第三世界#15
#15
逃亡
遠出を控えた佐々木と安田、寺内の3人はアーケードを避けて大通りにあるサイクルショップを訪れていた。
「こ、こいつ、到着するなり眠りこけやがった」
寺内は軒先の日陰で丸くなって眠る安田を足で小突く。
「こらこら、やめなさい。短い脚でここまで自力で歩いてくれたんだから、休ませてあげて」
「確かに、不快な思いをせずに済んだなw」
「遅くなっちゃったけど、熱中症にならなくてよかったよ」
佐々木は店先に並べられた自転車の中から一台に目を付ける。
「うーん、やっぱりマウンテンかな?」
「マウンテン?」
「速さならロードだけど、ロードやクロスに二人乗りは厳しいし、マウンテンに荷台と前カゴを……いや、タンデムもありか?」
「ふーん、今は種類が多くて迷ってしまうな」
「そう?種類自体は昔からあったんじゃない?」
「あることはあったけど、普及したのは最近だろ?それよりどうせなら店内のお高いヤツ持ってかないか?」
寺内は店内の奥の壁に掛けられた自転車を指差す。
「50万てちょっとしたバイクが買える額だぞ」
「いや、こっちので良いよ、ほとんど組み上がってるし」
佐々木は手に取ったマウンテンバイクの細部を確認する。
「コイツならペダルと荷台と前カゴくっつければ完成だしね」
「欲がねぇなー、最近の若者は……犬総理が補償するって話だろ?」
「高級品は対象外かもよ?」
「う、ありえるか」
「っすね、修二さんもおとなしくママチャリにしたらいいんじゃない?」
「ママチャリ……」
寺内は思い出したように表情を変える。
「……なぁ、前に話してたことだけど」
「?」
「犬総理が犬の身体に慣れてきたとか、適応してきてるって話」
「あぁ、してましたね。最初は喋ることも出来なかったみたいだし、俺が知る範囲でも明らかに喋り方や思考が人に近づいてるから間違いないと思うけど……」
佐々木は自転車の整備をしながら話す。
「それがどうかしました?」
寺内は佐々木に倣って店先のシティサイクルを吟味する。
「つまり暗転事件直後は人格が身体をうまく使えなかったってことだろ?」
「うん?まぁ、そうだと思うけど?」
「……何で最初からうまく使えなかったんだと思う?」
「……そりゃあ、身体の構造から別物だし、脳のスペックだって人と犬じゃ全然違うでしょ?犬の身体になったとして、身体のスペック以上のことは出来ないのが当たり前なんじゃないの?」
「それで、慣れてきたから喋れるようになったって?」
「おかしな話だけど、身体と人格が馴染んだ結果だろうね」
寺内は少し考えてから口を開く。
「だったら……人間同士の場合はどうなる?」
佐々木は整備の手を止める。
「人間同士?……それば問題ないんじゃない?性別差で身体機能に何か問題が出るかもしれないけど、一応出たんでしょ?母乳w」
「助平坊主め」
「修二さんが聞いたんじゃんw実例を踏まえて真面目に答えたの、俺はw」
「ふんwまぁいい、俺が聞きたいのは性別差じゃなくて、相手が外国人だった場合だ」
「外国人でも一緒じゃない?人間の人格が人間を動かすんだし……いや、でも……」
寺内を茶化していた佐々木は真面目な顔で考え込む。
「……もしかしたら……言葉に問題があるかも……?」
「………」
「外国人……というより言語が違う人と入替った場合、身体と人格で扱う言語が違ってくる。人格が身体を動かす以上は人格の言語が優先されるだろうけど、身体からしてみれば使ったことない言葉を喋らされる訳だから、言葉が出なかったり、もしかしたら翻訳されて言葉が出る可能性も……」
佐々木の推論を寺内は黙って聞いていた。
「………」
深夜。米田邸の一室。
寺内はあてがわれた部屋ですやすやと眠る朱音を見守っている。
「……ぅにゅぅ…」
「……可能性はある、か……」
寺内は朱音の横で考え込む。
「あいつは……あの外国女は……中学英語もまともに出来ない俺に、あいつが何て言ってたかなんて解らない……。そもそも英語だったかすら解らねぇ………でも……」
『ーーー!』
寺内は暗転事件直後に接触した外国の女が最後に叫んだ言葉を思い出す。
