プロローグ 『魔界王戦争と奇術師』
――それは今から二百年前のこと。地球と呼ばれる星での出来事だ。
アーティファクト大陸と呼ばれる大陸で、悪魔が神に『進化』した存在、魔界王と呼ばれる者達が初めて確認された。初めて確認された魔界王はその一体だけであったが、やがて世界中に複数出没し、その勢力を拡大していった。
そして今から百五十年前、多数の魔界王達は徒党を組み、神々、及び神々に祝福された存在である人間達に戦争を仕掛けた。
これが所謂『魔界王戦争』――通称『ラグナロク』と呼ばれる戦いである。
神の祝福を受けた人間達、神々はともに協力し、魔界王達に応戦したが、結果は惨敗。
勇ましく先陣を切った神々は見せしめのために公開処刑され、人々は囚人としての生活を余儀なくされた。
そして、人々は――自分達を守っていると信じていた神への信仰をやめたのだ。
神々の力は人民が信じることで得られるもの。それ故に、人々が信じることをやめたことで、更なる衰退を余儀なくされた。
そして人々は、全て魔界王に支配されることになった。人々は管理された籠の中で、無味乾燥な幸福を与えられた。魔界王達にとって、籠の中で生きる人間達は、自分達の退屈を紛らわせる道化に過ぎなかったのだろう。
そして今から百年前、神を信じなくなった者達は、自分達の力で魔界王達への反逆を考えた。
しかし、魔界王に管理されている人類がクーデターなど起こしようものなら、確実に彼らは殺されただろう。
だからこそ人間達は考えた。ただひたすらに考えたのだ。
例えば、一年に一人ずつ街から人がいなくなったとしよう。魔界王達は気づくだろうか。いいや。そうはならないはずだ。世界からたった一人の行方不明者が出ると言うこと。それは単なる誤差に過ぎない。
ではどうやって鳥籠から抜け出すのか。彼らは考えた。そして気づいたのだ。死体に紛れ込めば良いのだと。
そう――死んだ人間はこの世からいなくなる。いくら魔界王達であっても、屍達にまではさすがに歯牙にもかけない。幸いと言っていいのか分からないが、この世界は共通して土葬だ。
かつて二ホンと言う国では、火葬と言う魂の送り方があったと聞くが、今となっては、その国も無くなってしまっている。今の世界から見れば、失われた慣習だ。
故に、魔界王の支配から逃れることを望む人々は、死体に紛れ、どこかのタイミングで棺から脱出し、己の存在ごと葬り去ることで、籠の中の支配から逃れることを考えた。
結果は成功。毎年一人ずつであるが、確実に魔界王達からの支配を逃れた者達は存在した。
彼らは魔界王に反逆する組織を作り上げ、長い年月を掛けながら魔界王と戦う技術を研究した。
そして五十年前、人々は神々の力を借りず、自分達だけの力で初めて魔界王の一体を倒すことに成功した。人類が初めて魔界王に勝利した歴史的な年でもあった。
そして人間達は、この魔界王の死骸を調査することで、様々なことを知った。
その中でも最も重要なことは、悪魔が『進化』した存在であるが、『何者か』が彼らを『進化』させている可能性があることだろう。
従って、魔界王をどれだけ討伐したとしても、『何者か』を討伐しない限りは、永久に魔界王は生み出されることになる。これは極めて重要な情報であった。人類が完全に勝利するためには、『何者か』を倒すことが最大の近道になると言うことを意味していたからだ。
もう一つ重要な情報として、魔界王が、悪魔とは異なり、特殊な『スキル』を持っていることが挙げられる。例えば、何もないところから火を起こしたり、水を発生させたりと言う、俗に言う魔法のようなものだ。魔界王の持つ破格の強さの源は、この『スキル』に由来すると言っても過言ではないだろう。
魔界王のことを調べ上げた人間達は、これらの調査結果を踏まえ、魔界王を根絶やしにする計画を考えた。
そう――それは『スキル』を持った人間を人工的に作り出し、『何者か』を討つと言う計画だ。
実に馬鹿げた話だ、荒唐無稽な話だとその当時は反対する声も多かったようだ。
だが、今から二十年前のことだ。彼らはついに人間達に『スキル』を付与することに成功したのだ。
その人間達は、組織の人間から『奇術師』と呼ばれた。『奇術師』は『スキル』を得た影響で短命になり、魔界王の肉を喰らうことでしか、栄養を摂取できなくなってしまった。
つまり『奇術師』は、自分達が生きるために、必然的に魔界王と戦わざるを得なくなってしまったのだ。
だが、その多くが愛する者達を失った『奇術師』達は、『奇術師』になったことを少しも後悔していなかった。
自らの責務を果たさんと、『奇術師』達は『奇術師』としての物語を今日も作り続ける。
この物語は、『奇術師』である俺達が――魔界王達と戦った削除法典の記録である。
ご意見、ご感想、評価等々何卒宜しくお願い申し上げます。
※2022/02/26に薬剤師のやくちゃん様が朗読してくださいました。
誤字を発見しましたので、同日修正させていただきました。