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第三世界  作者: EMR
14/30

第三世界#13

#13


慣れ



「それではお姉さま、私は先に戻っておきますネ」

 米田邸の玄関、笑顔で別れの挨拶を済ませると音華は小さな荷物を手に取る。

「えぇ、ありがとう。なんだか気を遣わせちゃったみたいね」

「いえ、私は只お姉さまが楽しそうにしていたので、つイ」

「ついって、あなたねぇ」

 少し呆れてみせるが怒っているわけじゃない。

「これの私のオ仕事でスよ♡」

 音華はいつも通りのいたずらな笑顔でその場を離れる。

「では、いってきますネ♡また後で」

 手をひらひらとさせながら米田邸を後にした。

「えぇ、いってらっしゃい」

 消え去る音華の姿を見送って宅内に戻る。



「お帰り京香さん」

 リビングに戻ってきたところを出迎える栞那。

「え?あぁ、うん……ただいま」

「廻さん、残ってくれてありがとう」

 感謝を述べる佐々木。

「うん、学者さんが身近にいてくれると心強いよね」

「そう?気にしないで。一応詩織さんの経過もしばらくは観察しておきたいの」

「それを含めてありがとうってコト」

 まっすぐに感謝されて照れてしまう。

「そうね、素直に受け取っておくわ。私からも、しばらくの間よろしくね」

「よろしくぅ~」

 にぃっと笑う栞那に音華と似たものを感じる。

「うん、よろしく。で、これからどうすべきかだけどさ」

 佐々木は仕切り直して部屋に居る一同を見渡すが寺内が居ないことに気付く。

「あ、今後のことだけど、修二さんが来てからが良いかな?」

「8時前か、そろそろ起きてくるかな?昨日は朱音ちゃんの夜泣きが多くてね」

 栞那は時計を確認して、思い出したように欠伸をする。

「栞那さんもお手伝いしてておねむだよ」

「へぇー、一昨日はぐっすり寝てたのにね」

「ぐっすりと言うより、ぐったりだったんだろう。昼間の暑さが堪えたんだよ。赤ちゃんが泣くのは元気の印ってね」

「そっか、お疲れ様。それじゃ、新米ママおじさんはゆっくり寝てもらった方が良いね」

「そだね」

「うむ、寺内修二が居ない間に一つ共有しておきたいことがある」

「?」

ソファでくつろいでいた安田はすくっと立ち上がり会話に入る。

「あの者について思い出したことがある」

「首相、知り合いだったんですか?」

 佐々木の問いに安田はゆっくりと首を横に振る。

「いや、面識はないが、私はあの者のことをよく知っている……10年以上前の話だが、私が法務大臣として任命されてすぐのことべふっ、うむ、12年前だな。ある事件の裁判にて死刑を言い渡された者、それが寺内修二だ」

「え!?」

「ホントに、修二さんが?」

「もちろん同姓同名の別人である可能性はある。しかし、所在地や年齢は一致している」

「で、でも、昔の事件だし間違って記憶してるってことは?」

 動揺する栞那。

「この件については強く記憶しているよ。私が法務大臣になって初めてでた死刑判決だ。死刑執行の命令書にサインをさせるために事件に関する書類を送ってくるべふっ。私はその書類を何度も読み返した。当然だろう?人の命を扱うのだ。その記憶に間違いはない」

「そ……修二さんは何をしたんですか?」

 佐々木は覚悟を決めたように問いかける。

「ふむ……強盗放火殺人だ」

「そんな……極悪人ってこと?」

 栞那は分かりやすく落胆する。

「13年前の夏の午後、資産家宅へ窃盗目的で侵入した寺内修二は宅内で遭遇した家主を暴行し、逃げる際に火を放った。結果として当時宅内にいた老夫婦が焼死。寺内修二はその日のうちに警察に捕まった……」

