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文字だけの、見えない君を探してる。  作者: 佐藤そら
第2章 見えない君を探してる
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再会

 火曜日がやって来た。

 今日は、“文字だけの君”が来ると言った日だ。

 わたしは会う気はない。

 でももし、これが万が一、鋤柄さんだったらと思うと気が気でならない。

 筆跡が違うから、そんなはずはない。

 だけど、鋤柄さんもこの店に来ているかもしれないとなった以上、行く以外の選択肢はなかった。

 それに、やはり“文字だけの君”が誰なのか見たいという気持ちも捨てきれなかった。

 

 暗闇の中に、明かりがついた一軒の店が見えてくる。

 店の戸には、のれんがかけられており、そこには『ことだま』とある。

 奇妙なラーメン屋は、今日も同じ場所に存在していた。

 かなえは、店の戸を開けた。

 

 数人の男性客が黙々とラーメンを食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。

 店内には一台のテレビがあり、テレビの横には一冊のノートとボールペンが置かれていた。

 奥では店主らしき人物が麺を湯切りしている手が見える。

 かなえは、券売機で醤油ラーメンのボタンを押す。食券を厨房のカウンターへと出した。

 食券を出すなり、顔が見えない店主からすぐに醤油ラーメンが出てきた。

 かなえはテレビの横の席に座らなかった。

 これは過去の経験からして鉄則だった。

 自分が“鋤園直子(仮)”だと相手に悟られてはいけないからだ。

 かなえはノートを手に取る人物を静かに待ち伏せした。

 犯行現場に犯人は必ず戻ってくるという。わたしは見事に犯人だった。

 

 もうすぐ『真剣怪人しゃべくり場』が始まる時間だ。

 “文字だけの君”が来てもいい頃合いだろう。

 こうやってみると、犯人というより張り込みをする刑事ではないか。

 

 店の戸が開いた。

 かなえに衝撃が走った。

 店にやって来たのは、嘗て婚活パーティーで出会った男“大河原徹”だった。

 かなえは慌てて身をひそめ、ラーメンをすすった。

 

 なんで大河原さんが? なんでこんなところに?

 情報量が多すぎるぞ!!

 あの人はこんな油がギトギトしたラーメン屋には入らないはず。

 もっと高級なレストランとかに行く人ではなかったか!?

 ノートがパラパラというより、パリパリとめくれるお店に来るはずがない。

 ややこしいことになった。知り合いがいるのは面倒だ。

 出会いは婚活パーティーと言えど、一応嘗て振ったお相手。

 なんで“文字だけの君”を待っている日に限って、大河原さんが現れるのか。

 気まずい! そして、めちゃくちゃ邪魔だ!

 今日ここに来るんじゃなかった。

 

 もしかして、わたしの見間違い?

 いや、でも今後ろを振り返るわけにいかない。

 ラーメン以外見ちゃダメだ。

 いっそのこと、見間違いであってくれ!

 

「あれっ? もしかして、かなえさん?」

 

 聞き覚えのある声が背後から聞こえた。

 

 かなえは、恐る恐る背後を振り返った。

 とんこつラーメンを手に、男性が立っていた。

 それは、間違いなく大河原だった。

 

「えっ……」

 

「後ろ髪のクセで、かなえさんだって分かりましたよ」

 

 はっ?

 髪質で当てられているのか!?

 なんてことだ!!

 こいつ、クセ探偵ではないか!!

 

「えっ……、大河原さん……」

 

「お久し振りですね。かなえさん、こういう店に来られるんですね?」

 

 いや、それに関しては、むしろあなたこそ。

 当時、わたしを高級なレストランに連れて行ったような人物なのに、この店!?

 何かあったのか? 落ちぶれたのか?

 

 大河原は、かなえの隣に座ると、聞いてもいないのにかなえに話しかけてきた。

 

「僕ね、かなえさんと別れてからも、婚活を続けてたんですよ」

 

 別れて?

