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文字だけの、見えない君を探してる。  作者: 佐藤そら
第1章 見えない君を見つめてる
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逢えなくて

 オフィスで後輩の美智子が話しかけてきた。

 

「先輩、最近元気ないですね」

 

「え?」

 

「お休み取ってまでしたお見合い、またダメだったんですか?」

 

「お見合い? お見合いなんてしてないって」

 

「えー、そうなんですか?」

 

 わたしは有給休暇を全てお見合いに費やしていると思われているのか。

 そうか、少なくともここではそれしか用事のない人間だと思われていた。

 まさか、ラーメン屋で鋤柄さんを待ち続けていたなんて、誰も知りやしない。

 

 

 夜、かなえの姿はレストランにあった。

 前回断ったこともあり、別日に大河原と食事をすることになっていたのだ。

 

「あの……お誘い頂いた側なのにこんなこと言うの、申し訳ないんですけど……」

 

「?」

 

「お付き合いするの、難しいかもしれません。もちろん、この前は本当に用事があって……」

 

「そんな気が、してました」

 

「えっ?」

 

「いや、他に好きな方でもいるのかなって」

 

「そんな、いないです!」

 

「無理しないでください。気にしてませんから。何かに夢中になれる方は素敵ですし、そんなあなただから惹かれていたのかもしれません」

 

「……」

 

 わたしは『ことだま』にラーメンを食べに行っているだけであって、別にそんな!!

 別に……そんな……

 

 大河原さんと別の出会い方をしていたら、わたしはこの人を好きになっていたのだろうか?

 これが婚活パーティーではなく、あのラーメン屋だったら……

 それとも、この人とは、いつどこで出会っても、やっぱりただの良い人だったのだろうか?

 婚活パーティーのように、この中から選べと言われている気がすると、わたしは苦しくなって、ジタバタもがきたくなる。

 自由な恋愛とはなんだろう。そもそも結婚とはなんだろう。

 本当は、そもそも結婚すること自体が自由なはずなんだ。

 別に結婚しなくたっていいし、35だからラストチャンスとか決められる覚えもない。

 異性と結婚して、平凡であたたかい家庭を築かないといけないなんて誰が決めたんだ。

 

 年齢によって行動を制御する。人間の生態はクソだった。

 年齢に合った行動をして、周囲の目を気にして、本当に悲しい生き物だ。

 人目を気にして自分の心に嘘をつくのか。自分の気持ちに素直に生きる、怪人の方がよっぽどまともだ。

 時に10歳以上年上のおっさんが最高に魅力的だったり、男同士の恋愛が美学に見えたり、そんなことだってあるのではないだろうか?

 今目の前にいる大河原さんは、わたしが恋する相手でも、愛する相手でもない。

 今後そうなる予定もなかった。それが素直な気持ちだった。

 

 

 かなえはドラマが最終回を迎えても、再びあの店へと向かった。

 店の戸には、のれんがかけられており、そこには『ことだま』とある。

 奇妙なラーメン屋は、今日も変わらず同じ場所に存在していた。

 かなえは、店の戸を開けた。

 

 数人の男性客が黙々とラーメンを食べている。かなえに目を向ける者はおらず、今日も店内は相変わらず異様な空気が漂い静まり返っていた。

 店内には一台のテレビがあり、テレビの横には一冊のノートとボールペンが置かれていた。

 奥では店主らしき人物が麺を湯切りしている手が見える。

 

 かなえは、券売機で醤油ラーメンのボタンを押す。食券を厨房のカウンターへと出した。

 食券を出すなり、顔が見えない店主からすぐに醤油ラーメンが出てきた。

 かなえは、ラーメンを手に、お決まりのテレビの横の席に座った。

 

 テレビの横にある古くぼろいノート。その横にはボールペンがひとつ。

 かなえは、恐る恐るノートを手に取り、開いた。

 そこには、“鋤柄直樹(仮)”からの続きの“文字”が書かれていた。

 

『ドラマとてもよかった。』

 

 

「鋤柄さん!」

 

 かなえは、辺りを見回した。

 かなえに目を向ける者はおらず、皆静かにラーメンを食べている。

 

 鋤柄さん、あなたはいつここへ来ているの?

 今どこにいるの?

 ドラマをどこで見ていたの?

 この店内に、あの時いたの?

 

 そういえば、このドラマ、再放送を昼にやってるって言ってたっけな。それを見て?

 でも、そんな時間にこの店はまだ開店していない……。

 家で見て、わざわざこのノートに感想を書きに来た?

 ああ、もう分からない……

 分からないよ……

 

 ノートにある“文字”に返信でもするように、かなえは続きを書いた。

 

『あのドラマ、不覚にも泣いてしまいました。』

 

 かなえの“文字”を書く手がとまった。

 

 逢いたい!

 鋤柄さんに逢いたい!

 鋤柄さん、逢いたいと言ったら、あなたは困りますか……?

 そんなこと、書けるわけない……そんな、素直な気持ち……

 わたしは結局、怪人じゃなくて人間だった。

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