教え子と弟子の差②
「……………」
マオは意識が覚めると頭を撫でられている感触にくすぐったい気持ちになる。
そして目を開くと何かに目隠しされているのか目の前が見えない。
「何だこれ」
「ひゃっ!?」
そしてそれをどけようと触れるとキリカの悲鳴が聞こえた。
「?」
「マオ?」
少しだけ顔を逸して何に触ったのか確認する。
そこには少しだけ顔を赤くして怒ったような表情のキリカがいた。
更にその表情と感触、そして目の前にいることか自分が何を触れたのか理解するマオ。
すぐに離れて謝罪する。
「悪い」
「………別にいいわよ。わざとじゃないし」
キリカはわざとじゃないし、今更だとマオを許す。
そのことに感謝しながらマオは視線を外に向ける。
今は何時なのか確認したいからだ。
「って暗っ!?」
そうして窓から外を確認するが、既に外は暗くなっている。
どうやら一日を睡眠に使ってしまったのだと理解し、マオは落ち込む。
色々と確かめたいことがあったのに残念だと。
「とりあえず明日か……」
明日という言葉にキリカは目を鋭くさせる。
シュナにセクハラするつもりなんじゃいかと警戒をする。
「シュナに会うつもりかしら?」
「そう。結構な間会うことはなかったし実力を確認したい」
「あとセクハラも?」
「はぁ?」
キリカのセクハラの確認に何を言っているんだと冷めた視線を向けるマオ。
それとも自分がそんなに立場を縦にして迫るド変態で卑怯者に見えるのか疑問に思う。
「あぁ、する気はないのね?安心した………」
ホッと一息を吐くキリカに何でそんなに心配しているのが理由がわからず、つい首を傾げてしまうマオ。
そんなに心配ならキリカも一緒に来れば良いと考えてしまう。
そしてキリカも安堵していた。
朝の発言は単純に寝不足だからこそ出てきた発言だったのだと。
理性が戻ればセクハラをするつもりはないらしい。
「それならキリカも一緒に来るか?」
「行くわ」
そして確認をするが即答されてしまった。
どれだけ不安なんだと、思わず呆れてしまうマオ。
どうせだからキリカも一緒に鍛えようと考える。
「それじゃあ明日ギルドに向かって………、それまで何をしよう」
明日の予定を考えてマオはため息を吐く。
先程まで寝ていたせいで、今は目が冴えて全く眠くない。
そして明日まではまだまだ時間もある。
「それまでって………。目を閉じていれば眠るでしょうから頑張ったら?」
キリカの言葉にそうなると良いなとマオは思う。
だが、どちらにしても起きたばかりだから今は全く眠くなかった。
「やっぱり、あまり眠れなかったな」
キリカの言葉に頷いて、とりあえず目をつぶってベッドの中に入ったがあまり眠ることはできなかった。
温かいミルクを飲んでからキリカを抱き枕にしても一、二時間ほどで起きてしまった。
「まぁ、良いや」
抱き枕にしたキリカを起こさないように気をつけてマオは起き上がる。
どうせ暇なのだからと外に出て体を動かそうと決める。
「さて何をするかな?」
体を動かすにしても色々とある。
基礎の技を訓練するか、それともランニングをして基本体力の鍛えるか。
色々とある。
「………基本の技を訓練するか」
少しだけ悩んでからマオは基本の技を訓練することに決める。
実戦よりは劣るが、基本の技を鍛えたほうが単純な戦闘能力が上がりそうだと考えたからだった。
「出る前に色々と準備もしないとな」
そして外に出る前にマオは色々な準備を始める。
家に戻ったら直ぐに汗を流せるようにシャワーの準備をし、そして温めたらすぐに食べれるように朝食の準備もする。
時間は余っているのだから、色々と準備をし終わっても余裕だ。
「ついでに弁当も作るか」
当然だが自分の分だけでなくキリカの分も一緒に作る。
食べて美味しいと言って貰えることを期待して作った。
「はぁ……。はぁ………。はぁ………」
