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野球バカ異世界  作者: ブリキのギター
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第3話<ジョブの獲得>

第3話<ジョブの獲得>


ついに先週、俺は15歳の誕生日を迎えることができた。

今日、俺は町の教会でジョブを得ることができる。期待からか、とんでもなく朝早くに目が覚めた。

鉄のメイスを持って、外に出て素振りをすることにした。

「戦士、狩人、鍛冶職人」と言いながら、メイスを振り上げて真っすぐ振り下ろした。

「戦士、狩人、鍛冶職人」昨日眠る時も呟いていた言葉だ。

”ガチャ ”とエリーの家のドアが開くとエリーが眠そうな顔で出てきた。井戸で顔を洗うみたいだ。


「キースおはよう、今日は緊張するね」エリーと俺は同じ歳で誕生日も近い、今日は俺と一緒に教会でジョブを得る予定だ。

「エリーはどんなジョブが良いんだ?」

「ウーン、なんでも良いかな、悪いジョブでなければ良いな」とエリーは欲がないのか。

「エリーの得意なことって、料理、裁縫、農耕、笛の演奏かな」と俺、

「おまえのジョブは”笛吹”だ、とか言われたらどうしよう。フフフ」と笑う、

「”笛吹”とか言うジョブあるのか?」

「”釣り人”とかも有るみたいだし、もしかして有るかもね」とエリー


馬車に乗り込み、クリフさんに教会前まで連れてきてもらえた。

「キース、なんか私、緊張してきたわ」とエリー、

「まあ、成るようにしかならないだろ」そう答えながらも、足がフワフワ浮いているような感覚がした。

教会の中では、ジョブを得るための列ができていたので、エリーと2人で最後尾に列ぶ。


「君のジョブは料理人だ、おめでとう」と前に列んだ人の結果が聞こえてきた。

「やっぱり料理人かよ」とつぶやく青年はすこし笑っていた。期待した通りなんだろう。

ついに俺の番だ、

「よろしくお願いします」と俺、ジョブを得る水晶に触れる、神官が短い言葉を詠唱した。


「君のジョブは、えーっと、”ベースボールプレイヤー”だな。おそらくレアジョブだろう、詳細ははステータスオープンと言って自分で確認してくれ、それじゃ次の人」

「は、はあ」と俺、もちろんおれはこの意味がすぐに分かった。

つまり野球をする人と言う意味だ。小学校3年生から野球クラブに入り、高校3年の春に肩を壊すまで続けた野球というスポーツは俺の体にしみついており、考える思考も野球がベースになっている。野球だけにべースだな。


おれは列から離れ、エリーの結果を待つことにした。

「君のジョブは吟遊詩人だな。おめでとう」と神官、

「はあ、吟遊詩人ですね」とエリー、なんか微妙な顔をしている。

エリーが俺の方に歩いてきた。

「エリーは吟遊詩人かあ、なんかメルヘンチックでエリーに似合ってるなあ」と俺、

吟遊詩人は悪くないジョブだ。支援系の魔法使いだが、歌や演奏をする必要がある。少し扱いが面倒な魔法使い的な能力のはずだ。

「キースのジョブはベースボールなんとかって、一体何?」とエリー、

「戦闘系のジョブだと思う、冒険者向きだろうね。打撃武器と投擲武器の能力が得られたみたいだよ」と俺、

「へー、キースは冒険者向きのジョブかあ、農園でモンスは出るしキースが近くにいてくれれば私達も心強いわね。おめでとう」とエリー、

「ステータスオープン」と言うとステータスが確認できた。エリーとお互いのステータスを見せ合う。

フムフム、奴隷紋というのは呪いの魔術のようだ。

俺は少し興奮しているみたいだ。

”あやしいダンス”って何のアビリティだ。中学校のころ、地区大会決勝で逆転サヨナラホームランを打った時、ホームベースの上で変なダンスを踊り、監督に怒られたことを思い出した。あのとき監督も笑ってたじゃねえかよ。

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ステータス 名前:キース 種族:ヒューム 性別:男 年齢:15歳

レベル:1

ジョブ:ベースボールプレイヤー

状態:奴隷紋の呪術、興奮状態(小)

