香お姉様」
私がよこしまな考えを持とうとした時に縁陀に呼び止められる。
「たった今廻教授からメッセージが届きました」
「お祖父様から?」
「はい、計画されていた機密実験に政府の許可が下りたようです」
「機密実験って…」
そのようなことは聞いたことがない。
縁陀は頷いて祖父のサインが入った実験の計画書を表示させる。
「シミュレーション仮説と上位世界への対応について?マスターワールドの上位世界が存在した場合にこのマスターワールドの生存確率を高める為下位世界にて上位世界打倒のシミュレーションを行う…?」
私は計画書の序文を声に出して読む。
「どーゆうことでス?」
縁陀が表示させているページだけでは全体像が見えない。
シミュレーション仮説自体昔からあるものだが何故機密で実験するのだろう。この機密実験とひまりの展開の関係は?
考え込む前に縁陀が答えてくれる。
「廻教授は昔からマスターワールドよりも上位世界の存在を危惧されておりました。それは私達ACPが人間らしく進化していく過程でより強くなっていったことでしょう。上位世界が必ずしも友好的とは限らない。そこで教授はマスターワールドを存続させる為には上位世界に対する下位世界の有用性を説く必要があると唱えられていました」
確かにそのような話ならお祖父様から聞いたことはある。
「シミュレーション世界を創造して下位世界の住人が上位世界に対しどのように行動し、生存権を獲得するのかをシミュレートする実験。教授は仮に第三世界実験と名付けられました」
「第……3?」
「はい。マスターワールドを第一世界と位置付け、その下、我々が住む楽園と同じ階層に第二世界。さらにその下、第二世界でシミュレーション世界を創り、それを第三世界とします。第三世界まで創造する理由は第二世界でマスターワールドに対する反乱が起こった場合、ACPに依存しているマスターワールドで損害を被る可能性があるためです」
「反乱とは穏やかじゃないわね」
縁陀は小さく頷いて続ける。
「機密実験とされる所以です。マスターワールドの方々に私達ACPは人権を認めていただきました。しかしこの実験では新たに生み出される世界そのものの生存権を賭けた実験が行われます。実験の失敗、終了はすなわちその世界の終了となり、そこに生み出されたACPも存在が抹消されることとなります」
人権どころの話じゃない。
お祖父様がそんな実験を計画していたなんて。
「ACP…。みんなのことを大切にしているお祖父様の計画とはとても思えないわ…」
「…実験終了時、その世界に住むACP達は突然すべてが無になり、何の感情もないだろうと想定されています」
確かに、すべての生き物にいずれ訪れる死が何の脈絡もなく一瞬のうちに通り過ぎていく。シミュレーション世界に住む者達は世界が消えたことにも気付くことはないだろう。
「でもそこまでしてやるべき実験なのかしら?」
「廻教授は人間の意識、精神を解明し、シミュレーション世界を創りだすことができる以上。マスターワールドが真の現実世界である可能性は50%にも満たないと推測されています。第三世界実験はマスターワールド、延いては楽園の安全保障に寄与するものとのことです」
「そう…。実験の有用性は認めるわ」
ラボのメインフレームと同等の設備を整えればその数だけ下位世界を創ることができる。更なる未来においてコンピューターが進化していけばシミュレーション世界を創る敷居はどんどん低くなるだろう。
そうして限りなく創られる無数の世界の中で、自分達がいるこの世界が真の現実世界であるとは言い切れない、ということか。
「それで?その機密実験を今話したのには理由があるのよね?」
縁陀は突然メッセージが届いたからといって話題を急変させるようなことはしない。
「はい。実験の貢献者に与えられる恩賞のことです」
これは言わば下克上を促す実験。下位世界の住人が上位世界の存在に気付いた時、自身の生命を脅かすその世界にどう自分達の世界の有用性を説くのか。ACPを使った社会実験。
「貢献者への恩賞?…この社会実験で貢献者になるとしたら…。下位世界、第三世界の有用性を第二世界に認めさせて第三世界の存続に貢献した者?」
第三世界では英雄的存在になるだろう。
「はい。貢献者には恩賞として楽園への移住が認められます」
「移住でスか?世界を救ったのにわざわざ別の世界に?」
「実験が成果を挙げ貢献者を出したとしても第三世界は消滅し、また新たな世界で実験が開始される予定です」
実験の狙いがマスターワールドの安全保障ならば、この類いの実験は繰り返されるのが道理だ。
「なるほどね。つまり、ラボ主導で新しく創られる実験世界の方にひまりを展開させて貢献者として楽園に移住させるのね」
「貢献者には供に移住する者を数名選択できる特典が付きます。貢献者が出る結果になればそこにひまりさんを追加で選択させることくらいは可能かと」
言ってはなんだけどひまりが貢献者になれるとはとても思えない。でも貢献者が数名一緒に連れて行く人を選べる権利があるのなら、そこにひまりを追加することはできる。
だが実験世界の中で真実に近づく者は現実に恐怖し絶望と苦痛を味わうだろう。だからこその恩賞なのだろうが、ひまりをそのような世界に展開させるのは気が引ける。
「ひまりはその世界に耐えられるかしら」
「京香お姉様、私はひまりさんの精神を保護するために記憶を封印、一部改ざんすることをお勧めします」
「封印?」
「実験の第二、第三世界はマスターワールドを模した世界となります。ひまりさんには何も知らずに仮初の生活を送っていただくのが良いかと」
何も知らずに。それならば、苦痛はない…?
