三題噺『魔法、森、サバイバル』
立入禁止区域に指定されている森へとやってきた。昼間だというのに森は暗く、静かで、寒そうだった。半円状の障壁があり、とても入れそうにない。
一体どうやってここに入り、先生へメールを送ったのだろう。
「先生。本当に入っちゃって大丈夫なんですか?」
「もちろん。管理者は私だもの」
「えっ、すごい! ジェルバ先生って私生活以外は完璧なんですね」
「すごいでしょう。オンとオフの切り替えって大切よ」
「勉強になります」
先生が指先で魔法陣を描いていくと、森を覆っていた障壁がなくなった。人のささやき声がたくさん聞こえてくる。だんだん大きくなっていくささやき声が怖くなって、思わず先生にしがみついた。
「大丈夫、大丈夫だから。入りましょう」
「はいっ……」
木から生えた揺らめくキノコが暗い森を淡く照らして――。
「やあやあ、ハルちゃんじゃないか。ぼくたちのダンスを見に帰って来たの?」
「しゃべったああぁ!」
「おや、元気な子。久しぶりだねぇ」
「えっ、あっ、せ、先生……!」
私の近くに光って踊るキノコがたくさん集まってくる。私は先生の背中に隠れた。すごくまぶしい。あと小さいから踏んでしまいそう。
「ただいま、みんな。この子をあまり驚かせてはダメよ。当時は赤ちゃんだったんだから」
「人の子はすぐ忘れてしまうのかい、寂しいね」
「私だって赤ちゃんのときの記憶はないんだもの。そういうものよ」
「そうなのかい。面白いねぇ」
「そうかもね。よかったら、みんなの素敵なダンスで森を照らしてくれると嬉しいわ」
「いいとも」
キノコたちは、あっという間に木へ登っていく。どこからか軽快な音楽が聞こえてくると、森が太陽に照らされたように明るくなった。こころなしか温かくなった気もする。
「ジェルバ先生、お知り合いだったんですか?」
「ええ。アタシが生まれる前から森に住み着いてる地球外知的生命体の一種なの」
「すごい……」
「さあ、行きましょう。サバイバルしてる困った子を探しに行かなくっちゃ」
張り出した木の根を避けながら、私達は奥へ奥へと歩いていく。少しすると、か細い歌声が聞こえてきた。
「先生、あちらから声が聞こえました」
「向こうは……小屋がある方角ね。行ってみましょう」
先生が私の腰を抱くと、そのまま空を飛んだ。木々の間を高速で飛行する先生にしがみつく。立ったまま魔法で飛ぶ感覚はどうも慣れない。減速した先生が地面に降り立ち、私を降ろした。古びた小屋の前で、スケートボードを抱いた金髪の青年が歌っている。
「トビアス、大丈夫?」
「ハル教授! 来てくれてありがとう。助かりました」
少し疲れた顔をした青年が、私の方へと向き直る。澄んだ青色の瞳が興味深そうに私を見る。
「君がリヒトちゃんだね。教授から話は聞いてるよ。真面目ないい子だって」
「そんな、ありがとうございます……?」
「あはは、かわいい」
ジェルバ先生が手を打ち鳴らした。
「ほらほら、まずはここから出ましょう。トビアス、あなたは帰ったら反省文をレポート五枚以上は提出してね」
「うっ。……はい、ジェルバ教授」
トビアスさんがうなだれつつ、スケートボードを手に取る。軽く地面を走ると、そのまま空中へ浮き上がった。あれも魔法なのかな。
「トビアス、帰るついでにこの子を家まで送ってちょうだい」
「教授は?」
「せったくだし、色々手入れして帰るわ」
「わかった。おいで、リヒトちゃん」
「はい。失礼します。えっと」
「俺の胴体に手を回していいよ」
「ありがとうございます」
降下してきたスケートボードの後ろに乗る。立った感じは地面と変わらないくらいしっかりしていて、少し驚いた。
「じゃあね、ハル教授。この埋め合わせは今度するから」
「お先に失礼します、先生」
手を振った先生が「気をつけてね」と笑った。
スケートボードが浮上し、歩くくらいの速さで木々の上を移動する。
「ハル教授さ、移動するとき容赦ないだろう?」
「えっと、そう、ですね」
「あの方はもう100歳過ぎてるからさ、いろいろな部分で人と感覚がズレてきてるんだよ」
「悪魔だから、ですか」
「そうだよ。不死じゃないけど、それでも人より長い時間を生きることになる。だからさ、仲良くしてあげてね」
「はい、わかりました」
どこか噛みしめるような言葉に、私はただ返事をすることしか出来なかった。