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願わくば…  作者: 神楽唯
3/13

少年と少女(3)

更新が遅れてすいませんでした!


2話分一気に更新するので許して下さい。


それでは本文をどうぞ~




『世界の異変、少女の決意』


朝。

蒼いこの『世界』はいつまで見ていても飽きない澄んだ光を放っているように見える。だが、それは所詮見せかけでしかない。

―この『世界』に安息の日などなくなってしまったのだから…。


昴が突然失踪してしまったあの夜からはや一年。『世界』は日に日に荒れて行った。鬼たちの徘徊する量は増え、空から降り注ぐ陽の光が消えると外に出る者はいなくなった。しかし、鬼たちの行動は凶暴化し家にいる人々をも襲い始めた。人々の恐怖は増したが、鬼たち相手に為すすべがなかった…。


昴の最愛の妹:沙梨香は今を生きるため必死にバイトをしていた。

―いつか必ず兄さんにまた会える、会ったら兄さんがいなくなって前より強くなった自分を誉めて抱き締めて欲しい…。何よりまたあの頃のように二人で生きて行きたい…


あの夜、いつもより帰りが遅い昴を心配して窓からずっと昴が帰って来るのを待っていた。しかし、いつの間にか沙梨香は眠ってしまっていた。起きたとき沙梨香は自分のベットで寝ていた。自分でベットまで行ったこと覚えのない沙梨香は昴が帰ってきて自分をベットまで運んでくれたのだと思った。―だが、狭い部屋のどこにも昴を見つけられず、代わりに昴の字で自分宛に書かれた手紙を見つけた。そこに書かれていた内容は―


『沙梨香へ

ごめんな。急な仕事で当分帰れそうにないんだ。戸締まりはきちんとするんだぞ。あと夜は出歩かない(・・・・・)こと。―じゃあ元気でな。』


たったこれだけの短い手紙。だからこそ沙梨香はこれを読んですぐにここに(・・・)書かれているのが嘘だと分かった。

夜の世界が危険なことは皆知っている。それなのに夜に仕事をする人々は少数だ。だからどんなに忙しい仕事であっても陽の光がなくなれば人々は家へと帰る。つまり、仕事で当分帰って来れないわけがない(・・・・・・・・・)ということだ。

昴は誰よりも沙梨香を大事にしている。それは沙梨香も同様である。たった二人だけの兄妹なのだから。だからこそ沙梨香は昴の言わんとしていることが分かってしまう。

―もう昴が家に帰ることができない、と言っているのだということが。

沙梨香の瞳から涙が流れ頬を伝わって手紙へと落ちた。


―ポタッポタッ…


昴に何があったのかなんて分かる筈がない。鬼に喰われたかもしれないがそうしたら、この手紙がここにあるわけない(・・・・・・)。沙梨香は涙を流しながら手紙を顔に押し付け声をおしころしてただ泣いた。

ひとしきり泣いた沙梨香は涙を拭き、カーテンの隙間から差し込む陽の光を窓を開けて招き入れた。


―泣いてちゃだめ。兄さんに会うためにも生きなきゃ。


何処までも蒼く澄みわたる空を眺めていた沙梨香の目に決意の朱い光が灯った。そこにはもう泣いている少女の姿はなかった。



『運命の分岐点』


昼。

陽が高くなり、人々の人口密度が高くなる頃、沙梨香はバイトに明け暮れていた。普通の家庭であったならば学校に行き勉強するのが学生の定めとばかりに言っているが、沙梨香にそんなお金などなく毎日を生きるのに必死だった。バイトの合間に昴を探したり、社会についても勉強しなくてはならない。今までは昴がやっていてくれていたので知らなくても良かったが実際に自分ひとりで生きていくには必ず必要となってくる。


「ふー…ようやく一段落っと。」


沙梨香はバイトの昼休みに空高く上がった太陽を眩しそうに見上げた。昴も沙梨香も空を見るのが好きだった。辛いことや苦しいことがあっても空を見上げると不思議にも顔がほころんでいくのだ。


「昴も今頃空でも見上げてるのかな…?」


空を介して二人はつながっている。どんなに遠く離れても、お互いを思う気持ちは変わらない。沙梨香が今を必死に生きてこれるのも兄妹の『絆』が胸にあるからだ。

余談だがこの頃から沙梨香は昴のことを兄さんではなく昴と呼ぶようになった。理由は単純明解。そのほうが楽だから。



しばらく空を見上げていたが日射しのせいで肌から滲みでた汗を拭おうとハンカチのあるポケットに手を入れた沙梨香は違和感があるのに気がついて、違和感の正体を取り出した。

―それはルビーとサファイアの二つのロケットペンダントと黒い鞘に収まっている小さな剣のアクセサリーがついたネックレスだった。剣は精巧に作られており、まるで真剣をそのまま小さくしたようだった。


「あ〜さっきのお客様からもらったやつ、ポケットに入れっぱなしだった…。」


―思えば変な客だった。

そのときのことを思い出して渋面になっていた沙梨香だがすぐにまぁいいか、と家で作ってきた弁当を食べ始めた。料理の腕前は沙梨香のほうが上だったが二人とも料理は好きなので片方に任せてばかりではなかった。


沙梨香が弁当を食べ終わったとき、遠くから悲痛な叫び声が聞こえてきた。


―なんだろう、今の?

