第三世界#14
#14
応援
「えっにっしダーーッ!」
閑散としたオフィス街に音華の突き抜けた明るい声が響く。
「げっ!?」
呼ばれて音華の姿に気付いた縁陀は拒絶的な声をだす。
「名前を呼ぶな!バカ!」
突き放そうとする縁陀に音華は怯まない。
「何言ってるでスか?私たちの仲でしょ」
「だーか~らっ!言ってるでしょ!この名前は特別な人だけに呼ばれたいの!」
「私だって特別でシょ?私のことも音たんとか呼んで良いんだからネ」
「……それで?わざわざ何の用で来たのよ?は・ぜ・さ・ん?」
心底呆れた様子の縁陀は嫌みにため息をつく。
「他人行儀!冷たいでス!」
「職務中です!あなたに構っている暇はありません」
縁陀は踵を返してその場を去ろうと歩き出す。
「それでは、さようなら。は・ぜ・さ・ん」
「ちょ、チょーッと!待ですよ!縁陀!」
音華は縁陀に食らいついて引き留める。
「もう……何?またログに残せない事でもさせる気?」
観念する縁陀。
「にしししっ!持つべきものは友でスね!」
音華は不服な縁陀に満面の笑みを見せる。
蒸し暑い昼下がり、佐々木と安田、寺内の3人は街で使えそうな自転車を探していた。
「首相、そこ右です」
「うむ」
短い脚を素早く動かし先頭を進む安田。
「しっかし暑いな」
「家で待っててよかったのに」
汗を頻繁に拭う寺内に対し佐々木は平然としている。
「まぁ……ちび助も俺なんかよりあいつ等に遊んでもらったほうが楽しいだろ」
「そうかな?親離れには早すぎると思うけど」
「ははっ、そりゃそうだ」
「栞那さんは黒田さんに自転車の乗り方を教えるって息巻いてたし、廻さんは子供の相手するの苦手そうだったし、早く用事を済ませて戻ろう」
「あぁ、そうだな」
「首相、そこも右に」
「うむ」
荒れた街中を用心して進む3人。
「ん?あれは……」
寺内がそこで見かけた人物に視線を向けると相手も寺内に気付く。
「あー、やっぱり。栞那ボーイと一緒に居たママさん」
「おう、昨日の……」
「澪だよ、み・お」
派手な格好をした澪は汗を拭って3人に近づく。
「あぁ、そうだったな」
「栞那ボーイと赤ちゃんは一緒じゃないの?」
「今は留守番だ」
「そう……そっちは?」
澪の視線が佐々木に向く。
「こいつは佐々木、そっちは総理大臣だ」
「ども」
「うむ」
「ん?総理?……まぁいいや、それより君達どこ行くの?」
「えっと、実は自転車が必要になって、自転車屋さんから頂こうかと」
どこか申し訳なさそうに答える佐々木。
「で、でも首相の許可は貰ってます」
「うむ」
佐々木の返事に首を傾げる澪。
「ん?ちょっと良くわかんないけど……アーケードに行くつもりなら止めときなよ」
「アーケード?」
続いて土地勘のない寺内も首を傾げる。
「商店街です。アーケードがどうかしたんですか?」
「んー、悪いけど今ウチのチームがアーケードで物取りやっててね。乱暴な奴等もいるから危ないよ」
「え?お姉さんもアウトローっすか?」
「ちげーよ、なんだよアウトローって」
澪は首を振り頭を雑に掻き毟る。
「いや、まぁ別に違うって訳でもないか。……私も乱暴者の仲間だよ」
「そうなのか?そうは見えないけどな」
「私は人に暴力を振るう気はないよ。でも人の考えは十人十色。今この世界をゲームだとでも思ってるのか他人を傷つけることに抵抗がない人間だっているんだ。……昨日チームの一人がやっちゃいけない事をやりやがった」
「やっちゃいけない事?」
想像して息を呑む佐々木。
「殺しだよ」
「……ふむ」
安田は大きなため息をつく。
「?」
「……澪さんは何でそんな人がいるチームに残ってるんですか?」
「ヤバい奴がいるなら抜ければいいだろ」
「……簡単にはいかないよ。そいつ等さ、昨日帰ってきた時縛り付けた女の子まで荷物と一緒に連れてきてさ、犯すって……一日二日でぶっ壊れすぎだろって」
苛立ちを隠しきれない苦笑。
「尚更抜けるべきじゃねーか。一人で出歩けるんだから自由が利かない訳じゃないんだろ?」
「……人質、ですか?」
「人質ね、ある意味そうかな……元は市役所に集まったグループだったんだけど、人が集まる場所だからさ、すぐに千人以上集まって、そのうち過激派が仕切りだした……。奴等の言い分も分かるっちゃ分かる。社会基盤が崩壊した以上限られたリソースの奪い合い。生きる為には綺麗事だけじゃ済まない。グループには子供達もいるし、グループが崩壊したら行き場を無くした子たちはどうなる?」
「………」
澪の問いかけに無言で返してしまう一同。
「……さっき話した女の子は助けたよ」
諦めたように笑う澪。
「暴走するアホ共を抑えるブレーキ役も居るんだ。私だけじゃないけど、ブレーキが減っていけばいずれ暴走するでしょ?……今は抜けられないよ」
「損な役回りですね」
「ね、ホントそう。無理してでも実家に帰ってればよかったよ」
「……すまんな」
力なく肩を落とす安田はぽつりと呟く。
「実家は遠いんですか?」
「ん?うん。福岡でね。躊躇った」
「福岡……帰れるようになるといいですね」
「そうだね、もしくはこのクソゲーみたいな世界を終わらせてくれるか、かな」