成長ポイント:20

【体力:7】【魔力:4】【腕力:7】【器用:6】【速さ:7】【知覚:4】

ジョブアビリティ:【速球:1】【回復球:1】【あやしいダンス:1】【妖精ギブス:1】

      【土魔法(マッドボール:1)(マッドウォール:1)(ダストホール:1)】

スキル:【生活魔法(ファイヤー:1)(ウォーター:1)】【投擲:3】【鈍器:1】【鍛冶:1】【農作業:3】【料理:2】【腕力強化:1】【身体強化:1】【精神強化:1】

装備:【ポケットナイフ:C】【棍棒:C】【奴隷の服:C】【革の靴:C】【布のリュック:B】

@---------------------------------------------------------------------------

ステータス 名前:エリー 種族:ヒューム 性別:女 年齢:15歳

レベル:1

ジョブ:吟遊詩人

状態:奴隷紋の呪術

成長ポイント:20

【体力:4】【魔力:3】【腕力:3】【器用:7】【速さ:7】【知覚:7】

ジョブアビリティ:【戦いの歌:1】【回復の歌:1】【眠りの歌:1】

スキル:【生活魔法(ファイヤー:1)(ウォーター:1)(クリーン:1)】【裁縫:3】

【農作業:3】【料理:2】【弓:1】【リュート:1】【腕力強化:1】【身体強化:1】

【精神強化:1】

装備:【奴隷の服:C】【革の靴:C】【布のバッグ:B】

@---------------------------------------------------------------------------


教会で感謝のお祈りを済ませ、クリフさんの待つ馬車に戻ってきた。

「2人とも、無事にジョブは授かったのか?」とクリフさん、

「俺が戦闘系のレアジョブで、エリーは吟遊詩人でした」

「ほう、それは良かった。吟遊詩人の楽器は何だ?」

「リュートです」とエリー、

「リュートかあ、一般的な楽器で良かったな。時々わけの分からん楽器もあるらしい」

でも楽器は全般的に値段が高い、入手することは出来るのだろうか?

「もう昼だし、昼飯食べてから古道具屋を覗いてみるか?」とクリフさん

「俺、集めてた魔石を持ってきました。売れるんですよね」と俺、

「魔石があるのか、後で冒険者ギルドで換金しよう。その金で2人の装備が買えると良いな」

酒場のような場所でお昼ご飯を食べ終えた。もちろんクリフさんのおごりだった。

「それじゃ、冒険者ギルドに行こう」とクリフさん、

冒険者ギルドに初めて入る。クリフさんは買い取り窓口で俺から受け取った魔石の買い取りを依頼し、自分の冒険者カードを提示した。クリフさんの冒険者カードは金色に見えた。それを見た受付嬢が驚いている。金色はたしか高ランクだった気がするぞ。

