第三世界#12
#12
優しい犯人
8月11日 朝。
早朝から移動をはじめ、米田邸にたどり着いた4人を代表して佐々木がインターホンを鳴らす。
外からでもわかるほどに騒々しい音が響き、玄関ドアが開く。
「遅い!朝帰りとはどういう料簡だねキミ達!?」
ドアを開くなり捲し立てる栞那だが、すぐに佐々木とひまりの2人だけではないことに気付く。
「すみません、遅くなったけどただいまっす」
「お、遅くなったって!女の子を2人も増やして!こんな時間まで何をしていたんだね!?」
佐々木に詰め寄る栞那。
「いや、ただ大雨で帰れなくなっちゃって、何もしてないですよ」
「ホントかなぁ~?暗転事件後で自棄になる人も増えてるからね~。若い男女が……」
「栞那さん。俺はただ、暗く狭い物置で独り監禁された状態で一夜を過ごしただけです」
無表情で力強く、淡々と事実を述べる佐々木。
「そう……まぁ、入れよ」
栞那に招き入れられて家に入る一同。
「あらお帰り、無事でよかったわ。みんなで心配していたのよ」
米田邸のリビングにて詩織と安田が迎える。
「すみません、遅くなっちゃいました」
「佐々木少年よ、朝帰りとは感心せんな」
「イッヌ!それはもういいって!」
「おはようございます、お邪魔させていただきます」
「ハーイ!おはようでース」
新参者として挨拶をする。
「あらあら、賑やかになったわね」
「お邪魔するでスよー!」
「ふふっw噂の喋る犬ね」
「?」
「はいでス!犬総理でスね!」
ソファに立つ安田を突っつく音華。
「まぁ、意外と可愛いわよね、パグって」
「で、ですよね。かわわ~、です」
ひまりはただいまの挨拶代わりに安田の頭を撫でまわす。
「や、やめなさい、黒田少女」
安田は身体全体を震わせる。
「私はこれでもこの国の総理。少女に撫でられるなど威厳が保てんのでな」
「プーッw!クスクス!威厳、威厳テ!その姿になってる時点で威厳なんて無いでス!」
「な!なんと失礼な少女だ!」
ソファにて姿勢を正す安田を上から見下ろす音華。
「ペグ」
「パグじゃい!」
「ふふっw」
「首相、もしかして話し方流暢になってます?」
佐々木は咳き込むことが無くなった安田に問う。
「ふむ?そうか?言われてみれば確かにそうかもしれんな」
「馴染んできたのかな?犬に」
「べフッ!?」
吹き出す安田。
「まあ、そんな小事は置いといて、そちらのお二人はどなたかな?」
犬に馴染んだ安田を黙殺した栞那は新参者に問いかける。
「あぁ、はい。この2人は医療のスペシャリストです」
間を取り持つ佐々木が答える。
「医療の?」
「かくかくしかじかで、自称医療のスペシャリスト波瀬音華さんと、その先輩の廻京香さんです」
「自称はいらんぞイ、佐々木ボーイ」
「廻京香です、よろしく。こちらに服用している薬が無くなった方がいらっしゃると聞いて来ました。薬自体は持ち合わせていませんが、力になれればと思っています」
「あら、それはわざわざすみません」
詩織は小さく手を上げる。
「あなたでスね、薬が必要な人は」
「ええ、よろしくお願いします」
「ンム。では早速診せてもらうでス」
音華は慣れた手つきで診察する。
「ンー?どこか痛いところはありまスか?」
脈を取り腹部の触診をしながら問いかける。
「いえ、特にないわねぇ」
「今日、朝起きてからの体調はドですかぁ?」
「昨日よりは楽になったような気がするわ」
「ンム……」
音華は薬が入っていたピルケースをもらい匂いを嗅ぐ。
「佐々木ボーイ、薬の写真をもう一度見せるでース」
言われて佐々木はスマホを見せる。
「現環境で100%の保証は出来ないけド、ほぼ間違いないでスね」
音華は犯人を突き止めた探偵のようにしたり顔をしてピルケースを指先で回す。
「コラーゲン、グルコサミン、プロテオグリカン、コンドロイチン、プラセンタ、レスベラトロール」
「え?ちょ、ま、何?なんの呪文?」
呪文のような言葉の羅列を遮る佐々木。
「つまりこのご婦人が服用していたのはお薬ではなく、美容と健康意識の高いサプリメントでース」
「あらw」
詩織はほっとしたのか笑顔を見せる。
「ホントに、ただのサプリメント?」
拍子抜けした佐々木も安堵して笑う。
「診断に嘘はないでス。服用をやめたからと言ってすぐに影響は出ないので安心するでース」
「ふふっ、ありがとう。なんだか心が軽くなったわ。あなた達もありがとうね、遅くまで探し物をさせてごめんなさい」
「いえ、このくらいどうってことないですよ」
「えへへ」
礼を言われて照れるひまり。
「さて、詩織さんの一件が落ち着いたところで私からこの事件についての見解を話させてくれ」
注目を集める栞那。
「け、見解、ですか?」
「そう、昨日2人が帰ってこなかったから詩織さん達にはもう話したんだけどさ、この暗転事件の入替りの法則を見つけたのだよ!」
栞那は得意気に笑みを浮かべるが、一同は沈黙する。
「………」
「……?あれ?あんまり興味無い?」
思っていた反応では無かったのか少しの焦りを見せる栞那。
「あ、いや、興味が無い訳じゃなくて、似たようなことをこっちでも話してたっていうか……もしかしたら同じ見解かもなぁって」
勢いを失う栞那に佐々木が伝える。
