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文字だけの、見えない君を探してる。  作者: 佐藤そら
第2章 見えない君を探してる
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桃華旋風

 火曜日、仕事終わりのオフィス。

 かなえのもとに、新入社員の塚本桃華がやって来た。

 

「かなえ先輩って、美味しいラーメン屋知ってますよね?」

 

「え!?」

 

「美智子先輩が言ってましたよ。かなえ先輩はラーメン女子って」

 

「あぁ……。それは、まぁ、主に去年のことで……」

 

「かなえ先輩は、ラーメン屋に通いすぎて婚期逃したって言ってました」

 

「逃したことになってるのね……。まぁ、そうかもしれないけど」

 

「わたしも、ラーメン好きなんですよ!」

 

「そうなんだ……」

 

「ってか、婚期とかそういうの、どうでもよくないですか?」

 

「!」

 

「今は結婚しないのかって聞く方がセクハラじゃないですか。それに結婚するメリットよく分からないし。必死に合コンしてる美智子先輩の方が、なんか痛いっていうか」

 

「え、また合コンしてんの!?」

 

「前付き合ってた、川西さんって人と別れたみたいで。最近また合コン三昧らしいです。今日も行くって言ってたかな? わたし、かなえ先輩みたいにバッサリ結婚見切ってるの、カッコイイなって思います!」

 

 別に結婚を見切ってるつもりはない……。

 それがカッコイイだと!? 時代は変わったのか?

 いや、桃華がまだ23だからそんなことを言ってるだけにすぎない。

 彼女は、人生にまだ余裕があるからだ。30前後できっと一度血迷うだろう。

 そういえば、わたしはついに合コンに誘われてすらないのか。

 まぁ、あの時、美智子はラストチャンスって言ってたし。

 見切られたのはこっち側で。

 そもそも、誘われたくもないんだけど。

 

 美智子は結局別れたのか。ほら見ろ、だから合コンの結末はこれなんだ!

 むしろ長く続いただけ驚きである。

 わたしの偏見魂が、後輩美智子に対し、ざまあみろと言っている。

 

 

「わたし、結構おじさんが好きなんですよねー」

 

 桃華から、また驚きの発言だ。歳の差婚にときめいている類いなのか?

 

「かなえ先輩、ラーメンこれから一緒に行きましょ!」

 

「あ、う、うん……」

 

 思わず承諾してしまった。

 今日は火曜日だったため、まさに行こうとしていたところだった。

 しかし、あまり『ことだま』に連れて行くことは気が進まない。

 かと言って、他のラーメン屋をわたしは知らない。

 わたしは、ラーメンが好きなのではない。鋤柄さんが好きなだけだ。

 しかも今はいろいろあって、大河原さんが文字だけの君で、鋤園さんがわたしで、鋤柄さんは変貌し狂気で、問題は山積みである。

 え、これ、いっそのこと相談する? 桃華に全部相談してみる!?

 斬新な返答が返って来るかもしれない……。

 

 

 暗闇の中に、明かりがついた一軒の店が見えてくる。

 店の戸には、のれんがかけられており、そこには『ことだま』とある。

 奇妙なラーメン屋は、今日も同じ場所に存在していた。

 かなえは、店の戸を開けた。

 

 数人の男性客が黙々とラーメンを食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。

 店内には一台のテレビがあり、テレビの横には一冊のノートとボールペンが置かれていた。

 奥では店主らしき人物が麺を湯切りしている手が見える。

 

 かなえの後ろからついて来た、桃華が突然口を開いた。

 

「なんかこの店、みんな死んでるみたいですね!」

 

 !!!

