教え子と弟子の差①
「久しぶりだなぁ」
「……………」
街に戻りマオは久しぶりの光景に感慨深く呟く。
そしてキリカはマオに抱きかかえられながら、ぐったりとしていた。
「とりあえず俺の部屋に戻るが、いいか?」
「………お願い」
マオの家には自分の服もあるから、何も気にすることもなく頷くキリカ。
何度も泊まっているし今更だとしか思えていない。
「帰ったら、そのまま寝るか?」
「………寝るって」
寝るという言葉にマオを睨みつけるキリカ。
自分がこんな状態なのに、よくそんなことを聞けるなと思っている。
「?それなら何か食べるか?それとも温かい飲み物を飲んでからにするのか?」
だが何で睨みつけているのかわからずにマオは更に疑問をぶつける。
疲れているのなら、さっさと寝かせれば良いと思っていた。
「…………温かい飲み物でお願い」
自分が何を勘違いしていたのか理解してキリカは顔を赤くする。
マオはこちらを純粋に心配していたのに、むしろ自分の方が色に覚えれているんじゃなかと考えていた。
「少し急ぐか」
そしてマオは急に顔を赤くしたキリカに急いで休ませるべきかと判断して自分の家へと速度を上げて帰った
。
「いや、そもそもマオのせいなんだけど………」
マオの家に戻ってベッドの上に寝かされたキリカは我に返って自分がこうなった原因を思い出す。
自分がぐったりしているのは王都から街まで休むことなく抱きかかえられながら走って戻ってきたせいだ。
つまり風が直に当たってしまっているし、あまりの速度に息もしづらかった。
「何が?」
キリカのつぶやきにホットミルクを持ってくるマオ。
そして、それを受け入れながらキリカはマオを睨む。
「貴方の速度に私の体が追いついていないだけ」
不満そうな表情を浮かべながら言うキリカに原因をマオも察する。
自分も馬を超える速度で動いても息苦しくないのに、その上に乗って直に風を浴びると息苦しくなる。
それと同じだろうと考える。
「何時間も馬車に乗って揺られるよりはマシだろ?ガタガタと煩いし、偶に浮いて腰や尻をぶつけるし」
「………そうね」
それに何時間も同じ場所にただ座って待っているのは退屈だ。
マオがいるから気にならないかもしれないが、それでも体を色々なところにぶつけてしまう可能性を考えると、まだマシかなと考えてしまう。
「とりあえずさっさと寝て回復しろ。それまでは一緒にいてやる」
マオはそう言ってキリカの手を握る。
その手の温もりとホットミルクの温かさにキリカは安心して気が抜けてしまった。
「………寝たか」
ホットミルクを飲んで横になるとキリカは数分もしないうちに眠ってしまった。
そのことに苦笑して、本を読むために離れようとするが手が繋げられていて行動に移せない。
強引に離すこともできなくもないが、疲れているのにそんなことをするのは良心が苦しくなる。
「しょうがないか……」
どうやって暇を潰そうか考えながらマオはキリカを見る。
男が目の前にいるのに安心しきって眠っている顔。
ついつい頬を突いたり、髪に手を伸ばしてしまう。
「おぉ……!」
そして触れて実感する性別の違い。
何度触れても驚いてしまうそれに、やみつきになってしまう。
「男と女でこんなに違うものなんだな……」
自分と比べても、かなりの柔らかさを感じる頬。
少しでも力を入れたら、やはり裂けてしまいそうだと感じてしまう。
マオは我ながら殺してしまわないように、よく手加減できるものだと自画自賛してしまう。
男でもその気になれば簡単に素手で貫通できるのだ。
女相手だったら、もっと容易い。
「それに髪の毛もサラサラだし良い匂いもする」
同じ男だったら気にならないはずなのに、女性だということで匂いを意識してしまうのがマオにとっては自分でも面白かった。
そして他の男性も同じなのか興味を持つ。
「とりあえずカイルにも確認するか。あと女性も異性の匂いにはどう感じるのか興味はあるな……。異性だったら良い匂いをするのか、それとも特定の相手によって違うのか」
最悪はギルドに依頼を出そうかとマオはこれからを予想していた。