ギルドでの買い取り額は金貨5枚だった。ゴブリンの魔石が50個以上は有ったはずだ、大小あったが1個あたり銀貨1枚なのか。


「金貨5枚だ、それじゃ古道具屋に行こう」とクリフさんから金貨を受け取る。

店の外まで物があふれている古道具屋に入るとカビ臭い匂いがした。日当たりも悪くなんか薄暗い。

「すまん、リュートはあるか?」カウンターでクリフさんが店員に確認すると、奥の方からケースに入った3つのリュートを取り出してきた。

クリフさんが状態を見ている。

「エリー、これなんか良さそうだぞ」と小型のリュートを指さした。3つのうちで一番綺麗でまともな物に見える。

「これ幾らですか?」とエリー、

「金貨3枚です」と店員、エリーが俺を見てきた。

「さっきのお金で買おう、必要な物だ」と俺、リュートは無事入手することができた。

「キースはなにか必要な物があるのか?」

「革の防具と、メイスを入れる袋が欲しいです」と俺、

「じゃあ防具屋だな、袋は雑貨屋で買えるだろう」

防具屋で革の手袋・チョッキ・帽子を購入し、雑貨屋でメイスを入れて背中に背負えるような袋を買おうとしたところ、

「キース、丈夫な布と糸があればこれと同じ袋が簡単に作れるよ。余った布で丈夫なズボンも作れるし」とエリー。それは節約上手だ。エリーは良いお嫁さんになれるぞ。

「それじゃあ丈夫な布と糸を買おうか」帆布のようなぶ厚い布がよさそうだ。

すこし多めに買うことにする。残りのお金で、砂糖や塩、小麦粉などを買うと残りのお金はわずかとなった。

今日は良い買い物できた気がする。

「用事は済んだな、じゃあ帰ろうか」とクリフさん、馬車に乗り込んだ。

「キース、リュートありがとう」とエリー、

「ああ、問題ない、メイスのケースとズボンは頼んだぞ」

「まかせといてよ、フフフ」とエリー、

「エリーが使う弓はゲルガーさんに作ってもらうと良いよ、俺も手伝う」

「お父さんって弓を作れるのかしら」

「作れるよ、作っている所を見たことがある。矢を作るのが結構面倒なんだ」と俺、鋳型でヤジリを作り、真っ直ぐに木の棒を加工して取り付け、鶏小屋で羽根を集めて取り付けたことを思い出した。

「リュートも弓も練習しなくちゃね」とエリー、

「俺も、よくわからんアビリティを試さないとな」


農園に着くと、クリフさんに納屋でステータスを見せるように言われた。

「ステータスオープン」と言って、半透明の石版を表示させクリフさんに見せる。

「ほう、初めて見るジョブだ。まちがいなくレアジョブだぞ。ジョブアビリティが多いジョブは上級職に昇級できる可能性がある。頑張ってレベルを上げればさらに強く成長できるぞ」クリフさん、そう言いながら紙にステータスを写した。

「それ、どうするんですか?」と俺、

「主人に見せる必要がある。その後で公爵様もご覧になるだろう、お前の兄貴のようにチャンスがあると良いな」とクリフさん、

主人の知り合いの冒険者に奴隷として売られたガイル兄さんの顔が浮かんだ。ガイル兄さんは元気にしているのだろうか。

「俺、この農園でこれからも働きたいんですけど」と俺、

「キース、バカなこと言うな。一生奴隷のままここでくたばるのか?お前にとっての明るい未来はないぞ」とクリフさん。

「でも、なんか不安です」と俺、

「お前はまだ若い、外の世界を見てくるのも悪くないぞ」とクリフさん、

「チャンスはありますか?」

「確実にある。それを生かせるのはお前次第だ。最悪ダメだった時は、農園にもどれるように交渉してみよう、約束は出来ないがな」

今日初めて見た冒険者ギルドや防具屋、あのワクワクする感じ、それに逆らえないであろう自分の気持ちとよく分からない不安を感じた。

胸が苦しくなってきた。思いっきり息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。

「分かりました、冒険者として外にでるチャンスがあるなら頑張ります」

「そうか、良かったよ。やる気も無いのにムリにすすめて上手くいく話では無いしな」

とクリフさんが嬉しそうに笑いながら首を縦に揺らした。


「それじゃ明日から本格的に冒険者の訓練をしようか、周辺のモンスも増えているみたいだし、適当に間引かないと農園や街道を通る人に被害が出るしな」

「冒険者の訓練ですか、よろしくお願いします」


翌日、主人から両親と一緒に呼び出された。

主人が住む母屋に農奴はめったに入れない。

屋敷の中では働いている奴隷のメイド達は俺達と何となく毛色が違って見える。

両親も俺もガチガチに緊張してきた。

「キースが、冒険者向きの優秀なジョブを得られたことは聞いたろう。実は公爵様からキースが優れたジョブを得た場合は、公爵家の使用人として雇いたいと頼まれていてな。正直、俺の立場では断れん。長男のガイルに引き続き、次男まで外に出すことになるのは申し訳ないとは思う、まあ本人も希望していることだしキースにとってはチャンスだ。許せ」

「は、はい。そんな私達は反対などいたしません。ありがとうございます」と父、冷や汗をかきながら答えた。母はずっと下を向いていた。

「ではそういうことで進めるぞ。公爵が迎えに来るのは収穫が終わった秋だ、それまでキースは、一番奴隷のクリフの下で冒険者の訓練を受けてもらう。話は以上だ」と主人、

「はあ、疲れた。頼むって言われても俺達には断ることなんかできやしないのにな」と父、

「子供が二人とも冒険者向きのジョブなんて、私達は二人とも農民ジョブなのに、ほんと不思議ねえ」と母、

「キース、ガンバレよ、でもムリだと思ったら帰ってきな」と父、

「そうよ、キースは私達の子供なんだからね」と母、

「ああ、やってみるよ」

夕食をいつものように食べる。明日は休日だ。この農園には奴隷にも交代で休日を取らせてくれる。明日は、アビリティの研究だな。一通りアビリティを試し、どう使うものなのか確認してみよう。