「それで、死刑判決……?」

「うむ、だがそれも12年前のこと。それから刑が執行されることはなく、現在も福岡拘置所にて収監中であったはずだ」

「それで拘置所にいた修二さんは暗転事件で朱里さんの身体に」

「そんなに悪い奴には見えないのに……」

「見た目は当てにならない世界よ」

 冷静さを失っている栞那を訂正する。

「それは、そうだけど……」

「一晩一緒に過ごしたけど、慣れないなりに朱音ちゃんのお世話を頑張る良い人に思えたのよねぇ」

 詩織が栞那を落ち着かせるかのように同調する。

「そう、そうですよね。今は改心したのかも」

「確かに、許されない罪を犯したのかもしれないけど、13年の間に心変わりしていてもおかしくない」

 佐々木も寺内を擁護する姿勢だ。

「罰するより改心させることが重要、って言葉もあるし、何より今朱音ちゃんには朱里さんの身体が必要なんだ。修二を捕まえたり閉じ込めたりとかは……」

「うむ、実のところ私もそう思っておる。大臣の任期中命令書にサインできなかったのも私なりに思うところがあったからだ。大罪を犯したのは事実。しかしその後の態度を見れば寺内修二が事件に対して大きく後悔していることは分かるべふっ」

「そうなの?」

「うむ、初審の死刑判決を控訴することなく受け入れたのもその気持ちの表れだと思っているよ……あくまで行動を共にする者達には伝えておくべきと思っただけで他意はない。君達が受け入れてくれるならそれでいいべふっ」

