第71話 そして、「僕ら」は決意する
「春風はもう既に、『邪神』と接触したって事になるね」
と、水音がそう言った瞬間、執務室内はしーんと静まり返った。
誰もがごくりと唾を飲む中、発言した本人である水音はというと、
「だ、駄目だぁ! 自分で言っといてなんだけど……頭の中がぐちゃぐちゃになってきたぁ!)
と、表情には出していないが、内心ではかなり混乱していた。
当然だろう、「最強」と云われていた断罪官の大隊長が敗北したという報告をきっかけに、自分達のもとを去った春風に関する衝撃的な話が次々と出てきたので、あまりの情報量に水音自身の理解が追いついていないのだから。
そんな状況の中、
「なぁウィルフ。他にも何かスゲェ事とか起きなかったか?」
と、ヴィンセントがそう尋ねてきたので、
「ふむ、そうだな。ああ、そういえばこれもギデオンの報告にあった話だが、春風殿に敗れた後、副隊長のルークと隊員達が怒りのままに彼に挑もうとしたが、フロントラルの代表の1人であるハンターギルド総本部長のフレデリック・ブライアントと数人のハンター達に立ち塞がれただけじゃなく、空から妙な女性が降りてきて、全員返り討ちにあったそうだ」
と、ウィルフレッドは思い出したかのようにそう答えた。
その答えを聞いて、
「はぁ? 何だそりゃ?」
と、ヴィンセントはそう言って首を傾げて、
(空から……女性?)
と、水音も心の中でそう呟きながら、ヴィンセントと同じように首を傾げた。
その時、
(あれ? その女性って……)
と、一瞬水音の脳裏に、とある女性の姿が浮かび上がったが、
「まさかな」
と、水音は首を横に振るいながら、小さな声でそう呟いた。
その後、水音の脳裏からその女性の姿は消えて、代わりに春風の姿が浮かび上がると、
(ていうか春風ぁ! 一体君は何に巻き込まれているんだぁ!)
と、水音は心の中で、怒りのままにそう叫んだ。
するとその時、
「く、くくく……」
と、ヴィンセントからそんな声が聞こえたので、
(ん? ヴィンセント陛下?)
と、水音がヴィンセントの方へと視線を向けると、
「くははははははは! はははははははぁっ!」
と、ヴィンセントは声高々に笑い出したので、水音だけでなくその場にいる者達全員が、「な、何事!?」と言わんばかりの驚きに満ちた表情になり、
「え、あの、ヴィンセント陛下……!?」
と、水音はその表情に戸惑いながらも、ヴィンセントに向かってそう尋ねようとすると、
「いいねぇ! いいねいいねいいねぇ! 雪村春風! 異世界から来た『賢者』! 『見習い』ってのは意味わからんが、超最高じゃねぇか! ますます欲しくなっちまったじゃねぇか!」
と、ヴィンセントが狂ったような笑みを浮かべながらそう叫んだので、
「へ、陛下?」
と、あまりの事にぽかんとなっていた水音がそう声をかけると、
「いいぜウィルフ。当初の予定通り、雪村春風は帝国が貰うこれは決定事項だ、相手が教会だろうが『神様』だろうが文句は言わせねぇ」
と、ヴィンセントはウィルフレッドに向かって、強い『決意』を秘めた口調でそう言った。
そんなヴィンセントの言葉に、
「え、ちょ、陛下……」
と、水音が声をかけようとしたが、それを遮るかのように、
「では、早速準備をするとしようか」
と、ウィルフレッドがそう言ったので、
「おう」
と、ヴィンセントもそう返事した。
そんな2人のやり取りを見て、水音達は頭上に「?」を浮かべていると、
「あの、ウィルフレッド陛下。『準備』……とは?」
と、ウィルフレッドの傍に立っている爽子がそう尋ねてきたので、
「無論、彼の……春風殿のもとへ向かう準備だ」
と、ウィルフレッドは真剣な表情でそう答えると、
「えっと、『向かう』ってどちらにですか?」
と、今度は爽子の傍な立っている美羽がそう尋ねてきた。
その質問に対して、ウィルフレッドだけでなくヴィンセントも一緒になって答える。
「「中立都市フロントラルだ」」
それを聞いた瞬間、
「あ、あの、陛下……」
と、はっとなった水音が、ヴィンセントに向かってそう声をかけようとした。
だが、その時、
「あら、駄目よ」
と、ヴィンセントの横でキャロラインが、穏やかな笑みを浮かべながらそう言ったので、
(……え?)
と、水音をはじめ、その場にいる者達全員が、皆、「え?」とぽかんとした表情になった。