「クソゲーってw」
「ははっw、そんなもんだよ、今の世界は。……んじゃ、忠告はしたからな」
「はい、アーケードには近づきません」
「よろしい。それじゃあ気を付けてな」
歩き出す澪。
「澪さんも、気を付けてください」
「うん、ありがとう」
「頑張れよ」
「うん、赤ちゃん、大切にしてあげて」
「うむ、キミの働きに感謝する」
「!?」
澪は立ち止まり3人を振り向く。
「べふっ」
「んー?……わんちゃんも元気でね、バイバイ」
澪は手をひらひらと振ってその場を後にした。
「あいつ……」
「?」
「犬総理のこと気付いてなかったな」
「べふぅ」
米田邸の庭で自転車に乗る練習をするひまり。
「だ、駄目です栞那さん!こ、これは悪魔の乗り物です!」
何度目かの転倒から立ち上がると惜しみなく弱音を吐きだす。
「こ、こんな、バランスなんてとれませんよぅ」
「黙れ小娘ッ!小学生でも補助輪なしで乗りよるわ!」
「ひぇッ!?」
「自転車が悪魔の乗り物だ!?自転車通学を悪魔の行軍とでも思っているのかオマエは!?」
面白がって鬼教官となった栞那はひまりに厳しく接している。
「ほら!もう一度だ!行けッ!」
ひまりの自転車を力の限り押し出す栞那。
「ふぇーッ!」
ふらふらと数メートルだけ滑るように進んで転ぶ。
「へぐッ!」
「うん、運痴だ」
遠い目で改めて納得する。
「ふふっw、スパルタ教育ね」
「京香さん……う~ん、自転車って体で覚えるって言うし、黄金姫ちゃんは自転車に乗れるだろうから、ひまりちゃんもワンチャン乗れるって思ったんだけどなぁ」
当てが外れたとばかりに肩をすくめる栞那。
「手続き記憶のことかしら?記憶するプロセスは違っても自転車の乗り方も脳に記憶するものよ。体で覚えるっていうのは言葉のあやね」
「あれ?そうなの?」
「ええ、脳内にはニューロンと呼ばれる神経細胞がシナプスを介してつながっていて電子回路のようなネットワークをつくって情報を伝達しているわ。電子回路と大きく違うのは、このニューロン同士を接続するシナプスはその人が様々なことを経験したり学習したりすることでそれを記憶し、変化するところね。記憶とは物事を忘れずに覚えていること、その記憶時間によって記憶は大きく感覚記憶、短期記憶、長期記憶の3つに分類されるの。勉学等によって頭で覚える陳述的記憶、一般的に体で覚えるという手続き記憶はどちらも長期記憶に属するのだけど、陳述的記憶は海馬で整理整頓されて大脳皮質にためられるのに対して非陳述記憶、手続き記憶は脳の奥にある大脳基底核や脳の後ろ、小脳に保存されるの。これら2つは記憶する場所だけでなく記憶するためのプロセスが違って、」
「よーしストップだお姉さん。私にそれは理解できないよ。馬の耳に念仏、ってね」
「それ、自分で言うのw?」
「だって、そんな急に言われても分かんないじゃん」
「あなた大学生でしょう?専攻は?」
「メイド、かな?」
「?……得意科目は?」
「可愛い少年、だよ♡」
「なるほどね、語学に難あり、と」
「言うね~京香ちゃん」
「栞那がふざけ過ぎなのよw」
自転車の下敷きになるひまりを置いて談笑する。
熊本市内大通り。
「さすがに暑すぎる……」
佐々木等3人はアーケードを避けて別の自転車屋を目指している。先程まで先頭を歩いていた安田は遅れだし、2人の後ろをトボトボとした足取りで追いかける。
「首相が遅れてる。少し休憩しよう」
「あぁ、賛成だ」
2人が日陰に入って立ち止まると、それを見た安田も近くの日陰に入り立ち止まる。
「首相、大丈夫ですか?」
「大丈夫だが、少し休もう」
「はい、そうしましょう」
ぺたんと座り込む安田。
「だいぶバテてきてるね」
「犬だしな。この時間の散歩は堪えるだろ」
「遠回りしたのもきつかったかな……熱中症になられるくらいなら抱えて歩くか……」
そう言って寺内をじっと見つめる佐々木。
「修二さん最近朱音ちゃん抱っこしてて抱っこ慣れしてるよね?」
「……俺は嫌だぞ」
「……………」
無言で睨み合う2人。
「俺だって嫌だよ!60過ぎの裸のおっさん抱っこして歩くのなんて!」
突然声を荒げる佐々木。
「おまッ、言いやがったな!想像しないようにしてたのに!大体お前が拾ってきたんだろ!飼い主なら責任持てよ!」
「拾うとか飼い主とか言わないの!中身は人間なんだよ!?総理大臣なんだよ!?」
「人間らしさが垣間見えるから抱えたくないんだろ!人間総理の小太りじーさん想像しちまうんだよ」
「ぐ、ぐぬぬぅ~!」
睨み合う両者。
「いや、ここで睨み合ってても仕方ない。首相には行けるところまで自力で歩いてもらいましょう」
「そうだな、こんな時代だ。少しでも平和にいこう」
2人は互いに頷き合う。
「頑張れーッ!ガンバレ首相ー!!」
「ゆっくりでいい!一歩ずつ確実に歩を進めるんだッ!」
「ゴールまでもう1キロもないです!踏ん張ってください!」
「一国を代表する人間がそんなとこでへばってていいのか!?行けッ!諦めるなぁッ!」
突然始まった応援に困惑する安田。
「……?……べふぅ…」