朝飯を食べ、走って森の入り口までやってきた。

早速アビリティを試してみる。

「ステータスオープン」と唱え、半透明の石版を表示させる。こりゃ本当に前世で見たテレビゲームだな。紙と羽根ペンを取り出してアビリティをメモする。

ステータスをジックリみていたら、なぜかそのアビリティの基本的な使い方が分かってきた。なるほどねえ、これが神様から頂く恩恵ってやつなのか。

スキルは常時効いているから研究しなくても良いだろう。アビリティは一通り試しておく必要がある。

速球、回復球、あやしいダンス、妖精ギブス、

土魔法「マッドボール、マッドウォール、ダストホール」

だ、順番に試してみる。

速球:投げるモーションに入る前に心の中で唱えると、平常時の5割増し程度のスピードで投擲できた。

回復球:心の中で唱えると、回復効果のある白い球が生まれる、投げつけることで怪我や体力の回復が可能みたいだ。自分自身、仲間、モンスターにも使用可能のようだ。聖属性のため、アンデッドにはダメージをあたえることができるみたいだ。

あやしいダンス:あやしいダンスを踊ることで、対象から魔力を吸収できるが、対象のヘイトを得ることになり、攻撃が自分自身に向くようだ。


「キース、一人でなに変な踊りおどっているの?」とエリー、

「ワッ」ビクッとなった。

どうやら、エリーに”あやしいダンス”を見られたようだ。

「あ、あやしいダンスの研究をだな、そのアビリティを試して」と俺、恥ずかしくて挙動が怪しくなった。

「フーン、アビリティの研究かあ。見ていても良い?」とエリー、

「ああ、好きにしろ」


続いて、魔法だ、生活魔法ならファイヤーとウォーターをすでに覚えて使っている。

クリーンはまだうまくできない。そのうち覚えるだろう。なので魔法のつかい方ならなんとなく分かる。

「マッドボール」と唱えると、右手にモコモコっと粘土でできたボールができた。

”飛んでけー”と何度も念じたが全く動く気配が無い。ステータスで確認して見る。

マッドボール:利き手に粘土で出来たボールを生み出すことが可能、形状や硬さはある程度変化させることが可能。”飛びません”。


「飛ばないのか!!」と思わず口に出た。ファイヤーボールとは違う性質のようだ。

野球ボールより少し小さめで、なるべく堅く変化させ。木の幹に向かって投げつけた。

石のようなマッドボールは木の幹に軽くめり込んでから砕け散った。

「おお、中々の威力だ。石を探さなくて良いし、投擲のスキルとの相性が良い」

「マッドボール」と唱える、円盤の形や、ナイフのような形、ボールの中を空洞にしたり、表面はカチカチだけどで中は半熟みたいにも変化出来た。応用の範囲が広いな。

大きさの範囲がピンポン球からソフトボールの大きさぐらいまでと言う範囲はあるが形状や硬さはある程度まで自由に作れる事が確認できた。

これは使えるアビリティだな。

「マッドウォール」と唱えると、畳一枚分くらいの土の壁ができた。軽く足で蹴飛ばしたくらいではビクともしない土壁だ。

これは防御系の魔法だな。”消えろ”と念じると消えた。

「ダストホール」と唱えると、ゴミを捨てるくらいの穴、人が一人しゃがんで入れるくらいの穴が空いた。解体したモンスを埋めたりとか、生ゴミを捨てたりするのに丁度よい大きさで便利そうだ。落とし穴としても使えるな。10mぐらい先にもターゲットできて穴を空けることができた。

”埋まれ”と念じると穴が埋まった。

「これは面白い」

「キース、もう一度、”あやしいダンス”踊ってよ」とエリー、黙々とアビリティを研究している俺の姿を見て退屈そうだ。

「いやあれはもういい、俺の必殺技だからさあ」と俺、

「あの変な踊りがキースの必殺技なの?キース、ヤバくない、ハハハ」とエリー、


最後に”妖精ギブス”を試してみる。

<装着しますか?YES・NO>と言う表示が出た。YESを指でクリックする。

「うおっ」クリックした瞬間に、見えないなにかが覆い被さってきた。重力なのか腕、肩、腰、足など全身に負荷がかかる。その状態で、

「マッドボール」で右手に泥のボールを生み出し、木の幹に向かって投擲してみる。

ヒョロヒョロの球が飛んで行く。”妖精ギブス!!”<脱着しますか?YES・NO>と言う表示が出た。YESをクリック、全身が軽くなった。

「ふーっ」どうやら、大リーガーも養成できるギブスのようだ。

これは高負荷トレーニングができるアビリティだな。

速球のアビリティを使ったとしても、ベースとなる球速からの5割増しのスピードになるわけだから、トレーニングしてベースを引き上げれば、さらに球速を上げることが出来る。