不思議に思った沙梨香は急いで弁当をしまうと声のしたほうへと走っていった。

声がしたほうに近づくたびに声が大きくなる。それもひとりじゃなく大勢の、若者の声。


やっとたどり着いたそこは狭い路地裏だった。太陽が真上にあるにもかかわらず陽の光が届かないところで、沙梨は目の前に広がるその光景に声も出ずに立ちすくんでしまう。目はある一点を凝視し、動かせない。

さっき聞こえてきた声だと思われる何十人という人たちがそこかしこに倒れていた。血は出ていないし殴られた形跡もないのに皆等しく白目を剥いていた。その中心に背中を丸め犬のように四つん這いになって、ひとりの青年の肩に(・・)噛みついている男がいた。さながら吸血鬼の映画の1シーンのようにも見える。


―それでも青年にもその犬男にも血が出ている様子は見られない。


必死に抵抗していた青年も徐々に抵抗がなくなり、宙をさまよっていた手がパタリと地面に落ちた。そして他の人たちと同様に白目を剥いて動かなくなった。

一部始終を見ていた沙梨香はただ呆然とするしかない。


―な…に…よ、これ…。何が…


ひどい目眩が襲い沙梨香は立っていられなくなり、その場に座りこんだ。自分の理解を越える出来事が今、目の前で起こっている。

沙梨香はそれでもその犬男から目を離すことができない。すると沙梨香がそこにいるのに気付いた犬男は沙梨香のほうにゆっくりと頭を回転して目線だけを沙梨香に向けた。


―その目には何も写っておらず、暗い灰色をしていた。


サーと血の気が引いて顔が青ざめたのが分かる。


―逃げなくちゃ…


恐怖から身体が震えだし、ズリズリと後ろへ逃げようと手を動かそうとするがさっき出したポケットの中身を握りしめていて上手く動かせない。

沙梨香の様子をしばらく見ていた犬男は狂ったように顔を歪めニィッ、と笑った。沙梨香の頭に犬男の心の声が響く。


―新しい……獲物………だ………


悪寒と恐怖が入り混じり、身体に力が入らない。声をだそうとしても出すことができない。犬男が自分のほうに体を向け、ゆっくりと近づいてくる。どうすることもできない沙梨香は目を閉じ、心の中で必死に叫ぶ。


―たす…けて、助けて、兄さんーー!


その途端、握りしめていた手が光り出した。犬男はその光に耐えられず後退し、物陰に身を隠した。

沙梨香は何が起こったか分からず光る原因を手を開いて見る。先ほど客からもらった剣のアクセサリーが紅く輝き、手から離れて宙に浮いた(・・・・・)。すると剣は一層輝きを放ちアクセサリーから本物の真剣へと変わった。フワリと自分の目の前にくる紅い光を放つ真剣を沙梨香は呆然として見ていた。


だが、その間に沙梨香の周りでは異変が起きていた。そこかしこに倒れていた人たちが徐々に起き出し、虚ろな目を沙梨香に向ける。


―人々の目は犬男と同様に暗い灰色をしていた。


異変に気がついた沙梨香は咄嗟に剣を握りそれを支えに立ち上がった。


―なに……なんなのよ!さっきから一体!


沙梨香は今まで握ったこともない剣を自分の前で持ち、目の前の『異形』らと対峙する。足は振るえ、腰も退けているのにそれでも立っている。

沙梨香もバカでない。ただあまりに目まぐるしくいろいろなことが起こって思考が停止していたのだ。けれど、剣を持った瞬間頭の中が一気に整理され、自分の状況を冷静に見ることが出来た。


―こいつらは『鬼』だ…!


昼間ということで失念していたがここは陽の光が届かないのでまるで夜の世界にいると錯覚するほど暗い。つまり、鬼が活動するには最適な場所なのだ。


しかし、今の自分の状況が分かってもそれを打破するすべが分からない。沙梨香が考えこんでいる間にも鬼たちは起き上がり迫ってくる。その恐怖に心を縛られ、動くことができない。いや、心が恐怖にわしずかみされているのだ。振るえの止まらない足を動かそうと懸命に自分を叱りつけるが味わった恐怖はそうそう簡単に抜けるものではない。


―お願いだから動いて……!


沙梨香が心の中でまた悲鳴のような声を上げると剣が凄まじい光を放ち始める。


―暗い路地裏に放たれる紅い光は、はたから見ると紅黒くまるで鬼たちの心を表しているようにも見えた。


光が収束すると周りの鬼たちはバタバタと倒れていった。ひとり残らず倒れた瞬間、沙梨香はようやく陽の光のある場所へと走っていくことが出来た。


狭い路地裏から出て陽の光を浴びたとき剣は瞬時にもとのアクセサリーに戻った。助かったとはいえ、それでも沙梨香の恐怖は心に根強く残ってしまった。

―兄さん、兄さん、兄さん!


陽の光が降り注ぐ中、沙梨香はその場にへたりこみ声を上げて泣き出した。

周りに誰もいなかったのが幸いして沙梨香は泣き続けた。ひとしきり泣いた後、沙梨香はフラフラと立ち上がりバイト先へと戻っていった。


陽の光がある内にバイトを早退して、アパートへと帰る中沙梨香は先ほどの鬼たちのことを考えていた。


―どうして、あんなものがいるの?怖かった…あんなのは人間なんかじゃない!…いらない…この世界にあんなやつらはいらない!兄さんも鬼に何かされたんだ!人々を…兄さんを……あいつらはっ……!


沙梨香の心に残った恐怖は少しずつ憎悪に変わっていった。ポケットから出した剣のアクセサリーがついたネックレスと二つのロケットペンダントを首からかけた。

アパートに着く頃には沙梨香の目に狂気の朱い光が灯っていた…。





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