父・シュッドーダナ王の死
このような教化の旅を続けるうち、世尊は風の便りで父のシュッドーダナ王が病の床に就いたと知った。そこで急ぎカピラヴァストウへ戻り、父王のもとへ赴いた。
王は九十七歳となっていた。やせ衰えた体を寝台に横たえ、荒い息をしている。その足元には灰色の髪をした養母がいた。
「王よ、痛みはありますか」
釈迦牟尼世尊は弟のナンダ尊者と共に父王の枕辺に立ち、言葉をかけた。
するとそれまで閉じられていた王の眼がゆっくりと開く。
「おお……」
シュッドーダナ王は、懐かしげに息子たちの顔を見た。その後ろには、ラーフラが控えめに立っている。
「……太子よ、帰ったか」
混濁した意識の中で、王の時間は昔へ戻っているようであった。
「此処に居ります」
世尊は、息子シッダールタとして老王の手を取った。
そして七日の間、看病をするとともに世尊は王へ法を説き、ものみな移り変わる理を述べた。するとしだいに王の荒い息は穏やかとなり、瞳から恐怖の色が消えて七日目の夜、シュッドーダナ王は病の床へ起き上がった。
人々が呼び集められ、世尊とアーナンダに支えられた王は、臣下や宮女たちに今まで犯した過を詫び、涙に濡れるマハーパジャパティを慰めた。
「だれ一人、死を免れることは出来ぬ。しかし、この世で為すべきことは成し終わった……」
大きな息をつくと王は再び横になり、両目を閉じた。
「ああ、我が君……」
王妃が身体に取りすがって泣く。
人々の間から、すすり泣きの声が漏れる。
そして、シュッドーダナ王は息を引き取った。世尊は弟子達、王家の親族、宮女家臣たちの前で法を説き、葬送の日には自ら棺を取って柴堆の上へ乗せ、火をつけた。
息子が転輪聖王となることを願ったシュッドーダナ王も、聖者となったその子に導かれ、穏やかな臨終を迎えた。父王の弔いを済ませた世尊は尼拘盧陀園にしばらく留まったのち、ヴァイシャリーへと去っていった。そしてカピラヴァストウでは、アニルッダの兄、マハーナーマが選ばれてシャーキャ族の王となったのであった。
『遊行篇』 完
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