アビリティなしで150kmで投げれるとしたら、"速球"のアビリティを使うと200km以上のスピードだ。

 ボールの質量が同じ場合、威力は速度に比例する。つまり投擲で攻撃力を上げたければ、トレーニングしろということだな。


「キースさあ、農園から出て行くって本当なの」とエリー、どうやら噂が耳に入ったようだ。

「ああ、公爵様の所で働くことになった」

「私と結婚してくれる約束はどうなるのよ!!」とエリー、そんな約束しただろうか。5歳くらいの時、オママゴト遊び中に、無理矢理に約束させられた気がする。

「あれは、子供の時の話じゃないか」と俺、

「フン、まあいいわ。その代わり、冒険者で大儲けしたら私を迎えに来てよね」とエリー、

「ああ、約束するよ。大儲けしたら主人から買い取って奴隷から解放してやる」と俺、

「頼んだわよ、忘れないでよね。私のこと」とエリー、いきなり近づいて俺を抱きしめると勢いよくキスしてきた。お互いの前歯が”カチリ”と音を立てた。

エリーは、バッと俺から離れると、うつむきながら自分の家の方に走っていった。

俺はなんだか悪者になった気がした。小さい頃に交わした約束を破り、一人で農園を出て行く裏切り者の気分だ。


今日は未だ始まったばかりだ、グズグズしてもしょうが無い、気を引き締めよう。

「よーし、訓練だ」俺はそう言うと。魔法でマッドウォールを作り出し、そこに尖った石でゴブリンの絵を描いた、我ながら上手に描けたな。

いくら球速が速くても、モンスに当たらなければ意味が無い。

しかもモンスの急所に当てないと与えるダメージも期待できない。

右手にマッドボールを作り出し、連続してゴブリンの絵に投げつけた。

左手だけでメイスを振る訓練もしておく。右手でマッドボールを投擲して、左手で持ったメイスでモンスを殴るイメージだ、バランスが崩れてなかなか上手くできない。

でもまだ一日目だ、手応えはある。

訓練の効率を上げるため”妖精ギブス”を使ってみる。

泥のプールで動くように全身に負荷がかかる。その状態で先ほどの動きをトレースして見る。

「き、キツイなこれ、でも筋肉に効くぜ!!」高負荷トレーニングはやり方さえ誤らなければ、安全かつ短時間で効率的なトレーニングを可能にする。これなら毎日夕食前とかに家の裏でもできそうだ。怪我をしない程度に筋肉を徹底的にいじめて、沢山喰って、ぐっすり寝ろう、体もデカくなりたい。

「俺は、やってやるぜ。冒険者でのし上がってやる。そして冒険王を目指す!!」なんてね。


メイスを地面に転がす。”速球”マッドボールを右手に出し、大きく振りかぶって、ゆっくりテイクバック、ムチのように腕をしならせ、マッドボールを手首で強くリリースした。

ゴブリンの絵に向かって真っ直ぐ飛んで行く。しかし、壁の少し手前でポップし、ゴブリンの頭から外れた。

「ボールの速度を上げるとポップするな、なんで浮き上がるんだろう」

俺はもう一度マッドボールを作り出して、それをよく見てみる。表面がつるりと滑らかだ。

たしか、前世でピンポン球を投げた時も同じようにポップしたぞ。

 軟式野球の球には表面にゴルフボールのようなボコボコしたくぼみがあった。なんか理由がありそうだ。

マッドボールの表面を変化させてみよう。

数回作り直すことでようやく野球ボールのように、表面をボコボコさせたボールを作ることが出来た。

「こいつはいいな、指の掛かりもいい」と、もう一度振りかぶって全力で投げてみる。風を切るような”シューッ”と音を立て真っ直ぐ飛んで行く、ボール自体も早く回転しているように見えた。ドガッと音がして、ゴブリンの絵の頭部分に的中した。

