第三世界#10
#10
友達
三人は人気のない裏路地で身を潜めながら話を続ける。
「それで?何に気付いたの?」
「あ、はい。あの、入替りの法則というか、規則性を見つけたというか……」
「?」
佐々木の返答にはてな顔のひまり。
「まだ対象者数が少なくて、確定って訳じゃないんだけど」
「そう、それは気になるわね。聞かせてくれるかしら?」
佐々木はうなずいて続ける。
「単純に、イニシャルです」
「イニシャル……?」
「うん、入替った人同士の名前をローマ字で書いたとき、姓の一文字と名の三文字が共通してるんだ」
「………?」
「米田家で詩織さんが持ってたかばんに入ってたハンカチに刺しゅうがしてあったんだ……『Y-Shizu』って」
「………」
沈黙する。
「身体の人の名前は分からないけど、詩織さんの名前、米田詩織を同じように書くと『Y-Shiori』。ハンカチの刺しゅうと途中までは同じでしょ?」
「た、確かに……で、でも私と姫さんは……?」
「黄金姫は多分『こがねひめ』が正式名称なんだと思う。それが正しければ、黒田ひまり『K-Himari』と黄金姫『K-Hime』は姓1名3が共通してる……修二さんも同じ、寺内修二『T-Syuuzi』と鳥谷朱里『T-Syuri』」
「はへぇ」
感心するひまり。
「ふふっw」
ひまりのぽかんとした顔に、小さく笑ってしまう。
「?」
「ごめんなさい、続けて」
「ただ、わからないところもあって。栞那さんだけど、弓削栞那『Y-Kanna』と米田要『Y-Kaname』は共通してるんだけど、イザベルが当てはまらないんだよね」
「イザベル……?外国人かしら?」
「はい、イザベル・キャントナー。ドイツの血を引く生粋の関西人です」
「ん?うん?……外国人でいいのよね?……外国人でイザベルなら『Ysabel』と書くこともあるわね……キャントナーはどうかしら?……『Kantner』?」
「イザベルも当てはまる……?」
「でもイザベルは名前でしょうし、あなたの仮説に当てはめると『K-Yxabel』ね」
「ま、まあその辺はまだ考慮が必要ってことです」
「そうね、でも良い仮説だと思うわ」
佐々木の辿り着いた仮説を素直に褒める。
「ありがとう、そして俺は佐々木アブシディ!他人と入替ってはいない」
「ええ、さっき聞いたわ」
「仮説では『S-Abcde』」
「……!」
ひまりは気付いてはっとする。
「……つまり、あなたが入替りしてないのは入替る相手がいないからだと?」
「そう思ってます。少なくとも名前三文字がABCで始まる名前は日本では珍しいでしょ?」
「日本では……外国でも珍しいかもしれないわね」
「外国でも珍しいとは思うけど、外国にはいるんですよね、この名前」
「そうね」
「でも、入替ってないんです」
「?」
再びはてな顔のひまり。
「入れ替えに何らかの法則があるのは間違いないと思う。そして世界中探せば俺も誰かしらと入替の法則が当てはまるはず……なのに入替りしてない」
「………」
再びの沈黙。
「つまりこの暗転事件は全世界で起こってることじゃない。限定的なエリア、もしくはいくつかのエリアに分かれているんじゃないかって」
「……そうなんですか?」
「憶測だけどね。もし全世界で一つの事件だとしたら、人口比率的にもっと外国人が多いはずなんだ。世界から見れば日本人の人口は2%に満たない。名前の癖が国によって違うとしても、もっと外国人と会っていてもいいはず……もっと言えばこれまでに会った人はイザベル以外皆九州の人間だし、イザベルだって暗転事件の時は九州に居たかもしれない」
「……あ!た、確か、家族旅行中に暗転事件にあったって、家族を探しながら福岡経由で帰るって言ってました」
「そう、本州まで陸路で行くなら福岡経由しかないけど、イザベルは家族を探しながらって言ってたからね。家族旅行が福岡だった可能性は十分ある」
「は、はい!そう思います」
嬉しそうに相槌を打つ。
「それで、廻さんは暗転事件の時はどこに?」
「……福岡よ」
佐々木の問いに答える。
「!」
その答えで仮説を確信したかのようにひまりの顔が明るくなる。
「ふふっw」
ひまりの笑顔を見て笑ってしまい、話を止めてしまう。
「?」
「あぁ、いえ……」
コホンと軽く咳払いをして続ける。
「じゃあ、この暗転事件は九州だけで起こっているのかしら?」
「いや、それだと衛星放送までは止まらないはずだし、やっぱりエリア別に複数個所で……それか、入替る相手との距離にも限界がある……とか?」
首を傾げる佐々木の肩に一粒の雨が落ちる。
「あっ……」
その雨はほんの数秒の間に土砂降りへと変わる。
「降ってきたわね、とりあえず建物に入りましょうか」
暴漢達を警戒しながら三人で近場の建物に身を移す。
