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文字だけの、見えない君を探してる。  作者: 佐藤そら
第2章 見えない君を探してる
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嘘つき

 また火曜日は巡って来た。

 かなえの足は、あの店に向いていた。

 

 暗闇の中に、明かりがついた一軒の店が見えてくる。

 店の戸には、のれんがかけられており、そこには『ことだま』とある。

 奇妙なラーメン屋は、今日も同じ場所に存在していた。

 かなえは、店の戸を開けた。

 

 数人の男性客が黙々とラーメンを食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。

 店内には一台のテレビがあり、テレビの横には一冊のノートとボールペンが置かれていた。

 奥では店主らしき人物が麺を湯切りしている手が見える。

 かなえは、券売機で醤油ラーメンのボタンを押す。食券を厨房のカウンターへと出した。

 食券を出すなり、顔が見えない店主からすぐに醤油ラーメンが出てきた。

 かなえはテレビの横の席に目をやった。

 大河原がかなえに向かって手を振っている。

 

 うわっ……。

 大河原さんがいる。

 だけど、これを避けるのもおかしい。

 

 かなえは大河原の隣に座った。

 大河原はテレビの横にあるノートとボールペンに手を伸ばした。

 ノートを開くと、かなえに見せた。

 

「消えちゃいました。鋤園さん……」

 

「えっ……」

 

「相変わらず、ノートの続きは真っ白です」

 

「それは……」

 

「あれからこの店に来てないんでしょうか。それとも、本当はもうとっくに来ていて、だけど、このノートにもう文字を書いてくれないんでしょうか……」

 

 嘗て、鋤柄さんがノートから消えてしまった日のことが甦る。

 大河原さんの気持ちはとても分かる。何もかもが一度経験済みだった。

 大河原さん、鋤園さんは今、あなたの隣にいる……。

 わたしが“鋤園直子(仮)”だったと、正直に伝えるべきだろうか。

 言ったところで、結局もっとショックを与えることになるのではないだろうか。

 

「僕、この文字だけの鋤園さんに、少なからず救われたんです」

 

「え……」

 

「だから、直接逢ってみたかった……」

 

「……」

 

「すみません、こんなこと。かなえさんに言っても仕方ないですよね」

 

「いえ……。大河原さん、あの……!」

 

 かなえが何か言おうとした、その時だった。

 店の戸が開く音がした。

 

 まさか、鋤柄さん!?

 

 かなえは慌てて戸の方を振り返った。

 現れたのは、桃華だった。

 

「え、ウソ!!」

 

「あっ、いたいた! かなえ先輩、ここにいると思いましたよー」

 

 桃華は味噌ラーメンを手に、かなえの隣へとやって来た。

 かなえの隣にいる大河原を見て、目を丸くした。

 

「えっ、この方は……? まさか、かなえ先輩の彼氏さん!?」

 

「ち、違う違う!!」

 

「それに近い時期もあった気がしますね?」

 

「え? そうなんですか? その話詳しく聞いてもいいですか?」

 

「聞かなくていい! ほぼ普通に知人だから!」

 

 おい、大河原!

 こいつ、後輩の前でなんてこと言ってくれてるんだ!

 そもそも婚活パーティーで出会って、わたし達はもともとカップルになっていない!

 勝手にルール違反して、連絡先を渡してきたんだろうが!!

 わたしが“鋤園直子(仮)”だなんて、教えてあげる価値などなかった!!

 

 大河原の手元には、“鋤園直子(仮)”からの続きの“文字”が書かれていないノートが開かれたままだった。

 桃華はすぐにそれに気がついた。

 

「そのノート……」

 

「えっ、あ、このノートのこと、まさか知ってるんですか?」

 

「あ、いや、その……」

 

「このノートの鋤園さんって方には、結局、逢えていないんです……」

 

「それって……。あ、あの! わたしが、鋤園直子(仮)です!」

 

「えぇぇ!!」

 

 店内にかなえと大河原の声が響いた。

 周囲は黙々とラーメンを食べている。かなえと大河原の声にも無反応だった。

 かなえの驚いた声は、大河原を上回っていた。

 

 桃華は、本当の“鋤園直子(仮)”を知らない。

 あなたは今、とんでもない嘘を“鋤園直子(仮)”の前でついている。

 “鋤園直子(仮)”は、わたしなの!!

 でも、ここで、わたしが“鋤園直子(仮)”だとは言えないし、言ったところでメリットは何もない。むしろこの場が大地獄となる。

 真実を口にすれば、ここにいる誰も幸せにならないのは確かだった。

 “鋤園直子”は、“仮”の名前だ。だから、別にわたしじゃなくていい。

 わたしの名前は、“中条かなえ”だ。

 

「え、本当ですか? あなたが鋤園さん!?」

 

「は、はい! 逢う勇気がなくて、お返事が書けずにいたんです。まさか、かなえ先輩の知人の方だったとは……」

 

「これはびっくりだ。こんな若くてかわいらしい方が、鋤園さんだったとは! 嬉しいです!」

 

「ありがとうございます。こちらこそ、お逢いできてとっても嬉しいです!」

 

「僕は、大河原徹と言います」

 

「わたしは、塚本桃華です」

 

 なんなんだ? この目の前で起きているカオスな展開は……?

