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第三世界  作者: EMR
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第三世界#23

#23


職場見学



 先頭を歩く縁陀。後続が遅れだし、10メートルほど離れたが素知らぬ顔で歩き続ける。

『……私達、誘導、されてたりしないです…?』

 後ろでひそひそと話すひまりの声を確かに聴き取る。

『う~ん?どうなんだろうね。勘違いだと思うけど、ひまりちゃんがそこまで自信をもって言うなら何かあるのかな?』

「………」

 後ろの一行の会話を静かに聞く縁陀。

「柊さんが突然出てきたって、それを見たのは黒田さんだけなのかな?」

 佐々木は首を傾げて、栞那が押す自転車のかごで丸くなる安田に視線を移す。

「あの時黒田さんは首相を抱きかかえていたよね?近い視点に居た首相からはどう見えてたんだろう?」

 言われて栞那は自転車を大げさに蛇行させてかごを揺らす。

「なッ!何事か!?」

「寝てたなこのヤロー」

 飛び起きた安田に栞那の冷たい視線が突き刺さる。

「ご、ござらんぞ」

 慌てた安田は取り繕うように姿勢を正す。

「して、到着したのか?」

「まーだだよ。やっぱり寝てたんじゃん」

 口をとがらせて子どものように拗ねてみせる栞那。

「みんな暑いなか歩いてるのに、犬だからって寝すぎじゃないのかい?」

「す、すまぬ」

 しゅんとしてしまう安田。

「首相の寝すぎ問題は脳に負荷がかかり過ぎてる説あるし、しょうがないところもあるよ」

 庇うような佐々木の言葉に無言で感謝を示す安田。

「でもまあ、国会で居眠りしてる政治家とか見ると異様にムカつくよね」

「ござらんぞ!私は居眠りなどしておらん!」

 差し出されたその手が偽りであることに気付きジト目の栞那に怯える安田。

「と、まあそれは置いといて。柊さんのことだよね」

 寝起きの安田をからかい満足したのか佐々木は小声になり本題に戻す。

「そーだったね。首相はさ、柊ちゃんといつどこで出会ったか覚えてる?」

「ふむ?柊譲?彼女ならペンネ嬢に連れて行かれた彼らのアジトで会っただろう?」

「あの部屋に入った時に最初から居ました?」

 話の核心をぼやかして問う佐々木。

「うむ、居たとは思うが、妙なことを聞く。なにか気付きがあったのか?」

 佐々木と栞那は目を合わせて頷く。

「やっぱり、ひまりちゃんの思い違いじゃないかな?」

「そ、そうですか……」

 しょんぼりとするひまりを見て佐々木が口を出す。

「うん、一応考えたんだけどさ、シミュレーション世界だとしたら管理側が世界の概念を捻じ曲げることもできるんだよね。…例えば、瞬間移動が出来たり、それを不自然に思わせないように欺くこともできるかもしれない…」

「う~ん、確かに?ゲームマスターみたいのが居たらそれくらいはできるんだろうけど、ひまりちゃんの概念の捻じ曲げには失敗しちゃったのかな?」

 栞那も話に乗りひまりの主張を思案する。

「失敗した可能性はあると思う。移動先の指定をする時にそこに居る人たちの概念を捻じ曲げる。その対象を選択する時に黒田さんが抜けていたら、黒田さんだけが不自然に思う」

「な、何で私だけ…?」

「あの時黒田さんは首相を抱っこしてたから、その状況を簡易的に二次元で表記すると黒田さんと首相が重なってて黒田さんが管理上見えにくくなってたとか?」

「あ~、ゲームなんかのマップで敵の点と点が重なってて片方を見落とすパターンね」

 ゲームに例えてみせる栞那。

「そんな感じ。でも黒田さんの疑念は柊さんが管理側の人間で、この世界の敵じゃないかってことでしょ?となると、問題は現れ方よりもその目的だよね」

「目的……」

「シミュレーション世界にとってそれを管理する人は神様みたいなもの。そんな絶対的な力を持っている人がたった数人を誘導する為に労力を割く必要はない」

「瞬間移動して来て誘導するより、用がある人を瞬間移動させて呼びつけた方が手っ取り早いね」

「そう、用がある人とすれば、首相かな?管理者達が一介の学生に用があるとは思えないから、首相だけを瞬間移動させた方が楽だと思う」

「つ、つまり。か、管理者としては効率が悪い、ってことですか?」

「ふむ。朧気だが話の内容が見えてきた。ところで諸君は蟻の話は知っているかな?」

「アリの話?……アリとキリギリスくらいなら」

 安田の問いに答える栞那。

「すまない、アリのお話ではなく」

 安田は一度咳払いをして場を整える。

「人間が蟻に干渉すれば蟻は人間の存在に気付くだろう。しかし、それでも蟻は人間の思想を理解したりはしない。次元の違う相手の考えというものは総じて理解できないものなのだよ。……元より我々は極僅かな可能性を見定める為にこの寄り道をしているのだ。非効率という理由だけで潰してしまうのは危うい事ではないか?」

「首相が饒舌だ」

「うむ、用があるならば総理である私だと断言していたが、忘れてはいないか?暗転事件後の世界のルール、心身の入替りをしていない、管理者にとってのイレギュラーがいることを」

