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文字だけの、見えない君を探してる。  作者: 佐藤そら
第2章 見えない君を探してる
19/35

筆跡鑑定

 金曜日、かなえは、やはりあの店へと向かっていた。

 しばらく歩いていると、一軒の店が見えてくる。

 店の戸には、のれんがかけられており、そこには『おあいそ』とある。

 奇妙な寿司屋は、今日も同じ場所に存在していた。

 かなえは、ラーメン屋『ことだま』に行くか少し迷ったが、鋤柄が来ているであろう、寿司屋『おあいそ』を選んだのだった。

 かなえは、店の戸を開けた。

 

 数人の男性客が黙々と回転寿司を食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。

 奥では店主らしき人物が寿司を握っている手が見える。

 かなえは、あいているカウンター席に座った。

 

 回転レーンに乗った寿司が目の前を通過していく。

 かなえは流れてきた寿司を手に取り、食べ始めた。

 しばらくすると、回転する寿司レーンの中に一冊のノートとボールペンが乗った皿が現れた。

 やがてそれは、かなえのもとへと回ってくる。

 そこには、『書いたらお戻しください』とあった。

 かなえは動いているレーンから、ノートとボールペンを手に取った。

 ノートを開くと、“鋤柄直樹(仮)”からの続きの“文字”が書かれていた。

 

『ラーメンとお寿司ですか。それは迷いますね。同時に食べられるお店があったら是非行きたいものです。』

 

 鋤柄さん!!

 ラーメン屋『ことだま』には、もう行ってないんですか?

 今あの店には、新しいノートが置かれています!

 そこにはもう、“文字”を書いてくれないんですか?

 鋤柄さんはわたしとのやり取り、どう思ってるんですか?

 聞きたいことは沢山ある。わたしはいつも、鋤柄さんに尋ねてばかりだ。

 でも、鋤柄さんは答えてばかりで、何も聞いてこない。

 わたしには興味がないということだろうか。

 仕方なく、答えているのだろうか。

 それはそれで悲しかった。

 

 

 突然、店の戸が開く音がした。

 

 今度こそ、鋤柄さん!?

 そう思ったが、現れたのは小鯖一郎だった。

 ため息が出そうだ。

 小鯖は、かなえを見つけると微笑みかけた。

 

 うわっ……。

 

 小鯖は、かなえに向かって歩いて来る。

 そして、隣に座っていいかを尋ねることもなく、隣の席に座った。

 

「かなえさんは、どんな人がタイプなんですか?」

 

「へっ……?」

 

「というか、彼氏さんいます? ってか、結婚してるかもしれないのか?」

 

 なんなんだ、この鯖男!!

 座るなり、一皿目に鯖を取り、何を聞いてくるのか。

 

「別に結婚してませんし、彼氏もいませんけど?」

 

 笑みを浮かべる小鯖。

 

「なんですか? 悪いですか? いかにも独身って感じがしましたか? そりゃそうですよね。金曜の夜に一人でお寿司って」

 

「あ、いや、笑ってすみません。いや、僕にも可能性あるんだなって思ってしまって」

 

 鳥肌が立った。いや、寿司屋だからこれはサメ肌!?

 いや、それは違うか。

 この鯖! 正気か? いつ可能性があると思った!!

 割とイケメンかもしれないのに。

 いや、割とイケメンかもしれないから、自分に自信があるのか。

 こんな馴れ馴れしい鯖男が鋤柄さんのはずがない!

 いや待て、初対面からすぐに距離を詰めてこれるということは、もしかしたら鋤柄さん?

 鋤柄さんという可能性も、やっぱりまだ僅かに残っているのか!?

 あ、ウソ! 今、甘エビ食べた!!

 嫌だ! こんなのが鋤柄さんとか絶対無理!!

 

「好きなタイプは? その……僕ですか?」

 

 はぁ!?

 この人、寿司屋で女を口説いてるんですか?

 

「冗談ですよ。そんな驚いた顔しないでくださいよ」

 

 小鯖は笑っていた。

 

 

「そうですね……。わたしは、交換日記をしてくれる人が好きです」

 

「えっ? 交換日記?」

 

「あ、いや……」

 

「かなえさんって、なかなか面白い人ですね」

 

 なかなかって、なんだよ!

 

「交換日記かぁ。小学校の時かな、友達がやってましたよ、女の子と」

 

「女の子と!?」

 

「そう、好きな女の子と交換日記を」

 

 好きな人と交換日記!? わたしは、まさにそれを!?

 今年36にもなるのに、楽しくやっているのか!?

 いや待て、鋤柄さんはどう思ってるの? この状況。

 そもそも交換日記って、顔も名前も分かる人同士でやるもんなんじゃ……

 

「かなえさん? どうしました? ぼーっとして」

 

 いつの間にか、わたしは鯖男をシャットアウトしていたらしい。

 鯖男は鋤柄さんと違って、質問ばかりしてくる。

 いや、まさかこの人、鋤柄さんだからこういう形でわたしに質問をしてきてる?

 でも、甘エビを食べるのは普通のことだ。

 前回たまたま食べなかっただけで、誰だって甘エビくらい食べるだろう。

 

 なら、鋤柄さんかどうかなんて、確かめようがない。

 

「あのぉ……雨の日に、傘って買いますか?」

 

「はい?」

 

「傘がない時、その……ビニール袋を被って、帰ったこととかありますか?」

 

「なんですか、それ?」

 

 小鯖は笑っていた。

 

 わたしったら、何を聞いてるんだ!

 鋤柄さんは、今はエコバッグを被ってるかもしれないのに!!

 結局、いくら待っても鋤柄さんはわたしの前に姿を現さない。

 わたしの脳裏には、いつもビニール袋を被り、雨の中を走る鋤柄さんの後ろ姿がよぎるんだ。

 

 かなえは、いくらの軍艦を口に放り込んだ。

 そして、ハッとした。

 

 そうだ、この人が鋤柄さんかどうか、知る方法がひとつだけあった!!

 これは、確実な方法だ。

 わたしはそれを知ってるじゃないか。

 

 かなえは鞄からメモ帳を取り出し、小鯖の前に突き出した。

 

「ここに、文字を書いてもらえませんか?」

 

「はい? 文字ですか? えっと、その、なんの……」

 

「名前です! あ、いや、『鋤柄』って書いてみてください!!」

 

「スキガラ?」

 

 わたしは鋤柄さんが書く“文字”だけは知っている。

 他は何ひとつ知らないけど、“文字”だけは知っている。

 

 

 必殺! 筆跡鑑定!!

 

 結果発表ーー!!

 鯖男は“鋤柄直樹(仮)”ではなかった。

 わたしは、心からホッとした。

 

 ノートにある“鋤柄直樹(仮)”の“文字”に返信でもするように、かなえは続きを書いた。

 

『わたしはいつも、鋤柄さんに聞いてばかりです。鋤柄さんは、何かわたしに聞きたいことはありませんか?』

 

 かなえはノートを閉じると、回転するレーンにノートとボールペンを戻した。

 

 今日はデザートに、肩身が狭いプリンを食べようと思った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 回転寿司でプリン! 良いですね。 食べたくなります。
2022/02/01 18:06 退会済み
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