貢献者を出すまでいつまでかかるか分からない。記憶を弄られてたった1人、そんな世界に…。
この、悪魔のような実験世界にひまりを送り出す?
「お姉様、どのみち行われる実験でス。ひまりを眠らせたままにしておくのもかわいそうでス」
今のところひまりを楽園に連れて行くには現実的な案。
貢献者さえ出してしまえばひまりを救うことができる。
これを逃せばひまりを楽園に転生させることができなくなるかもしれない。
「…その実験。私も参加する必要がありそうね」
「お姉様!問題が発生したでス!」
大学に進学して正式にお祖父様のラボの一員となった私は第三世界実験に参加し、その世界の構築に携わっている。
実験用のメインフレームは新たに設置され、そこで生きる無垢のACPと約100年前の世界を創り込んでいる。
実験の対象となるACPは自分がACPであることを知らない。研究員と楽園のACPやAIを親代わりに人として育てたACPに世界を委ねて世代を重ねさせた。
舞台となるのは100年前の九州。実験で成果を挙げる為には対象のACPが1000万以上必要とされた。人口が減った現代の関東でもその数を超えてはいるが、現代の技術レベルを再現した上でこれだけのACPを動かすにはメインフレームの性能が足りない。100年以上前の世界にするとシミュレーション世界の存在に全く気付かない可能性がある。さらには海に囲まれた立地もよく、限られた手段でのみ九州の外へ出る人や物は簡略処理させることができてメインフレームの負荷を減らせるためにこの舞台となった。
この準備段階で既に2年が経過した。
あと少しでひまりを展開できる。
「どうしたの?実験開始まであまり時間がないわよ?」
同じくラボで研究を共にする音華が持ち込んだ問題に耳を傾ける。
「はいでス!デバッグしてたでスが、水とお湯を同時に冷凍庫に入れた場合にお湯の方ガ先に凍ることがあるバグが見つかったでス!」
正直どうでもいい…。
「……。環境担当の上沢さんに報告して、実験開始までに修正できないなら放置でも問題ないんじゃないかしら?」
限りなく現実に近づける必要があるが、軽微なバグなら放置でも構わない。軽微なバグの修正のために大規模なプログラム修正を迫られることもあるからだ。
お湯の方が先に凍ったところで誰も困らない。ひまりは気付きもしないはずだ。
もし誰かが気付いたとしてもイースターエッグということにしておこう。
この世界に散りばめられたイースターエッグ。簡単に見つけられるモノじゃないけど、何の変哲もない平和な日常を送らせるだけではシミュレーション世界を疑う余地がない。
「了解でース!ホウレンソウ行ってくるでス~」
パッと消えていなくなる。このところどことなく嬉しそうな音華。
もうすぐひまりに会える。そう思って上機嫌なのは私だけではなさそうだ。
だが浮かれてばかりもいられない。ひまりを展開するのと同時にひまりの記憶を一部封印と改ざんする必要もある。楽園に到達するまで、あの頃の関係には戻れない。
それを考えると憂鬱だが一歩ずつでも進んでいる実感はある。
実験が開始されると第二世界の秘密組織STWcorporationが第二世界をコピーして第三世界を作成して支配する。そのタイミングで第三世界にひまりを展開する。
私と音華は第三世界でACPの動向を内側から観察する。
縁陀は第二第三世界を行き来してSTWcorporationをサポートする役目だ。
実験中いつ下克上が達成されてもひまりを楽園に移住させる準備はできている。