 あんなの付き合ってないだろ!

 そもそも大河原さんは誠実そうな振る舞いをしているが、ルール違反の人物だ。

 婚活パーティーでカップルになってないのに、また会ってほしいと言ってきた男。

 そう、クセ者だ!

 わたしが張り込みしている刑事だったら現行犯で逮捕だ。

 

「婚活で、一度は結婚寸前まで漕ぎ着けたんです。けど、信じられないことに、その寸前で振られて。それはもう落ち込みました」

 

「そうだったんですか……」

 

「それで、振られて落ち込んでた時、偶然立ち寄ったのが、このラーメン屋『ことだま』だったんです。それが、この店に来るきっかけになって……」

 

 大河原さんは、あの後も真面目に婚活を続けていたのか。

 わたしは、何もかも放り投げてしまった。

 わたしには、鋤柄さんがいれば、それでいい。

 

「実はね、今日は久々にウキウキしてるんです」

 

「ウキウキ!? パリパリではなく?」

 

「えっ?」

 

「あ、いや……」

 

「この店で、ある女性と待ち合わせをしてるんです!」

 

 この店でデート?

 こんな、ギトギトで、パリパリなのに?

 それは随分とラーメン好きな女性なことで。

 

 大河原は突然立ち上がると、テレビの横にあるノートとボールペンに手を伸ばした。

 

「このノートの、鋤園直子さんって方と」

 

「えっ!!」

 

 ウソ……!!!

 待ち合わせの相手。それは、わたしだった。

 

 大河原はノートを開く。

 そこには、“鋤園直子(仮)”からの続きの“文字”は書かれていなかった。

 

「鋤園さん!!!」

 

 大河原は凍り付いた。

 

「ウソだろ……。書いてない……!! いつも来た時、必ず返事が書かれているのに!!」

 

 大河原は動揺し、焦った様子でノートを何枚もめくっている。

 しかし、続きの“文字”はどこにも書かれていなかった。

 

「白紙だ! かなえさん、白紙だ!」

 

「……」

 

「いや、でも、まだあれからこのお店に来れてなくて、このノートをまだ見てないだけかもしれない! いやちょっと待て、それはそれで問題だ。そしたら今日、ここに来ないじゃないか!!」

 

 大河原は、パニックになっていた。

 

 大河原さんを見ていると、以前の自分を見ているようだ。

 いや、もうそのままだ。

 鋤柄さんを待っていたあの日のわたしは、取り乱して、こんな状態になっていたのか……。

 大河原さん、“白紙”なのは、わたしがそのノートに“文字”を書いてないからです。

 

「かなえさん! 僕ここに、一緒に怪人の討論番組を見ませんか? って書いてたんです! いつもノートでやり取りしてて……今日ここで一緒に見るつもりで……」

 

 かなえはハッとした。

 

 だからだ。あの“文字”の筆跡!

 どこかで見たことがあるような気もしてたんだ。

 わたしは婚活パーティーで、単純作業のようにこの大河原さんとプロフィールカードを交換している。

 だから、どこか知ってる“文字”な気がしていたのか。

 

 テレビでは、今週も『真剣怪人しゃべくり場』が始まった。

 

 ×  ×  ×

 

 エモーション「この番組は人間の生態を調べる実験を繰り返した怪人が、現代を生きる人間と対談し、疑問を解消していく番組だ。司会はわたし、怪人エモーションだ! そして、怪人代表はアルマ。人間代表は、改造人間シオンでお届けする」

 

 シオン「心までは改造できなかった。どうも、人間のシオンです」

 

 アルマ「人間に関する疑問が多すぎます。アルマです」

 

 エモーション「さぁ、それでは今週の議題といこう。人間には利き手というものが存在するらしい。その多くは右利きで、左手よりも右手で何かをすることを得意とするようだ。しかし、多くはというだけで、中には左利きと呼ばれる人間も存在する」

 

 シオン「確かに人間には利き手というものがあります。主に右利きですね。俺もそうです」

 

