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願わくば…  作者: 神楽唯
4/13

少年と少女(4)完

後書きに重要なお知らせがあります。



では本文をお楽しみ下さい~!

『昴と沙梨香』


夜。

長い時がたち二人は再会した。昔二人でよく遊んでいた広場で。けれど、昔の仲の良い兄妹の姿はそこにはなかった・・・。


お互いがお互いに別々の時間を歩んできた。


昴は鬼たちを憎悪の連鎖から解放するために闇に身をかくし、表の世界に極力姿を現さないようにしていた。

自分は鬼を引き寄せる存在になってしまった。それでたくさんのもの・・を失った。

けれど、鬼を恨む気持ちにだけはなれなかった。鬼と対峙するとき聞こえてくる、悲しく、哀しい、無念の声。鬼になっても変わらない誰かを大切に思う心。泣いたり怒ったり笑ったりして過ごしていた、退屈で幸せな毎日の記憶。

それらに触れてくうちに昴の中で何が変わっていった。

この『世界』の真実を知り、さりかと一緒にいられなくなったときはただ悲しくて、寂しくて、それだけしかなかった。鬼を憎むことは簡単だった・・・はずなのに、むなしさだけが募っていった。

けれど、それは鬼たちも一緒なんだと気づいた。どんなに人の『心の輝き』を求めてもそれは自分のものではない。気付いたのがいつの頃かは分からない。でも誰にだって家族や友人、恋人はいる。そんな日常がいきなり壊れてしまったらきっと自分を保ってなんかいられない。だから憎悪が生まれてしまう。その時を取り戻そうとして。そうしてただむなしさだけが募っていくのだ。


昴は本当の意味での鬼の生まれた理由を知った。多分あの時、鬼に襲われず、何事もなく家に帰れていれば知らなかったこと。なら知ってしまった今、自分はどうしたいのか?もうあの日常を取り戻すことは出来ない。当たり前だ。ならするべきことはひとつ。


―だって知ってしまったから。自分に必要なものが。心が叫ぶほどに欲しいものを。

だから昴はここに来た。自分の欲しいものを今度こそ手放さずに手にいれるために―



目の前にいる愛しい妹:沙梨香を見つめ昴は口を開いた。


「沙梨香、ただいま・・・・。」





沙梨香は俯いていた。手を握りしめ、歯を食いしばり泣かないように。それなのに昴の言葉を聞いてどうしようもない気持ちになった。今の沙梨香を支えているのは鬼を憎む意地だけ。

鬼に襲われかけたあの日から沙梨香は心を捨ててきた。鬼を憎み、世界を恨んだ。それこそ鬼になってしまうかもしれないくらいに。だが、沙梨香は鬼にはならなかった。恐怖で心を縛られて、それを全て憎悪に変えても。


沙梨香も心の奥底で本当は分かっていたのだ。鬼を憎んでも、世界を恨んでも何も変わらないことを。それでも何かに執着して、しがみついていなければ生きていけなかった。だから認められなかった。自分の中に芽生えてしまった『思い』を。




二人の間に静かな空気が流れる。昴は何も言わず俯いている沙梨香を見つめていた。その昴の目には決意の碧い光が宿っていた。


昴としてはいろいろと聞きたいこともあったのだろう。


―なぜここにいるのか?どうして鬼のことを知ってるのか?世界の真実を知っているのか?―


しかし、昴はその言葉を呑み込んだ。


―沙梨香がここにいる。それだけで十分だ。


昴はふっと口元を弛めて、手を空へ翳した。すると手首のブレスレットに光が収束し、一際大きな光を放ったとき、手のひらに巨大な鈍色の鎌が顕現した。


ガシャンッ!


沙梨香が突然響いた音に顔を上げるとそのまま目を見開いた。


「昴・・・?・・・っ!」


昴は沙梨香目掛けて巨大な鎌を降り下ろした。その瞬間圧縮された空気の塊がゴオォォォッとものすごい音をたてて沙梨香に迫って来た。咄嗟に飛び退いたがコートの裾の部分がバッサリと切られ、昴のいきなりの行動に沙梨香は呆然とするしかない。


―昴が私に攻撃してくるなんて・・・


混乱した沙梨香は昴から繰り出される斬撃をなんとか紙一重でかわしていた。しかし、かわすことで精一杯の沙梨香は昴の行動を読めなかった。いつの間にか目の前にまで昴が迫り鎌が降り下ろされていた。


―・・・・・・っ!・・・・・・・


ガキーンッ!


沙梨香はネックレスの真剣を鎌の目の前に顕現させてすんでのところで昴の攻撃を受け止めた。


ギリギリ…!


剣と鎌がお互いに削りあうかのような音をたてている。

昴と沙梨香の力は拮抗しているように見えたが徐々に沙梨香のほうが押され始めた。沙梨香は昴の表情を読もうとしたが月の光が逆光となり、読むことができない。


―なんで!・・・どうして、これじゃまるで・・・!・・・?