「な、なるほど……ではそれも踏まえて話そうか」
残念そうに一度肩をすくめて姿勢を正す。
「えー、まず私が見つけた法則だけど、入替っている人達は姓名のイニシャルが共通してるみたいだね。昨日修二達を連れてこっちに来る途中に知人と会って、と言っても中身は別人なんだが、姓は違えど名前は全く同じだったんだ。そこまではいいかい?」
「そうですね、こっちも同じ意見です」
「うん、それで、その子の名前は澪。苗字はイニシャルだけが音が字だったけど」
「名前はローマ字表記で三文字まで同じ、ですよね」
途中でセリフを奪われた栞那はわざとらしく口元を歪める。
「む、そこまでたどり着いたか小僧」
「結局この入替りの法則は遅かれ早かれみんなに気付くようね」
詩織は違和感を覚えたのか唇を指でさすっている。
「そのようですね。とはいえこれでこの事件は何者かが何かしらの意図をもって起こしたものだってのが確定したね」
自信を持った発言をする栞那に釈然としないひまり。
「か、確定、ですか?」
「うん。これを管理できる何者かがいるはずだからね」
「となると、なぜこのように管理する必要があるのか、だけど………」
佐々木が補足するが行詰る栞那。
「えっと、それについて昨日考えたんだけど、暗転事件がエリア別に起こっているとして、」
「え?そうなの?」
言葉を遮って驚く栞那。
「情報は少ないけど、暗転事件発生時はイザベルを含めてみんな九州に居た人ばかりです」
「イザベルも?あ、いやそうか。そうかもしれないね」
栞那は何か思い当たる節があるようで、佐々木の説に納得する。
「それは今までに会った人間が皆九州の者だという推測か?」
静観していた安田が口を開いた。
「そう、なんだけど。首相は……」
「ふむ。確かに私もその時長崎に居たのでな」
安田の件に懸念がある佐々木に納得がいったような犬の顔の安田。
「総理が?なんで長崎にいたの?」
率直な疑問を発言する栞那に詩織は部屋のカレンダーに目をやると日付を確認して言う。
「一昨日と言えば長崎の平和記念式典の日よね。総理大臣が式典に出席することはよくあることじゃないかしら」
「その通りだ。長崎には公務で滞在していた」
「じゃあこのイッヌ、ガチ総理ってこと?」
「マジ総理イッヌすね」
「え?じゃあ早く戻った方が良いんじゃない?」
「ふむ、昨日からそう言っているつもりだが……」
さも当然といった態度の安田。
「え?いや、なんて言うか、らしくないというか、昨日は絶対ふざけてたでしょ?首相信頼度3%くらいだったよ?」
「はて?私はふざけているつもりなど無かったが」
「明らかに昨日よりもはっきりと喋れてるね」
安田と栞那の対話に焦りが出る佐々木。
「こ、これって公務執行妨害的な何かになったり……?」
「それは大丈夫だろう。総理信頼度が上がったとしても、総理だと証明されたわけじゃないからね。犬総理の指示を聞かないからと言って罪にはならないさ」
「いっその事ここでイッヌを始末するってのもアリか?」
「ねぇよ!戻ってこい少年。それで?キミの考察の話をしてくれるんだろう?」
「あぁ、そうだった、イッヌの始末……いや、首相の件はまた後でにして、犯人が何故このような仕組みを作ったか……それはさっきも言った通り『管理』するため、じゃないかな?」
「うん……うん?」
「イニシャルの組み合わせは26×26で676通り。九州エリアの人口約1400万人をこれで割ると約2万…」
「えっ?」
ひまりは素っ頓狂な声をあげて佐々木の言葉を遮ってしまう。
「あ、ご、ごめんなさい。九州ってそんなに人多かったのかなって……」
「うむ、少年の言う数字でおおよそ合っているはずだ」
「なんだいひまりちゃん?ド田舎九州にそんなに人は居ないってかい?」
『………』
「あ、や、違うです。勘違いです。止めちゃってごめんなさい」
「うん、続けるけど、イニシャルの組み合わせ、一つのグループに2万人が入ることになる。一方でこれを名前三文字まで、つまり26の4乗で人口を割ると、約1400万割る約45万で大体31になる」
「1グループあたり31人」
栞那はスマホの電卓を使って計算を確認する。
「そう、名前が二文字しか無い人や名前として成り立たないアルファベットのグループの存在で多少増減があるけど、平均では1グループ31人」
「グループ毎に多い少ないはあっても確実に1グループの所属人数は減るね。それこそS.ABCのグループなんてキミぐらいしかいないのかもね」
「そうです。俺が誰とも入替っていないのはそれが理由だと思う」
「つまりアブ君は暗転事件の犯人が私達を何かしらの理由で管理するためにこの法則を取り入れたと?」
「うん……もしくは、イースター・エッグ」
「……イースター・エッグ?」
「なんだい?それは?」
ひまりと栞那は首をひねる。
「犯人からのメッセージ?というより、ヒント、かな?」
「グループ数を増やして1グループの所属人数を減らすのがヒントに?」
「……暗転事件、この規模の事件を単独でやってるとは思えない。一枚岩ではない犯人グループの誰かが俺達を事件の真相に導くために用意したのかもしれない」
佐々木の言葉を受けて一同は沈黙する。
「は、犯人からのメッセージ……優しい犯人が居るってコト……?」