 アルマ「右利きを当然だと考えている発言ですね! とても愚かです」

 

 エモーション「駅の改札で、手をクロスさせ、左手でタッチをし、通過する人間の姿を見た事があるだろうか? その人間のこれまでの壮絶な人生を、右利きは考えた事があるだろうか?」

 

 シオン「壮絶な人生って、そんな大げさな」

 

 アルマ「あなたは何も分かってないようですね。最低です。左利きの人間は食事に難を抱えています。いつも箸や肘が、隣の人に当たる恐怖におびえて生きなければなりません」

 

 エモーション「マグカップの絵柄はいつもない。何故なら絵柄は反対を向くからだ!」

 

 シオン「自分側に見えるのは、いつだって柄のない面……。なんてことだ!!」

 

 アルマ「工具や調理器具なども便利だと言われていますが、右利きにとって便利なだけです。左利きにとっては、使いにくい代物でしかありません」

 

 シオン「そうか、使う時全てが逆になるのか……」

 

 アルマ「楽器やスポーツ用品も、右利きを当然とした作りです。左利きは、音楽もスポーツもやめてしまえ! というメッセージが隠されているのでしょうか?」

 

 エモーション「生きていれば逃れられないのが、文字を書くということだ。右手に直すという行為で、右手で文字を書くことを選んで生きていく左利きもいるようだ」

 

 シオン「きっと、習字の『とめ』『はね』なんて、左手でできたもんじゃない!」

 

 エモーション「右手でやることを強要されるこの世界で、左利きは己の右手を練習する。右利きの左手は無能だ! しかし、左利きは、はるかに右手が使えるのだ。そして、怪人には利き手など存在しない。わたしはすでに両利きだ!!」

 

 ×  ×  ×

 

 わたしは、愚か者だ。

 鋤柄さんはこれまでどちらの手で“文字”を書いていたのだろう?

 考えたこともなかった。

 それは、右手が当然だと思い込んでいたからに違いない。

 あの鯖男に筆跡鑑定を依頼した時、確かあの鯖は、右手で“文字”を書いていた。

 そして、鋤柄さんではないという結論に至った。

 けどもし、鋤柄さんがいつも左手でノートに“文字”を書いていたとしたら……

 わたしは詰めが甘過ぎだ!

 あの鯖男が、鋤柄さんの可能性はまだ消えていないのか!!

 

「クソッ! あの鯖に、両手で文字を書かせるべきだった!!」

 

「かなえさん?」

 

 周囲は黙々とラーメンを食べている。かなえの声にも無反応だった。

 一人だけ反応したのは、隣にいる大河原だった。

 

 落ち着け!

 いやいや、あんな失礼ナルシスト鯖が、絶対鋤柄さんなわけがない!!

 もし、鋤柄さんが右利きなのに、いつも左手でノートに“文字”を書いているんだとしたら、うま過ぎる。

 そもそも、鋤柄さんは右利きなのか?

 左利きかもしれないじゃないか!!

 鋤柄さんは、何かを抱えている人だ。

 駅の改札で手をクロスさせ、左手でタッチする、左利きの可能性だってある。

 いや、むしろ、完璧な両利きかもしれない!!

 

 

「鋤園さん、結局来なかったなぁ……」

 

 大河原はへこんでいた。

 “鋤園直子(仮)”は、いつまで経っても現れない。

 

 ヤバイ! 横にいるのに、すっかり大河原さんの存在を忘れていた。

 

「この鋤園さんって方は、顔も知らない人なんです。でも、逢えたらいいなって。ほら、今ってSNSで顔の知らない人とも繋がる時代じゃないですか。ま、そんな時代にノートでやり取りしてるってのも。あれなんですけどね……」

 

 まさに今、会えてますけどー! ってか、顔も本名も知ってるんですけどー!!

 大変に気まずい……。

 大河原さん、約束の君は……

 今、目の前にいます。

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