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第三世界  作者: EMR
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第三世界 #1

#1


 第三世界


 炎天下の昼下がり、二人の少年が学校前のバス停で雑談をしている。

「なぁアブ、盆休みはさむからって7連休は長すぎじゃないか?」

 金髪の少年がぼやいている。

「あの新監督、絶対勝つ気無いよなぁ・・・」

「まぁ、先生からしてみれば貴重な連休だからな」

 黒髪褐色肌の少年が顧問の教師を庇う。

「自分が休みたいだけだよな!」

「一応自主練ってことだし、空いてる時間なら練習付き合うぞ」

「さっすがアブ!話がわかるぜ!」

 アブと呼ばれた少年、佐々木アブシディはやれやれといった表情で友人を見る。

「ソトが推薦一択で行くって時点でこんなことになる気がしてた」

「勉強できねぇから仕方ないんだって」

「それは知ってる」

 そう言って笑いあう。サッカー部に所属する二人は自主練の日程について話しだす。互いにスマホを取り出してスケジュール調整している時に突然、それは起こった。


 世界の全てが闇に覆われる。


 光も音もない世界。


 後に『暗転事件』と呼ばれるその暗闇は、一瞬とも永遠ともとれる時間を経て幕が上がる。


「・・・?」

 世界に光が戻り、訪れた日常に呆然とする。

「なぁソト、今のって・・・?」

「・・・・・?・・・ここは、どこだ?」

「・・・ソト?」

 佐々木の呼びかけに怪訝な表情を見せる。佐々木を無視してその場を立ち去ろうと少年が歩き出した瞬間、一台の暴走車両が彼を引き連れて壁に激突した。

「ッ!?ソト?おいソトッ!大丈夫か!?」

 慌てて駆け寄る佐々木だがその事故は始まりに過ぎず、街を行く車の多くが何らかの事故を起こしている。車同士の追突、建物への衝突、。ほんの数秒のうちに一変した街の風景と至る所から上がる悲鳴に戸惑いを見せる佐々木。

「なっ!?どうなってんだこれ!?」

 慌てふためく佐々木の周りには無数の事故とそれによる爆発、火災までが発生している。

「と、とにかく救急車を!」

 スマホから119番通報を試みるがつながらない。

「なんで!?回線がパンクしてんのか?」

 事故の音が次第に消えていくにつれ、冷静さを取り戻していく。遠くに聞こえる悲鳴と助けを求める声。この状況で友人を助ける方法を考えるが、冷静になって理解する。

「・・・・ッ!」

 彼はもう、死んでいると。




 とあるファーストフード店の片隅。

「うぅ・・・」

 ひまりは暗転後、見知らぬ場所で見知らぬ人物とハンバーガーを食べていた。

「・・・?」

 周りの人達は暗転後に戸惑いを見せたものの、外が騒がしくなるとともに皆散り散りに去っていった。

 店内にただ一人取り残されたひまりは状況が理解できずにその場を離れることが出来ずにいたが、店内の厨房から突然の爆発音に振り向くと火の手が上がっていることに気付く。

「・・・ひぃっ!?えっ!あ!火!火が出てますよぉ・・・っ!?だ、誰かいませんかぁー!?」

 か細く訴える声は誰にも届かず、再びの爆発音がひまりを襲う。

「ふぅぇっ!?」

 ひまりはその爆発に怯みながらもようやく店から逃げ出すことが出来たが、見知らぬ場所に戸惑う。

「・・・ここは、どこ?」

 外には出たものの、見覚えのない街並み。建物のガラスに反射する自分であるはずのその姿にすら見覚えはない。

「これは、私?」

 金髪のセミロングをピンクのリボンで後ろにまとめた髪に、丈を詰めた夏制服のスカート。

 自分とは似つかないその姿に憧れさえ抱いてしまう。

 端正な顔立ちにスタイルのいい体、制服姿に主張しすぎないよう身に着けたアクセサリーはスクールカースト上位の存在であること容易に連想させる。

 街のあちこちから火の手が上がり、助けを呼ぼうにも人はまばらで皆慌ただしく、ひまりは声をかけられない。通りでは多数の車が事故を起こしており、ひまりは何もできずにただトボトボとその場を離れることしかできなかった。