「ほう、なるほどねえ」、投球フォームだけではなく、ボールも工夫しないと上手くいかないようだ。

続いて半熟マッドボールを投げてみる。表面はカチカチで中身は柔らかいマッドボールだ。

半熟マッドボールは、壁にブチ当たると砕け散らずにビタッとへばりついた。

「前世で玩具のスライムをガラスに投げつけたときみたいだな」これもアリだな、ゴブリンの顔に投げつけると眼や鼻、口も塞いで動けなくできそうだ。さびた剣を放り出して、ネバネバした泥を顔から剥がそうとするゴブリンが目に浮んだ。


次は、中空マッドボールだ。ボールの中身を中空にした物を作ってみた。指でほじって穴をあけると、小石や砂をボールの中に詰め、壁に投げつけてみる。

”グシャ”と言う音と同時に弾け、中の砂が舞い上がった。

「これも使えそうだ」唐辛子の粉末を詰めれば効果てきめんの目潰しになるだろう。

瓶に入ったランタンの油を入れて泥でフタをしても大丈夫そうだ。

でも、火が付かないなあ。ゴブリンがヌルヌルの油まみれになる”ゴブラ谷さん”状態を想像した。

「あっ、もしかして」

中空マッドボールをもう一度作る。そして生活魔法のファイヤーを中に込める。

生活魔法のファイヤーは着火する時ぐらいにしか使用できない魔法だが、空中に1分ほどとどまらせることができた。

中空マッドボールが少し暖かく感じた、持てなくなる前に壁に投げつける。壁に当たって弾ける際に”ボフッ”と一瞬だが火が見えた。

中空マッドボール・イン油を投げつけ、その後に中空マッドボール・インファィヤーをなげつける。火だるまになるゴブリンがイメージできた。

ボールではなく先端を尖らせた杭のような形状の物をイメージする。

「これはボールと言うよりも手裏剣だな」投げナイフのように投擲してみるが、スピードも出ず、壁に刺さることもなく弾かれた。これは難しい、なんらかの技術が必要だ。

「でも、いろんなボールでのコンビネーションもアリだな」と俺、

正直、俺の投擲やメイスでの打撃は、剣での鋭い斬撃や、攻撃魔法の威力に比べるとたいしたことは無いだろう。可能なかぎり工夫して戦わないと冒険者仲間の足をひっぱることになるだろう、役立たずは出ていけと言われるかもしれない。


もっと訓練が必要だ、まだまだ工夫が足りていない。未だなにかできるはずだ。

”あやしいダンス”アビリティを起動してみる。

我ながら怪しすぎる。とその時、

「キース、やってるな」と後ろからクリフさんに声をかけられた。

「うわっ」一番みられたくない人に見られたかもしれない。

「チッチッチ、キースのあやしいダンスは未だまだ甘いな」とクリフさん。

「しょうがない、”道化師”ジョブ歴35年の、究極のあやしいダンスを見せてやるかあ」とクリフさん、

クリフさんはそう言うと、いきなり踊り出した。

蝶のように舞ったかと思うと、暴れるサルのような激しい動きをしたり、全身をフニャフニャさせながら腕と足を交差させたり回したりといった奇妙で、かつ、人外的な動きのダンスを踊った。

笑うことを通り越して感心してしまうレベルだ。

思わず見とれてしまう。とその時、俺の膝から急に力が抜け、立っていられなくなって地面に手をついた。頭痛がしてきた。

頭が重い。

「どっ、どうしたんだ俺、力抜けて立っていられない」

「ハハハ、俺のあやしいダンスの威力はどうだ、キースの魔力をすっかり奪ってやったぞ」とクリフさん、

「クッソー」なんかすっごくクリフさんが憎たらしく思えた。

「俺のことが憎いか?ハハハ、それがあやしいダンスの二つめの効果”ヘイト”だ。悔しかったらあやしいダンスを俺に使ってみるんだな、フフフ」とクリフさん、どうやらいきなり訓練は始まったようだ。