ドクンッ


沙梨香の心は依然として揺れていた。


―昴の行動が分からない。どうして自分に・・・。


唇を噛んで行き場のない思いを手に込めて力一杯押し返した。押し返された昴は沙梨香から少し飛び退いた。


肩で息をしながら沙梨香は昴を見据える。月の光を背にしている昴の姿が何かに重なって見える。その暗いシルエット・・・・・・・はまるで―



ドクンッ!



沙梨香の心臓が一際大きく跳ねた。見間違えようのない昴の姿が鬼と重なったのだ。その瞬間、沙梨香の目に朱い狂気の光が宿った。


―・・・アレハ・・・・・・、『オニ』ダ・・・!ヤツラハコロサナケレバ・・・!コノセカイ二、イテハイケナイ、マガイモノ・・・。コロセ、コロセ、コロセ!!


沙梨香は頭に響く声に従ってそのまま昴に突っ込んでいった。その目に宿った朱い狂気の光は煌めきを放ち、一層強くなる。


ガキィーーンッ!


二人はまた激突し何度も切りつけあう。切りつけては離れまた激突する。相手に決定打を打ち込めず、ただ同じことを繰り返す。


ゴオォォォッガキンッ!ドスンッ


最初に昴が沙梨香に放ったような真空波を今度は沙梨香が昴に繰り出した。その威力は昴の比ではなく、そのまま後方に吹っ飛ばされた。武器である鎌も手放されくるくると回って地面に突き刺さった。


沙梨香は無機質な表情をしながら昴にトドメを刺すために向かっていく。昴は起き上がろとよろよろと上半身を起こすと上着のポケットからクリスタルが落ちた。クリスタルは月の光に照らされ、隠の光を放つ。

その光は今まで昴の顔の表情を隠していた月の光を吹き飛ばし白い光を辺りに撒き散らした。


沙梨香はその白い光によって今日初めて兄の顔を見た。俯いたり、月の光に邪魔をされ中々見れなかった兄の顔を。散々探してようやく見つけた大切な自分の肉親の懐かしい表情を。

昴は笑っていた。嬉しくて仕方ないような表情で。貧しくても楽しく、平和だったあの頃のままの笑顔で。


―なんで、私、昴に・・・何を、してるの・・・!?


その笑顔を見て沙梨香は我に返った。だが、沙梨香の思考とは裏腹に頭に先ほどの声が頭の中に響く。


―・・・・・・コロセ、コロセ、コロセ!アレハ、オニダ!コロサナケレバナラナイ!


有無を言わさないその声に、沙梨香は懸命に頭を振って、今にも昴に降り下ろそうとしている腕を全神経を集中させ止めた。

しかし、また声が響く。


―ナニヲ・・・シテイル!ハヤク・・・ヤツラヲ、コロセッ!


沙梨香は涙を流しながら懸命に頭を振る。


「・・・嫌だ、嫌だ、嫌だー!・・・昴は、たったひとりの、私の家族・・・だから!だから、・・・!」


沙梨香は泣きじゃくりながら頭に響く声に否を唱える。


―ナニヲ・・・イッテイルノダ・・・!?ソコニイルノハ、ヒトデハナイ!オニダ、オニダ、オニダ!!コロセ、コロセ、コロセ!!



「違う!!昴は鬼なんかじゃない!・・・鬼なんか・・・じゃない!」


沙梨香は必死に声に向かって抗議する。鬼に襲われかけたあの日から鬼に会うたび、この声が頭に響いてきた。逆らうことも出来ず声に導かれるまま、生きてきた。


―けれど、本当は・・・!本当は・・・!


「わ・・・たしは、こんなこと・・・したくない!もう、いやなの!鬼たちを倒すのも心を見るのも・・・・・・!私は・・・私は・・・ただっ!」


沙梨香は震える身体に鞭を打って声を振り絞って叫んだ。


「―私は!兄さんすばるに、会いたかっただけなの―!」


鬼と向き合うたび聞こえてくる心の叫び。


―会いたい、娘に会わせて・・・!

―誰か、俺を止めてくれ・・・!

―お願い、私をここから出して!


その声を聞けば聞くほど、沙梨香の胸は締め付けられた。自分ではどうすることもできない。でも心は渇きを覚えて誰かを襲う。そして―。

いつしか沙梨香が願うようになったことは昴に会うことだった。自分では止められない暴走に救いを求めて…。


ガシャンッ



沙梨香の手から剣が滑り落ち、地面に突き刺さった。そして沙梨香自身も嗚咽を漏らしながら崩れ落ちた。胸にしまってきた『思い』を吐き出して、ただ泣いていた。どうして泣いているのかも分からずに。


顔をうつむかせ泣いていた沙梨香はふと暖かいぬくもりの中にいることに気付いた。顔を上げれば昴の顔が目に入った。その顔は涙にぬれてぐしゃぐしゃになっているのに―笑っていた。沙梨香が言葉もなく呆然と昴を見上げていると昴が口を開いた。