その間もキリカの頬を髪を触れる手は止まらない。
「…………それにしても本当に飽きないな」
本当に手が止まらない。
せわしなく頬や髪をマオは撫で続けている。
全く飽きる気配がない。
キリカが起きるまでずっと撫で続けられそうな雰囲気まで出始めてしまっている。
「…………そういえばシュナがいたな」
そういえば弟子にした奴も女の子だったなと思い出すマオ。
本人が良いのなら是非、匂いや色々なことを確認させてほしいと考える。
「あいつにも確認するか。それに弟子にするって言ったのに結構な間に開けていたし実力が落ちていないか確認しないと」
明日はシュナに合うことを決めるマオ。
そうと決まればさっさと寝て明日に備えようと決める。
だがマオはもう少しだけ、もう少しだけとキリカから手を離すことができなかった。
「何をしているの?」
そして気付けば次の日の朝になった。
ずっと触っていたせいでキリカの頬は引き攣り表情を変えようとするだけで少しだけ痛みを感じてしまう。
それが苛立ちを湧き上がらせる。
「ほっぺを突いたりしているけど全く飽きなくて離せない」
キリカが疑問をぶつけている間も手を止めないマオ。
良い加減に離せと払いのける。
「っと」
マオはそれを避けるが、一気に距離を取ったせいでキリカも引っ張られてしまう。
なぜならマオがずっと触れている間、キリカもまたずっとマオの手を掴んでいたからだ。
そして振り払おうとしておきながらも手を離していない。
「あっ!?」
そのせいでバランスを崩してしまうキリカをマオは引き寄せて抱きしめる。
慣れている相手だとしてもキリカはマオと密着し体の感触を味わっていることに顔を赤くする。
「ねぇ……。もしかして寝ている間、ずっと、私あなたの手を掴んでいたのかしら。あとマオ、昨日寝れた?」
「ずっと手を掴んでいたし、徹夜もしたけど寝顔も見れたから悪くなかった」
「〜〜〜〜〜!!」
マオの言葉に更に顔を赤くして暴れ始めるキリカ。
自分が手をずっと離さなかったのも恥ずかしいし、寝顔をずっと見られていたのも理解して恥ずかしくなる。
「………………」
そしてマオは暴れているキリカを見て、ずっとこのままでいたいと考えてしまう。
蹴る、殴る、叩く、噛みつく。
色々なことをしながらも手を話そうとしないキリカが見ていて楽しい。
そもそもマオはキリカの攻撃を避けてはいるが手に力を入れていない。
キリカがその気になれば振り払えるのだ。
それなのに離さない姿が可愛く思えてしまう。
それに、どんな感情であれ今キリカは自分にしか感情を向けていない。
それがマオはとても嬉しく思えてしまっていた。
他の誰もがキリカの中にはなく自分だけに心がいっぱいになっているのは言葉にできないほどだ。
でも、それでもだ。
どうしても疑問に思ってしまう。
「そんなに離れたいのなら手を離せば良いだろ?」
その結果、手を離されても、可愛い姿を見れなくなっても気になってしまったのだ。
本当に離れたいのなら手を離してしまえば良い。
「……………」
その疑問をぶつけられたキリカは思わず真顔になってしまう。
そしてマオを強く抱きしめる。
マオはそれに首を傾げながらキリカを離した。
良い加減に腹が減ったのだ。
何でも良いからご飯の準備をして食べたかった。
「ねぇ、マオ」
「何?」
「私のこと好き?」
「好きだよ」
マオとキリカは朝食の準備をして食べ始める。
その間は会話の一つもなくマオは珍しいと思う。
なぜなら、いつもなら食事中に話しかけてくるからだ。
「「…………」」
その沈黙が少しばかりキツイ。
それにキリカの責めるような視線が辛い。
「どうした?」
「何がよ」
マオが疑問をぶつけても顔をそらして答えるキリカ。
だがマオにはまるで自分は怒っていますと態度でしめしているようにしか見えない。
「なんか怒っているようにしか見えないけどなにかしたか?」
「わからないのなら勘違いでしょ」
やっぱり怒っているのだと確信するマオ。
朝、起きた時はここまで怒っていなかった。
だから起きたときからのやり取りで怒りを向けているのだと想像できるが、理由が思い至らない。
