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第三世界  作者: EMR
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第三世界#17

#17


二重記憶



「チビが……入替っていない?」

 公園での話が続く。

「まぁ、可能性だけどね。この暗転事件を起こした犯人がどうやって人の名前を手に入れたのか……」

「……単純に考えれば役所、とか?住民データを手に入れたのかな?」

 佐々木の問いかけるような言葉に栞那は解答する。

「うん、そうだよね。どうやって手に入れたのかは分からないけど、何かしらのまとまったデータを基に入替をしたんだと思う」

「………?」

「そして朱音ちゃんの出生届はまだ出されてない可能性が高い」

「確かに、修二が持ってた出生届って、朱里さんが役所に提出しようとしていたものだったのかもね」

 栞那は自分のアパートでの出来事を思い出している様子。

「……ふむ」

「本当に、チビは入替りしていないのか?」

「あくまで仮説ですよ。生まれたばかりの赤ん坊の名前を知ってるのって親族や友人くらいでしょ?生まれたこと自体は病院でも把握してるだろうけど、名前が公式に登録されるのって出生届が出されてからだと思う」

「つまり犯人は名前が記載されていない人間も入替の対象外にしてるってこと?」

「そう。それに首相が犬と入替ってるのも犬を飼うのに公的な登録が必要で飼い主が首相に対応する名前を付けてたとしたら少しは納得ができる」

「ふむ、公的記録から名前を参照しているのであれば未登録の可能性がある鳥谷朱音は鳥谷朱音本人である、か……うむ、いい推論だ。支持しよう」

「くふっw……首相に対応した名前ってかさ、安田姓の人が首相の名前まんま付けてる可能性あるよねw」

「ま、まぁ、なくはないっすね」

「アリよりのアリだよ。アイドルの名前を付けた猫飼ってる友達いたわw」

「しかし、犬の登録まで一緒くたに扱うなど犯人は何がしたいのだ?益々理解できん」

「それじゃあさ、飼われてる鳥なんかと入替ってる人もいたりするんじゃないかな?その場合やっぱり飛べたりするんだよね」

 腹を立てる安田と想像に嬉々として話す栞那。

「首相が修二さんを探せたように、身体の持つ特性は当たり前に機能しそうだよね」

「いいなぁ~、要キュンの身体も良きだけど、鳥になって自由に飛べるってのも楽しそうだなぁ」

「ふむ、水を差すようで悪いが、私の知る限り犬の他に名前まで登録が必要な動物は無かったように思う」

「えぇ~!?そうなの?つまんないなぁ」

 わかりやすく落胆する。

「うむ、犬ですら自治体によっては名前の記載を不要としているところもある」

「そうだとしたら犬と入替ってる人って思ったより少ないかもですね」

「そうあってほしいものだな」

「………」

「ねぇ、そろそろ帰ろうか。長崎遠征もあるし、修二もいいね?」

「……俺は…ちび助の父親が迎えに来るまでは一緒に居てみようと思う。その後どうするかはまだ分からねぇ」

「うん、とりあえずそれで良いんじゃない?」

「この先どうなるかなんて誰にも分からないから、皆今は目先の出来ることをやっていけば良いんですよね」

「うむ、それでよい。無理する必要はないが、無駄にすることは決してないようにしなさい」

「あぁ……すまない」

 寺内に活力が戻るのを確認して米田邸への道を歩き出した。



 米田邸のリビングに寝起きのひまりが入る。

「お、おはようございます……」

「おはよう。よく眠れた?」

 ひまり挨拶を交わす。

「あ……はい……」

「どうかしたの?」

 普段よりもたどたどしいひまりはどこか意識がはっきりとしていない。

「ひぇ?あ、いえ……あれ?京香さん1人ですか?」

「ええ、詩織さんと朱音ちゃんは一緒に寝てるわ。他の人達は早朝のお散歩に出てるみたいね」

「え?……長崎に行く前にですか?」

「そうね。でもすぐに戻ってくると思うわよ」

「………」

 ボーっとしているひまり。

「ひまり?……やっぱり少しおかしいわね。どうしたの?熱でもでた?」

「あ……あの、えっと……」

 もじもじと口籠ってしまう。

「何かあるなら話しなさい。もじもじしてても伝わらないわよ」

「うぅ……」

 ひまりは観念したように話しだす。

「あ、あの……変な話なんですけど、私に…私の中に、私のモノじゃない記憶があるみたいで……」

「!?……記憶が…?前に言っていた過去の曖昧な記憶が戻ってきたのかしら……」

「そうかもって思ったんですけど、でもやっぱりおかしくて……私、小さい頃から身体が弱かったんです」

「ええ、そうだったわね」

「自由に出歩いたり、走ったりできないくらい身体が弱くて……でも、この記憶では黒髪で長い三つ編みの女の子と走り回ったり、知らない街を観光したりしてるんです」

『………』

「街並みも外国みたいで、私パスポートも持ってないし外国なんて行ったことないんですよ?」

「………そう」