あとはお祖父様の実験開始の合図を待つだけだ。
さらに半年が経った。
実験は順調とは言えない。
開始された実験は思考加速を使い下位世界の時間で断続的に1年経過しているが第二世界はもちろん、第三世界の住人すら自分の世界が真実の世界と信じて疑わない。
STWcorporationは想定通り私利私欲に第三世界を使役している。想定外なのはACPの思考だ。与えられた世界の中でただ暢気に日々を過ごしている。この期間にただ一人の貢献者も出していない。
「状況は芳しくないね。準備に時間がかかり過ぎた。内閣府からも催促されてしまったよ」
祖父がラボの研究員を集めて研究報告をまとめている。
「このまま実験を続けても何も変化は起こらないのかもしれない」
まだ実験は始まったばかり。焦るような時期じゃないけど待たされる側からしてみれば3年近く進展がないようなもの。
実験には多大な費用がかかっている。高性能なメインフレームは運用するだけでもお金がかかる。何の成果もない実験に使用するくらいなら別の用途で使いたいという声も上がっているようだ。
「そこで新たな要素を追加して実験を加速させることにした」
「追加要素でスか?単調な日常に新たな刺激!?ワクワクでスね!」
隣に座って話を聞いていた音華が私に話しかけるが声が大きくて祖父の話を遮る。
「もう!黙ってお話を聞いてなさい!」
祖父の隣から縁陀がムッとした表情で音華を刺す。
そのやり取りに研究員たちはくすくすと笑いだす。
お祖父様も一瞬微笑んでから真顔に戻って場を鎮める。
「第三世界高負荷実験。これから行うのは第三世界に大きな負荷をかける実験だ。そこに住むすべてのACPが世界の異常さに気付くように様々な試練を与えていく」
「え…?」
高負荷実験?
祖父の言葉に不吉なものを感じる。
泳いだ私の視線が縁陀にぶつかると申し訳なさそうに小さく頭を下げる。
「大災害、戦争、パンデミック。これまでの歴史上で経験してきた事象に加えて怪獣や宇宙人の侵攻に人間のゾンビ化。何でもいい。第三世界の住民が世界の根幹を疑うような事件を起こす。これによってシミュレーション世界を疑いSTWcorporationにたどり着く者を無理にでも引き出していく。強引でも、我々が見たいのは上位世界にどう抗うか、だからね」
お祖父様の考えも分かる。このままでは永遠に下位世界の下克上を観測することができないかもしれない。ここまで労力を費やした研究を何の成果もないまま潰されるわけにはいかない。
私にとってもこの第三世界を起動するメインフレームを政府に奪われることは避けたい。
「お、お祖父様…」
私は挙手をして発言する。
「そのようなことをしてしまえば世界は破滅し終焉を迎えてしまうのではないでしょうか?」
「そうだね。高負荷を与えてしまえば世界は元に戻せないほどの損傷を受けるだろう。だが問題はない。STWcorporationには第三世界をコピーさせて片方を一時運用停止、もう片方を高負荷実験として使い、実験終了後に消去。元の世界を運用再開して次の高負荷実験に備える。この繰り返しで実験を行う」
破壊と再生を繰り返す。ひまりが居る、第三世界を…?
いや、違う。コピーの元となる世界は高負荷実験中は運用停止される、だったらひまりは無事…。
無事……なのか?
コピーされた世界にもひまりが居る、消されるために創られた世界の中で恐怖し怯えて生きて、世界ごと消滅させられる。
それを貢献者が出るまで何度も繰り返す?
