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第三世界  作者: EMR
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第三世界#20

#20


仮説



「暗転事件を説明できる仮説って言っても、この世界が九州しか存在していないなんてとても支持できるモノじゃねぇぞ」

 佐藤は佐々木の突拍子もない発言にため息をつきつつも次に発せられる言葉を興味を持って待つ。

「あくまでも一つの可能性、突拍子もない話だってのは分かってるけど、聴いてほしい」

 佐々木はゆっくりと続ける。

「シミュレーション仮説、って聞いたことある?」

 言いながら部屋を見渡す佐々木。しかし首を縦に振る者はいない。

「シミュレーション仮説。簡単に言うと、この世界というものが知的生命体が行っているコンピューター・シミュレーションである可能性のこと。つまり、俺達が今現実だと思ってるこの世界はメタバース、仮想空間で俺達自体も現実を生きる人間ではなくプログラム上の人工知能のようなモノ。その仮定で暗転事件を見れば説明がつく部分も多い…」

 一同は佐々木のゆっくりとした口調に飲み込まれるように押し黙る。

「まず暗転事件。これが意図的であれバグのような欠陥であれ、名前の法則に従って心と身体が入替った。これは自分のアカウントで他人のアバターを動かしてるようなもので、アカウントとアバターを結び付けているプログラムが書き変えられた。それが暗転事件なんじゃないかな」

「……まぁ、面白いが、いきなり言われてもとても信じられる仮説じゃないな」

「いや、そもそもシュミレーション仮説?」

 佐藤が落ち着いて話を聞く一方、早川は取り乱す。

「シミュレーション仮説」

「そ、その仮説が大体信用できねぇだろ!」

「確かに、シミュレーション仮説は只の仮説でしかない」

 佐々木は平静を失う早川を落ち着かせるようにゆったりと話す。

「シミュレーション世界だったとしても、俺達の意識やこのリアルな世界を作り出すことは不可能じゃないか?俺達の自我ってのはAIとは違うものだろう?」

 佐藤は窓の外を眺めて世界がリアルであることを確かめる。

「そう。人間の意志。心のようなものはAIでは再現できない。細部まで細かくリアルに表現された風景もここまで大規模なものはコンピューターのスペック的に不可能……。ただそれは現状不可能なだけで、俺達をシミュレートしている世界では可能なことかもしれない」

「この世界を創った上位の世界では超超ハイスペックPCが存在して、人間の脳をデジタルに完全再現できるってコト?」

 栞那が口を挟む。

「うん、端的に言うとシミュレートする世界が現実と同じである必要はないからね。何を目的にシミュレーションしているか分からないけど、上位の世界に何か得がある形でのシミュレーションのはず。だとすると現状、この混乱した世界が上位世界の意図したものじゃない可能性は十分にあると思う。こんな突拍子もない非現実的な状況をシミュレーションしても生産性があるとは思えないからね」

「なるほどね、それでバグの可能性か……でも、そうなると3日もこの状況を放置してるってのはどうなんだい?バグは修正するものだろう?」

「うん、バグが発生したら修正するだろうけど、シミュレートをより効率的に行うとすると、この世界は上位の世界よりも高速で時間が進んでるかもしれない」

「つまり現実の世界じゃあまだこの暗転事件、バグの発生に気付いてないってことか?」

「気付いていない……それだけなら、上位世界がこのバグに気付けば世界を修正してくれる?…どのように修正されるか気になるけど、もしそうだったら少しは気が楽になるね」

 楽観視する栞那。

「デジタル世界だとして、暗転事件直前にリセットするのが妥当だろうな」

 管理者の立場に立って妥協点を考える佐藤。

「俺も暗転事件そのものをなかったことにすると思うけど、修正方法よりもバグにいつ気付くかが問題で…。この世界を管理する頻度、上位世界との時間速度差。数年はこのままの世界が続く可能性もあるってことだから」

「一日一回管理していても1000倍速なら3年近く経つってことだね」

「まぁ、全部可能性の話だけどね」

 難しい顔で指を折りながら計算する栞那に仮定の話だと念を押す。

「なぁ、なんか当たり前のように受け入れてるけど、もしそうなら俺達人間じゃねぇってコトだろ!?それで良いのかよ!?」

「仮説の話ね。オカルト話でもしてる感覚で聞き流してくれてもいいんだよ」

 苛立ちを見せ、熱くなる早川を宥める佐々木。

「え?そんな軽い話だったの?」

 素っ頓狂な顔をする早川に代わり佐藤が場を引き締める。

「真実だとしても俺達に何かできるわけでもないしな。上位世界、そんなものが存在したならその世界の住人は俺達にとって神様のような存在だろう」

「神様がコンピューターの電源コードにつまずくだけでこの世界は終焉を迎えるかもしれないね」

 佐々木はコロコロ表情が変わる早川をからかうような発言をする。

「なにそれ、ちょー怖い」

「うむ、面白い仮説だ。これだけの事件が起きている以上信憑性の高い仮説だろう。しかしそうなると上位世界とのコンタクトを取る方法が欲しいものだな。『じっと待っていればいずれ世界は元通りになるかもしれん』、などでは示しがつかん。佐々木少年、何か案はないか?」

