第82話 「春風」
「こんにちはタイラーさん。そして、春風さん」
「どうも」
「よう」
開かれた扉の先にいる若い金髪の男性と、彼と共に現れた人物を見て、オードリー、フレデリック、ヴァレリーがそう挨拶した。
水音達がこのフロントラルに来た、1番の目的であるその人物ーー雪村春風の姿を見て、
(あ、あぁ春風。本当に……ここにいた)
と、水音は泣きそうな表情になりながらも何か言おうとしたが、心の準備が出来てなかったのか、もしくはそれ以外の理由の所為なのか、何を言えば良いのかわからず、ただ呆然とするだけだった。
そして、
「ゆ、雪村……」
「本当に、雪村君……だよね?」
「……」
それは進らクラスメイト達も同様……なのだが、
「……え?」
と、目の前にいる春風がそう小さく声をもらすと、それに反応したのか、
「あ……」
と、美羽が春風を見てそう声をもらすと、
「っ」
歩夢がその場から駆け出して、
「フーちゃん!」
と、そう叫んで、春風にガバッと抱き付いた。
その勢いが強かったのか、抱き付かれた春風は後ろへと仰け反り、
(あ、やばい! このままじゃ倒れる!)
と、水音はそう思って動き出しそうになったが、
「ふん!」
と、春風はどうにか踏ん張ったので、
(おぉ、良かった! 凄い、春風!)
と、水音は心の中でそう呟きながらガッツポーズをとった。
その後、
「ゆ……ユメちゃん!? え、ユメちゃんなの!?」
と、抱き付いてきた歩夢をニックネームらしき呼び名でそう呼んだ春風に対して、
「う……うわぁあああああん! フーちゃんだよぉ! ホントに、フーちゃんだよぉ!」
と、歩夢は大声で泣き叫んだ。
更に、
「俺の事、わかるの? 俺、結構変わってるのに?」
と、春風が歩夢に向かってそう尋ねると、
「わかるもん! だって、フーちゃん可愛いもん!」
と、歩夢は泣きながらそう即答したので、それを聞いた水音は思わず「ブッ!」と吹き出した。当然、それは進達も同様だった。
そんな感じの会話が続くと、
「『なぁんで』?」
というなんとも怒りに満ちた声が聞こえたので、水音は「え?」と恐る恐るその声がした方へと振り向くと、
「て、天上…‥さん?」
そこには、明らかに「怒り」のオーラを纏わせている美羽の姿があったので、水音だけでなく進達までもが、ダラダラと滝のように汗を流しながら、ガクガクと全身を震わせていた。
その後、美羽は怒り顔でズンズンと音を立てながら春風に近づき、
「今まで何してたのよ!? 2ヶ月よ! 2ヶ月も音沙汰なしで、一体何してたのよ!?」
と、怒鳴りながら問い詰めた。
その質問を聞いて、
『う、うわぁ……』
と、周囲が美羽の勢いに若干怖気付き、
「え、えーそれはそのぉ……」
春風がどうにかその質問に答えようとすると、
「っ」
と、美羽も歩夢と同じように春風の胸に飛び込んで、
「ホントに……心配……したんだから!」
と、震えた声でそう言ってきたので、
「……ご、ごめん、美美羽さん」
と、春風は美羽に向かってそう謝罪した。
そんな様子の春風達を見て、
「うわぁ、何あれ?」
「どう見ても泣かしてるよね?」
「なんてうらやま……いや、けしからん」
と、進達がそう口々にそう言う中、
(……ああ、そうだよな)
と、水音は心の中でそう呟くと、
「春風」
と、春風名前を呼び、その場から歩き出してゆっくりと彼に近づいた。
それを見て、
「お、おい、水音?」
「水音君?」
と、進と耕が水音に声をかけたが、
(僕が春風に向かってやるべき事、言うべき言葉なんて、最初から決まってたじゃないか)
と、水音はそれを無視して春風に近づいた。
その後、
「み、水音……」
水音は春風のすぐ傍に立つと、
「……っ」
ゴスッ!
「ぐふ!」
水音は無言で、春風の腹部に思いっきりパンチを入れた。
それを見て、進達が「あ!」と驚く中、
「み、水音君……一体何を……?」
と、春風が苦しそうにそう尋ねると、
「この、馬鹿野郎!」
水音は震えた声で、春風に向かってそう言った。
その言葉を聞いて、進達が再び「あ……」と声をあげていると、
「はは……そう、だね。ごめん」
と、春風は苦笑いしながら、水音に向かってそう謝罪した。