「それでは皆、よろしく頼むよ」
このラボでお祖父様の言葉は絶対。私には止めることなどできやしなかった。
最初の第三世界高負荷実験は戦争が主幹となった。
前触れもなく数発の核ミサイルが日本に向けて発射され、そのうちの1つが国土に着弾して多数の死傷者を出すこととなり戦争に発展した。
雑な設定だが平和な世界を混乱させるには十分だった。
実験世界で3週間、貢献者は現れなかった。
2回目の高負荷実験は致死率10%の新型ウイルスパンデミックが設定された。
3回目は隕石の衝突。
低確率だが起こりえる事象を13回施行したが貢献者は現れなかった。
14回目から高負荷実験は第二段階へと移行された。
ゾンビウイルスが蔓延した世界。フィクション強めの高負荷実験。一般的な感覚からはありえないと思える世界だ。実験世界で3週間の予定だったが16日で終了してしまった。意外にも過去最多の死傷者を出す結果となり実験継続が困難と判断されたからだ。
今回の実験で初めてひまりの死亡が確認された。
15回目の高負荷実験。
ひまりの死亡を確認。
18回、19回目。
ひまりの死亡を確認。
21回の高負荷実験が終了。貢献者は出ていない。
高負荷実験における弊害が指摘される。
死亡率が高くなると貢献者に近づく人が減る。実験期間が長くなればその世界に順応し上位世界の存在が視野に入らなくなる。
実験の内容と期間が見直され、短期間で集中的に行われることとなる。
高負荷実験が開始されて1年が過ぎた頃、マスターワールドでは国政選挙が行われて祖父に圧力をかけてきた政治家は役職や立場を変えたらしく何の接触もしてこなくなった。
しかし始まってしまった第三世界高負荷実験は終了することなく形を変えて何度も繰り返されている。
この1年で72回の高負荷実験が行われ、私はひまりの死亡を37回確認した。性格や身体能力が実験世界で生き抜くのに向いてないひまりの死亡率は他のACPよりも高めだった。
156回目の高負荷実験。
ひまりの死亡を確認。
ACPに人権が認められて以降、徐々に人とACPの接点が増えていく中でシミュレーション仮説が世間に浸透しだす。
かつて実験の邪魔をしていた政治家は手のひらを反して第三世界実験を支援するようになった。
機密実験ではあるものの、世間の不安な声を受けて実験は立ち止まることすらできなくなってしまう。
227回目の高負荷実験。
ひまりの死亡を確認。
高負荷実験が開始されてから3年、貢献者はまだ現れていない。
303回目の高負荷実験。
巨獣が暴れまわる世界。
襲われたひまりが泣き叫び、助けを求めるも巨獣に喰われるところを直接目にする。
334回目の高負荷実験。
ひまりの死亡を確認。
370回目の高負荷実験。
ひまりの死亡回数が200回を超えた。
私は何をしているのだろうか…?
この実験にどれだけの意義があるのだろう…?
下位世界からの下克上など不可能じゃないの…?
このマスターワールドより上位の世界が存在したとして、私達の意見を上位世界が聞き入れる必要性などない。反発する下位世界など消してしまった方がいいに決まっているし、有用性の度合いなど上位世界の判断で設定、調整すればいいだけ。
消される世界にとっても、世界が丸ごと一瞬で消滅するのであれば苦痛もないし、仕方ないことだ。
この実験の価値は?
この実験こそ下位世界を蹂躙しているじゃないか。
ACPをいたずらに苦しめ、殺し続けている。
お祖父様は研究職を半ば引退してこの高負荷実験を遠巻きにして見ている。成果など得られない可能性もあるこの研究を次の世代に引き継げたことで自分の役目は終わったと思っているのかもしれない。
私は何のために…?
ひまり…?
そもそもひまりは本当にひまり本人と言えるのだろうか…?
ただ記憶と思考をコピーされただけのACPもどきじゃない?
私の理論が間違っていて、魂の移植なんてただの戯言ではないのか。
私がやってきたことって…。
「お姉様ッ!!?」
耳元で響く音華の声にはっとする。
「な、なに…?」
心配そうに見つめてくる音華はコンソールを開いている。
「実験終了でス。ログアウトするでスよ?」
「そ、そうね…。戻りましょう…」
426回目の高負荷実験が終了。
ひまりの死亡を確認。
実験データをまとめて保存する。
「……大丈夫でスか?ずっとぼんやりしてるでス」
「え、ええ。大丈夫よ…。私は大丈夫………」
早朝。いつもより早く目が覚めたその日、屋敷の一室に目覚まし時計が鳴り響く頃にはもう朝の支度は完了していた。
「………」
聴きなれた目覚ましを止めると、そばに置いてある一枚の写真に目が留まる。
学生の頃、歴史的建造物をバックに親友と2人で撮った写真だ。
親友との初めての旅行、「また行こうね」の約束は10年経った今もまだ果たされていない。
「………」
写真の彼女をそっとなぞる。
日課となったそれを済ませて部屋を出る。
庭の片隅、土いじりが趣味の祖父が水を撒いている。
「おはよう、京香。もう出るのかい?」
こちらに気付いた祖父からの挨拶。
「お祖父様、おはようございます。目が覚めてしまったので、先に出てプロジェクトの準備をしておきます」
「そうかい?頑張ってくれるのは嬉しいが無理はしないでくれよ?」
「はい、私は大丈夫です」
私の答えに笑顔を返してくれる祖父。
「では、いってきます」
「ああ、いってらっしゃい」
笑顔の祖父に別れを告げて家をあとにする。
『私は大丈夫』
その言葉が頭の中で繰り返し響いていた。
そしてまた第三世界高負荷実験は開始される。