 とんでもないことを口にする子だ。

 しかも、割と大きな声で。

 けど、相変わらず店内にいる誰からのリアクションもないようだ。

 このお店の奇妙さは、間違いなくそこにある。

 皆、生きるために食べているのに、もう死んでいる気がする。

 桃華の言うことは否定できなかった。

 

 かなえは、券売機で醤油ラーメンのボタンを押す。食券を厨房のカウンターへと出した。

 食券を出すなり、顔が見えない店主からすぐに醤油ラーメンが出てきた。

 桃華は、券売機で味噌ラーメンのボタンを押す。かなえと同じように、食券を厨房のカウンターへと出した。

 食券を出すなり、顔が見えない店主からすぐに味噌ラーメンが出てきた。

 はじめて来たにもかかわらず、店主のラーメンを出すスピードは速かった。

 かなえはテレビの横の席に座った。つられるように桃華はかなえの隣に座った。

 

「あの店主、はじめからわたしが味噌ラーメンって分かってるみたいでした」

 

「わたしがはじめて来た時もあんな感じだったよ」

 

「へぇー、なんか気持ち悪いですね」

 

「気持ち悪いって……。そ、そうだ、味噌ラーメン好きなの?」

 

「これですか? いや、太りたくないんで」

 

 ならなんでラーメン屋に来た!! と、言いそうになった。

 それはグッと堪えた。

 桃華は、味噌が一番太らないことまですでに知っていたようだ。

 

 テレビでは、『真剣怪人しゃべくり場』が始まった。

 

 ×  ×  ×

 

 エモーション「この番組は人間の生態を調べる実験を繰り返した怪人が、現代を生きる人間と対談し、疑問を解消していく番組だ。司会はわたし、怪人エモーションだ! そして、怪人代表はアルマ。人間代表は、改造人間シオンでお届けする」

 

 シオン「改造しても、真実はいつだって人間! どうも、シオンです」

 

 アルマ「美女にだってあなた好みに変身できます。外見ばかりが大事な人間が滑稽なアルマです」

 

 エモーション「さぁ、それでは今週の議題といこう。近頃は、“御朱印ガール”と呼ばれる人間がいるらしい。御朱印とは、神社や寺院を参拝した際の証として授けられる印だ。どうやら、そいつを集めている種族がいるらしいのだ」

 

 シオン「実は俺も持ってます! 御朱印帳!」

 

 アルマ「そんなものを集めてどうするんですか? どうせ死ぬのに。怪人は死なないので集めても違和感はありません。しかし、人間は死にます。違和感の塊です」

 

 シオン「どうせ死ぬとか悲しいことを言うな! 生きている間に集めて楽しみたいんだ! 悪いか?」

 

 エモーション「それは、結局のところ神主のサインではないのか?」

 

 シオン「なんだって!?」

 

 アルマ「確かにそうですね。神社や寺院が動き出し、文字を書くわけでもない」

 

 シオン「そ、それは……」

 

 エモーション「結局、御朱印と呼ばれるものを書いているのはただの人間だ。各神主が書いたサインを集めているにすぎない。もし、わたしが人間だったら、同じ人間のサインを何度でも集めてみたい。これは、書く方にとっては大変迷惑な話だ」

 

 アルマ「昼も貰いに来たのに、また夜も貰いに来て、お前は一体、何回わたしから貰いに来るのかと、顔を歪められそうですね」

 

 シオン「同じ人が何度も!? それは面倒くさいな。というか、もうサインって呼んじゃってるし!」

 

 エモーション「しかしそれは同じサインではないのだ。その日、その時、貰ったサインはたった1つだ。つまり、全ては違うサインなのだ! これは怪人エモーションのためだけに書いて頂いたサインという価値が、そこにはある!!」

 

 ×  ×  ×

 

「何これ、この番組、気持ち悪っ。こんな番組見る人いるのかしら?」

 

 独り言のように桃華は呟いた。

 

 とんでもないことを口にする子だ。

 気持ち悪いだと!? あの怪人エモーションだぞ!!

 なんでも気持ち悪いで片付けるなよ! これだから人間は!!

 わたしも鋤柄さんからの“文字”ならずっと集めたい。

 右手で書いた“文字”も。左手で書いた“文字”も。

 

 

 桃華の目線は、テレビからテレビの横へと移動した。

 そして、テレビの横にあるノートとボールペンに手を伸ばした。

 

「このノート、なんだろう?」

 

「あっ、それはダメ!!」

 

「へっ?」

 

「あ、いや、人の大事なものかもしれないしさ……」

 

「大事なら、余計に確認しなきゃダメじゃないですか。こんなところに置きっぱなしとか」

 

 桃華はノートを手に取り、躊躇することもなく開いた。

 そして、しっかりと目を通している。

 

 あぁ、わたしのこれまでの“文字”のやり取りを後輩なんぞに見られてしまう……!!