 街外れの公園。若い女性と赤ん坊。

 暗転後1時間が経過していたが、二人は公園でお互いを見つめあっていた。

「・・・ちび助お前、親はどこ行った?」

 女性、寺内はベビーカーに乗せられた赤ん坊相手につぶやく。赤ん坊はその質問に口をあむあむさせているだけだ。

「はぁ、無駄か」

 何度目かの対話も失敗に終わる。

「ここはどこで、俺は誰になっちまったんだ?・・・俺は、この女と入替って・・・」

 赤ん坊をじっと見つめる。

「ちび助は、この身体の持ち主のガキか・・・」

 寺内は何やら思案している。

「・・・いや、これはチャンス・・・なんだよな・・・?だがまぁ、とりあえずこの身体なら・・・子供なんて生んだ覚えはないが・・・つか男だぞ!俺は!」

 赤ん坊は一人で喋る母親を眠そうな目で見ている。

 人気のない公園の外が日常と違うことくらいはこの場所からも理解できる。

「・・・連れて行くしかない、よな」

 街からは無数の煙が上がり、時折悲鳴も聞こえてくる。

「進むなら!」

 寺内はベビーカーを押して閑静な住宅街に向かって歩き出した。




「熊本県・・・?」

 街を彷徨っていたひまりは道案内の看板から現在地の情報を得ていた。

「お家までどうやって帰ればいいのぉ?」

 暗転前は福岡市の実家に居たひまり。混乱の真っ只中にあるこの街から帰宅する方法を考えるが、交通インフラが正常に働いている様子はない。

「電車は動いてないかな?」

 案内板から駅の場所を確認しているひまりは男から声をかけられた。

「はるか!」

 男の声が自分に向けられたものだと理解するのに一瞬遅れる。

「はるか!よかった、無事だったか」

 スーツをラフに着こなす男は安堵した顔をし、混乱して固まっているひまりの肩に触れる。

「ふぇっ!?」

 ひまりは男の手を払いのけるように身を引く。

「わっ!私!違うマス!」

 緊張しているひまりは精一杯の主張をする。

「わ、私は、く、黒田ひまりと申します。こ、この度はお日柄もよく・・・!」

「!?ちょっ!落ち着いて、ね」

 男は挙動のおかしなひまりを優しくなだめる。

「はるか、じゃなかった・・・黒田、ひまりちゃん?」

「・・・?」

「とりあえず、娘の身体を守ってくれてありがとう・・・酷い状況だ、死人もたくさん出てるみたいだし、とにかく無事でよかったよ」」

「娘?あの・・・あなたは、この子のお父さん?」

 自分を指差して呟くひまり。

「そう、と言っても身体は別の人のものだがね」

 笑みを見せる男の返答に安心するひまり。

「状況は同じなようだね、一瞬真っ暗になったと思ったら、次の瞬間には知らない人の身体で知らない場所に居た」

「そそ、そうです!私どうすればいいのかわからなくて」

「そうだね、警察も消防も機能していない。この状況ならまずは身の安全を確保することだろうけど、はるか・・・ひまりちゃんの本当の身体がどこにいるかわかる?」

 自分の娘を心配する素振りをみせる男。

「私、福岡の自分の家に居ました」

「!?福岡?また遠いところから来てしまったね」

 男は小さくため息をつく。

「はるかは今福岡に居るのか・・・?」

「・・・」

 ひまりは助けを求めるように男を見つめる。

「うん、とりあえず落ち着ける場所へ行こう。・・・少し歩くけど、家まで行けばママも戻ってるかもしれない」

 男はひまりに背を向けて、先導するように歩き出す。

「ついておいで」

 ひまりは安心した様子で男の後を追って歩く。




 ひまりとスーツの男は人気のない裏路地まで歩いてきた。

 男は急に立ち止まり、執拗に周囲を気にしている。

「・・・?」

 ひまりも男の後ろに立ち止まり、つられて周囲を見渡す。

「この辺りで良いか・・・」

 男は突然ひまりを壁に押さえつけてニヤリとした顔を近づける。

