未来への道筋(3)
『夜明けの風の音』
あけぼの。
鬼達との戦いもようやく終了する頃には夜の空が白んでいた。直に人々が目覚める時間となる。
「なんだと!お前に・・・沙梨香のことでとやかく言われる筋合いはない!!」
そんな中昴の怒声が空に響き渡った。
−時は昴と沙梨香が鬼と交戦中の数時間前に遡る−
真夜中に突如現れた少年は昴と面識があるらしく、沙梨香も見覚えのある人物だった。再び顔を合わせるまで対して気にしてはいなかったが、彼からもらったネックレスは鬼を倒すことの出来るものだ。昴とも知り合いなのだから・・・
そこまで悶々と考えていた沙梨香の頭にクエスチョンマークがつく。
−どうして私に?
あの少年は何故私にネックレスを渡したんだろう。
沙梨香が自分の思考に沈んでいる間に昴と少年は話し続ける。
「にしても相変わらずお前、ずれてるよな」
「ずれてる・・・って言われても性格なんで」
「ほーそりゃまたいい性格してんなぁ?おい?」
「師匠そういえばその服装なんですか?」
「てめぇ人を無視しやがって・・・おいそこの!いつまで座ってる気だ、さっさと立て!!」
「ちょっと師匠!沙梨香に当たんないでくださいよ」
「うるせぇ」
突然、座っている沙梨香の目線に合わせてきた少年にびっくりして沙梨香は後退りした。その行動が気に食わなかったのか少年はちっと舌打ちして立ち上がると遠くを見て心底嫌そうにため息をついた。
「〜って師匠!聞いて・・・」
「おい、昴とそこの」
「「・・・はい?」」
少年は沙梨香の後ろに視線を合わせたまま昴と沙梨香に問う。
「・・・お前らは俺を過労死させてぇわけ?」
「「・・・へっ!?」」
昴と沙梨香が少年の視線の先を見ると無数の鬼達によって占められていた。
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
バタバタバタバタっ
ぞろり、ぞろり、ぞろり・・
真夜中の町の通りを駆けていく3つの影。その後ろをおびただしい数の鬼達が追っていた。
「ったく、何処からわいてくんだよ!」
「俺、こんなに、見たこと、ないですよ!」
「・・・にっ・・兄・さんっ・・」
「大丈夫か!?沙梨香!!」
大丈夫・・
沙梨香の声は闇の中に吸い込まれた。元々体力があったわけではない。まして今までずっと一人で気丈に振る舞ってきたのが昴と再会して緊張の糸が切れてしまっていたらしい。もう、先の戦いで力を使い果たし、戦える力など残っていなかったのだ。沙梨香のスピードが徐々に落ちていき、鬼たちとの差が後数mとなろうとしたとき、
「・・ちっ・・ったく面倒だな」
「!?」
ふわり、沙梨香の体が宙に浮いた。否、少年が沙梨香の体を肩に乗っけて走っていた。まるで荷物のような扱いをされている沙梨香だが、本人は何が起こっているのかいまいちよく理解できていない。
「ちょっと!師匠!なんて持ち方してんですか!沙梨香は女の子ですよ!」
人一人抱えているにも関わらず少年のスピードは増すばかり。後ろから昴も沙梨香の扱いに文句を言いつつ必死に追い上げるが少年との間にあいた差は縮まらない。
鬼たちから大分距離をとったころから少年は徐々にスピードを落とし、昴が追いつくのを待った。昴が追いつくと目線で場所を指示し、また速度を上げた。
昴たちがたどり着いたのは見覚えのある広場だった。かなり疲労がたまっていた昴が遅れて広場にたどり着くと、先についていた少年と沙梨香がなにやら話をしていた。
それはどことなく楽しそうに昴の目に映る。
一気に不機嫌になった昴は二人の間に割り込むようにして話に乱入した。
「・・なんの話をしてるんだ。」
「わっ!兄さん、驚かさないでよ。それになんだかものすごく機嫌が悪いし」
「大方、俺と沙梨香が仲よさそうにしてたのが気にくわねぇんだろ?」
『沙梨香』というところをわざわざ強調して、にやにやしたまま昴に話しかける少年。あからさまにさっきよりも機嫌が悪くなった昴はジト目で少年を睨む。そんな昴に沙梨香は半ばあきれながら、
「キィナさんにお礼を言ってただけだよ。さっき鬼から助けてくれたし、ここまで私のこと担いで運んでくれたから。あとは兄さんが来るまで世間話してたんだよ。名前も知らなかったし」
「・・・・・・・・・」
「沙梨香がそう言ってんのになんなのお前は?言いてぇことがあんならささっと言えよ」
少年=キィナはまだ信じられないというような目で見てくる昴に肩をすくめている。沙梨香もここまで言って昴が警戒心を解かないことに困っているようだった。
短い沈黙が場を支配した。黙っていた昴が重い口を開いた。
「・・師匠。沙梨香になんでこれ渡したんだ」
昴が指しているのは沙梨香の真剣つきネックレスのことだ。沙梨香もはっとなりキィナのほうを見る。キィナは何も言わずただ昴を見ている。昴が言葉を紡ぐ。
「・・師匠に妹、沙梨香の話をしたことがないわけじゃない。でも容姿については話したことはない。なのになんで沙梨香がこれを持って鬼と戦っているんだ!なぁ、師匠!」
「・・・・兄さん・・・・」
昴は半泣き状態だった。沙梨香に会ってまず思ったこと、誰が沙梨香にこんなものを渡したのか。これさえなければ沙梨香も今ごろ剛たちに支えられながら怖い真実など知らずに生きられたのではないか。たとえそのそばに自分がいなくても。
キィナはしばらく昴と沙梨香の様子をじっと見ていたが、ふぅっと溜息をついた。そしておもむろに後ろを振り返って言った。
「・・・いつまで隠れてんだよ。ささっと出てこいよ」
ざあああああぁぁぁ
風がうなり昴と沙梨香の間を突風が駆け抜けていった。思わず目を瞑った昴と沙梨香が目を開けて見ると、そこには、
「ごめんごめん。なんだか取り込み中みたいだったからさー様子をみようかと」
キィナと同じくダビデの星のマークが入った服を着て、
「というのは建前で『なんだかおもしろそうなことになってるからしばらくのぞき見・・いや様子を見よう!』ってめっちゃ楽しそうに見てたよ、梨乃」
キィナと同じくらいの年齢の少年少女が、
「なっっっっっっ!!彗君!よけいなこと言わないの!!」
そこにいた。
「・・・つーか来んのがおせぇんだよ、お前ら。」
無数にいた鬼たちの山の前に立って、
「「《時の番人》としての務め。ゆめゆめ忘れるなよ、キィナ」」
―冷たい目でこちらを見据えていた