「ごめんな。沙梨香、ひとりにして寂しい思いをさせて。」


昴の言葉に情けない泣き顔をより一層深くした沙梨香は頭を横に振って涙声で言う。


「寂しかった、けど、昴だって、同じだった、んでしょ?」


「・・・うん、寂しかった。でも、これからはずっと一緒にいよう。もう沙梨香をひとりにはしないから」


昴の言葉に沙梨香は目を見開いて驚いた。固まってしまった沙梨香の頭を優しく微笑みながら撫でる。沙梨香は昴の胸に身体を預けて昴の言葉を待った。


「・・・沙梨香も鬼に会って知っただろう?この世界のこと。―俺も沙梨香も半分は鬼になっちまってるらしいんだ。だから声が聞こえてくるんだと思う」


昴の言葉にひどく驚いた表情を見せた沙梨香に大丈夫だよ、と優しく声をかけて続ける。


「『鬼』って言うのは本当はちょっと違うんだと思う。この世界に生きている人たちが忘れてしまった、何かを切実に求める心・・・・を吐き出しているのが・・・多分『彼ら』なんだ。人々はその心を忘れちゃったから聞こえてこなくて、恐れてしまうんだ。・・俺にはその声が聞こえてきたんだ、『彼ら』の境遇に近い立場になったから。もちろん、その時は沙梨香と同じように『彼ら』を恨んだよ。でも『彼ら』が全部悪いんじゃないんだ。・・沙梨香も分かっただろう?」


沙梨香は黙ったまま頭を縦に揺らした。


「俺も分かった。だから迎えに来たんだ。本音を心の底に隠してきたけど、それじゃあ俺も『彼ら』と同じになっちゃうからさ。・・俺と一緒にいこう、沙梨香。もうひとりじゃないから」


「・・・・・・でも、私、いっぱい人、殺してきたよ・・・?そんな妹、でもいいの?」


黙っていた沙梨香が涙目になりながら聞いてきた。そんな沙梨香を昴は目を丸くしながら見つめた後、ゆっくりと言った。


「沙梨香は誰も殺してなんかいないよ。それは人を殺す道具じゃないからね。っていうか人を切れないんだよ。それ」


・・・・・・間・・・・・・


目をぱちくりさせている沙梨香に昴は自分の鎌に手を伸ばし足に向かって降り下ろした。沙梨香は驚いて目を閉じたが昴に促されて恐る恐る目を開けると何処にも血の跡がなかった。それどころか鎌は昴の足をすり抜けてしまい身体にかすり傷もつかなかった。


「どうして・・・?」


「え〜と邪気とかそういうものに反応してそれを取り除くんだって。だから沙梨香は誰も殺してない。むしろ『彼ら』を助けてたんだよ」


気がつかなかった?という笑顔で本当に嬉しそうにいう昴に沙梨香は戸惑いながら聞いた。


「・・・昴、なんでそんなに笑顔なの?」


「ん?あー離れてても俺たち同じことしてるんだって思って」


「・・・・・・もしかして、さっきもそんなこと思ってたの!」


「へっ?さっきって?」


「私が昴に向かって剣を降り下ろそうとしたとき!昴笑ってたでしょ!!」


むーと頬を膨らませて詰め寄る沙梨香に昴はのほほんとしている。


「あーあれ?いや、沙梨香大きくなったなーって思って・・沙梨香?」


なぜかものすごく嫌なオーラが沙梨香から出ている気がして昴は冷や汗をかきはじめた。


―あっあれ?なんかやばいこと言ったっけ?


あたふたしている昴の様子に沙梨香はため息をついた。


―人が一生懸命葛藤してたのに!ぜんっぜん変わってない!しかも、妹に斬りかかってくるし、もう何がなんだかわかんないよ!


あまりにも昔と変わらない昴を沙梨香は恨みがましくジト目で見ていると困ったようにオロオロし始まった。その様子に沙梨香は面白そうに声をたてて笑った。昴も沙梨香につられて笑った。

ひとしきり笑って沙梨香は昴の目を見て言った。


兄さん・・・お帰りなさい・・・・・・。」




『終わらない物語』



朝。

太陽が昇り世界を照らす。月の光によって放たれていた隠の光も消え失せ、陽の光が降り注ぐ。

ある広場ではさまざまな人たちが眠っていたが陽の光を浴びて次第に起き出した。自分がなぜこんなところで眠っているのか分からない顔をしていたが、ある一角を見て、そこにいたほぼ全員が微笑んだ。

広場の中央には仲のよさそうな二人の兄妹が手をつないで眠っていた。

二人の寝顔は幸せそうで実際にこの光景を見た人はきっとこう思うだろう。




―・・願わくば・・・この兄妹に幸多からんことを・・・






ここまで読んでくださった皆様に心から感謝致します。


さて、本当はこれが短編で次からきちんと「願わくば…」の本編を書こうとしたのですが、分かりずらいのでこれはこれでひとつの作品として置こうかなっと思ったので本編は新たなタイトルで連載にしたいと思います。

あしからず。



ちなみにこれからは番外編で昴と沙梨香の昔のエピソードとかあの後二人はどうしたのかとかあの少年は…!とかなんとかそういうのを書こうと思います。


なのでまだしばらく続きます!もうしばらくお付き合いお願いします。


ではでは次回またお会いしましょう!


当てにならない次回予告:


貧しくて暮らしていた沙梨香と昴。その頃の日常を追います。


(注意!この次回予告は当てになりません。)



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