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文字だけの、見えない君を探してる。  作者: 佐藤そら
第1章 見えない君を見つめてる
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消えた鋤柄

 かなえはドラマが最終回を迎えても、結局あの店へと向かっていた。

 店の戸には、のれんがかけられており、そこには『ことだま』とある。

 奇妙なラーメン屋は、今日も変わらず同じ場所に存在していた。

 かなえは、店の戸を開けた。

 

 数人の男性客が黙々とラーメンを食べている。かなえに目を向ける者はおらず、今日も店内は相変わらず異様な空気が漂い静まり返っていた。

 店内には一台のテレビがあり、テレビの横には一冊のノートとボールペンが置かれていた。

 奥では店主らしき人物が麺を湯切りしている手が見える。

 

 かなえは、券売機で醤油ラーメンのボタンを押す。食券を厨房のカウンターへと出した。

 食券を出すなり、顔が見えない店主からすぐに醤油ラーメンが出てきた。

 かなえは、ラーメンを手に、お決まりのテレビの横の席に座った。

 

 テレビの横にある古くぼろいノート。その横にはボールペンがひとつ。

 かなえは、ノートを手に取り、開いた。

 そこには、“鋤柄直樹(仮)”からの続きの“文字”が書かれていた。

 

『あなたは真っ直ぐな人だから。』

 

 鋤柄さん!

 ノートを開いて、続きの“文字”が書かれている。

 わたしは、この瞬間がたまらなく嬉しい。

 この瞬間のために、ラーメン屋『ことだま』に来ている。

 でも、このままでは、わたしは鋤柄さんに出逢えないままだ。

 

 かなえは、ボールペンを握りしめた。

 そして、“鋤柄直樹(仮)”に宛てるように“文字”を書いた。

 

『鋤柄さんは、いつこのお店に来ていますか?』

 

 勇気を出して聞いたことだった。

 

 

 

 その日、かなえの姿は教会にあった。

 もちろん、かなえの式ではない。妹ひとみの結婚式だ。

 幸せそうなひとみと、祝福する親族、友人。

 そして、お次を狙う友達の戦争、ブーケトスがいよいよ行われる。

 

「お姉ちゃん、行くよ!!」

 

 ひとみが、かなえに向かってブーケを投げた。

 かなえは呼ばれたことで、反射的に取ろうとした。

 しかし、ブーケに手が触れるその瞬間、かなえは突き飛ばされた。

 かなえが起き上がった時には、ブーケを掴み、喜ぶ勝者の笑顔が眩しく輝いていた。

 かなえはブーケにさほど執着もないため、それはとくに気にならなかった。

 

 そんなことよりも……

 

 

 

 わたしは、今、黙々とノートに“文字”を書いている。

 ただひたすらに、“文字”を書いている。

 テレビの横に置かれたノートは、まるでわたしの日記になっていた。

 

 鋤柄さんに、いつ『ことだま』へ来るのか尋ねてからというもの、“鋤柄直樹(仮)”からの続きの“文字”がノートに書かれることはなかった。

 

 鋤柄さんはどこへ行ってしまったのだろうか。

 もう現れることはないのだろうか。

 この店にも、このノートにも。

 

 でも、ひょっとして、ひょっとしたら……

 そう思って今日も、ここへ来てしまう……

 わたしは一人『ことだま』へ通っていた。

 鋤柄さんはもう、本当にこのお店には来ないのだろうか。

 いや、来ていても、わたしにはその姿が分からない。

 わたしは、鋤柄さんの“文字”しか知らないのだから。

 

 言霊。それは、言葉に宿っていると信じられている不思議な力。

『ことだま』、この店のノートの“文字”には、いつの間にか、わたしの想いだけが宿っていたのかもしれない。

 わたしの人生は、こんなもんだった。

 

 

 

 今日は、せっかくの休日なのに雨が降っている。

 しかし、雨降る街中を、ビニール袋を頭の上に広げ、ずぶ濡れで歩く男の姿はなかった。

 もちろん、エコバッグを被る者も。

 

 傘を買わずに濡れて帰る人生。人に頼らず、物に頼らずに。

 鋤柄さんは、どこへ消えてしまったのだろう。

 

 夕方、かなえは『ことだま』に来ていた。

 ついにノートは、最後のページを迎えていた。

 かなえはノートを手に取り、開く。

 

 !!!

 

『今日は雨予報みたいですね。昼まで雨かな。夕方には雨がやんで、虹が出そうですね。きっといい未来があなたにも待っているはず。』

 

「鋤柄さん!」

 

 かなえは慌てて周りを見回した。

 周囲は黙々とラーメンを食べている。かなえのリアクションにも無反応だった。

 

「今さっきまで、ここにいたってこと……」

 

 ノートに挟まっていたチラシが、ひらりと床に落ちた。

 

 !?

 

 かなえはチラシを手に取った。

 チラシには『回転寿司 いよいよ開店!』とあった。

 店名は『おあいそ』である。

 

「おあいそ?」

 

 

 

 ラーメンを食べ『ことだま』を出ると、雨はやんでいた。

 そして、空には、虹がかかっている。

 鋤柄さんの言った通りだ。

 店先の傘立てに、ぼろい傘はなかった。

 嘗て、『ご自由にお借りください』とあった傘は、鋤柄さんが差して帰ったのだろうか。

 ねぇ、鋤柄さん。あなたは一体どこにいますか?

 

 

 『ことだま』の店主の口元は、厨房でニヤリと笑った。

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