「案?……と言われても、ただの仮説だしなぁ…。コンタクト…管理者が常駐している可能性は低い…かな?もし常駐しているならこの暗転事件が意図的なものだって可能性も出てくるから……」

 佐々木は独り言をつぶやくように考えをまとめている。

「その場合コンタクトを取ること自体無意味かもしれない。あくまでこれが管理者不在での出来事だとして、管理の頻度、どのように管理を?そもそもこの世界で何を得ている?」

 自問自答が続く。

「上位世界よりもテクノロジーが低いことを前提にするとこの世界が上位世界の未来をシミュレーションしているとは考えにくい……」

「未来を、シミュレーション、ですか?」

 独り考え込む佐々木を心配している様子のひまり。

「うん、政治や自然現象、人的災害なんかの情報を操作してどんなことが起きたら結果がどうなるか、って未来をシミュレーションすること。天気予報みたいにね。それはその世界にとって有益なことだけど、より確度の高い未来予測をするためには限りなく現実世界と同等の世界設定にするはずなんだ」

「ふむ、確かにこの世界でシミュレーション世界を作れぬ以上はテクノロジーの遅れた世界。未来予測の世界ではない、か」

「となると過去の出来事をシミュレートしているか、この世界で実益を得ているかだと思う」

「過去をシミュレートするの?」

「歴史研究みたいな感じかな」

 栞那の質問に答える佐々木。

「ただ、人が代われば結果も変わるし、過去の出来事を正確にトレースすることはできないから、過去のシミュレートの可能性も低いと思う」

「うん?なるほど?じゃあ実益世界一択なのかい?」

「他にもいろいろあるけど、実益を得るための世界ってのが一番あり得そうかな?」

「じ、実益?せ、世界をシミュレーションすることでどんな得があるんでしょう……?」

「うむ、シミュレーション世界。自分を人間として疑うことの無いほどのデジタル知能。これ等が生み出す創作物には途轍もない価値があるだろう」

 ひまりの質問に答えたのは依然としてひまりに抱き抱えられた安田だった。

「シミュレーション世界の知的財産はすべて上位世界のモノとなり、コンピューターを使用した業務はすべて下位世界へ代行できる。次代の産業革命とも呼べるだろう」

「……それってエグい数の失業者が出るんじゃないの」

「それを踏まえた上での革命だね」

「しかしながら技術の発展は決して悪いことではない。同じように機械技術が発展し、社会基盤が整えば人類が労働するということが前時代的と言われる日もくるだろう」

「人類皆ニート?ある意味平等な世界なのかな?」

「夢があるような、無いような世界だね」

「案ずるな。まだ数百年先の話だろう」

 豊かな未来を想像したのかにこやかな表情を見せる安田。

「話を戻すが、単純にこの世界を管理している人間を探せば良いってコトだろ?」

 脱線しつつある話を本筋に戻そうとする佐藤。

「それが出来れば話が早いんだけど、どこで誰がどうやって管理してるか分からないから探すのは無理じゃないかな」

「いや、そうじゃない。俺達は元々どうやってお前達を解放するかの話をしていただろう?シミュレーションの世界が真実かどうかは置いといて、解放する算段がついた」

「ほう、それはありがたい。して、算段とは?」

「先ず俺達はその犬が総理大臣だという主張を半分信じたことにする。それに佐々木の仮説を支持する。100%ではなく、可能性の一つとしてな。そして組織の方針、『組織の長期的維持と暗転事件の解決』にのっとりその可能性を精査すべくお前達を福岡まで送ってやる」

「え?送る?」

「元々高速道路を通行できるようにする計画はあった。優先順位的に後回しにしたが、この機に前倒ししても良いかもしれないと思ってな。……一つ、組織のメンツを潰さずお前達を解放する。一つ、仮説の精査と自称総理への助力。一つ、過激派を分散させる。霞ヶ関を目指すなら福岡は通るだろ?上位世界の管理者が福岡にいるかもしれないって理由をつけて過激派の一部に道を開かせる」

「こっちは解放された上に福岡まで送ってもらえて、そっちは過激派を暫く分散させられる、Win‐Winってこと?」

「そうだ。この際管理者の所在はどうでもいい。適当な場所で調査とでも言って過激派と別れてくれてかまわない」

「うむ、元より福岡を経由するのは予定の通り。そうしてもらえるのはありがたいが、可能なのか?」

「あぁ、大型のホイールローダーの手配がついた。荒くはなるが、上手くいけばチャリで行くよりも速く進めるだろう」

「ホイールローダーって、放置車両に体当たりしながら進むってことか」

 佐々木は無理やりな突破方法を想像して苦笑いする。

「車両一台分くらい通れる隙間はすぐに開けられるはずだ。大型車対策にショベルカーもトラックに乗せて行かせる予定だから大丈夫だろう」

「強引だけど合理的な突破方法ですね」

「綺麗事ばかり言ってられねぇからな。それからペンネ」

「おう?」

「こいつ等に同行してやってくれ」

「ん、牽制と運転役だなー?」

「あぁ、任せたぞ。後はとりあえずの目的地をどこにするかだが……」

 佐藤は九州地図を広げる。

「でしたら私が勤めていたSTWcorporationへ向かってみるのはいかがでしょうか?」

 縁陀の発言が一同の注目を集める。



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