「そうだね、私は今まで通りで良いと思うよ」

 栞那の言葉に頷く一同。同時にリビングのドアが開く。

「ん?おう坊主、朝帰りとはふてぇ野郎だな」

 赤ん坊を連れて部屋へ現れる寺内。

「それもう3回目だから!」

「お、おはよう、ちゃんと眠れたかい?」

「まあ、それなりにな」

「そう、それは良かった」

「まったく、子供を持つってのは面倒なことだな」

 悪態をつくが赤ん坊を抱く姿は母親の姿そのものだった。

「で?朝から顔をそろえて何の話だ?」

「あ、そうそう。これからどうするかって話だよ」

「そ、そだね、そんな話だったね」

「首相のことだけどさ、本物の総理大臣だとしたらこのままここに置いておくのは不味いんじゃないかな」

 佐々木と栞那、至って平静に話を進める。

「ん、まあ、そうだよね」

「総理大臣ともなればこの暗転事件でも役を降りることはできないでしょうね」

「だ、誰?」

 寺内は知らない顔が交ざっていることに気付く。

「えっと、こちら廻京香さん。医療関係の研究者さん」

 佐々木が簡単に紹介する。

「廻京香よ、よろしく」

「お、おう。寺内修二だ。こいつは鳥谷朱音、中に誰が入ってるかは分かんねえけど、とりあえず赤ん坊だ」

 寺内は寝ている朱音の頭を撫でて紹介する。

「ていうか犬大臣の言うことを信じるのか?べふべふ言ってる鼻詰まりのオッサンみたいな奴だぞ?」

「ふっw、いや、失礼だぞ修二!」

 栞那は笑いを堪えている。

「この方の首相信頼度は今うなぎ登り中なんだぞ」

「なんでだよ?お前もイッヌイッヌ言ってただろ」

「い、言ってたけど、信じられる部分も増えてきたって言うかさ……」

「べふべふ言うことも減ってきてる気がするね」

 安田の小さな変化に気付く佐々木。

「うむ、確かに咳は減ったのかもしれん」

「咳、だったんすね……まあ、そのことも含めてさ、首相は犬と身体が入替った訳だし、精神、意識が人のものだとしても犬の身体である以上スペックは犬のはずだよね」

「スペック?」

「そ、スペック……忘れてるかもしれないけど、そもそも犬は喋らない」

「それはそう、暗転事件で現実性判定がバグってたかも」

 栞那は当たり前なことに納得する。

「それでも首相が喋れるのは中身の人格が犬の身体を人のように扱おうとしてるからじゃないかな?」

「ほう、つまり私はこの身体に慣れた結果、うまく話せるようになってきたと」

「その理論だと、いずれ総理は犬の身体で二足歩行するってコト?」

 栞那の発言を部屋の隅で聞いていたひまりは二足歩行する安田を想像したのか堪えるように笑う。

「それは……どうだろう?喋るんだし、ありそうで怖い」

「二足歩行で喋る犬大臣か、面白そうだなw」

「ちょっとしたホラーだけど、暗転事件の象徴的存在になるかもねw」

 真剣に考える佐々木に対して寺内と栞那は隠すことなく笑みをこぼす。

「とにかく、どんな姿になろうと事件の処理や国の再興には総理大臣の存在が不可欠なんだよ。だから俺は出来るだけ早く首相をあるべき場所へ送り届けた方が良いと思うんだ」

「それって、東京まで連れて行くってコト?」

「まあ、そうなるかな」

「いや、長崎に行くべふっ」

 首を振る安田。

「頑なに長崎?」

「うむ、長崎へ向かうことが霞ヶ関に戻る最短の方法やもしれん」

「……もしかして、政府専用機があったりします?」

「そうだ。暗転時には秘書官もSPやパイロットも皆長崎空港周辺に居た。散り散りになりはしたがこの有事、多くの者は政府専用機に集まるだろう」

「集まる、かな?」

 胸を張って堂々と言い切る安田に栞那は懐疑的な声を上げる。

「みんな誰かと入替ったりして仕事どころじゃないんじゃないかな?」

「案ずるな。こんな状況だからこそ皆職務を全うするだろう」

 犬なりに凛々しく立つ姿が部下への信頼の高さを語っていた。

「……長崎か……距離としては近くになるけど、東京、本州とは真逆になるね」

「誰も来てなかったり、身体や政府専用機が乗っ取られてた場合は無駄足になるかもしれないけど、いってみる価値はある」

「東京よりは現実的な距離だもんね」

「うん、移動手段はやっぱり自転車かな。船で行ければ楽そうだけど、運転できる人いないよね」

 佐々木の質問に一同は沈黙で答えた。

「車がつかえたら送って行ってあげられるのにねぇ」

 詩織は残念そうに窓から外の空いた駐車場を見る。

「そこはまぁ、仕方ないですね。どこかで自転車を調達して行きます」

「それだけどさ、ひまりちゃんも一緒に送っていくってのはどうかな?」

「ふぇ?」

 突然名前を出されたひまりは小さな声を出す。

「イザベルの時は諦めたけどさ、アブ君ならひまりちゃん乗っけて走れるでしょ?」

「うーん、前カゴに首相、後ろに黒田さんってこと?」

 栞那の提案を整理する佐々木。

「いや、長崎までの往復なら一日じゃ無理だろうし、食料やキャンプ用品なんかも持ってくなら一人じゃ辛いだろう?総理と荷物は私が運ぶよ」

「栞那さんも手伝ってくれるんですか?」

「国の一大事だからね。出来ることなら手伝うよ」

「ありがとう」

「うむ、礼を言うのは私の方だな。二人ともありがとう。感謝する」

「うん、ひまりちゃんはどう?それでいい?」

「え、えっと、わ、私は……」

「家に帰れるチャンスだよ」

 はっきりしないひまりの背中を押す栞那。

「遠慮しないで。俺、サッカー部で鍛えてるから」

「……そ、それじゃあ、お、お願いします」

 もじもじと答えるひまり。

「ん?自分で乗って行けば良いだろ?」 

 二人乗りを前提に進む会話に疑問を抱く寺内。

「運痴なのよw」

「なんでぇー!?」

 ひまりは自分の運痴が広まってしまい小さな叫びをあげた。

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