「よーし、あやしいダンス返しだ!!」俺は、自分なりに工夫したできる限りの怪しいダンスをクリフさんに放つ。

「おっ、キタ来た。俺の魔力がグングンとキースに吸い取られているぜ。だが、若いヤツにはまだ負けないぞ。あやしいダンス返し返しだ!!」とクリフさん、

俺とクリフさんは2人で向かい合って”怪しいダンス”を踊るという、他人には絶対に見られたくない状況となった。

もし第三者に見られたら100%キモいと思われるアビリティどおしの掛け合いをしているのだ。ある意味ダンスバトルである。ちなみに音楽は無い。

無音の中でのダンスバトルである。

「ウォーッ、キースの魔力がオレに、そして俺の魔力がキースに流れこんでいるぜ。これは始めての体験だあ!!」とクリフさん、

キモいこと言わないでくれ。俺はBLに興味はないぞ。

「キース、頑張って」マッドウォールの陰から、ひっそりと覗きながら、応援をするエリーに気づいたのは、踊り疲れて、地面に寝転んだその時だった。

「あっエリー、いつの間に戻って来てたの?」と俺。

「見ちゃった」とエリー、

その日はなかなか眠ることが出来なかった。枕も濡らしたかもしれない。


「キース、今日から本格的に訓練を行うぞ」とクリフさん、紙と羽根ペンを渡してきた。

「コレなんです?」と俺、

「動きっぱなしの訓練は効率が悪い、体力もつかいつつ知識も教えるからメモを取るように!」

「メモですか、分かりました」

「まず、俺達は奴隷である。ゆえにご主人様がご機嫌よく冒険してもらうのが一番の優先事項である。だから、ご主人様を不愉快にしてはならない、分かるな」とクリフさん、

「なるほど、その通りです」

「ラストアタックはご主人様に決めてもらうのが一番だし、体力が減っていたらポーション、魔力が減っていたら魔力ポーションをスッと差し出さねばならん」

「ですよね」

「あと、ご主人様がうまくモンスを倒した時は”ナイスキルです”とか”さすがです”、”ご主人様に命を救われました”とか、失敗した時は”全然大丈夫です”とか”あの動きは読めませんよね”とかの声がけも大切だな」

「はあ、そんなことまで必要ですか」なんだか、前世でラーメン屋を始める前に働いていた会社で、先輩から接待ゴルフを教えてもらった時のことを思い出した。

「魔石はすぐに回収し、布で綺麗に拭いてから”どうぞ”と言って渡す事も重要だな」

「はい」これもまさに、接待ゴルフでカップインしたボールを拾った時のようだ。

「遠隔攻撃を使うご主人様の場合だが、魔獣との距離を教えることも重要だな。その時はあと”15メートルです”とか言って教える」

「なるほど」まさに接待ゴルフだ。

貴族同伴のモンス狩りは接待のようだ。

貴族達は仕事だが、半ば遊びみたいな感覚なんだろう。大金持ちの猛獣ハンティングのような物なのかもしれない、そこで俺たち奴隷は、ハンティングガイドとして上手く立ち回らなければならないと言うことだろう。さすが冒険者に長く使えたベテラン奴隷だけのことはある。


「奴隷の心構えはこれくらいにして、次は武器を使った模擬訓練をしようか」とクリフさん、木の棒に皮を巻き付けた竹刀のような物を手渡してきた。

「この木剣で打ち合おう、基本は寸止めだ。怪我したくないしな、ハハハ」

「そうですね。よろしくお願いします」メイスでも剣でも武器で打ち合うことは同じだろう。

「まずは適当に木剣を振ってみろ」

俺は木剣を振り上げると普段戦っている時のように、何度か木剣を振り下ろした。

「基本、グリップする時、左右の握りの間隔は開けろ、コンパクトな振りや小回りが効かなくなる。特に防御の時に先端がコントロールできない。相手が弱って止めを刺す時や、助走をつけた必殺の一撃を繰り出す時はグリップの間隔を狭めグリップエンドを持っても良い」

「はい、やってみます」たしかに、握りの間隔を空けた方が、剣先をコントロールしやすく、連続して剣を振り回すことができた。なるほどねえ。

「実際に足を止めて、攻撃をすることはほとんど無い、少し動き回って剣を振ってみてくれ」

「こうですか」俺は、前後左右に動き周りながら、何度か剣を振り下ろした。

「まあまあだな、フットワークは重要だぞ、実際の戦闘で地面は平坦では無いし、いつも同じ事ができる訳では無い。環境を把握し、歩幅を変化させことで、効果的に攻撃が可能になる、やって見せよう」とクリフさん、俺に手本を見せる。

