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ウパーリ

 このとき、アニルッダの呼びかけに応じてカピラヴァストウを発ったのは五人、バッデヤとディーヴァダッタ、アーナンダ兄弟の他にバックラ(跋倶)、カンピルラ(金毘羅)という王族の若者が一緒だった。

 彼らは理髪師のウパーリ[優波離(うぱり)]を伴ってカピラヴァストウを出で、隣邦マッラ族の土地に足を踏み入れた。そこで王族の(あかし)である装身具を身体(からだ)から取り、すべてをウパーリに与えて云う。

「我らはこれから出家する。ウパーリよ、今までよく皆に仕えてくれた。これを持って城へ立ち戻り、我らの家族に形見として渡しておくれ」

 ウパーリは跪き、言われるまま指輪や腕臂(わんひ)(せん)瓔珞(ようらく)などを受け取った。

 そして公子たちはウパーリをその場にひとり残し、世尊の一行の後を追って平原を歩み去ってゆく。

 ウパーリは、それをぼんやりとした面持ちで眺めていた。

 彼は顔も体つきもすべてが丸かった。目じりが少し垂れ、福々しい容貌をしており、そのためか、性格も円満で王族の人々から愛され、厚く信頼されていた。バッデヤたちが旅立つ前の最後の便りをウパーリに託したのも、実直な彼ならきっと形見の品を届けるだろうと思ったからだった。

 しかし、ウパーリは茫然とその場所に佇んでいた。両手に抱えた装身具の宝石が()にきらめき、重い。

 彼は御者のチャンナのことを想った。

(忠実なるがゆえに、あの男は太子の言葉を護って帰って来た。しかしどうだ、王の一家はチャンナをあからさまに責めはしなかったが、一族の方々は冷たい視線を注いだ。ためにあの男は自らを責めて頑丈であった身体(からだ)もやせ細り、先だって太子が帰郷されたおりには、真っ先に出家してしまった。カンタカなどは、ものを食わなくなってすぐに死んでしまったし……)

 顔を上げれば、はるか彼方にゆく公子たちの後姿が小さく見える。

(シャーキャ族は猛々(たけだけ)しい種族であるから、今この宝物を持って帰れば、私が公子(きんだち)達を殺して取ったものと考え、私を殺すかもしれぬ。すでに公子達さえ出家するのであるから、召し使われる身の私が出家して悪いわけはない)

 ウパーリは辺りを見回し、一本の樹に眼を止めると、それへ持っていた品々を束にして掛けた。

(公子達には申し訳ないことだが、これは『見つけた人への贈り物』とすればよい)

 彼は道を()れ、葦原へ入っていった。崖を登り、砂地を駆けてマッラ族の土地アヌピヤー(阿奴比耶)へと着いたとき、仏陀とその弟子たちはまだその町に滞在していた。そこで出家を願い出たウパーリは、許されて髪を切り、黄衣をまとうことができた。

 ちょうどそのとき、六人の公子達が到着する。

 ウパーリと同じく出家を願う彼らへ、世尊は告げた。

「私のもとでは、世俗の身分など何の意味もない。ただ、後から入った者は先に入った者に対して敬いの心を表さなければならないという規則(きまり)[法臘(ほうろう)]があるだけである」

 そして師に促され、浅黒くずんぐりとした体型の沙門が弟子たちの後ろの方から、おずおずと出てきた。

「ウパーリ……おまえ、戻ったのではなかったのか」

 公子達が驚く。

 ウパーリは六人の視線にさらされて、いかにも済まなそうな顔をした。

 アニルッダはそのウパーリから世尊へと眼を移し、師が云わんとすることをすぐに察した。

(クシャトリヤである我らが、卑しいシュードラのウパーリを規則(きまり)に従って敬えるかどうか、見ておられるのだな)

 彼は(ひざまず)き、答える。

「世尊、我々シャーキャ族の者は驕慢であります。このウパーリは理髪師として長く仕えてくれたものですが、我らが持前の驕慢の心を砕くのに手を貸してくれました」

 と、アニルッダは快くウパーリを礼拝した。あとの五人も次々とそれに倣って拝し、彼らは世尊の弟子に加わったのだった。

 そしてアヌピヤーからマガダ国へと行く途中、雨期に入る。この安居(あんご)の終わりに、六人の内で最も沙門の生活が耐えがたいと想われたバッデヤが、意外にも(さとり)の境地に至った。

 樹下に端座(たんざ)し、彼は思わず「楽しい、楽しい」と声を出した。

 それを聞いた他の弟子たちは驚き、

「尊者バッデヤは、浮世の楽しみを追うか」

 と世尊に告げたので、彼は師に呼ばれ、そのわけを問われた。

 清らかな喜びに顔を輝かせたバッデヤは応える。

「世尊、私は以前、(いえ)にいましたとき、(へや)内外(うちそと)、城の内外、国の内外、到る所で番人に護られていましたが、それにもかかわらず、いつも誰かが私を傷つけるのではないかと恐れておりました。今、私は森の中の樹の下にただ一人で居りながら、鹿のような安らかな心を持っています。これを想いあわせて、()()楽しい楽しいと、思わず叫んだのです」

 続けて、彼は(うた)った。

「内に忿(いかり)をはなれ、有ると無しとの悩み超ゆれば、恐れなく、愁いなく、楽しみは極みなし。神々もまた、そのありさまを知るなし」

釈迦牟尼世尊はバッデヤの言葉を聞いて「善哉(よいかな)」と微笑み、人々を率いてラージャグリハへと帰っていった。





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