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文字だけの、見えない君を探してる。  作者: 佐藤そら
第1章 見えない君を見つめてる
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覚悟

 かなえは仕事を終えると、無意識に足はあの店へと向かっていた。

 

 暗闇の中に、明かりがついた一軒の店が見えてくる。

 店の戸には、のれんがかけられており、そこには『ことだま』とある。

 奇妙なラーメン屋は、今日も変わらず同じ場所に存在していた。

 金曜日だから『ことだま』へ行くという感覚は、もう失っていた。

 かなえは、店の戸を開けた。

 

 数人の男性客が黙々とラーメンを食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。それはもう気にもならなかった。

 店内には一台のテレビがあり、テレビの横には一冊のノートとボールペンが置かれていた。

 奥では店主らしき人物が麺を湯切りしている手が見える。

 

 かなえは、券売機で醤油ラーメンのボタンを押す。一周回って結局醤油ラーメンに行きついた。味噌の次に太りにくいという点もかなり大きな要素のようだ。

 やはり、大豆が入っているかどうかは大事らしかった。

 食券を厨房のカウンターへと出した。

 食券を出すなり、顔が見えない店主からすぐに醤油ラーメンが出てきた。

 かなえは、お決まりのテレビの横の席に座った。

 

 テレビの横にある古くぼろいノート。その横にはボールペンがひとつ。

 かなえは、ノートを手に取り、すぐに開いた。

 そこには、“鋤柄直樹(仮)”からの続きの“文字”が書かれていた。

 

『人はちょっと不幸な方が幸せだ。嫌なことがあって、嫌なことがあって、ほんの一瞬幸せが訪れて、また苦しみに押し潰される。その方が幸せを噛み締められるし、生きてるって感じがする。』

 

 かなえは静かにノートの“文字”を見つめていた。

 

 

 

 かなえは、自分の未来と向き合わなければならないと思っていた。

 しかしまた、どうしたらいいかも分からなかった。

 誘われるがまま、婚活パーティーで出会った大河原とのデートに向かった。

 

 大河原さんと美術館で絵を鑑賞した。

 でもわたしには、特に絵の良さは分からなかった。

 大河原さんには、絵の趣味があるのだろうか?

 当たり障りない会話をして、特に相手に踏み込むこともなく、今日も時は過ぎる。

 大河原さんはわたしといる今をどう思っているのだろうか。

 わたしはやはり、つまんで手軽に食べられる100円の回転寿司のネタなのだろうか。

 どうせ寿司なら、やっぱり高級な回転しない寿司の方がよかった。

 

 かなえは、大河原とレストランで食事をした。

 そこは、自分一人ではまず行かないような場所だった。

 

 

 奮発されているのは、見返りを求められているからだろうか。

 そもそも大河原さんは誠実そうな振る舞いをしているが、ルール違反の人物だ。

 婚活パーティーでカップルになってないのに、また会ってほしいと言ってきた男。

 特に気になった人もいなかったから、婚活パーティー代がもったいなくて、なんとなく会ってみただけなのかもしれない。

「もっとあなたを知りたいんです」

 そう言われたけど、わたしは大河原さんのことを知りたいと思っているのだろうか?

 

 わたしは小汚い店の方が好きなのかもしれない。

 ノートがパリパリした、紙が油を吸っているような店だ。

 食事は何を食べるかより、誰と食べるかだという話を聞いたことがある。

 でもわたしは、何を食べるかが大事だと思うし、今となってはもう、どこで食べるかが全てになっている。

 今頃、鋤柄さんは『ことだま』に来ているのだろうか?

 鋤柄さんは、今、あのノートに“文字”を綴っているのだろうか?

 

 

 

 ラーメン屋『ことだま』で、“鋤柄直樹(仮)”との“文字”のやり取りは続いていた。

 

『鋤柄さんはいつも、どの席で食べていますか? わたしはテレビの横の席です』

 

『僕もです。同じですね』

 

『鋤柄さんは何ラーメンがお好きですか? わたしは醤油ラーメンです』

 

『僕は、塩ラーメンです』

 

 鋤柄さんは、塩ラーメンが好きなんだ!

 太りますよ?

 もしかして鋤柄さんは、太った人なのかしら?

