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コーサラ国・パセーナディ王との対面

 そして、シュラーヴァスティー(舎衛城)に仏陀が現れたという報は、すぐにコーサラ国王のもとへもたらされた。

「ジュータ太子さまが園林を寄進されたとか」

 宮殿の奥深く、王の傍らに侍していたムリガダラ大臣が云う。

「……我が太子にそこまでさせるとは、何者か」

「元はシャーキャ族の太子であったとのことでございます。母の右脇から生まれ、誕生と同時に七歩あゆんで右手を上に左手を下に向け、『アッゴー、アハム、アスミ、ローカッサ……(天上天下唯我独尊)』と云ったとか、云わぬとか」

「『この世の我が身は唯一無二の存在であり、何ものにもかえがたい尊い存在である』と、な……」

 王が哄笑する。

「……生まれたての赤子が、歩くものか」

「左様でござりまするな」

 大臣も密やかに皮肉の笑みをもらす。

「だが……」

 と、王は笑いを収めた。

「そのような逸話を人に作らせるとは、さぞや優れた者であろうな。……さもなくば、人を欺くに()けた者か」

「ウルヴェーラの三兄弟を弟子にする際には、様々な不思議を現し、他の沙門からは魔術師と呼ばれたそうでございます。近頃は控えておるようですが」

「ほう、それは良きにつけ悪しきにつけ、かなりの修行を積んだ者であるな」

 王が大臣を顧みる。

「――会ってみたい」

 大臣は王の命に頭を下げ、その場を去った。


 

 翌日、豪奢な天蓋(てんがい)をかけた車に乗り、百官を引き連れて、コーサラ国のパセーナディ[波斯匿(はしのく)]王は祇園精舎へやってきた。

 門の前で車が止まり、大勢の家臣たちが頭を下げる中、王が降り立つ。

 その人は、巨大な体躯(たいく)の持ち主であった。上背がある上に、太い。しかし手足の筋肉は盛り上がり、動作も敏捷で、この王が即位以来、コーサラ国は(いくさ)で負けたことがない。マガダのビンビサーラ王がしなやかで毛並みの美しい虎であるならば、パセーナディ王は(おお)きく力強い象であった。

 王は太い眉の下のぎょろりとした眼で辺りを睥睨(へいげい)し、宝冠をきらめかせながら、悠々とした足取りで建物の中へ入っていった。入り口近くで王のしるしである五つの飾り、剣、(きぬがさ)、宝冠、玉のついた払子(ほっす)と美々しい(くつ)をその身から取り去り、彼は奥へと進んだ。

 そしてパセーナディ王が釈迦牟尼世尊の待つ精舎に着き、対座して初対面の挨拶を交わすと、その後ろにそれぞれの家臣と弟子達が坐り、この強国の王と聖者の邂逅(かいこう)固唾(かたず)を飲んで見守った。

 先ず、パセーナディ王が口を開く。

「貴方は、自ら(さとり)を開いた者と申されますか?」

 言い様は丁寧だが、(ことば)の切っ先は鋭い。

 王は仏陀と評判の者が、あまりにも若いので衝撃を受けていた。

(このような白面の青年であったとは。()けば、(わし)と同年であるとか)

 彼は人々の精神的指導者ならば、もっと老成した人物だと思い込んでいた。実際、パセーナディ王が今まで会ったことのある大沙門と云われる者たちは、それなりの年齢であった。

 一方、釈迦牟尼世尊ことゴータマ・シッダールタには、王の心の動きが手に取るように解っていた。そして、応える。

(しか)り。大王よ、もし世の中に最高の(さとり)を得たという者があるならば、それは私である」

(なんという自信だ)