マオが基本の技を繰り返し訓練している途中、日が昇ってから少しすると荒い息遣いが聞こえてくる。
少しづつ近づいてくるそれに誰かがランニングをしているのだと察して、マオはその誰かは頑張っているんだなと感心を覚える。
「げほっ。はぁ………はぁ……。マオさんが戻ってきたときに少しでも成長した姿を見せないと。そうでなきゃ折角の二人の絡み合いが近くで見れるチャンスなのにその機会もなくなってしまいます」
「二人の絡み合いって……。誰と誰のことだ?」
自分の名前が呼ばれた気がして近づくと、走っていた誰かは弟子にしたシュナだった。
話の内容はよく理解できなかったが、弟子になっても自分がいない間は自ら訓練している姿は好感が持てる。
「ひぇっ!?…………あ」
そしてシュナはマオが突然、目の前に現れたことに悲鳴を上げて跳ね上がる。
そのせいでバランスを崩し浮遊感を味わいシュナは次に来る衝撃に備えて目を閉じてしまう。
「あれ?」
だが、いくら待っても衝撃は来ない。
そのことに疑問を持ち目を開けると、そこには自分を抱きかかえるマオがいた。
「〜〜〜〜〜〜!!!」
マオに抱きかかえられていることを自覚したシュナは顔を赤くして声にならない悲鳴を上げてしまう。
そして自分のキャパをオーバーし、シュナは意識を失った。
「えぇ……?」
「はぁ………」
困惑したマオは気絶をしたシュナを連れて自分の家に戻ることに決める。
急に倒れたから看病をするべきだろうと考えたし、その理由の一つに脱水症状かなと考える。
それも肩に背負ったシュナが汗でひどく濡れているからだ。
このままだと風も引いてしまうだろうと予想できてしまう。
「街でランニングせずに技の訓練をすることにして正解だったな」
もしランニングをしていたら、自分の動き回っているためにシュナが倒れているところを見つけることはできなかっただろう。
そう考えると運が良かったとしか思えない。
「この調子だと、もしかしたら今日も確かめることは無理か………?」
昨日は無理で、今日もこの調子だと無理だろう。
そうなると2日連続で無理だったことになる。
もしかしたら縁が無いのかもしれないと考えてしまう。
「それか今日は家に泊まらせて、明日試すか?」
そうすれば確実に試すことが出来るとマオは考える。
そうと決まれば、早速家に連れて行こうと決める。
「待ちなさい、君!?」
「あ?」
そして動いたところで街の冒険者に声を掛けられる。
マオの見たところ初めて見る者で、最近来たばかりなのだろうと想像する。
「女の子を連れ込んで何をするつもりですか!?」
「弟子だから、家に連れ込んで看病するつもりだけど」
「……………弟子?」
冒険者の女の子が騒いでいるのに、マオは反対に慌てずに答えているせいで冷静さを取り戻してしまう。
何を騒いでいるのだと呆れた視線も原因の一つかもしれない。
「そうだけど……。心配なら一緒に来るか?家にも女の子はいるし」
「それは………」
自分も連れ込む気かと冒険者の女の子は悩むが少し考えて頷く。
目の前の男はシュナを担いでいるから片手の自由が無いし、攻撃して奪い返してから逃げれば良いだろうと考える。
もし目の前の男が自分より強くても、そのぐらいは成功できる自信はあった。
「あっ、そうだ。家の中にいるやつが起きてなかったら、あんたがこいつをシャワーに入れてくれないか?このままだと風邪引くし」
「……いいですけど覗かないでくださいね?」
「………………………。当たり前だろ」
シャワーに入れてくれと言うマオに冒険者の女の子は警戒して覗くなと言うが、マオはかなり間を開けて否定する。
そのことに睨みつけようとマオの顔を見る。
そのせいで文句が言えなくなってしまった。
なぜならマオの表情が呆れと嫌悪が混ざったものになっていたからだ。
「ばっかばかしい」
マオの言葉に自分の疑問は相手の怒りを買ったのだと理解して冒険者の女の子は何も言えなくなる。