「ふぇっ!?んなななんなんですか!?」

 男は自分の身体を使いひまりが逃げられないように覆いつつ胸をまさぐりだす。

「ひゃいっ!?」

「ひまりちゃん!おとなしくしてくれたら痛い目見なくて済むからね!」

「ぃゃぁー!」

 ひまりは自分にできる精一杯の反抗を見せるが、男の力には及ばない。

「じ、自分の娘にこんなことしていいんですか!?」

「娘?そんなのウソに決まってんだろ?」

「!?」

「この状況、やったもん勝ちってやつだ!」

 男は息を荒くしてひまりの身体をまさぐり続ける。

「分かるだろ?今なら何をやっても他人のせい!そもそも皆が皆誰かと入替ってる!捕まりゃしねぇ!」

「ひぃっ!や、やめてくだしゃい!」

 男は抵抗するひまりを強く押さえつける。

「おとなしくしてろって言ってんだろ!」

 次第に荒くなる男につられ、ひまりも普段以上の声をあげる。

「嫌!嫌だっ!誰か助けて!たすけてぇーっ!!!」

 その叫びに反応する影が一つ。

「やめろ!なにしてる!」

 路地の奥から二人の元へ駆け寄る佐々木。

「!?」

「その子嫌がってるだろ!」

「ちっ!めんどくせえなぁ、糞がよぉ!」

 男は悪態をつき佐々木をにらみつける。

「なぁ坊主、少し黙って待っててくれりゃぁ後で回してやるからよ、ちょっとあっち行ってろ」

「つべこべ言わずその子を放せ!」

 男の態度に佐々木は怯まず、二人は数秒間睨み合う。

「・・・あーあ、上玉とヤれると思ったのによぉ・・」

 男はひまりを解放して距離をとる。

「こんな状況で正義漢ぶってんじゃーよ、ばーか」

 ぐちぐち言いながらも離れていく男を佐々木は怯まずに睨み続けている。

「ちっ」

 逃げ去る男を見送る。

 へたり込んですすり泣くひまりは壁に寄りかかり縮こまる。

「ひぐっ・・・うぅ・・・」

「・・・大丈夫?」

「・・・・」

 男が逃げた後も立ち上がることができないひまり。

「立てる?」

「・・・!」

 佐々木が一歩近づくとひまりは怯えたように体を震わせる。

「・・・ごめん、驚かせるつもりはないんだけど、俺もちょっと急いでて・・・ここに居ると危ないかもしれないから、動けるなら移動しなよ」

 努めて優しく振舞う佐々木。

「それじゃ、気を付けてね」

「・・・・」

 立ち去る佐々木を一瞥しただけで、またすぐに塞ぎ込むひまりは路地裏に独り取り残される。




 路地裏から少し歩き、通りに出る直前、立ち止まる佐々木。

「・・・・はぁ・・」

 佐々木はため息をつくが、何かを決意したようにも見えるものだった。

 振り返って駆け出す佐々木。




「・・・うぅ」

 へたり込んだままのひまりの元へ再び駆け寄る佐々木。

「おーい!」

「!?」

「よく聞けよ!そこの少女よ!!」

 驚かせないように振舞った先程とは打って変わって、ひまりのすぐそばまで一気に間を詰めると声を張った自己紹介をする。

「俺の名は!佐々木アブシディ!陽気なアメリカ人の祖父を持つクォーター!そして暢気な父親にアメリカ版キラキラネームを付けられた男!」

 突然のことに驚きながらも佐々木のことを凝視してしまうひまり。

「ABCDEと書いてアブシディと読む!よろしく!な!」

「うぇ?」

「な!?独りでこんなとこ居ると危ないからさ、せめて人通りがあるところまで行こうよ」

 ひまりの手をとり優しく引き上げる。

「っ!?」

「さぁ、行こう!」

 佐々木はひまりを促して通りへ急ぐ。

「・・・あ、あの、あ、ありがとぅ・・・ございます・・」

 ひまりは佐々木に引っ張られるように進む。

「うん、こんな時だから助け合わないとな」

「・・・」

 通りまで進むと被害の出ていない場所に出る。

「この辺は何ともなさそうだ」

「そ、ですね・・・事故もなさそうです」

 ひまりは警戒しつつも佐々木に続いて歩く。