「お、おかしいですよね」

 てへへと笑うひまりの横で考えをまとめる。

「確かに……ありえない話だはないわね。夢じゃないとしたら……」

「ふぇ?」

「心と身体が入替っているとはいえ、今使っている身体は他人のモノ。黄金姫の記憶の断片が残っていたとしても不思議ではないわ」

「じ、じゃあ、この記憶は姫さんの……?」

 少し寂しそうな顔をするひまり。

「ひまり?」

「……自分の、記憶じゃないって理解してても、こんな楽しい記憶が自分にあったらって……」

 ひまりはふらついてソファーに頭を抱えてうずくまる。

「ひまりっ!?」

「んっ!……ち、ちょっと頭が……」

 身体を支える。

「だ、大丈夫です……ごめんなさい……」

 ひまりの目には薄い涙が浮かんでいる。

「お、思い出そうとすると頭が痛くなっちゃいます……」

「……記憶に潜るのはやめなさい……」

「潜る……?」

「無理に思い出そうとしないで。どんな悪い影響があるか分からないわ」

「そ、そうですね。姫さんの思い出を盗み見るのも悪いですよね……」

 ひまりは姿勢を戻すが、その顔は呆けていて定まっていない。

「頭痛薬ならあったけど、持ってこようか?」

「あ、いえ、だいじょぶそうです……」

「そう?何かあったら遠慮なく言いなさいね」

「あ、あのぉ……」

「うん?」

「また、変なことなんですけど、いいですか?」

 もじもじに戻るひまりに短く返す。

「ええ、いいわよ」

「え、えっとぉ、今の私達の状態って、心と身体が入替ってるんですけど、これって心と身体を引き離して、心を別の人の身体に入れてるんでしょうか?」

「うん?……そうね、現実的な話ではないけど、現実にそうなっているから、そうなのでしょうね」

「……それって、人の記憶を、コピー?とかして他人の身体に移したってことですか?」

 ひまりの質問を考慮する。

「コピー&ペースト。所謂コンピューターで複製と貼り付け処理のことね。前提条件にもよるでしょうけど、一般的に記憶の移植だけで人格まで乗っ取られたりしないわ」

「そうなんですか?」

「そう………」

 ぽかんと口を開くひまりを見て、出そうとしていた言葉を引っ込める。

「ええと、人格というのは意思、記憶、身体の同一性などの要素によって成り立っているの。これらの要素がいずれか一つでも欠ければ、人格の同一性は保持できない。黒田ひまりの記憶を黄金姫に移植しただけでは個々の性格、身体的特徴などに応じて意志の同一性が保たれないから、自分が黒田ひまりだという認識に違和感が出てくる……つまり、あなた自身が自分のことを黒田ひまりだと認識しているのは人格が黒田ひまりのモノだからよ」

「つ、つまり、い、今ここに居る私は黒田ひまりの記憶をコピーされた姫さんが黒田ひまりのように動いてる訳じゃなくて……黒田ひまりの心が姫さんの身体を動かしてるってことですよね」

「私の見解として、そうさせてもらうわ」

「で、でも、姫さんの記憶の一部を持っている私は、黒田ひまりと言えるでしょうか?」

「………人格を形成するのに記憶が必要なら、黄金姫の記憶を併せ持つあなたは元の黒田ひまりとは違うと?」

「ほ、他の人も皆、身体の記憶が混ざってたら、入替りしてる人達は皆もう、元の人格とは別人になるんじゃないですか?」

「ええ、そうとも言えるわね。確かに、人格の基礎的な部分は10歳までに確立されると言われているわ。でもね、人の人格はそれ以降も変化、成長するものなの。ひまりが今体験している他人の記憶を見るというもの。これは映画やドラマを見た時と同じような体験をしたのと同様、フィクションと捉えてしまえばその影響は少ないわ。逆に、映画やドラマを見た程度でもその人の人格に多少なりとも影響を与えていると言える。ひまりが今心配してる、他人の記憶と混ざって人格が変わるのでは、という疑問はその人が自分の記憶と他人の記憶の区別がつかない場合に起こり得ることね」

 心配そうに見つめてくるひまりを宥めるように続ける。

「でもこれはさっきも話した通り意志の同一性が保たれないから、人間が備える高次認知機能が違和感を持ち、疑問視するはずね。だからこの暗転事件での入れ替わりによる人格の豹変、消失は起こってないんじゃないかしら」

 一通り考えを伝えると、ひまりは落ち着いた様子を見せる。

「な、なんだか安心しました。家族と逢えた時、心まで別人になってないかって心配しちゃいました」

「ふふっw、その心配は要らないわね。そもそも記憶を残してるケースがレアである可能性が高いわ。この三日でそんな話を聞いたのは初めてだもの」

「あ、そういえば、京香さんは記憶、無さそうですか?」

「ええ……栞那辺りにも聞いてみましょうか。あの子のことだから、要君の記憶を見つけたら大喜びしそうだけどw」

 喜びに舞う栞那を想像して笑ってしまう。

「えへへwそですね、聞いてみたいですw」

 不安に満ちていたひまりは姿を消し、散歩に出た4人が帰ってくるまで談笑は続いた。



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