 

 想像は膨らむ。

 

 

 

 オフィスで、美智子が川西とのツーショット写真を見せびらかしてきた。

 結局あの日の合コンは、後輩美智子のためだったのだろう。

 そんなことは、どうでもよく思えてきた。

 

 ひとみがブライダル雑誌をわたしに見せてくる。

 妹が先に結婚する。

 それもなんだか、どうでもよく思えてきた。

 

 良い人を好きになれる自信がなかった。

 恋はきっと落ちるもので、溺れるもので、するものではなかった。

 けどそれは、恋愛の話で、結婚とはまた少し違うのかもしれない。

 

 

 

 ラーメン屋『ことだま』で、“鋤柄直樹(仮)”との“文字”のやり取りは続いていた。

 

『鋤柄さん、最近嬉しかったことはありますか?』

 

『青信号がずっと続いたことです』

 

『鋤柄さんは、疲れた時何をしていますか?』

 

『やっぱり“ことだま”に行きますね』

 

 

 

 金曜日の夜。かなえの姿は当然『ことだま』にあった。

 

 わたしは、お金で幸せを買っているのかもしれない。

 あなたに出逢うために……

 

 かなえは醤油ラーメンを手に、お決まりのテレビの横の席に座った。

 テレビの横にある古くぼろいノート。その横にはボールペンがひとつ。

 

 鋤柄さんは、いつラーメンを食べに来ているのだろう?

 わたしは今や、毎日のようにこの店に通っているが、出逢ったことがない。

 この席に座って、このノートを開く人物を、わたしは未だ知らない。

 けど何故か、次来た時には必ず、ノートに鋤柄さんからの返事が書かれている。

 

 テレビでは、金曜ドラマ『その感情に名前をつけたなら』が始まった。

 

 ×  ×  ×

 

 改造人間シオンの隣に、恋人アルマがいる。

 

 シオン「どうだエモーション! 彼女はもう渡さないぞ!」

 

 エモーション「随分と取り返すのに時間がかかったもんだな。まぁいい、人間の生態を調べる実験はもう最終段階だ」

 

 シオン「何?」

 

 エモーション「君は嘆き悲しむがいい」

 

 アルマ「変身!」

 

 シオンの隣でアルマが突然変身し、怪人になってしまう。

 

 シオン「! これは一体どういうことだ! 貴様……アルマに何をした!」

 

 エモーション「わたしは何もしていない。何を言っている」

 

 シオン「そ、そんなわけないだろ!」

 

 エモーション「ほぅ、これが動揺という感情か。いいものを見させてもらったよ」

 

 スマートフォンを取り出し、メモをするエモーション。

 

 シオン「えい、メモるな! メモるな! アルマを返せ!」

 

 アルマ「わたしはここにいるじゃない!」

 

 シオン「俺の彼女はこんな化け物じゃない!」

 

 アルマ「! わたし、もともとこの姿なのよ?」

 

 シオン「何だって?」

 

 アルマ「結局あなたは、わたしの顔が好きだったのね!」

 

 シオンをビンタするアルマ。

 

 エモーション「シンプルにビンタ! 怪人的攻撃でなく、シンプルにビンタ!」

 

 アルマ「愛する人を救うのがヒーロー? 笑わせてくれるわ。もともと人間なのに改造しちゃうとか、マジウケる。あなたの方がよっぽど化け物よ!」

 

 シオン「こっ、この感情はなんなんだ!」

 

 シオンは膝から崩れ落ちる。

 

 エモーション「これは、今までのどの攻撃よりも効いておる」

 

 ×  ×  ×

 

 かなえはむせ返り、ラーメンを喉に詰まらせていた。

「彼女も化けもんじゃん! なんじゃこれ」

 

 かなえは、ノートを手に取り開く。

 ふと、ノートが終わりのページに近づいていることに気付く。

 

 テレビから、ナレーションが聞こえた。

 

「次回、ついに最終回!」

 

 !!!

 

 かなえは、ノートを手に取り、ボールペンを握りしめた。

 そして、“鋤柄直樹(仮)”に宛てるように“文字”を書いた。

 

『鋤柄さん、あのドラマついに来週最終回みたいですよ。よかったら、一緒に見ませんか?』

 

 かなえは覚悟を決めた顔つきで、ノートを閉じた。

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