「………マオって今日はなにか予定があるの?」
「シュナに会おうと思っている。色々と確認したいことがあるし」
「へぇ……」
シュナという女の子に会う予定だと聞いてキリカは更に目を鋭くさせる。
弟子だということは知っている。
それでも自分以外の女に会うのだと考えてしまい不愉快な気分になってしまっている。
「何を確認するのよ?」
「男と女の違い。俺はずっとお前に触れて飽きなかったからな。他の女でも同じようになってしまうのか気になってしまう」
「……………どうやって確認するつもり?」
「普通に頼むつもりだが?」
「なに?もしかして触らせてくれとでも頼むの?」
「そうだけど」
マオの肯定に思い切りテーブルを投げつけるキリカ。
それに対してマオは更に油を注いでいく。
「あとは匂いだな」
キリカはテーブルだけでなく、身近の物を手当たりしだいにマオへと投げる。
好きな男が堂々と自分以外の女にセクハラ、浮気と思われない行動をすることに怒りしかわかない。
「もし私が同じことをしたら、どう思うのよ!?」
「何かの確認?」
「違う!!」
嫉妬という概念がマオには無いのかと思ってしまうような発言。
そして何で嫉妬してくれないのかという不満が声になって現れる。
「ねぇ、本当に理解できないの?」
「嫌がられる可能性があることが?」
マオの答えにキリカは睨む。
そして本気で言っているのかと目を見る。
徹夜をしていたせいか目は真っ赤で隈もできている。
それに若干揺れているように見える。
もしかしたら朝から色々あって気づかなかっただけで最初からこんな状態だったのかもしれないとキリカは思い至った。
「…………」
だからキリカはマオの頭を自分の膝の上に乗せる。
ずっと起きていたが手を掴まれていたせいで移動することもできなかったのかもしれない。
つまりお腹が減っても何も食べれなかったのかもしれない。
「キリカ?」
自分の名前を呼ぶマオにキリカはマオの目を自分の手で優しく隠す。
それだけマオはほんの少しの時間で眠りについた。
「…………徹夜のせいで頭が働いていなかったんじゃない」
深く考えず、ほとんど反射で考えていたのだと理解してキリカはため息が出る。
それはそれで問題はあるが、そもそも質問した内容がちゃんと頭の中に入っていのか疑問だ。
「マオって私以外の相手の前でも寝れるのかしら?」
ダンジョンでは眠った姿を見たことは無い。
見張りを交代しても常に起きており、それでも平然と行動している。
それが今では、こうして徹夜をしただけで疲れてあっさりと寝てしまう。
ダンジョンという危険地域ではなく、家という安全地帯だから気が抜けてしまうのかもしれない。
そして、それに自分も含まれていたら良いとキリカは考える。
「とりあえずシュナに会うのは確定みたいだし、私も一緒に行くべきね」
頭が回っていないからこそシュナにセクハラする予定も正直に答えたのだろう。
それを止めるために自分も一緒に行動するべきだろうとキリカも考える。
もしかしたら相手が師匠だからとセクハラを許してしまう可能性もある。
後、単純に自分以外の女といちゃつくのが嫌だ。
「それにしても………」
マオは自分と全く違う感触に眠ることも忘れてずっと触れていたらしいが、キリカも少しだけその気持ちがわかってしまう。
普段から触れている自分の肌と全く違う感触は新鮮で飽きは来ない。
だからと言って異性に誰彼構わず確かめようとするのは有り得ないが。
好きな相手ならともかく、それ以外の相手には普通はしない。
「今日は休んで明日からにするべきね」
本当なら今日からギルドに向かって仕事をするつもりだった。
なぜならキリカは既に回復しているが、マオのセクハラ宣言もあり暫くは一緒のパーティで行動するつもりだからだ。
更に気づかぬ間に起きて行動されよりは一緒に行動したほうが防ぐことが出来ると考えていた。
だから、ある意味では幸運なのだろう。
マオが発言していなければセクハラすることにも気づかなかったのだから。
それを警戒し防ぐために行動することもできなかった。