 王は重ねて仏陀に問う。

「だがゴータマよ、世には多くの弟子達を率い、人々に師と仰がれて、その名が聞こえている沙門・バラモンも少なくない。

 例えば、プーラナ・カーシャパ[富蘭(ふらん)那迦葉(なかしょう)]、マッカリ・ゴーサーラ[末伽梨(まがり)拘賖梨(くしゃり)]、ニガンダ・ナータプッタ[尼乾(にけん)陀若(だじゃ)提子(たいし)]、サンジャヤ・ベーラッティプッタ[刪闍耶吠羅底子(さんじゃやびらたいし)]、カクダ・カッチャーヤナ[迦拠(からく)陀迦旃延(だかせんねん)]、アジタ・ケーサカンバラ[阿()耆多翅(ぎたし)舎欽(しゃきん)婆羅(ばら)]……」

 パセーナディ王が名を挙げた六人はその頃、大沙門として人々の崇拝を受けていた者たちであった。プーラナ・カーシャパは『何をしようが功徳はない』と主張し、マッカリ・ゴーサーラは『一切は宿命である』と断じるアージーヴィカ(生活者)の教えを説いた。ニガンダ・ナータプッタは『すべてのものに魂がある』と云い、サンジャヤはまた『バラモンたちがいう知によっては真理に至らない』とし、カクダ・カッチャーヤナは神々を否定して『人は地・水・火・風・苦・楽・霊魂という七つの要素の集合体である』と断じた。それとは少し異なり、アジタ・ケーサカンバラは『霊魂は存在せず、一切は地・水・火・風の四原素に帰する』と語った。

「私はこれら六師にも同様の問い掛けをしましたが、彼らはけっして『(しか)り』とは申しませぬ。しかるにゴータマよ、貴方はまだ年若く、かつ出家してから日も浅いではありませぬか」

(事実、六師の内で最も若いニガンダ・ナータプッタは人から勝者(ジナ)仏陀(ブッダ)と呼ばれても、自らそう称したことはない)

 王の心は、疑念で揺れていた。

 ゴータマ・ブッダはその王を見つめたのち、云う。

「大王よ、若いからといって、軽んじてはならない」

 その(ことば)は、パセーナディ王の心臓を射抜いた。

 王自らも、若い。パセーナディ王の父マハーコーサラは息子の優れた資質を見て、早くに王位を譲り、すべてをまかせたのちには何も云わなかったが、老臣たちは、何か新しいことを為そうとすると、王の若さを理由に諌めることが度々(たびたび)であった。

 そして王と同様に若い『目覚めたる人[ブッダ]』の言葉は続く。

「世の中には、若少のゆえをもって軽蔑してはならないものが四つある。その一つは、クシャトリヤ(武人)」

 パセーナディ王は、心の中で(うなず)いた。

(まこと我ら武術に長じた者どもを、若年であるからと云って(あなど)ると、とんでもないことになる)

「次に、蛇」

(当然である。小さくとも毒を持つものがある)

「そして、火」

 王は深く頷いた。一つ一つがパセーナディ王の心に(かな)うものばかりである。(たなごころ)さす仏陀の言葉は、王の思考と感情の急所をとらえていた。コーサラの王は勇猛であるだけでなく、賢王としても知られていた。しかし、いかにそのパセーナディ王でも、この問答の始まりからすでに自分が仏陀の掌中に居るという事実に、気づいていなかった。

「……さらに、沙門・バラモン。智慧持つものは、年少であるからといって軽んじてはならない。

 頭髪の白きのゆえをもって

 長老となすにはあらず

 彼らの(よわい)(いたずら)に熟せるのみ

 彼はむなしく老いたる者」

「ああ……」

 (うた)を聞いて、王は感嘆の声を上げた。そこには既に疑惑の色はなく、パセーナディ王は洗いたての布のように清々しい心根になっていた。

「まこと、ゴータマは智者、(さとり)の人である」

 彼は高らかに叫んだ。

 パセーナディ王は、こうして説得された。仏陀の教えはコーサラ国王の心を見事にとらえ、これ以後、彼はマガダのビンビサーラ王と並ぶ強力な後援者となった。


 




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