「冒険者としてやっていく場合、相手が人間の場合もある。モンスのように直線的な攻撃だとは限らないぞ、フェイントや投擲もしてくる、魔法だって使ってくる。攻撃を受け流してばかりはいられない、かわすことも必要だ」サササ、グイッとかわす動作をするクリフさん、なんだかゴキブリのような素早さだ。

「クリフさん、凄いです」と俺、感心してしまう。

「次は軽く打ち合ってみよう。まずは、キースは防御だけしてくれ、俺が攻撃するから受け流す、払う(パリィ)、かわす、かして俺の攻撃をふせぐんだ。怪我しないように、少しゆっくりやるぞ」

「どうぞ」と俺、木剣を構えて、何度がクリフさんの攻撃をブロックし躱した。

「なかなかじゃないか、少し速くするぞ」

「うあ、ムリムリです」と俺、

「まあ、始めはこんなもんだろう。これは剣術の基本だが、攻撃は考えても良いが、防御は考えていては間に合わない、頭で考えなくても反応できるように成らないとダメだぞ」

なるほど、そりゃそうだ。手加減した剣撃すら防御できなかった。考えて手を動かす前に切られていることだろう。

それから、二ヶ月ほど、クリフさんからは武術の稽古や、冒険者の知識、冒険者登録までしたもらった。エリーの父親であるゲルガーさんからは、装備のメンテナンス方法や乗馬、馬車の操作、薬草の採取方法なんかを教わることができた。そのおかげで俺はレベル3まで成長することができた。


収穫が終わって、枯れた野菜のつるなんかを一カ所に集め、石を集めて釜を作り、出荷できないイモを入れ砂利をかぶせた。

「”ファイヤー”」と生活魔法で火を着ける。石焼き芋だな。

「じゃがバターたのしみね」とエリー、とその時。

母さんが畑に走ってやってきた。

「キース、公爵様のお迎えが来たわよ、準備して」

「えっ、でも俺いま芋を」

「芋食べている時間なんか無いわよ急いで」と母、

「わかった」

「キース!!」とエリー、悲しそうな顔をした。それもそうだ。今まで、この農園から出て行った奴隷の顔を二度と見ることはなかった。噂すら聞くこともほぼ無いのだ。

「エリー、俺は行くよ。元気でな、じゃあ」と背を向けた。

「うん、キースも元気でね」”バッ”エリーが後ろから、急に抱きついて来た。

俺の薄いシャツの背中に、エリーの暖かい涙を感じる。

「これ、わたしが作ったお守りなの、受け取って」とエリー、数珠のようなブレスレッドだ。

「ありがとう。大切にするよ」と俺、もっと気の利いた言葉があるだろうに!頭の悪さを嘆く。

「じゃあ、行くよ」とエリーに言う。エリーはコクリとうなずいた。


家に戻り、荷物を持ってから農園の入り口に向かう、白い幌がついた冒険者用の馬車が止まっているのが見えた。

身体が大きく頑丈そうな中年の女性が立っている。

「お前か、アタイの下で働くヤツは」と女、

「公爵様に雇っていただけることになった奴隷のキースです。よろしくお願いします」と女性に頭を下げた。

「アタイは、公爵様にモンスター・キーパーとして雇われている、ジルさ」とジルさん、

「モンスター・キーパー?ですか」と俺、

「モンス狩り関連の仕事を任されている者のことだ」とジルさん。

「そうでしたか、始めて聞く言葉でしたので」

「別れは済んだか?、それじゃあ行くぞ」とジルさん、

「大丈夫です。御者をやりましょうか?」と俺、御者とは馬を操り馬車を運転する者のことだ。

「ほう、御者ができるのか、それは便利だな頼んだぞ」とジルさん。

「それじゃ、父さん、母さん、エリー、行ってくる」と最後のお別れの言葉だ。

「キース、元気でな」と父さん、母さんは泣いていた。後ろでエリーも泣いている。

御者の椅子に座り、手綱を持つ。

「フー」ゴクリと生唾をのみ込んだ。袖で涙を拭うと、片手を上げ、そのまま振り返らずに馬車を進めた。

振り返って自分の涙を見られるのが嫌だったんだ。

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