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文字だけの、見えない君を探してる。  作者: 佐藤そら
第2章 見えない君を探してる
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甘エビ

第二章スタート。

 季節は冬を越え、春を迎えていた。

 お見合いをしたのは、もう一年以上も前のことだ。

 わたしは今、“一人暮らし”をしている。

 妹のひとみは、結婚して家を出て行ったからだ。

 昔ノートに書いた、わたしが『大人になったらやってみたいこと』。

 “お酒を飲む”以外が、やっと叶ったとも言える。

 “25歳までに結婚”は、もう一生叶わない。

 婚活も、もうほったらかし。自由に生きることに決めたのだ。

 

 分かったことがある。

 一人は誰にも気を使わなくていいということだ。

 わーー! 一人暮らし最高!!

 わたしはますます、結婚とは無縁の人間になっていた。

 そして今、わたしには通い詰めているお店がある。

 むしろ通い詰めるために、この店の近くに引っ越したのだ。

 そう、わたしは寿司屋『おあいそ』の近くで暮らしている。

 それは、いつしか“鋤柄直樹(仮)”と出逢うためだ。

 

 

 

 金曜日、仕事を終えたかなえは、あの店へと向かっていた。

 しばらく歩いていると、一軒の店が見えてくる。

 どうやらそれは、寿司屋らしかった。

 店の戸には、のれんがかけられており、そこには『おあいそ』とある。

 かなえは、店の戸を開けた。

 

 数人の男性客が黙々と回転寿司を食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。

 奥では店主らしき人物が寿司を握っている手が見える。

 雰囲気からしてラーメン屋『ことだま』の系列店であることは間違いなかった。

 通い詰めても客として迎えられている感じはしなかったが、もうそれには慣れたもんだ。

 かなえは、あいているカウンター席に座った。

 

 回転レーンに乗った寿司が目の前を通過していく。

 特にこれといって不自然な点はない。

 かなえは流れてきた寿司を手に取り、食べ始めた。

 しばらくすると、回転する寿司レーンの中に一冊のノートとボールペンが乗った皿が現れた。

 やがてそれは、かなえのもとへと回ってくる。

 そこには、『書いたらお戻しください』とあった。

 かなえは動いているレーンから、ノートとボールペンを手に取った。

 寿司屋の酢でも吸ったのか、ノートは少し波打っていた。

 かなえはノートを開く。

 そこには“鋤柄直樹(仮)”からの“文字”が書かれていた。

 

『僕は、甘エビが好きです。甘くないエビよりも。』

 

 鋤柄さん!!

 わたしは何より、このノートを開く瞬間を楽しみにしている。

 このために働いて、この店に通っていると言っても過言ではない。

 今日も回転するレーンを流れるノートに想いを綴る。

 たわいもない話を。なんでもない話を。

 好きな寿司ネタとか、最近の出来事とか。

 

 いつこの店に来ているのか?

 どうしたら、わたしと逢ってくれるのか?

 本当は他に聞きたいことは沢山ある。

 でも、確信に触れることは“文字”にしていない。

 それを書いて、またノートから鋤柄さんが消えてしまったらと思うと、怖くてとてもできなかった。

 

 

「あっ!!」

 声が同時に響いた。

 

 目の前を少し通り過ぎてしまった甘エビを取ろうと、伸ばしたその手が、一つあけて座っていた男性客の手に触れてしまった。

 少しノートに集中し過ぎてしまっていたようだ。

 

「鋤柄さん!?」

 

「えっ?」

 

「あ、いや……」

 

「スキガラさん?」

 

「あ、ごめんなさい。それはこっちの話です」

 

 思わず“鋤柄さん”と口にしてしまった。

 けれども、男性客は初めて聞いた言葉のような顔をしていた。

 だからあれは、きっと鋤柄さんではないのだろう。

 甘エビの皿を手に取ろうとしていたのは、ただの偶然だったのか。

 少しがっかりしている自分がいる。

 割とイケメンだったかもしれないのに。

 

 この店で人と喋ったのは、はじめてだった。

 というより、はじめてこの店で、声を発したと言ってもいいだろう。

 この店に限った話でもない。

『ことだま』でも、誰かが誰かと会話をしている姿を見たことがない。

 皆、黙々と何も感じない人間のように食事をしていた気がする。

 まるで、感情を失った人間のように。

 

 気を取り直し、ノートにある“文字”に返信でもするように、かなえは続きを書いた。

 

『鋤柄さんは、お寿司の後にデザートは食べますか?』

 

 かなえはノートを閉じると、回転するレーンにノートとボールペンを戻した。

 

 

 かなえは食事を終え、戸を開け外に出ると、雨が降っていた。

 

 今日は折りたたみ傘を持って来て正解だった。

 傘を差すと、ちょうど食事を終えた先程の男性客が中から出てきた。

 男性客は雨に気付き、顔をしかめている。

 きっと、傘を持っていないのだろう。

 

 ふと、横を見ると傘立てがある。

 少しぼろい傘が一本立てられており、『ご自由にお借りください』とある。

 

「お借りください? こんなところに、来た時あったっけ?」

 

 男性客はその傘を手に取り、店を後にした。

 その姿は、いつしかの、かなえのようだった。

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