人気の無い小さなオフィスビル。
「ふぅ……いきなり降ってきましたね」
「わぁ、凄い、土砂降りです」
窓越しに外を眺めるひまり。
「うん、でもあいつらもこれだけ降れば諦めてくれるだろうし、ちょうどよかったかも」
「そ、ですね」
ひまりは安堵の表情を浮かべる。
「……あなた達、これからどうするの?」
「これから……?」
「あ、えっと……帰る場所、というか、安心して休める場所はあるの?」
突然の問いに困惑した二人を見て質問を言い換える。
「一応、拠点として使わせてもらえる場所はあります。廻さんの方は大丈夫ですか?」
「ええ、私は大丈夫よ」
「……くしゅっ」
くしゃみをするひまり。
太陽が隠れ、雨に濡れた身体は冷えてしまった。
「あ、大丈夫?俺何か拭くものとか探してくるね」
「え、あ、ありがとうございます」
部屋を後にする佐々木。
「………」
「………」
残された二人。
暫く沈黙が続き、佐々木が建物を探索する音だけが小さく聞こえる。
「……佐々木君、気が利く良い子ね」
「あ、はい……私、助けてもらってばっかりで……私も何か役に立てればって思うんですけど、なかなか思うようにはいかなくて……」
「ふふっ、そう思ってるだけで十分よ。人には得手不得意があるのだから。あまり気を張ってると相手に余計気を遣わせてしまうものよ。迷惑をかけないように生きるのも良いけど、迷惑をかけてしまうことを自覚して周りへの感謝を忘れないことも大事よね。人は生きているだけで誰かのお世話になっているものだから」
「あ……はぃ……」
呆然とするひまりを見て説教臭く喋ってしまったことに気付く。
「……?……ごめんなさい、説教臭かったわね」
「い、ぃえ、な、なんだか懐かしい感じがして……昔、似たようなことを言って貰えたことがある、ような……?」
「受け売りよ、祖父のね」
「………あ、あのぉ」
「なに?」
もじもじと言葉を紡ぐひまり。
「廻、さん……は、福岡に住んでるんですよね?」
「ええ、そうだけど……」
「私も、福岡なんですけど……どこかで会ったこととかありませんか?」
少し考える。
「……何故?あなたは私のことを知っているの?」
「あ、い、いえ……知ってる、訳じゃないんですけど、懐かしい感じがして……」
「ふふw、知らないはずよ。あなたが懐かしさを感じるのはこの身体のことでしょう?」
「あ、そっか……」
「ひまり、さんはこんな世界になって、家族や友達と離れ離れになって、寂しい?」
「え……っと。そう、ですね、家族と離れ離れになって寂しいし、心配です」
ひまりは苦笑して続ける。
「お友達は……元からあんまりいなくて……病院生活が長かったから……」
「仲が良い子はいなかった?」
「います!……い、いました……」
「………」
「……私、昔の記憶が曖昧なんです。去年大きな手術をした時に、数分間死んじゃってたみたいで……病院生活の中にも、家族やお友達との楽しい記憶はあるのに、そこに居た人の顔が思い出せないんです」
「手術の、後遺症……」
「はい、お医者さんもそう言ってました……手術は一カ月くらい東京の病院に行ってしてもらったんですけど、戻ってきた時には友達とは会えなくなって、家族も家族じゃないみたいで……独りぼっちで知らない世界に来たみたい……」
悲しげな表情を見せるひまり。
「……それで、新しい友達はできなかったの?」
「は、い……なんで友達は会いに来てくれなかったのかって、考えると、怖くて…」
「なにか、事情があったのよ」
「あ、はい。それか、もう死んじゃったって思われてるのかもです」
寂しそうに笑って見せる。
「それは、笑えないわね……でも、ひまりさんが友達を想ってるのと同じくらい、その友達もあなたのことを想っているわよ」
「そ、そうでしょうか?」
「友達なんて、そういうものよ」
「そう、ですね。そうだったら良いなぁ」
ひまりの顔に明るさが戻る。
「きっとそうよ……!?」
そんな話を二人でしていると突然奥から足音が響き、足音の主はひまりの背後を取る。
「佐々木さん?」
振り返ろうとするひまりよりも速く、その影は飛び出す。
「私ダーーーッ!!!」
学生服を着た少女、音華が突然の大声でひまりを驚かす。
「ぴぎゃーーー!!?」
崩れ落ちるように床に丸くなるひまり。
「にしししッww!!ドッキリ!大成功ー!ッス!」
「ふふっw!ふふ、あはははッw!」
「………!???」
困惑するひまりを横に笑ってしまう。
「ふぇッ!?な、なんですかぁ?えっ!だ、誰ぇ!?」
見知らぬ少女に混乱するひまり。
騒ぎを聞きつけた佐々木がその場に慌てて戻ってくる。
「今の悲鳴はっ!?二人とも大丈夫!?」
「くすくす……w」
「えっ?なに?どういう状況?」




