第116話 アメリアの「罪」
(……今、何て言ったんだ?)
ーー私が所属していた、断罪官第2小隊に、エステルの討伐任務が下りたのです。
(討伐? 討伐って言ったのか?)
アメリアが言ったその言葉の意味を、水音は理解出来ないでいた。
いや、水音だけではない。進をはじめとした勇者ことクラスメイト達も、アメリアの言葉に目をパチクリとさせていた。
すると、
「あ、あの……アメリア……さん」
と、耕が恐る恐るアメリアに声をかけてきたので、それにアメリアが「ん?」と反応すると、
「その……まさかと思いますけど……『討伐』って事は、妹さんを……殺すって意味ですか?」
と、耕は震えた声でそう尋ねた。
その質問に対して、アメリアは小さく「う……」と呻いたが、
「……ああ、そうだ」
と、すぐに表情を暗くしながら、コクリと頷いた。
その答えを聞いて、水音が「ああ、やっぱり」と言わんばかりの辛そうな表情になった、まさにその時、
「ちょ……ちょっと待てよ!」
と、鉄雄が声を荒げながら叫んだ。
その叫びに水音をはじめとした周囲の人達が驚いて目を大きく見開くと、
「『殺す』ってなんだよ『殺す』って!? 実の妹さんなんだろ!? 何でそんな事になっちまうんだよ!?」
と、鉄雄はアメリアに向かって怒鳴るように問い詰め始めたので、
「お、オイ、落ち着けを暁……」
と、傍にいた進が落ち着かせようとしたが、
「これが落ち着けるかよ! おかしいだろこんなの! 話を聞く限りじゃ、妹さんなんにも悪い事してねぇだろ!」
と、鉄雄は進に向かって更に怒りに任せてそう怒鳴った。
その言葉に進が「そ、それは……」と口籠ると、
「……彼女が固有職保持者だからだよ」
と、水音がそう答えたので、それに鉄雄が「はぁ?」と反応すると、
「断罪官……いや、五神教会の連中と、彼らが崇める『神々』にとって、エステル……さんが何をやったかじゃなく、彼女が固有職保持者だというのが重要なんだ。彼らにとっては、固有職保持者は存在自体が『悪』なんだから」
と、水音は暗い表情でそう説明し、最後にアメリアを見て、
「そうですよね?」
と、尋ねた。
それを聞いた鉄雄が、
「な、何だよそれ……!?」
と、更に声を荒げようとしたが、それを遮るように、
「……ああ。その通りだ」
と、アメリアはコクリと頷きながらそう答えると、
「『固有職保持者は世界の穢れ。その穢れに少しでも触れれば、その者も穢れの一部となるだろう』。断罪官だった時の私は、この教えを心に刻み込み、小隊の隊長や仲間達と共に、世界に……神々に仇なす『異端者』……固有職保持者と、それに近しい者達を……この手で殺してきたんだ」
と、震える自分の両手を見ながらそう説明したので、その説明を聞いて、
「そ、それに近しい者達……って、まさか!?」
と、恵樹が何かに気付いたかのようにハッとなって、アメリアに向かってそう尋ねると、
「そうだ。その異端者に関わった者から、少し話した程度の者も、討伐の対象だ。そして、私は……そんな者達までも!」
と、アメリアは震えた両手をグッと握りしめながらそう答えた。
その答えを聞いて、
「ど……どうして、そこまでして……!?」
と、今度は美羽がアメリアに向かってそう尋ねると、
「私には、守りたいものがあったんだ! この命をかけてでも、故郷を、家族を、妹を守りたかったんだ! 異端者を殺す事で、それを守れるならと、ずっと……ずっと頑張ってきたんだ! なのに……なのに……!」
と、アメリアは今にも血が出てきそうなくらいギュウッと拳を握りしめながら、怒鳴るようにそう答えようとすると、
「……その守りたかった妹が、『異端者』だったという事実を知ってしまった……ってところかしら?」
と、それまで黙ってたキャロラインそう尋ねてきたので、それを聞いたアメリア無言でコクリと頷いた。
そんな様子の彼女を見て、
(ああ、何て残酷な話なんだ。守りたかった大切な妹が、実は殺さなくてはいけない存在だったなんて……)
と、水音はギリッと歯を噛み締めながら、心の中でそう呟いた。
そんな水音を他所に、アメリアは話を続ける。
「エステルの職能と、討伐任務を聞いて、私はどうすれば良いのかわからなかった。だって私は、エステルが固有職保持者だなんて知らなかったから。ですが、教会に……『神々』に逆らう事が出来ず、私は答えを出せないまま、仲間達と共に任務に赴きました。しかし、村の近くまで来たところで、私は小隊長達に1人置き去りにされてしまったのです。今なら、あれが小隊長達なりの配慮だと思いましたが、当時の私はその考えに至らず、すぐに小隊長達を追いかけました。そして、漸く追いついた時には……村が炎に包まれてました」
そう説明したアメリアを見て、水音は悲しそうな表情を浮かべた。そんな彼らを他所に、
「その……村の方々は?」
と、イヴリーヌがアメリアに向かってそう尋ねると、アメリアは首を横に振るいながら、
「残念ですが、皆、殺された後でした。その中には、私とエステルの両親もいました」
と、暗い表情でそう答えた。
すると、
「あれ? ディック君とピート君のご両親は?」
と、祭がそう尋ねると、
「俺とピートにはもう両親がいなかったんだ。父さんは俺達が幼い時に魔物に殺されて、母さんは後を追うように病気で。だから、俺達兄弟にとっては、アメリアとエステルの両親が父親と母親だったんだ。でもあの日、2人はエステルを守ろうとして、殺されてしまった。2人だけじゃない、村のみんなも、エステルを守ろうとして……」
と、ディックは暗い表情でそう説明すると、
「そ、そうだったんだ。ごめんなさい」
と、祭は2人に向かってそう謝罪した。
その謝罪の後、
「そうだ。私とエステルの両親と村のみんなは、エステルを守ろうとして小隊長達に立ち向かい、全員命を落としてしまった。それを見た私は、目の前が真っ赤になって、気が付いたら、私は武器を手にとって小隊長達を……仲間達を手にかけてしまったんだ。そして、全てが終わった時、生き残ったのは、エステル、ディック、ピートだけだったんだ」
と、アメリアはそう話すと最後に床に両膝をついて小さくなった。
そんなアメリアを、水音達が心配そうに見つめると、
「イヴリーヌ……様」
と、アメリアは小さくなったまま、震えた声でイヴリーヌに声をかけて、それにイヴリーヌが、
「な、何ですか?」
と、返事すると、
「私は……どのような『罰』を受けるのでしょうか?」
と、アメリアは更に震えた声でそう尋ねてきた。