「最後に、チビを掴もうとした時に言ったのは……」
『アカネ!』
「そう言っているようにも聞こえた………俺は…」
寺内は静かに部屋を後にする。
明け方。
「ふ、ふあぁ~……ん?……泣き声?」
早くに目が覚めた栞那は隣の部屋から聞こえてきた泣き声のもとへ向かう。
「朱音たん……」
部屋の中で独り泣いている朱音。栞那は抱き上げてあやす。
「はーい、修二おじさんどこ行ったんだろうねぇ」
栞那は朱音を抱いたまま寺内の帰りを待つが一向に戻らないことに痺れを切らす。
「……遅すぎる」
時間が経ち朱音は再び眠りにつく。
「修二め、朱音たん放っといてうんこかぁ?」
栞那は朱音をベッドに寝かせてから家の中を探して回る。
各部屋を静かに見て回り、次第に焦りが出始める。
「アブ君!起きろ!」
寺内が消えたことを悟り部屋に駆け戻って同室だった佐々木を叩き起こす。
「え?何?もう出発すんの?」
寝起きの佐々木はふらつきながら欠伸をする。
「大変だ!修二が消えた!」
「……修二さんが?なんで?」
「理由は知らん、家中探したけどいなかった!玄関に靴がないから、出て行ったとしか」
「修二さん……」
佐々木は眠そうに目を擦る。
「……あ!朱音ちゃんは?」
「朱音ちゃんは隣で寝てるよ」
「修二さん1人で?……このご時世ちょっとコンビニへって訳じゃないだろうし……」
「あの野郎、逃げやがったね」
表情は崩さないものの、内に秘めた怒りが垣間見える。
「まぁ、そうなるのかな?……それで、居なくなってどのくらい経ったか分かります?」
「え?……えっと、気付いてから少なくとも10分、いや15分は経ってるかな」
佐々木は一度部屋の時計に目を向ける。
「15分か。もしホントに朱音ちゃんを置いて逃げたんなら追いかけても見つけるのは難しいかもしれないすね」
ため息をつく栞那。
「何で出て行ったは分からない。もっと前に、まだ暗い時間に出て行ったかもだし、連れ戻すこと自体無意味かもしれない」
佐々木は寝起きの頭で冷静に思考する。
「それでも、朱音ちゃんの為に修二はここにいるべきなんだ」
「無責任だって罵っても、無理強いはできませんよ」
「……うん、そうだね。修二がどうしたいか、修二が何を考えているか、ちゃんと聞こう」
「そうっすね。じゃ、追いかけてみますか」
「なんか余裕だね、見つけるのは難しいって言ってたけど、アテがあるのかい?」
「アテというか、姿の見えない相手を追いかけるなんて犬じゃあるまいし難しいかなって思っただけっす」
「イッヌ!!」
栞那は慌てて部屋を飛び出してリビングへ向かう。
「首相!」
激しく開け放たれたリビングのドアと栞那の声に飛び起きる安田。
「何奴ッ!?……む、栞那か、どうした?出発か?」
「いえ、ちょっと問題発生です。修二が出て行ったみたいで連れ戻したいんですけど、首相に協力して頂けないかと」
「ふむ、寺内修二が……行先に心当たりはあるのか?」
「全くありません。なので首相の力を、修二の匂いを辿ってくれませんか?」
「待て待て、匂いを辿って人を探すなんて犬じゃあるまいし……」
「………」
暫しの沈黙。
「……イッヌ」
「はっ!?」
我が身を振り返りはっとする安田。
「自覚してください、首相」
「べふぅっ!」
「出来ますか首相?」
「う、うむぅ、やってみよう。しかしこのようなことは初めてだ。確実とは言えんぞ」
「首相だけが頼りです、よろしくお願いします」
栞那と安田、外に出ると佐々木が待っている。
「アブ君、準備はいいかい?」
「はい、朱音ちゃんは詩織さんに預けて来ました」
言いながら安田の鼻に一枚の布をかざす。
「修二さんの服です、いけますか?」
「うむ、なるほど。微かに感じる……わかるぞ、2人とも付いて来なさい!」
「よし!GO!安田、GO!」
「ブリーダーか!」
勢いよく走りだした栞那と安田の後を追う佐々木。
街外れの公園。寺内は土地勘の無いなか歩き続け暗転事件直後に居た公園まで戻ってきていた。
「……はぁ…」
重めのため息を何度かついて、日陰のベンチに腰を掛ける。
「……俺は………」