 こんな若くてかわいらしい方? ホンモノは見事なおばさんだったってか?

 だけど、大河原さんがどうなろうが、そもそもわたしには関係ない。

 この二人に、嫉妬することもさらさらない。

 ん? これって結果的に、わたしが恋のキューピット!?

 桃華と大河原さんを引き合わせた、名もなき恋のキューピット!?

 これは、結果、よかったのだろうか……?

 

 テレビでは、どうやら『真剣怪人しゃべくり場』が始まった。

 

 ×  ×  ×

 

 エモーション「この番組は人間の生態を調べる実験を繰り返した怪人が、現代を生きる人間と対談し、疑問を解消していく番組だ。司会はわたし、怪人エモーションだ! そして、怪人代表はアルマ。人間代表は、改造人間シオンでお届けする」

 

 シオン「改造したって俺は人間! ニセモノではない! どうも、シオンです」

 

 アルマ「仮の姿がなんのその。ニセモノもホンモノもありません。怪人は何にだってなれる、アルマです」

 

 エモーション「さぁ、それでは今週の議題といこう。人間というのは、音楽に対して、歌う、聴く、という行動をとるらしい。どこかの誰かが作った曲を、自ら歌うカラオケとは一体なんだろうか?」

 

 シオン「カラオケ、俺は大好きです。好きな曲を熱唱するのも気持ちいいですし、ストレス発散にもいいですよ!」

 

 アルマ「カラオケというものは、他人の曲を、さも自分の曲のように囲われたボックスの中で歌うことですよね。結局のところ、あれは自分の声を聴いているだけではないですか?」

 

 エモーション「曲を作った本人の歌声なら分かる。しかし、自分の歌声を聴くために、奴らは自らお金を払って、わざわざカラオケをする。実に奇妙な行動だ」

 

 シオン「ほら、でも、無性に歌いたい時とかありません?」

 

 アルマ「ありませんね。お金を払ってまで、自分の歌声を、マイクを通してわざわざ聴きたいのですか?」

 

 エモーション「ストレス発散と言ったが、自分の声を大音量で聴くこととなる。それではまるで、ストレスが余計に溜まりそうな行為ではないのか。怪人エモーションとしては、理解するのが難しいように思う」

 

 シオン「その発想はなかったな……。あ、それに、二次会でカラオケなんて人間の定番ですよ! オールでカラオケとか、懐かしいな。若い頃やりましたよ。今も若いけど」

 

 アルマ「どこかの誰かが作った曲を、あたかも自身の曲のように歌い、女を落とす人間もいるそうですね。あなたはその類いでしたか。そもそも改造人間に若いとかあるんですか?」

 

 エモーション「時には、二次会のカラオケより大事な場所だってある。それが、ラーメン屋だという人物もいるだろう。わたしは自分の声を聴くカラオケよりも、歌詞に興味がある。人間が作る曲の歌詞を分析するのだ。どうやら、文字だけの方が好きなのかもしれない」

 

 ×  ×  ×

 

 さすが怪人エモーション! なんて、いいことを言ってくれるんだ!

 嘗て、あの美智子によって開催された最悪の合コン。

 二次会をわたしは蹴って、この『ことだま』のラーメンを食べた。

 そして、鋤柄さんに長文の“文字”を書き綴った……。

 わたしには、この店のラーメンが、いや、ノートが、“文字”が大事だ!!

 

「鋤園さんと、この番組が見れてよかった……」

 

「やっぱ、気持ち悪い番組」

 

「えっ!?」

 

「あっ、いや。サイコー! そうだ、この後、一緒にカラオケ行きませんか?」

 

「いいですね! 是非行きましょう!」

 

「かなえ先輩も行きます?」

 

「え!? いや、わたしは大丈夫……」

 

「なら、二人で楽しみましょ!!」

 

 危ない! 一瞬カオス鋤園さん問題を忘れていた。

 わたしの両サイドで盛り上がっている桃華と大河原さん。

 早くここから抜け出さないと……。

 

 ん? 待てよ。これって、鋤柄さんに置き換えて考えてみたら……

 ある日、鋤柄さんの前に“中条かなえ”を名乗る別の人物が現れる。

 その人物は、鋤柄さんに『わたしが中条かなえです』と告白。

 鋤柄さんは大河原さんのように、別の人物を“中条かなえ”だと思い込む。

 

 うわ! そんなことになってたら、どうしよう!!

 だから? だからわたしは、もしかして、いつまで経っても鋤柄さんに逢えないの!?

 クッソ、ニセモノ女め!!

 

 いやでも、それでは今の『おあいそ』でのやり取りが説明できないはずだ。

 リアル中条かなえが、リアルタイムに“文字”を書くのに、勝手に“中条かなえ”を演じるニセモノがいたら、すでにニセモノだとばれているはずだ。

 

 鋤柄さん、あなたの真実はどこにありますか?

 わたしは、真実を知らないままの方が幸せなんですか?

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