 視線が一人に集まる。

 その視線を受けて佐々木は一度目を伏せて息をつく。

「失念してました、すみません」

「詫びることはない。ただ君には小さな懸念にも目をつむってもらいたくはなくてね」

「おや?アブ君、首相に期待されてるじゃないか」

「うむ、頼りにしているぞ佐々木少年」

 安田の言葉にまんざらでもない様子の佐々木。

 そこへ縁陀が割って入る。

「ひぇっ!?」

 近づいていたことに遅れて気付き驚きの声を上げるひまり。

「皆さんは仲がよろしいのですね。道中おしゃべりが尽きることなく目的地に到着しました」

 立ち止まって巨大なビルを見上げる縁陀。

「こちらがSTWcorporationになります」

「これがSTW。いや~、でっかいねー」

 楽観的な感想を述べる栞那をよそに気にしていたことを質問する佐々木。

「柊さん、このビルって1棟丸ごとSTWのものですか?」

「ええ、この建物はSTWcorporation所有の自社ビルです」

「は~、それはそれは、怪しさ倍増だね~」

 目の前にそびえ立つSTWのビルを見上げてふらつく栞那の手元では安田が揺れている。

「う、うむ。これは都庁とそう変わらんな。言ってはなんだが、行政でもない企業がデータ処理の委託業務で建てられるモノではないだろう。柊譲、STWでの主力業務は本当にデータ処理だけなのか?」

「はい、著作権侵害まがいのデータ収集なども行っていますが、それらのデータ類を違法に販売等はしていませんでした」

「ふむ、胡散臭いな」

「さて、胡散臭さも極まった所で、お邪魔させていただこうか」

 臆することなくビルへ入っていく栞那と縁陀。

 対照的に足が止まったままのひまり。

「黒田さん?」

 後を追って進めた足を止める佐々木。

「ふぁ、はい、すみません……」

 緊張した面持ちのひまりを気に掛ける。

「大丈夫?」

「え、あ、はい。大丈夫です……で、も。勝手に入っちゃって、怒られたりしないでしょうか」

「う~ん、関係者が戻ってきてる可能性はあるけど、柊さんも一緒だし問題ないんじゃないかな…?柊さんの考えがどうであれ、今は職場見学でもする気分でいればいいと思うよ」

「そ、そうですね」

「うん、出来る限り荒事にならないように頑張るから」

 佐々木の言葉に少し気が晴れた様子のひまり。

「おーい!」

 一度ビルに入ったはずの栞那が駆け足で戻ってくる。

「2人とも何してんのさ、早くおいで!ビルの中エアコンガンギマリで超涼しいぜ!」

「ガンギマリって……w」

 栞那はひまりの手を引いて連れて行く。

「あ、ちょっ」

 2人を追って歩きながら佐々木は呟く。

「にしてもエアコンって…」

 近くの交差点の信号機が消灯しているのを確認する。

「………」

 佐々木は警戒心を強めてビルへ入る。

「いや~、誰も居ない巨大空間に空調利かせるなんて、電力の無駄遣い甚だしいね」

 言葉とは裏腹に笑顔で冷気を受け止める栞那。

「ホント…誰も居なくなって、停電して自家発電に切り替わったとして、通常営業状態で電力を使ってたらすぐにでも燃料切れしそうなもんだけど」

「うむ、停電時期は場所によって違うだろうが、この地区も既に停電しているようだ。ここも近いうちに自家発電が終わり停電するだろう」

 佐々木はビル内を見渡す。

 広いエントランスに一行以外の人影は無く、荒らされた様子もない。

「空調に照明、エレベーターまで活きてる……ビルの案内とかは無いね、あってもよさそうなのに」

「ふむ、これだけの設備にもかかわらず避難所としても使われてはいないようだ」

「荒らされた形跡もエントランスにはありませんね」

「流石にこんな大きいビルを荒らして回ろうだなんてメンタル強めなアウトローが居ないんじゃないかな?」

 栞那は服をパタパタさせながら身体を冷ましている。

「そうなのかな?熊本では市街地ほど荒らされる傾向にあったよね。ここは荒らされるどころか、そもそも人が居ないよ。ビル内だけじゃない、ビルの周りにも不自然なほど人が居ないと思わない?」

「う~ん、確かに?気にしてなかったけど、移動中から人をあんまり見てないね」

「で、でも、まだエントランスを見ただけですし、他の所に誰か、居るかもです」

 調査にやる気を見せるひまり。

「そうだね、それじゃあ職場見学を…」

 佐々木は言いかけて途中で止める。周囲を見渡して縁陀が居ないことに気付く。

「あれ?柊さんは?」

「うむ、柊譲は自分のデスクに立ち寄ると言って先に行ったぞ」

「そ、そう……」

「こりゃあ、はぐれちゃったね」

「ま、まあ探索してるうちにまた会うでしょ。気を取り直して、上の階から降ってくるかたちで探索しようか」

「オッケー、上がるよか楽だからね」

 一同はエレベーターで最上階へ向かった。



 ビルの一画で織田は黄昏る。

「ふぅ、この世界もようやく終わりか……」

 呟くようなその言葉を聞くものはいない。



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