 これ、実はわたしなんだけどね? とは、気軽に言えるはずがなかった。

 いや、むしろ、わたしだと思われてないなら、もっと清々しい顔をしているべきだ。

 このノートを書いているのは“鋤園直子(仮)”であって、わたしだが、わたしでない。

 ここで疑われる言動はするべきではない!!

 

「誰なんですかね? この鋤園直子さんって人」

 

「さぁ、だ、誰、なんだろうねぇ……? そのノート、ずっとそこに置いてあるものだから」

 

「へぇー」

 

「どう思う?」

 

「えっ? 何がですか?」

 

「そのぉ……、文字だけのやり取り?」

 

「面白いんじゃないですか? 交換日記みたいで」

 

「もしさ、もし仮に、顔の知らない文字だけの君に、逢いたいって言われたら、どう思う?」

 

「どうって……。まぁ、相手がイケメンだったら逢ってみたいですかね?」

 

「え……」

 

「でも、イケメンか分からないわけですよね。文字だけじゃ。イケメンという賭けに出て思い切って逢ってみるか、一度陰からこっそり見て、イケメンだったら直接逢ってみるとか」

 

 一度陰からこっそり!!

 やっぱり鋤柄さんは、どこからかノートを見るわたしの姿を、これまでに見た事がある!?

 そして、わたしがイケてない女と分かって、直接逢ってくれない!?

 なんてこったーー!!

 いや待て、その逆もある?

 鋤柄さんがイケてなくて、わたしに逢う自信がないとか!?

 だから『おあいそ』で、『あなたにはもう、素敵な方がいるのではありませんか?』なんて、あんな嫉妬めいた、捻くれたことをノートに書いたとか?

 イケメンかもしれなくても、あの鯖男とか無理過ぎるのにぃー!!

 大河原さんとはすでに終わってるし、そもそも始まってもないのっ!!

 もう、鋤柄さーーん!!

 わたしは鋤柄さんを見たことないのに!!

 鋤柄さんだけが、わたしを見たことあるとか、そんなのずるい!!

 

「かなえ先輩? どうしました?」

 

「えっ……、あっ、いや……。“あなたにはもう、素敵な方がいるのではありませんか?”って、どういう真意で聞くのかな?」

 

「なんの話ですか?」

 

「いや、仮の話よ? 仮の! この鋤園さんって人が、自分に聞きたいことはないかって文字だけの君に尋ねるの。そしたら、文字だけの君から“あなたにはもう、素敵な方がいるのではありませんか?”って返って来るの。そしたら、それってどういう意味?」

 

「!?」

 

「もちろん、仮の話よ!?」

 

「それは、相手の心の中を探ってるのかもしれないですけど……。少なくとも、このノートの鋤園さんは、ノートの相手に興味なさそうですよ? ほら、『今度、一緒に怪人の討論番組を見ませんか? このノートがあるテレビの横の席で。』に対して、返事は白紙です」

 

「!!!」

 

 桃華は、冷静な顔でかなえに返事のないノートを見せた。

 

 相手の心の中を探ってる……

 なら、鋤柄さんはまだ、僅かでもわたしに脈アリ!?

 いや、それとも単純に、わたしには素敵な人がいるのにこのノートのやり取りを続けることはよくない、申し訳ないと思って?

 嫌だ! わたしはまだ鋤柄さんと“文字”のやり取りを続けたい! 続けたいのに!!

 鋤柄さんのその親切、わたしを傷つけてますよ。

 いや、でも、親切で気を使ってわたしに聞いてるなら、河原で鯖は煮込まないのでは……。

 え、何!? あれは、何!?

 あぁ、分からなーーい!! 鋤柄さーーん!!

 

「かなえさん? 大丈夫ですか? まぁ、一緒に見たい番組がこんな番組ってことに幻滅して、それで白紙のままなのかもしれませんけどね。ラーメン伸びてますよ?」

 

「あっ!!」

 

 ここに来ると、結局いつもラーメンが伸びてしまってる気がする。

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