だが同時に一人の女性として自分の心配は当然のことだろうと思っていた。
「何処に行っていたのよ、マオ。起きたら家の中にもいないから心配したのだけど?」
「速く起きてしまったから訓練していた。後、こいつ汗だくだしシャワーを浴びせてやってくれないか?」
家に着きマオが中に入るとキリカが出迎えてくれる。
そのことに冒険者の女の子は本当に他の女の子がいたと驚く。
「別に良いけど………。そのこ、誰?」
キリカの視線を向けられる冒険者の女の子。
その視線に怯え、体を震わせてしまう。
「こいつを運んでいたら怪しいって言って絡んできた。一人がキツイなら二人で洗えば?」
「…………なんだ、そういうこと!別に私は一人で大丈夫だけど、どうします?」
マオの言葉を聞いて安心しような表情を見せるキリカ。
向けていた視線の圧が消え冒険者の女の子も安心する。
知らない女が男と一緒に来たのだから不快にさせたのかもしれないと視線の圧の原因を理解したのもある。
そしてマオの呆れと嫌悪の混ざった表情とキリカの視線を思い出しシュナを任せて去ることを決めた。
あれだけ強い嫉妬の視線を向けられたのだから、他の女に手を出すことは許さないだろうと考えたからだ。
「いえ、私は帰らせてもらいます」
そう言って冒険者の女の子は慌ててマオたちの前から去ろうとする。
マオが不埒なことをしないか確認できて安心したのもあるが、それ以上にキリカの視線が恐ろしかった。
「それで?」
「?」
冒険者の女の子が去ったのを確認してキリカがマオに確認をする。
だがマオは何に対して確認をされているのか、わからず首を傾げてしまう。
「貴方は覗いたりしないわよね?」
「しないって」
キリカの疑問に面倒くさそうに否定するマオ。
そんなことをして信頼を失うのも嫌だったし、実際に見ても何とも思わない。
そもそもマオからしたら何で女の肌を隙だらけだからと見ようと考えると思われるのか疑問だ。
自分でなくても女の肌を見るチャンスだからと実行に移すような者は少ないだろうと考えている。
「なら良いけど………」
キリカはマオの否定する様子に少しだけ疑問に思う。
当然のように否定するそれが他の者達にとっても同じだと考えていないかと。
もしそう考えているのなら否定しないといけない。
「一応言っておくけど、普通はどんな男性でも覗くことを警戒するのが普通の女性よ。どんなに良い人でも気の迷いで覗いてしまう相手もいるんだし。それに何処までいっても基本的に女よりも男の方が力が強いわ。だから自分の身を護るために警戒するのよ」
女の裸を見たことで暴走されたら抵抗するのも難しい。
それに今ここにいるのはマオ。
圧倒的に格上の強者であり、もし自分の裸を見たことで暴走されたら抵抗は無駄に終わり、もしかしたら自分だけでなくシュナも犠牲になってしまうとキリカは考える。
「そんなものか?」
だが説明されても、まだ理解していないのかマオは首を傾げている。
もしかしたらマオからすれば理解できないことなのかもしれない。
だけど、それはそれで良いとキリカは思っていた。
本当に理解できないのであれば、そういう衝動が無いのだろう。
その御蔭で、特定の誰か以外の女に手を出すことは無いはずだ。
マオは自分だけを愛していれば良いとキリカは考える。
「それよりも、さっさとそいつをシャワーに入れてやれ。風邪を引く」
「………優しいのね。王都で騎士達を鍛えていた時は放置していたのに」
だから弟子とはいえ、自分以外の女性を心配しているマオに目を鋭くさせる。
もし、この女に好意を持っていたら弟子をやめさせようと考えていた。
「弟子だからな。騎士達はあくまでも王族の命令だから鍛えてやっているだけだ。扱いの差があっても当然だろう?」
「………ふぅん、そう」
マオの言葉に嘘は言っていないとキリカは判断する。
だが念の為警戒だけはしておこうと決意していた。