「もとから車通りの少ない道だからね、この辺は初めて来た?」

「は、はいぃ、熊本に来たのも初めてで・・・」

「え?そうなの?・・・その制服って、そこの女子校のだよね?」

 佐々木は女子校があるであろう方向を指差す。

「そ、うなんですか?」

 佐々木は立ち止まり首をかしげる。

「・・・?」

「・・・?」

 いまいち話がかみあわない二人。

「もしかして、夏休み明けにでも転校してくる予定だったの?」

「い、いえ・・・そんな予定はないです・・・そ、その、さっき・・・一瞬真っ暗になって、気が付いたら知らないハンバーガー屋さんに居ました」

「え?何それ?どゆこと?」

「?」

「一瞬の真っ暗ってあれだよね?あちこちで事故がおきたり、みんなが変になったり・・・」

 ひまりは小さく頷きながら続ける。

「はぃ、気付いたらこの子と身体が入替ってて・・・さ、さ佐々木さん、は違うんです?」

「入替っ!?いやいや・・・は?」

 佐々木の動揺に驚くひまり。

「み、みんな、おかしくなってたから・・・てっきり、さ佐々木さんもそうだと思ってました」

「・・・・」

 佐々木は一瞬考え込む。

「いや・・・あの時のソトも・・・?」

 視線をあげてひまりを見る。

「それじゃ、君は・・・」

「あ、ご、ごめんなさい・・・私、助けて頂いたのに・・・」

 ひまりは一呼吸おいて続ける。

「私は、黒田ひまりです・・・真っ暗になる前は福岡のお家に居ました」

「福岡・・・?それは、大変だね」

「・・・どうやって帰ればいいかわからなくて・・・・」

 ひまりの表情が暗くなる。

「でもまあ、なるほど、それが本当だとしたらこの状況にも納得がいくね」

「・・・?」

「不特定多数の人の人格が同時に入替ったとしたら、ドライバーに入替った人が事故を起こすのも理解できる。急に運転を強要されるわけだし、そもそも車の運転できない人だっている。一瞬で状況を理解して知らない車を安全に停止させるなんて無理ゲーっしょ?」

 二人は再び歩きはじめる。

「あの、はい、私もそう思います」

 ひまりは安堵の表情を浮かべる。

「で、でも、入替りしてない人がいるとは思ってなかったから・・・信じてもらえてよかったです」

 佐々木はニヤリと微笑む。

「100%信じたわけじゃないけどね」

 佐々木につられてひまりも徐々に落ち着きを取り戻していく。

「えへっ、ですよね、こんな話当事者じゃなきゃ信じられないですよね」

 和やかになりつつある二人の間に一陣の風が吹く。

「!?」

 突然の強風に交じった煙が鼻を突く。少し離れた場所から立ちのぼる煙を見つけて佐々木は駆け出した。

「へっ?どど、どうしたんですかぁ?」

 行くあてのないひまりは佐々木の後を追って走る。




「------ッ!」

 数百メートル走り、そこにたどり着いた佐々木は呆然と立ち尽くす。

「ひぃ、ひぃ、火!火事ですよ!佐々木さん!ここから離れないと危ないです!」

 民家やアパートが並ぶ住宅地、遅れてきたひまりは疲れた様子で話す。

「・・・・!?佐々木さん?」

 建物を覆う炎の勢いは凄まじく、強風に煽られながら近くの建物まで飲み込み勢力を拡大させている。

「母さんが・・・今日は夜勤だから・・・」

「えっ?」

「この時間はまだ、母さんが寝ていたかもしれない・・・」

 膝から崩れ落ちる佐々木の言葉にひまりも動揺する。

「えぅ・・・・」

 沈黙する二人を置き去りに周囲は轟音に包まれる。それはあり得ない高度で飛ぶ飛行機の音。二人の直上を過ぎ去った飛行機は数秒後に街のビルに激突し墜落する。

「・・・・!?」

 その墜落は街を焼く炎を勢いづかせ、人々に絶望を与えるのだった。

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