カッパシャ林の男たち
弟子五十五人を諸方へ送り出した後、シッダールタはひとりベナレスを発った。
そして数日かけてウルヴェーラ(優留毘羅)のセーナーニ(将軍)村へ至り、カッパシャ林に入った。
ちょうどそのとき林では、幸組と名のる三十人の男たちが酒肴を持ち寄り宴を催している最中であった。男たちのうち、二十九人は妻を持ち、残りの一人だけは独身だったため、娼婦を一人雇ってその男の妻に見立て、男女六十人、林の中で半裸となり、我を忘れて遊び戯れていた。
ところが娼婦は人々の隙をねらい、美しい衣装や珠飾りを盗んで逃げ去ってしまった。
驚いた彼らは右往左往して探した。しかし、見つからない。
「あそこに沙門がいる。訊いてみようではないか」
ひとりが樹下に坐っているシッダールタを目にし、云った。そこで彼らは女の行方を尋ねたのだが、シッダールタは思いもよらぬ答えを返した。
「公子らよ、汝等は何故、女を求めるのか。女を探すのと自分自らを探すのと、いずれが勝れていると思われるか」
「それは当然……」
男たちは応えようとして、口をつぐんだ。
(この沙門が発している問いは、目の前の単純な物事ではない)
と、彼らはすぐに察した。
「……自分自らを探す方が勝れています」
仲間を代表して、ひとりの男がやっと答える。
『女』と即答しなかったところを見ると、この幸組の男たちは、ただ享楽的なだけの者たちではなかったようだ。
シッダールタは人の実在に関わる問いかけをした。もとより物を盗んで逃げた女などではない。自我のことである。それも、真実の姿を見失った滅すべき自己[小我]ではなく、己の真の主としての自己[大我]を求めよと、彼は示唆したのだった。
「公子らよ、それではここに坐るがよい。私は自らを求むる法を汝等に説こう」
言葉に従い、五十九人の男女が草地へと腰を下ろした。そこでシッダールタは順をおって法を宣べ、彼らの心が調うのを待って四諦の教えを説く。
聞き入っていた人々は、みな道を求める心を起こし、男たちは髻を切って弟子となった。